ディアンケヒト・ファミリアの末っ子   作:マジックテープ財布

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ダンまちアニメ再開おめでとう
ABEMAプライムでは今日と言うことで投稿


16話:ブリューナク

 組織に所属している者は基本的に上司の指示には忠実に動かなければならない。それに逆らえば生じた責任を動いた本人が受けてしまうからだ。これは経験が乏しい新人を守るための配慮でもある。

 それはファミリアにおいても同じ。例え、その指示が彼──アクス・フローレンスが眠りこけている間に結ばれた冒険者依頼(クエスト)のものだったとしても、彼は遂行しなければならない。

 

***

 

「おー、来たか。坊」

 

「来ましたー」

 

 【ヘファイストス・ファミリア】の本拠(ホーム)で待ち構えていた椿によってアクスはそのまま彼女が籠る予定の工房へ出荷。細かい事情も抜きにして作業が開始される。

 ヘファイストスの要望は不壊属性(デュランダル)武器の仕上げとフロスヴィルトの作り直しを行っている最中の回復。合計6点だが、椿にとっては体力だけが心配な様子であった。

 

「では、手を上げるからその度に回復をしてくれ。これはかなりの体力を使うからな、タイミングが異なっても気にせずどんどん回復してくれ」

 

 そう言って早速、手が上げられる。すかさず体力回復の詠唱を備えた治癒魔法を行使し、再び待ちに入る。

 以前はここで別の鍛冶師の回復を行っていたので時間的余裕はなかったが、この分だとかなり楽な仕事かもしれない。

 そんなことを思っていたのも束の間。

 

「んっ!」

 

 ──ケーリュケイオン

 

「んっ!!」

 

 ──ケーリュケイオン

 

「んっ!!!」

 

 ──ケーリュケイオン

 

 回復ペースが速い。まるでフォモールの集団と遠征中に出くわした時のような忙しさだ。

 ただ、アミッドもこの状況を予測していたのか、精神力回復薬(マジック・ポーション)を何ケースもリュックに詰めて持たせてくれている。それで凌ぎながらもアクスは椿の要望通り回復を行っていき、体力の回復具合が良かったのか彼女の手から次々と武器が作られていく。

 

 斧、長剣、短剣、ハルバード。そして槍。全ての不壊属性(デュランダル)武器が出来上がった時、既に昼を超えていた。

 

「間に合ったか! いやぁ、礼を言うぞ! ……さて」

 

 そう言いながらも椿は休憩もせずに次の作業の準備に入る。曰く、ここまで急いでも出来上がりは夜中になるそうだ。

 相変わらずの作業量にアクスは辟易するが、椿は何の弱音も吐かずにミスリルを鍛え始める。槌を打ち付けるたびに彼女から滝のような汗が流れては炉の熱で蒸発していく姿に、慌ててアクスは詠唱を始めた。

 

 ──ケーリュケイオン

 

「良いぞ、そのまま頼む」

 

 上機嫌で槌を振るっていく椿。金属を変形させる甲高い音に混ざって詠唱が合いの手のごとく挟み込まれる。その独特なリズムが延々と続き、ようやく靴の形を成した所で彼女はようやく槌を止めた。

 その時、彼女たちの後ろから手を叩く音が聞こえる。後ろを振り向くと、空いた扉の先にヘファイストスが拍手を送っていた。

 

「良かったわよ」

 

「なんだ、主神様。覗き見とは趣味の悪い」

 

「そこは許してちょうだい。久方ぶりに心が躍る音が聞こえたのよ? それに、その様子だと大勢覗きに来たのにも気付かなかったでしょ。私が帰したのよ?」

 

 全く悪びれもせずに鍛冶場に入って来たヘファイストスは、出来上がった不壊属性(デュランダル)武器やフロスヴィルトを見て満足げに頷く。どうやら鍛冶の神も一目置く程度の出来栄えのようだ。

 そうなると後の作業は本当に流れ作業のため、アクスの助力は必要なくなる。後は報酬を受け渡せば冒険者依頼(クエスト)は完了なのだが、その前に先日の冒険者依頼(クエスト)の報酬をまだ渡していないと椿が1本の布が捲かれた棒を奥から引っ張り出してきた。

