ディアンケヒト・ファミリアの末っ子   作:マジックテープ財布

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2月からは2日→9日→16日と隔週にします。(無理だったら休みます!)


13話:リリルカ・アーデ

 ダンジョン。長大なバベルの下に封印されたモンスターが沸く大穴である。

 日夜冒険者がモンスターと戦いながら下を目指し、そこでとれる希少かつ有用な物資を持って帰って日々の糧を得るために必要な存在である。

 その需要は、冒険者が身に着ける物や回復薬(ポーション)といった道具から魔石灯などといった一般人にも普及している道具まで幅広くの物が最終的にダンジョンに帰結すると言っても過言ではない。

 

 ただ、ダンジョンは地上の法則が通用しない。ダンジョンという巨大な母体は壁という一見すると安全な場所からモンスターを戦える状態で産み出し、冒険者の脅威度を推し量っているかの如く時には大量に怪物を発生──モンスターパーティという現象を起こす。

 ただでさえ階層を変えると未知の環境やモンスターに対応しなければならないのに、そういった異常事態のせいで簡単にパーティが瓦解して命を落とした冒険者は数知れず。

 

 そんなダンジョンの上層にアクスは居た。

 

「この広間は誰も居ない。ヨシッ」

 

 ベチン──ギャン! 

 

「こっちの道は……居なさそう。ヨシッ!」

 

 ゴチン──ギャウ! 

 

 槍でコボルドやゴブリンを小突きつつ、アクスは上層のルームと呼ばれる広い場所や奥まったやや細めの通路などをくまなく捜索していく。

 そんな彼の本日の業務はダンジョン内に居る冒険者の生存率を上げる巡回である。これはアクスがLV.2になってからギルドが【ディアンケヒト・ファミリア】と正式に結んだ強制任務(ミッション)のようなもので、他の団員たちと違って割かし暇なアクスがこの業務を行うことでギルドに支払う徴税額をやや抑えている。

 

 ギルドとしては正式な額を徴収したいのだが、冒険者がまともに育たずに死亡して行く行くは徴税対象となるはずのファミリアが潰れるという事例が後を絶たなかった。

 1つのファミリアから徴税額を増やすより複数のファミリアから徴税した方が相手の心象を悪くせず、なおかつギルドの財源が潤うということでギルドの長であるロイマンも太鼓判を押したのだとか。

 

 労働時間は休憩込みで朝早くから大勢の冒険者が引き上げる夕方まで。料金は魔石かドロップアイテム、もしくはファミリアの証文で支払うこと。脱出の際の護衛は別料金。概ねはこんな感じの割高設定なのだが、こんな上層で治療師(ヒーラー)など下手なレアモンスターよりも希少なために需要が腐るほどあったりする。

 

 ただ、そんな活動の中にはアクスを騙そうとしたり、襲撃しようと考えるのも1人や2人ではない。その時は売上全部ばら撒いて逃げ、ギルドに連絡をすれば数日後には()()()なっている。

 居なくなった原因も冒険者の集団がアクスを襲った当人たちをリンチしているという話や、【疾風】や【黒拳】、【黒猫】や【戦車の片割れ(ヴァナ・アルフィ)】といった死んだり行方不明のはずの冒険者を見たという話。中には【猛者】を見たという話もあり、もはや〇〇論で渋滞を起こす規模であった。

 ただ、所詮噂は噂である。ギルドが罰則を食らわせて立ち行かなくなったのだろうというのが今のところ信じられている。

 

「こんにちは。何かお手伝いできることはありませんか?」

 

「うぉわっ! って【小神父】(リトル・プリースト)か。なら、魔石払いで回復を頼む」

 

「承知しました」

 

 アクスは冒険者を見つけた端から声をかけ、魔石やドロップアイテムを受け取ってから治癒魔法で回復を行う。自動治癒魔法(オート・ヒール)でも良かったが、魔石やドロップアイテムという高額な品を渡してもらってる以上は傷を塞ぐだけでは割に合わないという判断からだ。

