ディアンケヒト・ファミリアの末っ子   作:マジックテープ財布

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なんかストックが溜まってきたので


17話:外回り

 オラリオの中央から見て南東の方角にある共同墓地。通称、冒険者墓地と呼ばれる個々の一画では2つ──否、3つのファミリアが顔を突き合わせていた。

 

「やぁ、【万能者】(ペルセウス)。奇遇だね」

 

「おはようございます。エリリー様のお加減は如何でしょうか?」

 

「エリリーはまだ養生中です。また、暇があれば往診に来てください。それよりも【勇者】(ブレイバー)【小神父】(リトル・プリースト)を連れてこんな所に何をしに来たのですか?」

 

「なに。うちの団員を君の所の団員が身を挺して助けてくれたみたいだからね。そのお礼を言いに来たのさ」

 

 懐疑的な視線を向けるアスフィであったが、フィンはアクスを連れて彼女たち──【ヘルメス・ファミリア】の間を縫って2つの墓石の前で膝を折る。

 ダンジョンというどこから敵が現れてもおかしくない環境下で死体を持って帰る余裕はないため、ほとんどの墓石の下は空である。

 この2つの墓石の主。ポックとポットも例外ではなく、彼らはアイズたちが24階層に出現したイレギュラーを撃滅するための時間稼ぎとして散ったらしい。敵──闇派閥(イヴィルス)の残党が使っていた火炎石を一気に起爆したために死体は粉々になったが、せめて日の当たるところにとアスフィが用意したのがここだった。

 

「アイズに聞いたけど、ポック氏は僕を英雄と認めてくれていたみたいだね。光栄なことだ」

 

 そう言ってフィンは腰に下げていた短刀を鞘ごと外す。鞘には自分の名前が刻まれており、彼はその短刀をポックの墓石の近くに埋めた。

 

「勇敢なる同胞よ。僕は君を誇りに思う」

 

 まるで目の前に居るかのように語ったフィンは墓石に黙祷する。それに従って全員が黙祷し出した。

 たっぷりと1分ほど黙祷をした後、ふっと立ち上がったフィンはアクスを呼び寄せる。すると、アクスは2人の墓石の間で膝立ちになった。

 

「ポック様、ポット様。お顔が見れなくなったのは残念でなりません。ですが、今はゆっくりとお休みください」

 

 彼らはアクスにとってたまに往診で会っていた間柄である。LV.2の治療師(ヒーラー)ということで最初は特にポックから嫌味を言われたが、徐々に打ち解けていった。

 常に忙しく暗躍する【ヘルメス・ファミリア】という立場上、最近はあまり会うことがなかったところにこれだ。自分の知らないところで命が手の平から零れ落ちる瞬間を噛み締めながらも、アクスは【ディアンケヒト・ファミリア】の制帽を外すとポットの墓石の側に埋めた。

 

 アクスがそんなことをしている一方、フィンは予め買ってきていた白い花束を墓石の前に置き出す。

 キークス、ホセ、ポット、ポック。総勢4名の墓石に花束を置き終わった彼は今一度深く黙祷を捧げる。

 空の墓に『その者が生きていたという証』が加えられ、花や祈りという哀悼の意思が手向けられる。4人の献身ともいえる犠牲は決して無駄ではなかったと、【ヘルメス・ファミリア】の全員が涙を流しながらフィンたちに倣って黙祷した。

 

***

 

「お、おかえり~」

 

「遅くなったね。じゃあ、行こうか」

 

 墓参りが終わったフィンとアクスは墓地の外で待機していたロキと合流し、【ヘファイストス・ファミリア】の本拠(ホーム)であるヴァルカの紅房へと歩く。その道中でアクスはロキの方を見ながら疑問を口にした。

 

「ロキ様、ダンジョンで何か起こってるの?」

 

「なんでそう思うんや?」

 

「アスフィさんの所が4人も亡くなった。流石に僕でも何かあるって分かるよ」

 

 アスフィを含む【ヘルメス・ファミリア】の団員はレベルは低いものの、少数精鋭と言えるほどの手練れ揃いだ。レベルでは推し量ることが出来ない技量もあり、なによりアスフィは犠牲を出さずに慎重に事を為す性格である。

