ディアンケヒト・ファミリアの末っ子   作:マジックテープ財布

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アニメ見ながらヘイズ師匠との修行をどうしようか悩み中


18話:挑む者

 3分、3時間、3日、3か月。人間、3という数字には何かと弱い。

 3日坊主などが典型的な例だが、【ロキ・ファミリア】で回復作業に従事して3日経過したアクスも似たような状況に陥っていた。

 なにせ、朝昼の主な業務は回復作業。夜中は治療師(ヒーラー)や三首領と勉強会という単調過ぎる業務である。さらには【ロキ・ファミリア】ではラウルという機転が利く存在も居るため、彼の活躍で訓練もかなり効率化。今では回復作業も緊急時や全体休憩のタイミングでしかアクスは行っていない。

 大人ならば忍耐力が育っているので暇になってもやっている風に装うなどで努力するが、そこら辺がまだ幼いアクスにはまだそういった社会人スキルは備わっていない。

 

 ゆえに作業の合間に面白そうなことを探すアクス。訓練場の全体を見ながら相手が居なさそうな冒険者を探していると、ラウルが1人で様々な武器を試していた。

 

「お、アクス君。どうしたんっすか?」

 

「暇になりました」

 

「あー、治療師(ヒーラー)の負担が減ったから……」

 

 周囲を見てアクスの言いたいことに納得するラウル。最初こそバラバラに散らばっていたが、アクスが来て3日経った今では1撃1撃が危ない高レベルの者は中央に。そこから低レベルごとに安全地帯付近で戦うというルールがラウルから提案された。

 これは単純に高レベル同士の訓練が危険であるということに加え、中央部で倒れた者たちを要救助者に見立てた訓練になるのではないかとラウルが疑問を投げかけたからである。

 前線で倒れた冒険者を担ぎ、訓練で動き回っている冒険者の攻撃を暴れ狂うモンスターに見立てて回避し、最終的に治療師(ヒーラー)の居る後衛へとたどり着く。羅列していけばたしかに遠征中によく体験する動作である。

 

 納得すると後は早く、すぐさまこの形式で訓練が再開される。その結果、ラウルの目論見は大当たりでスムーズな回復作業と戦闘を避けながら救助をする技術というステイタスに反映されない経験が彼らの中で伸びていく。

 ただ、その反動でアクスが暇になってしまい、困った彼が皮肉にも発案者であるラウルに話しかけているのだが……。まぁ、それはそれである。

 

 少々悩んだが、ラウルは自分が手にした大剣を模した木刀とアクスの背負っているブリューナクを見比べながら提案をしてくる。

 

「じゃあ、対人を意識した訓練をしてみるっすか?」

 

「やる!」

 

 元気一杯という様子でアクスは槍を模した木製の模型を手に取った。対するラウルは大剣をはじめ、長剣、斧、投げナイフといった様々な木刀を構えてはアクスにゆっくりと攻撃しながら注意点を教えていく。

 

「材料によるっすけど、剣は横から弾かれると弱いっす。大剣はここっ! このタイミングで弾けば、相手によっては弾き飛ばせることが出来るっす。やってみて」

 

「はい!」

 

「斧は回避が物を言うっす。小さく振るって来る時は回避を主体に、大振りで避けて決めるのが正道っすね。ただ、手練れになって来ると回避も織り込んだ動きをして……こんな風に誘い込まれるので注意っす」

 

「はい!」

 

 こうして業務の合間にラウルと自主練をする機会が増えてきた。

 だが、ラウルもラウルでフィンに代わって遠征に使う物品の調達や管理といった兵站作業やギルドへの簡単な報告作業を行っているため、あまり時間は取られない。そんな時はラウルに学んだことを気を付けながらブリューナクを素振りをしたり、アキやクルスといった面々に『せっかくだから』と色々優しく教えてもらったりしていた。

 

 そんな新たな刺激に目覚めた生活が1日、2日と続いていき、あっという間に遠征前夜。最終日は夕食の時間を過ぎても訓練が終わる気配すらなく、さらにはティオネたちどころかベートすらも体力の回復としてアクスを探し出して回復させるという珍事が発生。その対応に彼は追われるように業務を遂行していた。