 それに、今後は並行詠唱と同じ高等技術である高速詠唱の基礎を固める必要がある。そのためにも、彼は詠唱が必要な治癒魔法に限定して使い続けた。

 

 こうして幾度となく舌を噛んでは魔力暴発(イグニス・ファトゥス)を引き起こしつつも、彼は5階層へと進む。

 ここからは本当にダンジョンだ。地上の中央広場よりも広く、迷路のように入り組んだ地形。初見の冒険者ならばまずここで面食らい、思わず立ち往生するのが恒例である。

 

 ただ、既にここは数々の冒険者が通って来た道。ゆえにギルドに行けば次の階層に続くルートが示された地図が発行されている手垢に塗れた階層だ。既に次の階層へ向かうルートは分かっているため、アクスは手始めに1番近い次階層へ降りるルートに沿って歩いていく。

 すると、その道中で通路の奥からヒューマンの男が。そして10分もしない内に今度は中年の獣人を筆頭としたパーティがアクスの側をすり抜けて行った。

 

「すみません。なにか……って行っちゃった」

 

 ただ事ではない雰囲気だったので何が起こったのか聞いてみようとしたアクスであったが、男たちは揃って上層へと向かっていく。不思議に思いながらも、彼はこの階層で出現するモンスターについてしばらく考えた後にピンときた。

 

 キラーアント。瀕死に陥ると特殊なフェロモンで周囲の仲間を呼ぶ厄介なモンスターである。倒して灰にすれば大丈夫だが、仮に乱戦で取りこぼしがあった場合。さらにその取りこぼしが増えた場合。待っているのはルームを覆い尽くすほどの黒い波だ。

 沸かすだけ沸かし、手に負えないと分かればトンズラ。下手をすると別のパーティにモンスターを擦り付ける行為よりも悪質な所業だが、肝心の男たちの所属が分からなければ立証することも不可能だ。

 そのため、無関係の人間が巻き込まれている可能性を考えたアクスは、男たちが走ってきた方向へ足を急がせる。

 

 案の定、黒い波にまで発展したキラーアントの群れの一画で爆発が見える。もしかしたら犠牲者が出ているかもしれないと足に力を込めたアクスは一足飛びにキラーアントの大軍へと飛び掛かった。

 

 一閃。槍によるただの振り回しだが、LV.2の膂力とここより遥か下の階層から取れる素材で作られた槍によってキラーアントの大軍が次々と灰になっていく。

 そのまま槍を振り回しながら黒い波を割っていくと、アルミラージのような見覚えのある白い髪が見えてきた。多少傷は負っているが、まだまだ戦えそうに見えるのでアクスは周囲の状況を教えてもらうために叫んだ。

 

「ベル様ー、負傷者はいらっしゃいますかー?」

 

「あ、アクス君! リリがっ……! 1人負傷して動けないんだ!」

 

「分かりました。ベル様は負傷者の周囲を片付けてください。{飛びます}」

 

 そう言った次の瞬間、少々槍の柄をたわませたアクスが反動で黒い波を飛び越える。

 最初こそ『飛ぶ』と言われて意味が分からない風なベルであったが、弧を描くように空中に身を投げたアクスを見て慌てて周囲のキラーアントを駆除し始めた。

 そうしてベルが周囲のキラーアントを粗方駆除してぽっかりと空いた安全地帯が出来たと同時にアクスが押し寄せてくるキラーアント数匹をクッションにして着地。そのままベルが『リリ』と呼んでいた存在に駆け寄った。

 

「リリって、リリルカ様でしたか」

 

「知り合いなの?」

 

「たまに怪我をしたままでしたので、治療しただけです」

 

 傷だらけで倒れたパルゥムの女性──リリルカ・アーデを診断しながらアクスは手短に事情を話す。

 