 そんなファミリアの団員が4人も──それもイレギュラーとはいえ24階層と中堅冒険者であれば探索しうる場所で被害を出すだろうか。

 さらには強行軍とはいえ、ベートが装備や足を壊してきたことも気になる。

 これだけの材料をもってして『何も問題ない』と思えるほど、アクスの頭はお花畑ではない。彼の言葉にロキはつい喋りそうになるが、フィンがそれを制した。

 

「その"未知"を調べるための遠征さ。僕は楽しみで仕方ないよ」

 

「フィンさんがそう言うなら、今はそう思っとく。……何があっても必ず帰って来てね」

 

「君もアミッドと同じようなことを言うんだね。分かってるよ」

 

 フィンの胸中にはこれまでに起こった事件が走馬灯のように流れていた。

 闇派閥(イヴィルス)の残党。食人花のモンスター。宝玉の胎児。そして、アイズが持って帰ってきた59階層のこと。

 未だパズルのピースに過ぎないが、どれもいずれは1つの事件になるとフィンの冒険者としての勘が告げている。それがどのような事態になるのかすらも分からないが、そういった『未知』を前にフィンは武者震いを抑えきれずにいた。

 

 そんなフィンたちはやがてヴァルカの紅房の前まで行くと、既に扉の前にはヘファイストスが待っていた。

 

「あら、アクス。お帰りなさい」

 

「僕、ヘファイストス様のファミリアじゃないよ?」

 

「良いのよ。よく手伝いに来てくれる子を他派閥だからって区別する程、器は狭くないつもりだし。ほら、ただいまは?」

 

 そう言いながらヘファイストスが『ただいまー』と近づいていくアクスを抱き上げる。もはや顔が広すぎて今後はアミッド以上に引っ張り出すのが困難ではなかろうかとロキは今更なことを思うが、もはやしでかしたことは仕方ないとして平然と今回の遠征に対する打ち合わせに入ろうとする。

 

「ちょっと待ってね。あの子、"アクスの報酬の1つをコロッと忘れておったー"って工房に篭ってるから」

 

「もうブリューナクもらってるよ?」

 

「私も知らないわよ。現に椿が籠ってるんだから」

 

 眷属()であるはずの椿の動きについて我関せずと紅茶を啜るヘファイストス。椿の性格上、仕事を放棄して話し合いなど天地がひっくり返ってもあり得ないのでいったん出直そうとするが、工房の方から『出来た』という叫びと共に執務室の扉が開け放たれた。

 

「主神様よ、出来たぞ! ……っと、フィンたちも居ったのか。今日はどんな用向きだ?」

 

「なに言ってるのよ。遠征の打ち合わせでしょ」

 

「おぉ、そうであった。そうであった」

 

 いつもの調子で予定のことをすっぱりと忘れていた眷属()にヘファイストスはいつもの調子で息をつきながら席に着くよう促す。途中、椿の豊満な胸部を羨ましがったロキがセクハラをし出すが、試し切りでダンジョンに潜ってたらいつの間にかLV.5になっていた冒険者は伊達ではない。即座にカウンターを決め、ロキを沈めた。

 

「さっさと本題に入ろうか。これから【ディアンケヒト・ファミリア】にも行かないとならないし」

 

「あらそう。なら、早く済ませないとね」

 

 フィンの言葉にヘファイストスはさっそく打ち合わせを開始する。

 まずは先日彼女が送ってきた椿を入れた上級鍛冶師(ハイスミス)20人を全て遠征のために借り受けることをロキとフィンが宣言し、『あい分かった』と彼女が全員の契約書にサインをしてヘファイストスへと譲る。

 それを受け取ったヘファイストスはサインをしながら各自のレベルはもちろんのこと、鍛冶の腕前もフィンに事細かく伝えては『戦闘も鍛冶も頼れる存在』だと太鼓判を押してくる。

 

「そういえば椿、不壊属性(デュランダル)はどうだい?」

 