 

「ほんまにすまんなぁ、アクス。お疲れさん」

 

「いえ、こっちも魔法を使って魔力も上がってるはずですから」

 

 そう言いながらアクスはロキの人差し指にガーゼがついたテープを貼る。夕食後からロキの私室の前にはステイタス更新を望む列が瞬く間に形成され、先程ベートが出て行くまで彼女はその対応に追われていたのだ。

 ロキ自身もダンジョンがそんなに生易しい存在ではないことは十分に分かっているが、ギリギリのギリギリまで訓練してステイタス更新を強請ってくる眷属たちに文句の1つでも言いたかった。

 

 だが、それもようやく終わった。後は眷属たちを信じて待つばかりである。

 この時間だけは未だに好きになれそうになかったロキだが、ふとベートが出て行った後に入ってきたアクスに1つの疑問を投げかけた。

 

「なんで自分、ここに居るん?」

 

「たくさんステイタス更新してたみたいなので、止血しようかと」

 

「いや、ありがたいけどな? 自分、何時か刺されるで?」

 

「刺される?」

 

「いや、気にせんとって。……無自覚怖いわ」

 

 アクスの言葉にロキは指先のテープを見る。たしかに先ほどまでステイタスを更新し続けてたし、止血という心遣いはかなり嬉しい。

 しかし、神にもそのような純粋無垢な善意を押し付けるのは如何なものだろうか。いつか変な神に目を付けられそうな対応の仕方に彼の今後が少々不安になったロキがやんわりと忠告するのだが、アクスは首を傾げるばかりであった。

 

***

 

 そんなこんなで遠征当日。バベルの前では今回遠征に参加する【ロキ・ファミリア】の団員と【ヘファイストス・ファミリア】のハイスミスたちが集まっており、それぞれは集まって物資の再確認を行っていた。

 特にサポーターの役割を担っている者たちが忙しなく動き回っている中、レフィーヤはアクスを見張っていた。

 

「あ、ラウルさん大変そう」

 

「はーい、今日のアクス君はお客様なんだから静かにしてよーね」

 

 少し前はアキ。その前はリーネと大変そうに荷物を運んでいる冒険者を見かけては手伝いに行こうとどこかへ行くアクスの手を繋ぎつつ、フィンの号令を待つレフィーヤの横からアミッドが声をかけてくる。

 

「レフィーヤさん、アクス」

 

「お姉ちゃん!」

 

「あ、アミッドさん」

 

「……本当にご迷惑をおかけします。あ、これ私から」

 

 アクスの手を離さないようにしっかりと握っている彼女にシンパシーを感じたのか、少々同情的な視線を送るアミッドは一抱えほどの箱をレフィーヤに手渡す。そのままアクスを抱きしめながら前の遠征の時のように色々言っているアミッドには悪いと思ったが、気になったレフィーヤが中身を見る。

 

「あの、高等精神力回復薬(ハイマジック・ポーション)とか万能薬(エリクサー)も入ってますが。良いんですか?」

 

「【ディアンケヒト・ファミリア】としてではなく、アミッド・テアサナーレとして皆さんにお渡しします。皆様で分けてください」

 

 この弟にしてこの姉ありなのだろう。貴重な万能薬(エリクサー)でさえも惜しげもなく振舞う聖女然とした行いにレフィーヤは深々と礼をした。

 ただ、少し経ってからも彼女が一向にアクスから離れない。彼も彼で飽きて来たのか『そろそろ離れて』と言うが、アミッドは『もう少し』と言って離さない。

 

 そんなことをしていると、ティオナたちが走り寄ってくる。

 

「あ、アミッドだー。……アクスから離れないね」

 

「私も数日ぐらい団長断ちしたらあぁなるわよ。あそこまで行ってないのが残念だけど」

 

 ティオネの言う事にレフィーヤは気付く。連続クエストのせいでアミッドは数日間、アクスと顔を合わせていない。自らもアイズに数日間会えなくなったとしたら、あぁなってしまうのではなかろうか。──否、絶対なる自信がある。