 【ディアンケヒト・ファミリア】全体の意向でアクスの主な往診先はアミッドの決定が第1で、次にファミリアの団員全体の協議で増減している。【イシュタル・ファミリア】のようにアクスの情操教育に悪い場所を拠点にしているところだったり、【イケロス・ファミリア】のように後ろ暗い過去があるところだったり、過去に一定以上の暴力沙汰や治療院に対する妨害行動を行ったりと基準は様々だが、それに引っかかるとブラックリストに入ってアクスに『そのファミリアには行くな』という指示が出される流れだ。

 

 ちなみに過去に色々やらかした【アポロン・ファミリア】については『リーチ』に手が届いているが、あそこは主神が暴走しなければ割と金払いや診察態度が良い環境である。──主神が暴走しなければ! 

 

 話が逸れたが、リリルカの所属している【ソーマ・ファミリア】もそのブラックリストに入っている。ゆえに道端で明らかに困っている状態で声を掛けられない限りはアクスも応じないことをアミッドに強く厳命されていた。

 そこで出会ったのがリリルカだ。どう見ても致命傷手前の傷を引き摺って歩くパルゥム。背格好で年齢は分からないが、気になって仕方が無かったアクスは無償で手当てすると怒られた。

 

 『ファミリアに守られて暢気な顔をしたパルゥムがリリに同情するな』。あの時は確かそう言われた。

 当然ながら初めての治療拒否という経験から1晩中泣きながらアミッドに話を聞いてもらった挙句に寝落ちという苦い記憶はあるが、あの経験からアクスは治療行為自体を嫌がる存在に対して『うるせぇ、良いから治療させろ』と若干タフになったと今になっては思う。

 

「じゃ、とりあえず治療しますね」

 

「待ち……なさ……。リリはあなたなんかに……」

 

 色々話している間にどうやら喋れるぐらいにはなったらしい。初めて会った時と同じようなことを言ってきたので、アクスは少々深く息を吸うとリリルカの胸ぐらを掴んだ。

 

「僕がやりたいからやるんだよ。怪我人は大人しく治療されろ」

 

「本当っ! 神父と言われて大きな顔して……。それに有無を言わさずいきなり治療なんて……人を何だと思ってるんですか!」

 

「患者」

 

 リリルカの声を右から左に流すようにアクスは適当に返事をし、叫ぶ余裕があるなら体力もあるだろうと自動治癒魔法(オート・ヒール)を行使する。

 

 別段アクスは【小神父】(リトル・プリースト)を拝命してもデカい顔はしていない。それはアミッドや団員たちから【ディアンケヒト・ファミリア】が最優先でやることは人命の救助であることを説明され、彼自身もアミッドの願う情景を理解しようとしているからだ。

 しかし、パルゥムはどこまで行っても腐り行く種族らしい。フィンの掲げる【勇者(ブレイバー)】という二つ名どころかアクスにも突っかかる者が居るのも事実。しかしながら既に医療従事者としての鋼の精神を持ち合わせていたアクスにとってはそんな外野の言葉は些細ごとで、『つべこべ言わずに治療されろ』とストロングスタイルで突き進んでいたりする。

 もはや暴走列車の類だが、今のところはアミッドや団員たちというハンドルがついているので今のところは大した問題は起きていない。

 

 そんなこんなでベルの活躍でキラーアントの尽くが駆逐され、ついでに彼の傷も治療したところで先ほどまで威勢良く吠えていたリリルカが急に泣き始めた。

 その後は出てくるわ。出てくるわ。分け前が初めから偏っていたことや、アイテムのお使いの際は倍の値段を申請していたとか。

 これは流石に擁護出来ないため、一応はまだ患者なのでその辺をぶらつきながら周囲の警戒に勤めていたアクスであったが、助けた理由を尋ねられた後にベルが発した『女の子だから』という言葉を聞いてズッコケた。

 

「ばかぁっ! ベル様の馬鹿ぁぁ!」

 

「ベル様。流石にそれはどうかと思うよ」

 

「神父様、あなたもです! 見境なしに治療する変態っ!」

 