 

「ほれ、アクス。手前の作った槍だ。報酬に持っていけ」

 

「いや、ヘファイストス様にもお聞きしましたけど。良いんですか?」

 

「良いのよ。それに断ったらこの眷属()のことだから、折っちゃうわよ?」

 

「使い手に選ばれなかった武器など見てられんからな。介錯してやるのも作り手の優しさというものだ」

 

 剛毅な言葉にアクスが先端に巻かれた布を丁寧に取り払う。しかし、これはどうやら先端を防護するための布が捲かれているのではなく、【ディアンケヒト・ファミリア】のエンブレムが刻まれた旗がついている槍であった。

 柄が黒く、穂がミスリルで出来たヒューマン基準ではやや短い槍。パルゥムであるアクスにとってちょうど良い長さのそれを目を輝かせながら見ていると、椿がニヤリと笑いながら穂と柄の中間にある赤い球体を指差した。

 

「銘はブリューナク。これにはフロスヴィルトの技術をちょいと転用しててな。アクス、ここに手を当てて治癒魔法を詠唱してくれ」

 

 言われるがままに赤い宝玉に手を置いて治癒魔法を詠唱する。最後にトリガーである魔法名を告げると、地面に浮かび上がるはずの魔法円(マジック・サークル)が宝玉に吸い込まれていき、やがて球体が赤く光った。

 その反応に思わず椿の方を見ると、近くの床を指差して『突き刺せ』と指示してくる。アクスはそれに従って床に穂先を突き刺すと、刺した箇所に魔法円(マジック・サークル)が出現した。

 

「へぇ、遠隔回復ね」

 

「フロスヴィルトは攻撃にしか使っておらなんだからな。もしやと思ったら大当たりか」

 

 近くにあった練習用の人形に投げたりと夢中になって試すアクスの後姿を見ながら椿は満足げに頷く。フロスヴィルトはベートのもつ魔法の下位互換だが、彼の性格的にも治療師(ヒーラー)という希少な存在的にも回復効果のある魔法を吸収することはなかった。

 だが、放たれた魔法であればフロスヴィルトは吸収出来るため、治癒魔法でも同じことが出来るのではないかというのが椿のアイデアであった。

 

 さらには発展アビリティの魔導による魔法円(マジック・サークル)までも吸収し、槍に突き刺した地点に治癒魔法をバラまけるという()()()な結果にすっかりご機嫌な椿はさらに作品を作ろうとしてヘファイストスに止められる。

 

「アクスもいつまでも遊んでないで。【ロキ・ファミリア】に行くんでしょ!」

 

「はーい」

 

 超高額ながらも新しいおもちゃが手に入ってすっかりご満悦なアクスと護衛として椿を伴ったヘファイストスは、本拠(ホーム)から出てそのまま黄昏の館へと向かう。

 この冒険者依頼(クエスト)は『連続』という体裁を取っているため、治療院には戻らずに【ヘファイストス・ファミリア】から【ロキ・ファミリア】へそのまま直行する流れて取っているのだ。大人──といっても神なのだが、ヘファイストスから見ても厳しすぎる行程である。

 なので、一旦本拠(ホーム)に戻るように提案したが、アミッドから『アクスを使うなら徹底的に』と甘いのだか厳しいのだかよく分からない理由で拒否された。

 

 曰く『1人で寝れるようになりましたし、夜泣きも減ってきているので』とのことらしい。

 弟を心配するような彼女の言葉に、込み入った事情を知らない面々はアクスを見ながら『幼児か』と笑う。ただ、当事者であるディアンケヒトとアミッドの口から語られた『大抗争』という単語。場の空気が一瞬で鐘が鳴り響いたかのような()()となり、全員の表情が曇ったのは言うまでもない。

 

 地雷を踏み抜いてしまった苦々しい記憶を思い出していたヘファイストスだが、前では椿がアクスにブリューナクの装飾について説明をしていた。

 

「なんか旗が使い辛い」

 

「そう言うな。槍のみだと、どうも単調過ぎてな。それで旗でもつけてやろうかと思って付けてみた!」

 