 そんな絶対的な自信を白昼堂々夢想しながらアミッドたちを見ていたが、ようやくアクスから離れた彼女はティオナたちと挨拶をすると深々と礼をした。

 

「皆様、アクスをよろしくお願いします」

 

「アクスの撤退は団長の判断次第だし、最大でも18階層までだけどね。任されたわ」

 

「そだね。道中の回復をしてくれるだけでもありがたいもんねー」

 

 ひょいとアクスを抱えてブラブラと揺らすティオナ。『わー』と言いながらアクスが愉快な揺れるオブジェとなっていると、フィンからの号令がかかった。

 全員が今回の遠征を取り仕切る彼の声に耳を傾ける中、編成が発表される。

 やはり、通路が狭い上層は班を2手に分けてから18階層を目指すらしい。アクスの編成はイレギュラーと遭遇しやすい第1陣に決まった。

 

「全員、この地上の光に誓ってもらう。必ず生きて帰ると!」

 

 編成を伝え終えたフィンは、全員で生きてここに帰って来ることを願う。

 それは仲間たちを鼓舞する言葉と共に指揮官としての誓いの言葉でもあった。【ロキ・ファミリア】は戦闘力で言えば都市で1,2を争う競合ファミリアながらも、『無敵』ではない。多くの屍の上に彼らは立っているのだ。

 

 だが、同時に犠牲の上に成り立つ栄誉を当たり前だと思うほどリアリストではない。全員生還という夢を胸にフィンは遠征の出発を宣言した。

 

***

 

 ダンジョンへと流れ込んだ第1陣。フィンとリヴェリアが率いる隊は一気に5階層まで駆け降りる。道中は遠征物資を運ぶ関係で足が遅くなりがちだが、フィンを筆頭とした強者の気配に敏感なモンスターたちは一定の距離を置きながらもこちらを積極的に襲うような真似はしなかった。

 

 ただ、中には無鉄砲なモンスターの存在もあった。そういう存在が1番厄介で、その1匹が襲い掛かってきたのを皮切りに周囲のモンスターが一斉に攻撃を仕掛けてくる場合が往々にしてある。

 そんな時はサポーター役に徹していた若手に獲物を譲っているのだが、第1級冒険者に比べると戦力に隔たりがあるので軽い打ち身や疲労といった細々とした被害を負ってしまうことも珍しくはない。

 

 今回もそんな被害が出た時だった。

 

「アクス、ちょうど良い。ブリューナクを投げて治癒魔法を掛けろ」

 

「分かりました」

 

 本遠征で栄えある被害第1号となった冒険者を治療しようと近づくアクスに椿が声をかける。本人たちでのみ通じる会話にフィンたちは何のことかと質問するが、椿は『面白いことが起こるぞ』と意味深に笑いかけた。その表情に興味が勝ったらしいフィンがこちらに戻ってくる冒険者を立ち止まらせると、ブリューナクの宝玉部分に触れながら詠唱するアクスの姿を見学する。

 

 ──ケーリュケイオン

 

「魔法が吸い込まれている?」

 

「おい、椿……」

 

 魔法名が詠唱されると共に魔法円(マジック・サークル)が宝玉へと封じ込められる光景を目の当たりにしたリヴェリアがベートの方を見るが、彼も既に椿を睨んでいた。その間にも魔法の封じ込めに成功したアクスが片手でブリューナクを掲げ、待機していた冒険者と少々ズレた場所に投擲する。

 弧を描きながら冒険者が立っている場所から少し離れた場所に突き刺さるブリューナク。すると、突き刺さった切っ先を起点に魔法円(マジック・サークル)が顕現。先ほどの治癒魔法が発動した。

 

「遠隔治癒!」

 

「フロスヴィルトの技術をちょろっとな。まさか治癒魔法も吸収するとは思わなんだ。こやつ、攻撃魔法ばかり使ってなぁ」

 

「当たり前だろうが!」

 

 投げた先の存在を回復させるやり口に目を丸くしたフィンであったが、勝手に装備の技術を使われた挙句にやりようのないことについて文句を言ってくる椿にベートが猛抗議する。どっちもどっちな言い分なため、リヴェリアが仲裁に入るがアクスの治癒魔法の手が一気に広がったことにエルフながらに『素晴らしいな』と称賛を送った。