「アクスのおかげでこの通りよ。注文通り5振りを手前で用意させてもらったが、最終的な調整は直前にやらせて欲しい。僅かな誤差も命取り……だろう?」

 

「そうだね。それでお願いするよ」

 

 僅かな重心の変化や切れ味は僅かに手ごたえを鈍らせ、致命傷を遠ざける。いつもの調子で使っていたのに武器の不調で返り討ちに合ったなど双方にとって不名誉この上ないため、自ら打った武器を用いて戦う鍛冶師らしい頼みにフィンは快諾した。

 

 その後はベートのフロスヴィルトについての小言を1言、2言……10言ぐらい言われたが、『50ヴァリスでお使いに行かせる【凶狼】(ヴァナルガンド)』という制裁のことを言うと、主神共々ゲラゲラと笑いながらあっさり許した。

 曰く、『良い気味だ、あの小僧め』らしい。

 

「でも、遠征には魔剣も必要じゃない? そっちに備蓄あるの?」

 

「無いんやけどなぁ~。ファイたんところはたっかいしなぁ」

 

 魔導士でなくとも振るだけで魔法を発動させられる魔剣と呼ばれる物は、冒険者の能力以上の戦果を叩き出せる装備だ。何度か使うと砕けてしまうが、遠征では何があるか分からないので準備しておくに越したことはないのだが──如何せん高すぎる。

 それを1本や2本どころではなく、10本単位で発注となると如何に大規模な【ロキ・ファミリア】であっても借金は避けられないため、ロキは苦虫を噛み潰したような渋い顔で机に突っ伏した。

 

「しかし、魔剣か。これ以上ない作り手が居るのだがなぁ……」

 

「それって"包丁屋さん"のこと?」

 

「アクス、知っておったのか?」

 

「それにしても……。ぷっ、アハハハ。包丁屋さんって……。そうね、アクスにとっては包丁をもらっただけだもんね」

 

 何やら身内だけで話をされて置いてけぼり状態なフィンたち。それに気づいたヘファイストスは『ごめんなさいね』と謝ると、概要だけ彼らに教えた。

 名前は本人が血筋を嫌うために教えられないが、椿よりも高性能な魔剣を作り出すことが出来る()()()鍛冶師(スミス)だ。【ヘファイストス・ファミリア】で上級鍛冶師(ハイスミス)を名乗るのに必要な発展アビリティである鍛冶すらも取得していないことをヘファイストスは言及するが、それを『伸びしろ』だと判断したフィンは思わず立ち上がる。

 

「話を最後まで聞きなさい。あの子は魔剣を打ちたくないの」

 

「打ちたくない? どういうこっちゃ」

 

「色々あったのよ。魔剣に人生を狂わされたと言っても過言じゃない程に……ね」

 

「へー、包丁屋さんってそんなにすごい人だったんだ」

 

「アクス、いい加減包丁屋は止めてくれ……。ヴェル吉が……包丁屋……」

 

 シリアスな空気の一方で事なさげにその鍛冶師を包丁屋扱いするアクスとそれに笑う椿。

 だが、アクスにとっては『治療の礼代わりだ』とウォーシャドウの指刃を混ぜ込んだ包丁をくれ、たまに研ぎを頼みに行けば『これが武器なら最高に嬉しいんだけどなぁ』と苦笑してくる包丁屋でしかなかった。

 

 ──ただ、あちらもあちらで思いつめた表情で魔剣についてをアクスに訊ねた際、『炎の魔剣ってお湯とか湯冷まし作るのにちょうど良さそう』と冒険者らしからぬことを言ってきたので、アクスのことを『変な治療師(ヒーラー)』と思っていたりする。

 

 閑話休題。

 

「じゃあ、物資の方は私たちでも半分持つわね。研磨剤は銀石英(トゥルーシルバー)で良かったわよね?」

 

「あぁ、【ゴブニュ・ファミリア】製の物は何時もそれで研いでもらっているからそれでお願いするよ」

 