 どうやら椿の思い付きで付けた物らしい。彼女が言うにはこの旗にはサラマンダーウールなどといった特定の属性攻撃を低減させる効果を持つアイテムの総称、『精霊の護符』を重ねた布地を使用し、例え中層で出てくるモンスターの炎を用いた攻撃でも旗に攻撃を当てさせるだけで消滅出来る計算だとか。

 

 だが、普通の布地を大きくしただけの旗だとオラリオ最高の鍛冶師である最上級鍛冶師(マスター・スミス)の名が泣くというもの。様々な精霊の護符や魔法耐性に効果のある糸などを用いてファミリアを象徴する旗を拵えたらしい。

 そのお値段は──世の中には聞かない方が良い情報もあるとだけ言っておこう。

 

「いやぁー、旗と思ってバカにしていたが凝った装飾やふさわしい素材を加工して手を加えるだけでも神経を使う使う。おかげでまた良い経験が出来た!」

 

「うーん、使いにくい! 取りたい!」

 

「アクス、取っても良いけど絶対に捨てないでね? ディアンケヒトが泣いちゃうから」

 

 旗をブンブン振り回すアクスにヘファイストスはおろおろしながら注意する。値段と素材を見ればディアンケヒトが泣きながら白目剥いて倒れることが確定しているため、いくら上限を決めていないにしても明らかにやり過ぎな自分の眷属()の不始末をどう対応しようかと悩んでいると、いつの間にか黄昏の館までやってきていた。

 

「やぁ、待ってたよ」

 

「あら、【勇者】(ブレイバー)自らが出迎えなんて豪勢ね」

 

「生憎、全員特訓漬けでね。ところで、その槍が例の?」

 

「あぁ、お主が手前の型落ち品を掴ませたからな」

 

 やや棘のある言い方をする椿にフィンは『これは手厳しい』と何食わぬ顔で答える。その反応が気に入らなかったのか、彼女は短く『帰る』というとヘファイストスを置いて大股で歩き出していった。

 そんな護衛失格な帰り方に驚いたのは何よりもヘファイストスであった。椿の名を呼んでも戻ってこないため、彼女は慌ててアクスに別れを告げると椿を追いかけていく。

 後に残されたフィンたちはしばらく呆然としていたが、フィンから中へ招き入れられたのでアクスも館へ入って行った。

 

***

 

 黄昏の館にある訓練場は、有体に言って戦場だった。戦い続ける者、力尽きて倒れ伏す者、それを癒そうとする者。そんな光景にアクスは最近見た光景に酷似していることを思い出す。

 

戦いの野(フォールクヴァング)だ、これぇ!」

 

「あぁ、【フレイヤ・ファミリア】の。たしか君もたまにあそこに手伝いに行ってたんだったね。それと同じような感じで頼むよ」

 

 そう言って笑いながら去っていく事務作業も出来て人望があるオッタル、もといフィン。投げっぱなしな所は【フレイヤ・ファミリア】と変わらないが、とりあえずは回復しないと話にならない。アクスは手始めにヘイズに則って治療師(ヒーラー)の掌握から始めることにした。

 

「リーネ様、部屋の4隅を安全地帯として治療師(ヒーラー)と休憩中の人を最低でも1人ずつ置いてください。治療師(ヒーラー)は基本的に安全地帯から動かず、動けない人は休憩中の人に引き摺ってきてもらいましょう」

 

「分かった。分かりやすいように目印もつけておくね」

 

「頼みました」

 

 アクスの指示に従いリーネが駆け出す。リーネを含めた治療師(ヒーラー)と部屋の隅で休憩していた冒険者たちはそれぞれ部屋の4隅に固まり、さらには水ですぐ消える塗料を用いて安全地帯を描き出す。

 これでよほどの馬鹿でもない限りは安全地帯に駆け込めるようになる。これで殺伐さで言えば簡易戦いの野(フォールクヴァング)ぐらいになったため、アクスは現在も訓練に集中している面々の回復に注力するために動き始めた。

 

「ナルヴィ、参った! もう動けねぇ」

 

「ふー、さてさて。これからアークスを運んで移動かぁ、ちょっと怪我がなぁ……」

 