 

 こうしてブリューナクを装備したアクスの意外な使い道を確認しつつも、第1陣はさらに下へと進んで第7階層に足を踏み入れた。その間にも襲撃は何度か起こったが、アクスのブリューナクを用いた遠隔での範囲治癒魔法に加えて走りながらの並行詠唱や少し早口の詠唱によってポーションといった回復アイテムの消費は今のところない。

 

 そんな回復作業を見たベートが鼻を鳴らしながら凶悪な笑みを浮かべた。

 

「へっ、これなら足手まといにはならなそうだな」

 

「ベート何言ってるのさ。アクスは18階層までだよ? それになんでそんな言い方しかできないのさ」

 

「うっせーな、馬鹿ゾネス。俺は弱ぇやつが大っ嫌いなんだよ。なにも出来ねぇくせにヘラヘラしてる奴は特にな。その点こいつは及第点だ、回復出来るってだけで満足してねぇ」

 

「僕知ってる。ベートさんみたいな人って"つんでれ"ってロキ様がぁぁぁぁ!?」

 

「余計なことを言う口はマイナスだがな。黙ってろ、チビ」

 

 余計なことを言ってしまったがためにベートの怒りに触れ、頭を握り込まれたところをリヴェリアが怒るというもはや遠征とは名ばかりの遠足の気分になってしまったフィンだが、ここで変に力を入れて深層でヘバるよりはマシとあえて黙って前へと歩いていく。

 すると、戦闘を歩いていたアイズが立ち止まる。

 

「多分4人。こっちに近づいて来る」

 

「結構慌ててるねー。なにがあったんだろ」

 

「ちょっと、ダンジョンでは他所のパーティに基本不干渉なの忘れたの?」

 

 ティオネの忠告も聞かずにティオナはやって来たパーティに向かって話しかけていく。その警戒心0具合にティオネは自身の妹を馬鹿にしながらも耳を澄ませていると、どうやら9階層にミノタウロスが居たから逃げて来たらしい。

 本来ならばもう少し下に居るはずのミノタウロスが新人でもがんばれば行ける程度の深さで出現するという明らかなイレギュラーに団員たちは騒然となる。もしかすると先だっての遠征帰りの生き残りかという憶測がフィンの脳裏を過ぎるが、今はその危険なミノタウロスを何とかすることが先決である。

 

 すると──。

 

()()()()()()()()()()()()のを見て……、俺たちは逃げるのに必死でここまで!」

 

「っ! アイズ!」

 

 フィンが指示を下す前にアイズが動く。明らかに命令違反だが、今から彼女を追って連れ戻すのは指揮を放棄したに等しい。

 ならば、団員──それもとびっきりの戦力に任せるしかない。

 

「ベート、ティオネ、ティオナ! アイズを追いかけろ!」

 

「ちっ、なんだってんだ!」

 

「分かりました、団長!」

 

「待ってよー、アイズー!」

 

 様々な返事を以て3人が通路をひた走る。その後ろを追いかけるようにフィンたちも速度を上げ、9階層へ至ると指揮をラウルに譲渡してリヴェリアとアクスを連れて自身もミノタウロスの捜索に出た。

 先だっての生き残りが隠れていたのならば、酷く知恵が回る固体。もしかすると魔石を食らった『強化種』と呼ばれる存在かもしれない。

 仮にそうだとしたら上層が瞬く間に地獄へ変わる。親指の疼きもあったため、念には念を入れての行動であった。

 

「アクス、襲われている冒険者が生きていたら回復させながら後方に下がってくれ。ミノタウロスは僕たちが食い止める」

 

「分かりました」

 

 走りながらもアクスに指示を下したフィンが前を向くと、通路の先に居たボアズに警戒心を引き上げた。念のためにリヴェリアとアクスを後方に配し、何時でも迎撃が出来るように気を張りながら彼──オッタルに近づいた。

 

「やぁ、オッタル。この戦いは派閥の総意……といっても、君たちにとっては女神の神意か。女神フレイヤは全面抗争をお望みかい?」

 