 話し合いは特に拗れることもなく終わり、4日後の待ち合わせはバベル前に決まる。後は4日後のことを【ディアンケヒト・ファミリア】に伝え、逆算して回復薬(ポーション)の製造や準備に入ってように頼みに行くだけなのだが、執務室の扉を開けた時に椿がアクスに小さな短剣を手渡して来た。

 

「椿さん、なにこれ」

 

「雷の属性を込めた魔剣だ。ブリューナクに使うと便利だと思ってな、昔の試作品を打ち直してみた」

 

 先ほど言ったが魔剣はべらぼうに高い。椿の手掛けた物ならそれこそディアンケヒトが恐れ戦くレベルに高いだろう。

 『もしかして、借金漬けにしてアクスを引き取る算段か?』と邪推するフィンや『子供になんて物を』と狼狽えるヘファイストスであったが、もらった当人は気に入らない様子で魔剣を眺めていた。

 

「なんだ、嬉しくないのか?」

 

「炎の魔剣だったらお湯が作りやすいのに……。雷なんてどう使えば良いの?」

 

 かの鍛冶師に言った内容をそっくりそのまま文句として叩きつけ、一同がズッこけたのは言うまでもない。

 

***

 

「申し訳ありません。ディアンケヒト様の気付けが難航しております」

 

 【ヘファイストス・ファミリア】を出たフィンたちは、最終目的地である【ディアンケヒト・ファミリア】の応接室に通されていた。対面には白目を剥きながら泡を吹くディアンケヒトが居り、その横でアミッドが様々な薬品で気付けを試みているものの一向に目を覚まさない。

 

「いや、仕方ないよ。あれは」

 

「明らかにアクスが悪いで、あれは」

 

 フィンたちの言う通り、ディアンケヒトがこうなったのも大体アクスが悪かったりする。

 アクスたちが治療院に向かっている折、なぜかディアンケヒトがランニングをしている現場に出くわした。なんでも【ミアハ・ファミリア】が新しい回復薬(ポーション)を納品して来たらしく、その鬱憤をランニングすることで解消していたそうだ。

 そのまま流されるように治療院に先導され、商談の席へとついたフィンは改めて発注する回復薬(ポーション)の目録と共に【ディアンケヒト・ファミリア】で蓄積された回復薬(ポーション)の用法容量における効率的な治療の資料を売って欲しいと【ロキ・ファミリア】からの要求を伝えた。

 

 すると、彼は即座に『高いぞ?』とブッ込んでくる。ただ、それもフィンにとっては望むところで執務室で具体的な値段交渉が為され、即日引き渡しという条件で今回の遠征でもいくつかのドロップアイテムの採集して来ることを確約することで交渉は無事に締結。

 ここまでは問題はなかった──そう、ここまでは。

 

「ところでアクスよ。その槍はどうした?」

 

「椿さんからクエスト報酬にもらったー」

 

「もらっ……!?」

 

 たしかに以前のクエストの報酬であるアクスの武器について、ディアンケヒトとアミッドはアクスと先日来たヘファイストス本人から説明を受けている。

 ただ、見るからに高価そうな素材や柄に刻まれた【ヘファイストス・ファミリア】のとはまた別の刻印の意味に色々気付いてしまったディアンケヒトは、そのまま白目を剥きそうになりながらも必死に耐える。

 

「おぉ、耐えたで」

 

「フハハハ、当たり前だろう! いかに高かろうが、うちの経営に問題はなぁいっ! ……ただ、ちょっと傾くだけだ!」

 

「あ、ついでに魔剣ももらいました」

 

「──ぐふぅっ!」

 

 隙を生じぬ2段構え。1撃でさえ満身創痍だったディアンケヒトは呆気なく気絶する。

 もはや契約成立どころではないため、一旦ディアンケヒトに気付けを行う傍らでアミッドが事情聴取。大方は成り行きではあるが、超高額の2点をどのように扱おうかと頭を悩ませていた。

 

「まったく、こんな物をもらって来るなんて」

 

 ムニムニと頬を引っ張りながら、アミッドは今一度考えこむ。ここで突き返してしまえば話は早いが、主神であるヘファイストスを含めたファミリアの総意を無碍に断っても良いものだろうか。そんな考えが安直な解決法を否定する。