「あ、回復薬(ポーション)飲まないでください。回復させます」

 

 アークスという大柄の冒険者を降したナルヴィが周囲を見やる。彼女たちが訓練をしていた場所はちょうど真ん中で、その周りには団員たちが1対1、もしくはパーティ単位で戦闘を行っている。そんな冒険者たちの間を縫いながら大柄のアークスを引っ張って治療師(ヒーラー)たちの下へ行くには骨が折れる。

 せめて、怪我の治療さえなんとかしようとホルダーから個人で購入した回復薬(ポーション)を取り出したナルヴィに声が掛けられると共に急速に傷が治っていく。

 

「あ、アクス君。ありがとー」

 

「体力回復はあっちでどうぞ。歩けますか?」

 

「あぁ、何とかなる」

 

 礼を言いながら安全地帯へゆっくりと向かっていく2人を横目に倒れた冒険者を次々と回復していく。ただ、治癒魔法は15Mという関係で一旦全員の動きを止めてからにしないと回復範囲外の者が出てきて訓練にならないため、乱戦時の魔法は自動治癒魔法(オート・ヒール)やアクス自身が倒れた冒険者を運び出すことで対応。数十分おきに行われる大規模な休憩の際には早速椿に作ってもらったブリューナクの旗を振りながら集まってもらい、治癒魔法による回復を行っていく。

 

 そうこうしている内に訓練も一段落といった様子で訓練場から団員たちが去っていくが、アクスの仕事はまだ終わらない。

 

「アクス君、この傷の場合って包帯はこの巻き方で合ってるの?」

 

「もうちょっときつく巻かないと軟膏が密着しないので、痛いと言われるほど強くお願いします」

 

 治療師(ヒーラー)に【ディアンケヒト・ファミリア】が作った最新の薬を用いた応急処置の方法を教え、それをひたすら反復練習する。

 患部に当てねば効果が発揮しない物。容量を間違えれば健康に害を及ぼすもの。混ぜて使ってはいけない物。様々な効果や使用方法をメモ付きで指南していると、いつの間にか治療師(ヒーラー)以外の冒険者が訓練場から姿を消していた。

 

「じゃあ、本日はここまでで」

 

『ありがとうございましたー』

 

 解散を告げたアクスが割り当てられた部屋に行くが、【ディアンケヒト・ファミリア】と違ってかなり豪華な作りに驚く。

 おっかなびっくりといった様子でベッドに入るが、居心地が悪かった彼は何を思ったのか部屋の隅で縮こまって寝始めてしまった。

 

***

 

 翌朝──と言ってもかなり朝早くだが、寝苦しく感じたアクスは目を覚ます。

 やはり床で寝るのは身体に悪い。ベキボキと子供特有のぷにぷにぼでーには似付かわしくない音を立てながら伸びをしていると、窓の外で動きがあった。

 

「アイズさん?」

 

 黄昏の館から北西の方向に出ていくアイズの姿。時計を見ると全員が起き出すまでかなり時間がある。フィンの話では鍛錬のためにダンジョンに行く団員も居るという話だが、北西には市壁と山しかないので行くのは不自然だ。

 そもそも、高レベル冒険者は戦力確保という名目で街から出るためにギルドへ軽い申請と許可がいる。

 

 そこはかとなく気になったアクスは興味本位で身支度をし、門番には『忘れ物をした』と言ってから黄昏の館を抜け出した。彼女が屋根伝いに跳ねて行った方向に向かって歩いていくが見つからず、とうとうオラリオの市壁へとたどり着く。

 どこかで方向転換でもしたのかと黄昏の館に戻って2度音を決め込もうとしたアクスの耳に、上の方から金属がこすれ合う音が聞こえた。金属を叩きつける音に加えて、時折擦り合わせるような不快音。先日、ルノアとのやり取りで察したアクスは城壁塔から市壁の上へと上がってみると、案の定アイズとベルが戦っていた。

 

「あ、アクス」

 

「ぐぼほぉ!?」

 

 物陰から覗いているアクスに気付いたアイズの放った1撃がベルの顔面に吸い込まれる。些か力を込め過ぎたと彼女は気付くものの、既にベルは攻撃された勢いを殺すことが出来ずにアクスのすぐ横まで吹っ飛ばされた。