 フィンとリヴェリアという強者を前にオッタルは動きを止め、その隙にティオナたちは先へと向かう。すると、もはや()()()()()()()()()かのように彼は武装を解除しながらフィンへと近づいていく。

 1レベル差とはいえ、武装がない状態でLV.6の2人と戦えば如何に【猛者】といえども命はない。彼もそれが分かっているのか、戦闘しようとする気概が見られない。

 交戦する可能性は著しく低い。そう判断したフィンが構えを解くと、同時にオッタルは口を開いた。

 

「俺の独断だ。それに、徒党を組んでいる以上は俺に勝ち目はない。行かせてもらう」

 

「そう言ってもらえて助かるよ。僕たちも君とは事を構えたくない」

 

 分かりきっていたことを白々しい様子で言ってのけたフィンがチラリと横を見ると、既に血まみれのパルゥムの少女の治療が終わっている。相変わらず手が早いとリヴェリアに少女を運ぶように指示した彼がアイズたちを追いかけようとするが、後ろからオッタルの驚いたような声に振り返った。

 

「何のつもりだ?」

 

「オッタル様は細かいですが傷を作ってらっしゃるので。治療しております」

 

 違う。そうじゃない。

 そう言おうとしたが、気付くとアクスの自動治癒魔法(オート・ヒール)によって以前見た時には無かった細かい裂傷のようなものがすっかり塞がっていた。有無を言わさぬ様子や治癒魔法的に同僚(ヘイズ)を思い浮かべたオッタルであったが、何が目的かと再び問うと『神様が言う"辻ヒール行為"です』と訳の分からないことを言い出した。

 

 だが、回復をしてくれたことは事実。相応の対価を支払おうとするが、生憎持ち合わせや魔石の類はない。

 

「証文で良いだろうか?」

 

「あ、それよりも手合わせして欲しいです」

 

 手合わせの申し出にこの場に居た全員が騒然となる。アクスはLV.2のため、良い勝負どころか勝負にすらならないことが決定付けられている。長年冒険者として活動しているアクスならば当然知っていなければならない知識なのだが、そこまで『天然』だと思ったのかオッタルが珍しく冷や汗を流しながら断ってきた。

 

「断る。戦う理由もない。それに万が一傷つけたら……まぁ良い。とにかく断る」

 

「いえ、受けてもらいます。どうせ、一瞬で終わるでしょうし。オラリオが憧れている都市最強の力を見たいんです」

 

「急いでいたのではないのか?」

 

「先にアイズさんたちが向かっています。いくらイレギュラーだとしても、僕が着く時間が少し遅れたぐらいでなにか致命的になるほどあの人たちは弱くないです。ですが、もし本当に嫌だったら諦めます」

 

 断るオッタルにより深く踏み込んだアクス。引く気が無さそうな子供相手にオッタルがどう諦めさせようかと思案していたが、その真っ直ぐな瞳が彼を数年前に自らが終わらせた長年の因縁を思い出させた。

 

 ──強くなれ……ガキども……どいつも、こいつも……誰よりも……強く。

 

 幾度とない敗走と共に胸に刻み込まれた暴食の限りを尽くした男が発した最期の言葉。いつしか地面に転がしていた罅だらけの大剣を彼は拾っていた。

 

「……来い。1回だけ"壁"になってやる」

 

「行きます」

 

 もはや止められぬと分かったフィンたちは()()()に備えて構える。万が一、オッタルがやり過ぎてしまった場合は即座に止めれるように気を張っていると、ブリューナクを片腕で保持し直したアクスが息を止め──動いた。

 

 その場で旗を大きくはためかせた後にすかさず心臓を狙った1撃を放つ。足で攪乱するわけでもなく、かといって長柄武器を振り回すことで手の内を惑わすわけでもない突撃。旗の使い方と愚直さにオッタルはまず感心する。

 ここはダンジョン。それも長柄の武器の取り回しが難しい通路だ。いくらアビリティを上げていたとしても副団長(アレン)ほどの速度も出せない槍持ちのパルゥムなぞたかが知れている。

 かといって小細工を弄するなという話ではない。使える物はすべて使うが冒険者の習わしだ。そう言う意味合いでは相手の目を欺くためにたった1度だけ大きく旗を振った機転は決して無駄ではない。