 

「もしかして、これは全部フィン様が仕組んだのですか?」

 

「酷い言いがかりだね。後で神ディアンケヒトに聞いてもらっても良いけど、誓って僕はなにも仕組んでいない。遠征に付いて来て欲しいと願ったのは本当だけどね」

 

 そう、これは言いがかりだ。

 奇しくもフィンと同じ槍を使う、治療師(ヒーラー)という希少存在。特に物欲がないアクスにご褒美という名目で魔導書(グリモア)を与え、高価な装備を裏で暗躍して受け渡す。

 物的証拠をつらつらと言えば、まるで英雄譚の主人公に助言を与える魔導士のようではないか。

 

 ただ、これをすることに【ロキ・ファミリア】は何のメリットもない。それに、アクスが目的ならば手っ取り早い戦争遊戯(ウォーゲーム)以外にもいくらでも手段はある。こうして誠実に話し合いをしながら信頼関係を築くことなど無意味なはずだ。

 

「アミッド。主神やから疑われるかもしれへんけど、フィンの言う事はほんまや。ただ、正直うちも出来過ぎやと思とるけどな」

 

「おいおい、ロキ。君は流石に信じてもらわないと困るよ」

 

「アホ抜かせ。もしかして自分、アクスが女やったら真っ先に求婚しとったクチちゃうんか?」

 

「ハハハ、そんなまさか。ハハハハ」

 

 目が全然笑っていなかった。ロキでなくても嘘だと分かる言葉の数々であったが、アクスはアミッドを抱きしめながら一言。

 

「僕、お姉ちゃんと一緒に居るから嫌」

 

「ぶははは! フィンが振られとる! 後でガレスたちに言うたろ!」

 

「うん、それは止めようかロキ。僕にも堪忍袋があるんだよ?」

 

 子供ゆえの無自覚なナイフがフィンのダンディーハートを串刺しにする。これでもパルゥム以外には中々にモテていたため、こちらが何も言ってないのに一方的に嫌と言われたことにちょっと傷ついたのは内緒である。

 

 そうこうしているとディアンケヒトが正気を取り戻した。未だブリューナクを見て膝を笑わせてはいるものの、その双眸には知性が宿っていた。

 

「もらってしまったものは致し方ない。奴らも今頃返せとは言わんだろうし、こちらからも何かする必要もないだろう。……が、今回は動く金がデカすぎる。だから、アクス。お前には遠征について行ってもらう」

 

「ディアンケヒト様っ!!」

 

 ディアンケヒトの決断にアクスを振りほどいたアミッドが彼のローブを掴んで叫ぶ。敵意を込めたその眼差しを前にディアンケヒトは優し気に彼女を見つめると、いつもの調子で高笑いを始めた。

 

「ただぁーし、最大で18階層までだ。そろそろリヴィラの街の往診するタイミングじゃろ? 恩も返せて行きの護衛費も削減できるなんてついとるのぉ、アミッドォ!」

 

「……えぇ、そうですね。皆様も失礼しました」

 

「事情は分かった。僕たちも喜んで賛成させてもらう」

 

 少々呆気に取られていたアミッドは深いため息をつき、フィンに深々と礼をしてから着席する。こうしてややお高めの報酬をもらったツケはアクス自身が払うことになったが、本人は特に気にせずにいる姿にアミッドは今度こそ彼の額を軽く小突くのであった。

 

 そんな具合に朝から墓地へ行ったり、ファミリアを巡ったりと中々に忙しかった本日の予定が全て終わる。

 ただ、アクスの業務はまだ終わっていなかった。

 

「それでは、新しい資料を用いての説明と訓練を行います」

 

『はーい』

 

 いつもの訓練場でアクスはリーネたちと治療訓練を行う。ただ、そのメンバーの中に3人の『異物』が含まれていた。

 

「アクス、【ディアンケヒト・ファミリア】の回復薬(ポーション)はどのぐらい保つ?」

 

「具体的に何日かは分かりません。ただ、治療院が襲撃されて回復薬(ポーション)の調達が困難になった時の記載に、変色していても効能に問題はなかったとあります。ですが、なるべく早く消費した方が良いかと思います」