 

「ベルさーん、生きてますかー?」

 

「い"ぎてますー」

 

 潰れたカエルのように倒れたベルが息も絶え絶えといった様子で返事をするので、アクスは黙って治癒魔法を詠唱する。その詠唱にギョッとした彼は『お金を持ってない』と拒否するものの、慣れてきたことでちょっとだけ早く詠唱出来た治癒魔法が既に行使されてしまう。

 

「ちゃんと回復しないと危ないよ?」

 

「仕事前の準備運動ってことにしとくから大丈夫。でも、なんで他派閥の人なのに訓練してるの?」

 

「っ!」

 

 痛い所を突かれたように目を見開いたアイズはそのまま首を左右に振り、どう見ても『今考え中』のポーズをとる。アクスとしては別に理由はどうでも良いのだが、これを仮にレフィーヤ辺りに目撃されたら話がややこしくなるのではないかと尋ねる──が、既に遅かったようだ。

 

「うん、レフィーヤには一昨日見られてたみたい。だから、夜にちゃんと説明したよ」

 

「んー? 一昨日……一昨日……。アイズさんが治療院に来た次の日だよね。こんな時間にやってたの?」

 

「うん、かなり早い時間。あの時は初めてだったから、見回りの人を警戒して1周しながら訓練してた」

 

 どうやらルノアと見ていた冒険者もベルとアイズで確定らしい。そして、レフィーヤのうわ言から察するにアクスたちがギルドから治療院に戻る時間帯に終わったところを彼女に見られたのだろう。

 

「ロキ様はヘスティア様と仲悪そうなので言いませんけど、フィンさんたちにも内緒で良いんです?」

 

「うん、内緒でお願い」

 

 クライアントである【ロキ・ファミリア】の団員であるアイズから内緒と言われたらそうせざるを得ない。それにファミリア間で火種になり得そうな部分にはなるべく首を突っ込まないようにとディアンケヒトから聞かされていたため、アクスは何も見たり聞かなかったことにするよう努めた。

 

「じゃあ、僕はこのままお暇します。あ、そういえばベルさん。【ヘスティア・ファミリア】の本拠(ホーム)の場所ってどこです? 往診も視野に入れたいし」

 

「え、あー……。どうやって伝えよう……」

 

「アクスは遠征を始めるまで【ロキ・ファミリア】に居るから、覚えられないと思う」

 

 ナイフ以外は着のみ着のまま出てきたベルが口頭で場所を伝えようとするが、アイズが言った【ロキ・ファミリア】とアクスの事情に言葉を詰まらせる。書く物もないのでどうするべきかと悩んでいると、アクスはブリューナクの切っ先をベルの指に向ける。

 

「ギルドに聞くから良いよ。あ、別に血で何かに書いてくれても良いよ?」

 

「怖いからギルドに聞いて!」

 

 ()()()()()()()()もといブラックジョークを交えながらも、最終的にギルドに聞いて欲しいと懇願されたアクスはベルたちに手を振りながら元来た道を戻っていく。

 その後、『なんの忘れ物をしたのか忘れたー』とド忘れした振りをしながら黄昏の館へと戻ってきたアクスはすっかり全員起きて訓練している様子にげんなりしつつ、パンを齧りながら回復作業に従事していた。すっかり夜遅く、朝早くの社畜精神が身についてしまったような気がするが、自覚したら負けな気がする。

 

 そんなこんなで朝が過ぎ、昼が過ぎ、夜になった。たまにフィンやリヴェリアが様子を見に来ることを除けば回復したり、負傷者を運んだりと特訓する冒険者たちのサポートをずっとしていた。

 同じことのやり過ぎで神が言っていた『社会の歯車』という言葉の意味を薄々理解しながらも、彼はすっかり人気が無くなるまで仕事を続け、治療師(ヒーラー)のみとなった訓練場の隅で本日最後の仕事を始める。

 

「今日は回復薬(ポーション)の使用量についてお教えします。かなり古いですが、差し上げますので参考にしてください」

 