 

 仮にここで攪乱目的にひたすら手先の器用さや足の速さで攪乱していようとしたら、その段階で彼の1撃が彼を吹き飛ばしていただろう。

 だが、ここまでで第1関門だ。脅威に感じる速度ではないと断じたオッタルは、片手で持った大剣を横に薙ぐことでアクスの突撃が決まる前に切り伏せようとする。

 

「アクスッ!」

 

「待て!」

 

 ここまでと判断したリヴェリアが待機させていた魔法を放とうとするが、フィンがそれを制する。彼の目にはまだアクスの瞳に『諦め』の感情が映っていなかったのだ。

 

 アクスを両断しようと迫る刃。しかし、オッタルも傷つける気は毛頭ないためにかなり手加減された状態で振るっていた。

 いざとなったら止めよう。そんな考えと共に握りを強くする直前──。

 

「ここっ!」

 

 アクスは咄嗟に足を止めると、渾身の力で大剣の腹をぶっ叩いた。力が弱いLV.2のパルゥムであっても保持できるぎりぎりまで力を抜いていたオッタルにとってその1撃は大剣の軌道を僅かに逸らすのに十分な威力が備わっており、アクスはその小ささを以て彼が戯れに放った1撃を潜り抜けた。

 そのまま大ぶりの攻撃の隙を突こうと左胸目掛けてブリューナクを突き出すアクスであったが、オッタルの姿はいきなりぶれた。

 

「甘い」

 

「あっ!」

 

 即座に大剣を手放したオッタルはアクス以上の速さでブリューナクの穂先を避けると、その柄を握って完全に固定する。ただ、その時には既にアクスもブリューナクから手を離しており、胸元に固定していた魔剣を握った。

 

「遅い」

 

 しかし、やはりアクスの行動は数歩も遅かった。彼の眼前にはオッタルの大きすぎる拳が突きつけられており、これが真剣勝負ならばそのまま殴られて勝負がついている状況にまで追い込まれてしまう。

 

「参りました」

 

「あぁ……」

 

 短くそう告げたオッタルは特に何も言わずに上へと向かう通路を歩いていく。

 かなり手加減されていてもどの程度強いのか形容できない強さを前に、アクスはひたすら『すごいなぁ』と子供心を爆発させる。

 

 ただ、何時までもそうしているわけにはいかないとフィンがリヴェリアとアクスに声を掛け、先に進みながら先ほどオッタルとしたやり取りを問いかけた。

 

「すみません。私情を優先してしまって」

 

「構わないさ。だが、教えて欲しい。なぜ、いきなり【猛者】に挑んだんだい?」

 

 徐々に戦闘音が大きくなってくるが、未だ目的地は遠い。説明する時間は十分にあるだろう。

 フィンに促されるままにアクスは短く『僕が弱いからです』と言ってから詳しい理由を話し出した。

 

 アミッド・テアサナーレはたしかに分け隔てなく治療をする高潔な精神を持った女性だ。だが、彼女は同時に【ディアンケヒト・ファミリア】の団長でもある。

 医療系の中で大手と言われているファミリアの団長という役職はダンジョンに向かえるほど安い存在ではなく、『全てを癒したい』という彼女の理想とは真反対の立場によってダンジョン内で手遅れになる冒険者も少なくない。

 そんな彼女の──姉と慕う存在が見る情景や苦悩を深く理解しているからこそ、アクスは幼い時から『往診』という行動を続けていた。

 

 自分が姉の代わりに行けば救える命もある。自分が姉の代わりにオラリオを回れば助けられる存在が居る。そんな思いでこれまでやってきた結果が──LV.2という結果だ。

 

 しかし、それでもアクスは弱い。いくら治癒魔法や自動治癒魔法(オート・ヒール)、【ディアンケヒト・ファミリア】で学んだ医療技術があっても未だ子供。パルゥムという種族も相まって大人の冒険者と比べると非常に弱くて頼りない存在だ。

 そんな存在がいくら『治療院からあまり出れない姉の代わりに救う』と立派な気概を持っていても、実力が伴っていなければただの夢を語っているお子様に過ぎない。

 