 ベルに注意をしたら今度はアクスへ矛先が向く。様付けに昇格したにもかかわらず変態扱いされたことに彼は解せぬといった表情を浮かべていると、リリルカは顔を真っ赤にさせながら子供の癇癪のように支離滅裂なことをひたすら言っては泣き喚く。

 そんな彼女をどうしていいかも分からない朴念仁2人は、結局リリルカが泣き終わるまで周囲を警戒しながら脳内で『何がいけなかったのだろう』と彼女の気持ちを一切理解せずに過ごしていた。

 

 やがてリリルカが泣き止むと、先ほどまで朴念仁モードだったベルがいきなり『リリだから』とイケメン度が覚醒した。先ほどまで自分と同じ立場であった彼がいきなり格好良い発言をし出したことに、子供心特有の憧れを持ってしまったアクスはついつい同調してしまう。

 

「そうですね。目の前に居た患者がリリルカ様だから助けました。手を差し伸べてこない人に対しては僕は助けません」

 

「わ、私は死にた 「あなたのお腹は生きたいと言っていますよ?」」

 

 お腹を指差したアクスに彼女は慌てて自分の腹に手を当てる。緊迫した状況からようやく解放されたことで音には出なかったが、胃袋が食べ物を求めて震えたのだ。

 

「先ほど診察させていただいた時にも同じようにお腹を空かせていたようなので、少々厳しい言葉を投げかけさせていただきました。神々の言葉を借りるとするならば、"口では嫌々言っても身体は正直"という奴ですね」

 

「~~っ! ひ、人のお腹を触ってなんでそんなに平然としてるんですか! 変態! スケベ! スケコマシ! ベル様予備軍!」

 

「僕予備軍っ!?」

 

「ベル様予備軍とは心外ですね」

 

「心外っ!?」

 

 ダブルパンチな言い分に横でさめざめと泣くベルは放っておき、生理現象から生きたいという意思を汲み取ったアクス。自ら生の道を手放すならばいざ知らず、まだ生きたいと望むならば救われた自分のように救ってやらねばならぬ。

 

「とりあえず、これからは報告と連絡と相談をお勧めします。"察してちゃん"は絶対にモテないって往診に行ったアマゾネスの人が言ってました」

 

「アマゾネスの方は欲望に直球過ぎますので、察してとは無縁だと思いますが」

 

「まぁまぁ、リリは困ったことがあったら言って。僕ってバカだからさ、アクス君が言ったように言ってくれなきゃ分かんないんだよ」

 

 ベルが──大っ嫌いな自分自身を肯定してくれる存在からの一言が引き金となり、リリルカは再び泣きながら彼に抱き着いた。今までの黒い自分を洗い流すかのような大粒の涙が彼女の頬を伝ってダンジョンの地面を濡らし、今までの自分から生まれ変わったかのように産声にも似た泣き声をダンジョンに響かせる。

 

 ただ、途中参戦してきたアクスとしては何が何だかよく分からなかったためにキラーアントたちから魔石やドロップアイテムを集めていたのだが、すっかり2人の空間に入っていた彼らは知る由もなかった。

 

***

 

 入る時と同様に日の明るさと暗闇が同居する頃合。アクスたちはバベルから出てきた。

 あの後、数十分も泣いていたので流石にそろそろ退勤時間なので一言物申したのだが、まるで空気を読めていない子のように見られたのは心外であった。感傷で人の労働時間を延長しないで欲しい。

 

「それでは失礼します」

 

「さっきは色々言って申し訳ありませんでした、神父様」

 

「今日は本当にありがとう。それと魔石なんかも拾わせちゃってごめんね」

 

「いえ、職務なので。本日は魔石を徴収しないと怒られてしまいます」

 

 そう言ってアクスはキラーアントの魔石を4つ見せる。2人の回復代と護衛代なのだが、それは少なすぎると思ったベルはドロップアイテムも渡そうとするが、アクスはそれを固辞する。このままその場に居ると再び色々言い含められた後に魔石などを押し付けられそうな気配を感じたアクスは、早々にその場を去ろうと足を進め──何を思ったのかリリルカの側に近づいた。