 

「アクス。打ち身は飲ませるか、患部に塗るかどっちが良いんだい?」

 

「確実性を取るなら飲ませます。患部に塗るのは傷口が開いたりして回復薬(ポーション)の薬効が身体の内部に浸透できる状態が1番効率が良いです」

 

 リヴェリアやフィンの疑問に逐一答えながら回復薬(ポーション)瓶の中に入れた水をガレスの腕に落としていく。三首領が参加してくるのは意外であったが、フィンが言うには悪い意味で職業に貴賎が無いのがダンジョンらしい。

 それこそ魔導士や前衛、指揮官といった彼らが治療師(ヒーラー)の真似事をするほどまでにダンジョン探索は余裕がない。特に適切に処置が出来る冒険者はいくらいても良いというのが、今回彼らが参加した理由だった。

 

「知恵に変えるための知識を求めに来たんだよ。そこに団長とかは関係ないさ」

 

 知識は付けば余計な迷いが増える。だが、それが知っているだけから実践した経験や応用方法も含めた『知恵』に変われば、それがパーティを説得するに足る力となり、戦況を覆せるほどの一手にもなり得る。『昔、とあるパルゥムから教えてもらったのさ』と珍しく過去を懐かしむフィンを見ていたアクスだったが、気を取り直して説明を再開する。

 

「棘などの刺し傷の場合は患部に垂らして……圧迫するように包帯を巻きます。動きにくくなりますが、密着すれば治りやすいので」

 

「なるほど。そう処置するのか。しかし、傷は良いがペルーダなどの毒はどう対処する?」

 

 深層に出てくる毒針を飛ばすモンスターをガレスは例に出してくる。かのモンスターの毒針は発展アビリティを貫いてくるため、ポイズン・ウェルミスと並んで厄介なモンスターに認定されている。

 そんな猛毒を相手に普通の応急処置は何の意味もなさないため、アクスは素直に解毒薬の使用かアミッドのような高位の解毒が出来る魔法の使用を提案する。

 

「素材や解毒薬の在庫は大丈夫なのか?」

 

「在庫はある……としか言えません」

 

 リヴェリアの質問にアクスは具体的な明言を避けるかのような答えを返す。

 現在、【ディアンケヒト・ファミリア】で販売している解毒薬は中層以降でも通用する上位品も含めてかなり在庫がある。ポイズン・ウェルミスの体液やユニコーンの角といった素材も先日【ロキ・ファミリア】が売ってくれた分を加えれば十分な量用意しているため、ハーバリスト総出で生産するとかなりの量が作れる計算だ。

 

 ただ、ダンジョンにはイレギュラーが付きものだ。仮にそれが強い毒性を持つモンスターの大量発生ともなれば、行く行くは在庫や新たに作り出しても需要に供給が追い付かない結果に発展するだろう。

 さらには医療系のファミリアは【ディアンケヒト・ファミリア】だけではないため、新たな素材の調達にも一苦労となり、苦しむ人間が増えるという悪循環にも繋がってしまう。

 

「あの、今から増産というのは無理なのでしょうか?」

 

「ラクタ。先程アクスが保存期間について言っておったではないか。無暗に作ってみろ、【ディアンケヒト・ファミリア】は即座に火の車じゃて」

 

 そうなると薬品を増産出来ないかと兎人(ヒュームバニー)のラクタは言うが、ガレスが呆れながら結論を述べた。

 治療院で売られている回復薬(ポーション)などはナマモノである。時間が経てば劣化し、効能の低下や腹痛などのもらいたくない副次効果もつく可能性が出てくる。

 そうなればもったいないが廃棄するしかない。しかし、そうしてしまうとその回復薬(ポーション)1本作るのに使った素材や人件費を回収することが叶わなくなってしまう。

 

「申し訳ありませんが、今の在庫が団長や数人の薬師(ハーバリスト)が計算してギリギリ廃棄しない限界なんです」

 

「すみません。そこまで気が回らなかったです」

 