 そう──実力が無ければオラリオでは我を通せないのだ。

 ただ、逆に言えば、実力があれば姉の言う救いを求める手を掴める範囲がどこまでも広がっていく。

 例えダンジョンの下層に取り残された冒険者が居ようが、そこまで行く実力と思慮を伴っていれば止められることは少ない。

 例え普通の詠唱では間に合わないようなことでも、並行詠唱や高速詠唱という技術を伴っていれば救えることがある。

 

 ──治療師(ヒーラー)は最後まで立ってなきゃいけない。

 ──回復のみで安心するな。

 

 ヘイズやベートの言葉を胸に修練を重ねることで色々出来るようにはなってきたが、それでもまだ足りない。

 今回の連続クエストにて【ディアンケヒト・ファミリア】や【デメテル・ファミリア】と違って純粋にダンジョンを攻略するための強さを求める【ロキ・ファミリア】の冒険者たちの訓練を見て、改めてアクスはそう思った。

 

 だが、アクスは男ではあるがまだまだお子ちゃまである。『今の自分がどの程度なのか』を確認したいが、手っ取り早く結果が知りたい。

 そのためにはどうすれば良いのかという考えも全然ない彼がたどり着いた短絡的な結論。それは──。

 

 そうだ。1番強い人に見てもらえば良いんだ。現最強であるオッタルさんに手合わせしてもらおう。

 

 おそらく、【フレイヤ・ファミリア】で仲が良いヘイズが聞けば爆笑。ヘグニが聞けばオロオロしながら止めるだろう。ガリバー兄弟に至っては『あの猪に任せておけるか』と無理やり襲い掛かってくるかもしれない。

 

 そんな考えに至ったのがつい先日。アクスの受諾していた連続クエストが終わる直前である。

 

「なるほど。確かにちょうど良いね」

 

「はい、重ね重ね申し訳ありません」

 

「構わないよ。特に今はイレギュラーなんだ。ラウルに任せているから、全体の行程に変更はない」

 

 事情を聞いたフィンは相変わらずのおバカ具合を窘めることもなく肯定する。本来であれば危険極まりない行為やそんな考えに至った頭を更生させるべきなのだろうが、それをするのは【ロキ・ファミリア】の仕事ではない。帰ったらそれとなくアミッドに知らせようと帰還の想いを強くした。

 

 さらに言えばいくら手加減されているとはいえ、オッタルの攻撃を1撃──それもパルゥムの弱点ともいうべき身体の小ささでやり過ごしたことがフィンにとって好印象だった。

 色んな所で様々な冒険者から学んだ内容を取り込み、真似出来るところを選んで自分の力へと昇華させていること。そして1歩も引かずに【猛者】に勇気をもって挑んだことにフィンは先ほど宣っていたおバカな発言が頭からすっぽ抜けるほどにはしゃいでいた。

 

 ある程度長いアクスの独白であったが、目の前の広場から戦いの圧を感じる。フィンを先頭に急いで足を踏み入れると、そこでは死闘というにふさわしい光景が繰り広げられていた。

 LV.1のベルがミノタウロスという強大な敵を前に互角で立ち向かっている。彼らはまるで踊っているかのように互いの立ち位置を忙しなく入れ替えては、持てる力全てを相手にぶつけていた。

 片や2Mほどもある大剣を装備したミノタウロスが常軌を逸した膂力でもってベルへ致死の1撃を振るう。しかし、それを先ほどのアクスと同じようにベルは剣の腹を叩くことで軌道を逸らし、空いた隙間に身体を捻じ込んで回避する。

 

 パルゥムのアクスと違ってヒューマンの彼の方が大きい。それだけ空間を開ける必要があるので技量が必要なのだが、ベルは一部の隙も見逃すことなく回避を行っている。

 

「チビは動くな。あと、槍を貸せ」

 

 ベートの言葉にアクスはブリューナクを彼に渡す。既にブリューナクには治癒魔法が装填されており、15Mギリギリのところに投げ込めばベルの身体は癒えて勝負が一気に決まるだろう。

 