 

「リリルカ様。本当に死にたくなったら治療院のアミッド団長までどうぞ。あなたの覚悟次第で団長が僕にとある指示を下しますので」

 

「それはどういう……いえ、私はもう死にたいなんて思っていません」

 

「分かりました。世の中は死ななきゃ安いですからね、それだけは覚えていてください」

 

 もはやこの世に絶望して早く命を散らしたかったリリルカ・アーデはこの世に居ない。それが確認できたアクスだが、さらにちょっと思うところがあったので彼女にとある確認を行った。

 

「リリルカ様。今後はどうするおつもりですか? 先ほどのこととはまるっきり反対の意見を言ってしまいますが、今回の報告でリリルカ様を死亡扱いに出来ますよ」

 

 アクスが確認したかったことはリリルカの今後についてである。

 ギルドからの依頼なのでアクスはこれからギルドへ赴いて業務の終了と使用した回復薬(ポーション)の個数などを申請しなければならない。その際にリリルカを死亡者──さらに言えば死体回収困難だったことを証言してしまえば、【ソーマ・ファミリア】がいくら彼女の行方を探そうともギルドでの死亡者で止まる。

 さらに具体的に調べようにもダンジョンという閉鎖空間で数日前の死体など見つかるわけがない。たとえそれが生きていたとしても、『アクスが診断を誤ってた存在が息を吹き返した』と言ってしまえば何のお咎めもない。

 

 そのことを説明すると、リリルカは目を丸くさせながらアクスを見た。

 

「……驚きました。清廉潔白な神父様からそんな提案をされるとは思いませんでした」

 

「悪いことを教えてくる大人が居るんですよ。名前は言えませんが、雑談してたらたまーにこんなことを教えてくるんです」

 

 やや達観したような眼差しで北側にあるやたら高い塔が備わった館の方を見るアクス。その視線から大体のことを察したリリルカは、特に深いことを聞かずにアクスからの提案を受ける。

 ただ、今まで人を救うことに注力してきた【小神父】(リトル・プリースト)に人を助けられなかったという汚点が残ることを危惧した彼女は遠慮がちに聞いてくるが、当の本人は全く気にしてなさそうに口を開いた。

 

「汚点? 何を言ってるんですか。汚れなんて成果で洗い流せますよ。そんな汚点で地に落ちる名声なんて、あなたの今後に比べたら魔石以下の価値でしかない」

 

「本当にさらっとそういうことを言うのは止めてください。本当にベル様になっちゃいますよ?」

 

「あの、さっきから2人で話してると思ったら急にこっちに飛び火するの止めて欲しいな。……なんて」

 

 ベルの細やかな抵抗の言葉を無視したアクスは、一旦彼女を死亡扱いとして報告することに合意。今後は別の種族に成りすますというリリルカの言葉を信じることにした。

 

「それでは……っと、ベル様。少々よろしいでしょうか?」

 

「ん? アクス君なに……ヒェッ」

 

 ちょいちょいと手招きしたアクスに身をかがめるベルだったが、唐突に胸ぐらを掴まれて息を呑み込む。『これがカツアゲ!?』と戦慄する彼であったが、アクスはこめかみに青筋を立てながら話し出した。

 

「先日、あなたが倒れていたというお話をとある冒険者の方から聞きましてね? 最初は"魔法なんて使えなかったような"と疑ったものですが、本日確信いたしました。ベル様、あなた魔法のことをよく知らずにダンジョンで限界まで試しましたね?」

 

「うっ!」

 

「1回目は防具もつけずに倒れて、2回目は精神疲弊(マインドダウン)ですか? ちょっと冒険しすぎではありませんかね?」

 

「うぐぅっ!」

 

 正論に次ぐ正論。指摘されるたびにベルにダメージが蓄積されていく。

 