 そう言ってリュックから出してきたのは明らかに忘れたままリュックの底にでも放置されていたような紙。代表で受け取ったリーネが皴を伸ばしながら見ると、『回復薬(ポーション)の効率的な使用方法』という題名が掛かれている。

 

「皆さんも知っておられる通り、簡単な怪我なら回復薬(ポーション)を患部にかけるだけで治療が行われます。薬効が高い物だと目を覚まさない冒険者に振りかけただけで意識を取り戻すこともあります」

 

 そこまではリーネたちもよく知っているため、首を上下に動かす。特に【ディアンケヒト・ファミリア】製の高品質な回復薬(ポーション)は【ロキ・ファミリア】でも遠征などで大量に購入しては使用しているので、その力には何の疑いようもなかった。

 ただ、効率的にと言われるとちょっと疑問が残る。

 

「やっぱり飲ませるのが1番効率が良いの?」

 

「内側まで損傷している場合はそれが適切ですが、本当に軽い切り傷の場合は数滴落せば大丈夫です」

 

 『もちろん、品質によりますがね』と言いながらアクスは資料を数枚めくる。そこには【ディアンケヒト・ファミリア】で使用されている回復薬(ポーション)の品質と怪我が纏められており、どの程度の傷ならばどういった品質の回復薬(ポーション)でどのぐらい使用すれば治癒されるのかが書かれていた。

 

 【ディアンケヒト・ファミリア】はかの悪名高い暗黒期から続くファミリアなため、実験材料……もとい患者が後を絶たないという関係でこういった情報は山ほどある。

 アクスがリュックから引っ張り出して来た資料は割と直近に更新されているものの、それでも暗黒期が明けた頃の物なのでちょっと古い。ただ、ちょっと回復薬(ポーション)の品質に差異があるだけなので遠征で回復薬(ポーション)を使う分には問題ないだろうということで、アクスはそれを基に説明を始めた。

 

「ちょっと多いですね。それだと3回使うのは無理かと」

 

「戦いの最中でこんな繊細な作業できないよ~」

 

「戦いの最中は申し訳ありませんが、がぶ飲みで対処してください。ただ、落ち着いてからは慎重にお願いします」

 

 説明をしながら回復薬(ポーション)の空瓶に水を入れたものを教材に反復練習を行っていく。

 もちろん、戦闘中に怪我の状態を見て分量を量りながら処置をしていくなどといった神業は【ディアンケヒト・ファミリア】の面々でも出来る者は居ないだろう。ぶっちゃけると魔法の方が手早いし、如何に団長であるアミッドでもそこまで卓越した治療技術は……ないと信じたい。

 

 ただ、遠征中の小休止や安全階層での拠点構築中。アタックを掛けている最中の暇な時間など、治療師(ヒーラー)やサポーターが自由に動ける時間は探せば結構あるものだ。

 後は治療師(ヒーラー)側がフィンへ交渉することになるので強くは言えないが、たった数滴で良い所をバシャバシャかけて回復薬(ポーション)を無駄にした──という間抜けな結果は彼も望まないだろう。

 後はそこで落ち着いて処置をしてやれば良い。これはそのための反復練習だ。

 

「やぁ、こんな時間まで居残りかい?」

 

 そんな時、タイミング良く三首領が訪ねてきた。挨拶をする団員たちを制しながら彼女たちが見ていた資料をチラリと見たフィンは、資料の見易さや資料自体の価値に感嘆の息を漏らす。

 

「良い資料だね。これは最新かい?」

 

「いえ、僕が往診出来る年頃になって渡されたものです。今は団長や調合の発展アビリティを持つ薬師(ハーバリスト)の方の尽力で薬効が高まった回復薬(ポーション)もあるので、改定は進んでいるかと」

 

「質問を変えよう。この資料は販売品かな?」

 

「ギルドにも提出していない物なので、ディアンケヒト様の一存しだいかと」

 

 耳聡いという自負はあるが、この資料の存在すら知らなかったフィンは納得する。

 こういった情報は武器になれば金にもなる。費用費用と五月蠅いロイマンがギルドの貴重な資金を伴って【ディアンケヒト・ファミリア】から購入して無償で配布なぞするはずがない。