「そうだね。僕たちは冒険者だからこういった商売に関しては疎い。なら、先生。今の状況で解毒薬や回復薬(ポーション)が大量に……それこそイレギュラーが発生した時はどうするべきかな?」

 

 質問をするフィンの瞳をアクスが見る。

 試してる──否、これは本当に知らないのだ。ただ、アクスからしても今の状況でのイレギュラーは成り行きに任せるしかありえない。発生個所がダンジョンの中か外。中だとしたら上層か中層以下かで対応も分かれるため、『これ』といった方針を出せずにいたが──。

 

「リヴェリア様。ファミリアで素材の保管は可能でしょうか?」

 

「……保管方法によるな。だが、なにかあるのか?」

 

「"持ち込み"で作らせるんです。団長ならば素材さえあれば後のことは考えずに作るはずかと」

 

「そうか! 予め素材を用意しておいて必要な時に持ち込めば、品切れの心配もない! 製作費だけで対応が出来る!」

 

 回復薬(ポーション)を購入するのではなく、持ち込みで作ってもらうという案にフィンの声が弾む。

 これは昔、豊穣の女主人にデメテルがファミリアで仕留めた獣の肉を持ち込んだ話のことをミアから聞いたことがあり、それを【ディアンケヒト・ファミリア】へと置き換えたわけだ。

 作業者の負担を除けば問題は材料のみ。それも別のファミリアであるならば、『【ディアンケヒト・ファミリア】が材料を買い占めている』という情報から素材の値上げが行われる可能性は少ない。

 そもそも、適切に保管しておいてくれているのであれば普通にとってきた物を保管しておいても十分な量が集まるため、今後はこういった製造代理的な取引も出来るのではなかろうか。

 

「とりあえず、高等回復薬(ハイ・ポーション)とポイズン・ウェルミスとか解毒薬の保存方法だけでも聞いて良いかい? 明日から遠征に参加しない団員にちょっとずつ集めさせるよ」

 

「承知しました。では、まずは──」

 

 アクスは各薬品で使われる素材の保存方法から適切な温度。ナマモノの場合は保存可能な日数を長年記し続けていた医療用の手帳を基に説明していく。

 当然ながら飯の種でもあるので完全なレシピは教えない。ただ、作るうえで特に薬効成分の肝となり、品薄になり得そうな素材を教えるだけである。

 

「あ、この葉っぱですが茎は必要ありません。なので、葉の部分だけ持ってきていただけると割引しやすくなるかも……」

 

「あぁ、そういう情報はありがたい」

 

 回復薬(ポーション)を作るうえで切り落とす部分だったり、保存に邪魔な部位だったりを教えたのだが、それで人が救われるのだったら安いものだろうと、結局アクスの講義は深夜まで続いた。




そろそろヘイズ師匠との修行回が書きたいゾ。バカ弟子☆

ポック&ポット
 地味にやりたかった。これも死亡キャラの救済になるのだろうか。

魔剣
 ブリューナクとセット運用で椿は考えていたが、デュランダルの仕上げとか諸々ですっかり忘れてた。
 アクス曰く、炎だったらお湯沸かすのに使えそうだったのに。

包丁屋さん
 妙なネーミングセンスをするエルフが名前を聞くと怒髪天を突く勢いで怒り出す鍛冶師の人。

ディアンケヒト
 知らない間に眷属がヤバい代物をいくつももらってきた件について。
 ただ、後に4年にも及ぶ往診の実績とその値段に助けられたというヘファイストスの説明に一応納得はする。
 ただ、最高級品をポンと差し出す眷属の考えにについては、ヘファイストス共々理解はしていない。

アミッド
 いつもの弟絶対守るウーマン。久方ぶりに帰ってきたのでアクスニウム(未発見物質)摂取中

持ち込みについて
 豊穣の女主人にて、デメテルがお裾分けを持ち込みしてきたことからアクスが考えたオリジナル設定。
 保存方法や日数を考えなければならないが、大規模なファミリアであったら事前に素材を保存しておいて、遠征前とかに代理調合してもらえば結局は安上がりになるんじゃね。と思った。
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