 魔法という物はたしかに発現した時は範囲が分からないのでダンジョンで検証を行うことが鉄則だが、それはサポーターや壁となる冒険者が居る時の話だ。それが見つけられないのなら、精神力回復薬(マジック・ポーション)を買って臨むか精神疲弊(マインドダウン)する前に範囲だけでも確認して本拠(ホーム)などの仲間や主神が居る所でやるのが無難だとギルドが発行している指南書にも書いてある。

 ベルの専属アドバイザーであるあのエイナがそんな初歩的なことを教えないとは考えづらい。おそらくは魔法が発現した喜びでさっそく試してやらかしたのだろうという考えが透けて見えた。

 

「ご、ごめんなさい」

 

「いえ、魔法が使えるようになって舞い上がる経験は僕にもありましたから。あ、僕はちゃんと本拠(ホーム)の庭でやりましたからね」

 

「……はい。申し訳ありませんでした」

 

 仲間が居たと思わせてからの梯子外しによってベルが落ち込みながら謝罪する。

 とりあえずは青の薬舗にて精神力回復薬(マジック・ポーション)を買って今回はダンジョンに臨んだことは分かったため、アクスもそれ以上の小言は不要と今度こそギルドへと向かう。適当なギルド職員を呼び止めて所属とギルドから発行してもらった羊皮紙を見せるとエイナが出てきたため、彼女に今回の結果を報告する。

 

「アクス君、この死亡者って……」

 

「はい、ベル・クラネル様のサポーターをなさっていた方です。どうやら高価なナイフを持って逃走までは良かったのですが、道中にキラーアントに襲われたそうで。彼と僕が発見した時にはもう……」

 

「……嘘だよね」

 

 いきなりバレた。至極平静を装っていたはずのアクスの顔に冷や汗が出る。それで『確定』だと判断したエイナはため息を1つしてからキリッとした表情をし、口調を改めて注意を始めた。

 

「一応、今回の件は独自である程度の調査しているので事情はお察し出来ますが、今後はしないでください。下手をすると【ディアンケヒト・ファミリア】との契約破棄になる可能性もあるんですよ」

 

「申し訳ありません」

 

「それに、フローレンス氏は分かりやすすぎます」

 

「僕、これでも賭け事強いと自負していますが」

 

 始めて言われた注意についつい口が出てしまう。

 アクスは豊穣の女主人でたまにシルやアーニャたちと何かを賭けたカードをすることがあり、お菓子や賄いの1つを対象にした賭けでは負けなしである。ただ、その後に待つ『仕事の代役』という賭けではいつも負けてしまうため、決して弱いわけではないと自覚していた。

 

 そこまで話を聞いたエイナだが、少々言い辛そうにしながらもはっきりと事実を突きつけた。

 

「それ、多分カモにされてるだけかと。どうでも良い物を賭けてから本命を賭けるってよくある手口ですし」

 

「なん……だと……」

 

「私個人としては、アクス君は今後賭け事はしない方が良いと思うな」

 

 足元が急に崩れていくような感覚。例えるならば、今まで食べていた高級肉と思っていた肉が実は安い肉という事実を突きつけられたような──そんな感覚にアクスは陥る。

 信じられない。たしかにお菓子などを賭けた場合は『アクスは強いニャー。ミャーたちでは敵わないニャ~』や『アクス君は強いですね~』と言っていたクロエやシルが仕事の代役ともなれば目の色が変わることが多々あったが、まさか……そんな……。

 

「フローレンス氏、そんなことよりもアーデ氏のことを」

 

「あ、申し訳ありません」

 

 だが、アクスは医療関係では出来る(と自称する)男である。すぐに平静を取り戻すと、今回起こったリリルカと【ソーマ・ファミリア】の確執やキラーアントを大量に出現させて彼女を葬ろうとしたこと。さらにそのキラーアントの数が仮に彼女を葬った後にも通りがかった冒険者に被害が出かねない程であったことを報告したうえで、アクスはリリルカを死亡扱いにした上で別種族としてオラリオで暮らすことに賛同したことを説明した。