 

 そうなると、リーネから改めて手渡されたこの資料の内容を見るに参考資料程度の物なのだろうとフィンは推測する。

 

「この情報を買いたいって言ったら、神ディアンケヒトは頷いてくれるかな?」

 

「値段を釣り上げると思いますが、おそらくは」

 

 ディアンケヒトは医神だが、同系列の神であるミアハと違ってかなりの業突く張りだ。

 ただ、同時に物や人の価値をよく理解してそれらの価値を下げないようにと、神ゆえに回りくどい愛を持っている神でもある。

 ゆえにこの情報は高いとフィンは断じる。長年団員が更新し続けたことの価値もあるが、大手の医療系ファミリアとして守らねばならぬプライドもある。そうなると、アミッドを同席させても値段はあまり変わらないだろう。

 

 それでも、『売ってくれない』わけではない。値段交渉が出来ないだけだ。

 いくら吹っ掛けられようが、この情報は遠征を続けるために必要だと思ったフィンはガレスたちに資料を回し読みさせる。

 

「戦闘中にはちと厳しいが、歩哨を立てた状態なら使えるな」

 

「なにより物資の節約は遠征の基礎ともいえる。我々も覚えておくに越したことはない」

 

「決まりだ。明日、ロキと一緒に【ヘファイストス・ファミリア】に行くから、回復薬(ポーション)の発注ついでに神ディアンケヒトにも会ってこよう。アクス、すまないけど同行して欲しい」

 

 全員の許諾が取れたことで、フィンがアクスに明日の同行を頼んでくる。

 アクス自身は別段問題はない。ただ、冒険者依頼(クエスト)中ということを言うとフィンは『治療院とは別に、君に同行してもらいたいところがあるんだ』と意味深なことを言ってきた。

 どこなのかと問うと、どうやら墓地らしい。アクスの記憶では直近で【ロキ・ファミリア】に死亡者はいなかったはずだ。それに別のファミリアの墓参りだとしても、それはアクスには何の関係もないことなので行く必要はない。

 

 そうなると──。

 

「なるほど。ロキ様が言っていた"お前はもう用済みやー。往生せいやー"ってやつですね」

 

「……ちょっとロキに色々伝えることがあった。失礼するよ」

 

「私も行こう。フィンだけでは伝えられないこともあるかもしれない」

 

「リヴェリアでも伝えられないこともあるじゃろ。儂も行くとするか」

 

 急に表情が見えなくなるほど影が差し込んだ三首領がその場から去っていく。何かおかしなことを言っただろうかと思うのも束の間。黄昏の館を揺るがすほどの轟音が聞こえた。




ブリューナク
 フロスヴィルトの魔法吸収と放出機能を流用したオリジナル槍。魔剣の魔法でもエンチャント魔法でも吸収出来るし、治癒魔法も行けると思うの…という考えから出てきました。
 治癒魔法では切っ先で刺した部分を中心に範囲治癒魔法が。オート・ヒール魔法の場合はまだ考えてないです(求 ネタ
 元ネタはケルト神話の太陽神ルーの槍。(ブリューナクは日本の独自設定の説が濃厚)
 ちなみに、ルーの父方の祖父はディアンケヒトなので、それ繋がり。
 アクスのスキルに鮭飛びの術があるのも、会得者にクー・フーリン(ディアンケヒトから見てひ孫)が居るため。


 精霊の護符や魔法耐性の強い糸などで作ったディアンケヒト・ファミリアのエンブレムが刻まれた旗。精霊旗のかなりすごい版。値段もディアンケヒトが白目を剥く程度にすごい。

アクス君の1人寝事情
 数年前まで男女問わず団員たちが入れ替わりで添い寝をしていたが、1番一緒に寝ているのはアミッドである。多分、ひよこみたいな刷り込みで安全だと判断したんでしょう。知らんけど。

ポーションの授業
 基本、アニメでもバシャバシャポーションぶっかけてるともったいないなぁって思うのと、高所から落ちて気絶した人に小さな試験管の液体バシャーで意識を取り戻すって描写だけなので、医療的な感じで妄想したオリジナル設定。真に受けないで
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