 しかし、そうではない。それでは興醒めだ。

 我武者羅に前へ進もうとする冒険者を後押しするのは美徳だが、命を賭して戦う後ろから無暗に手助けするのは()()()()()()()だ。

 心配せずともベートが何時でも動けるようにしてくれている。いざという時は一気にベルを掻っ攫い、ブリューナクを用いて回復を済ませるだろう。

 

 そうこうしていると、あっという間に決着がつく。追い込まれたミノタウロスが度々行う突撃体勢からの突撃。それに対してベルはミノタウロスから奪った大剣で真っ向から立ち向かうが、既に罅が所々に入っていたせいもあってか砕け散ってしまう。

 ここで冒険者の流儀を捨てて助け出すか迷うベートであったが、ベルの煌々と灯る目の光に足を止めた。

 

「あぁぁあぁあ!」

 

 武器を失ったことで無防備なベルの胸にミノタウロスの強靭な角が突き刺さる刹那。咆哮を上げながら己に活を入れたベルは、後ろに転ぶ危険を承知で膝を落とすことで辛くも突撃から逃れた。

 そのまま追撃でナイフをミノタウロスの脇腹に突き立てると、何度も何度も魔法を行使する。体内に至った炎雷がミノタウロスの上半身を風船のように膨らませ、やがて破裂する。

 

 ──勝ったのだ。

 

「治療します!」

 

 勝利の余韻に誰もが動けずにいる中、根っからの治療師(ヒーラー)であるアクスだけはベルを回復するために近づいていった。

 

***

 

 その後、アクスが簡略的な検査を行った結果、ベルは精神力が空っぽになった状態──精神力枯渇(マインドゼロ)だと診断する。既に自分が持っている精神力回復薬(マジック・ポーション)を使い切っているため、気絶状態のベルをリリルカだけでは運べないだろうと言うと、フィンはこの場でアクスを解放。ベルを連れてダンジョンから出るように指示を出した。

 

 そんな時、遠慮がちにアイズがフィンに意見を言ってくる。

 

「フィン、アクスたちだけじゃダンジョンから運び出すのは無理だと思う。私も行っていい?」

 

「たしかにパルゥム2人では厳しいか。分かった、18階層で合流しよう」

 

 命令違反に続いて部隊としての自覚が足りない意見。幹部としては落第ではあるが、ロキからベルのことは多少聞いていたフィンは特に何も言わずに許可を出す。

 そのまま無言でダンジョンを出たアクスたちは、再びダンジョンへ戻っていくアイズを見届けてから【ヘスティア・ファミリア】の本拠(ホーム)へとベルを運ぶために移動を始めた。




熱い戦い? 一方的な可愛がりですよ。

ラウル
 まともな師匠枠。もっぱら武器の扱い方担当。
 向こうの方でツインテヒーラーが歯ぎしりしてる?気のせいでしょ。

オッタル
 押し売りの辻ヒールの対価に手合わせを求められた被害者。
 内心、傷つけたらヘイズを代表とした各所に詰められるので困惑するが、アクスの目に過去の自分を照らし合わせた結果。御覧の有様だよ!
 Q.いかがでしたか?
 A.あいつはヒーラーだ。現状のまま、足を延ばしていけば良いだろう
 Q.なぜ、面と向かって言わなかったのですか? ツンデレですか?
 A.黙れ

アクス君の戦い方
 旗の優位性をちょっと出したかった。
 ただ、長々と振り回したり足で翻弄するのはアレンで見慣れているだろうし、そんな悠長にしてたらオッタルさんが幻滅しちゃうので短期決戦かつ、今までラウルたち2軍に習ったことを総動員させた。
 どっかの薄紅色の髪をしたヒーラーが(以下略

なんでアクス君はあんな馬鹿なことしたの? 脳味噌詰まってる?
 全てにおいて治療ゆえにという考え。
 最後まで立つためにも、現場に行くためにも力が必要であるがゆえの蛮行。
 フィン辺りに頼めばよかった? それはそう。
 だけど、子供はすぐ最強に頼りたがるじゃん?

ミノ君事件
 見てるだけなので、かなり端折った。
 ぶっちゃけ、ここで乱入したらランクアップならないんじゃないかなと危惧したので。
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