 

「今回、【ソーマ・ファミリア】が行ったことはギルドからもペナルティが発生する案件です。しかし、僕も逃げていく冒険者を見ただけなので、証拠として十分なのは目撃者であるリリルカ様の発言のみ。ですが、向こうは最低でも3人でリリルカ様は1人。これでは正当性が得られないし、彼女が生きていると分かったら今度は街中で騒ぎが起こるかもしれません」

 

「だから、死亡扱いが1番都合が良いと?」

 

「"常に最悪を見るんだ"とパルゥムの英雄から学んだもので」

 

 その言葉に納得したエイナは、アクスの報告を基に書いていた報告書の行方不明者の名前を記載する欄に『リリルカ・アーデ』という名前が書きこまれた。

 まさかギルド職員が協力してくれるとは思わなかったアクスは信じられないような目でエイナを見ると、彼女は小さく笑いながら『独自で調査していると言ったよ?』と告げる。

 

「神ヘスティアも呆れていましたよ、理屈では動かないって。だから私は……専属アドバイザーである私は絶対にベル君を信じてあげなくちゃって」

 

「あ、じゃあそれで」

 

「軽くない!?」

 

 やや朱に染めたエイナがショックを受けるが、もはやアクスはどうでも良くなってきた。

 ここ1番というギルド職員への説得がまさか盤外で既に決着がついている状況。たしかに交渉においてはアミッドから『まだ早い』と言われて手ほどきは受けていないためにポンコツなアクスであったが、それでも納得ぐらいはさせようと意気込んではいた。

 

 それがこれである。

 まるでダンジョンで難所と呼ばれている階層が魔法によって壁もモンスターも破壊し尽くし、モンスターの居ない次の階層まで直送の更地になっているのを目にしたような気分になったアクスが気だるげになるのも仕方のないことである。

 

 ──とまぁ、そんなこんなでギルド的に死亡者は指名手配犯だった際の手続きなどが関係しているので極力死亡していないといけないらしく、今後も身分を偽って活動する場合は行方不明の方が良いというどこで使うのかよく分からない裏の事情を頂戴したアクスは魔石などの換金を行ってからギルドの外に出る。

 

「あ、そういえばアイズさんとの関係とか色々聞くの忘れてた」

 

 ふとアイズのことを思い出すが、既にベルは本拠(ホーム)へ帰っているだろう。協議次第だが、今後は往診に行く機会もあるかもしれないために【ヘスティア・ファミリア】の本拠(ホーム)ぐらいは後でギルドに聞いておこうと脳内の予定に書きこむのであった。




冒険者が居なくなる原因
 某酒場の店員
  ・フローレンス氏に何かあったら困るのは自分なのに…愚かな者たちだ。
  ・酒場の愚痴に真面目に付き合ってる私たちが言えたことじゃないけどね。仮とはいえ従業員がやられたんだから、落とし前は付けないと。
  ・まぁ、私はあのお尻を守れただけでも価値はあるけど(キリッ。後でミャーの膝の上に乗ってもらうニャ、ウヘヘヘ。
  ・オッタルさm…。【猛者】が居た時は流石に…声が出そうになったニャ。

 某【猛者】
  たまたま声が聞こえただけ。つまるところ、(カツアゲ犯にとって)事故。

 信じるも信じないも…あなた次第。

アクス、200ヴァリス忘れてない?
 忘れてます。仕方ないだろ、子供なんだから!

アクス君、子供の癖に知恵回るね
 これも全てオラリオ北区にある黄昏の館在住のパルゥム仮面ってやつの仕業なんだ。

賭け事について
 強い引きの場合はウキウキ。弱い引きの場合はしょんぼりと非常に分かりやすい。
 その弱さはとある事情からそういった賭け事が強いシルでも手加減するほど。(曰く、勝ちまくった後の大一番で負ける"変化"が楽しいのだそう)
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