ディアンケヒト・ファミリアの末っ子   作:マジックテープ財布

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20話:甘やかし

 朝というには少々遅い時間帯。治療院に併設された宿舎の一室では懺悔のような言葉が聞こえてくる。

 

「またしても私は……。消えたい。溶けて無くなりたいっ!」

 

「まぁまぁ、落ち着いてよ。お姉ちゃん」

 

「せめて、"まぁまぁ"って顔をしてから言いなさい!」

 

 布団を頭から被りながらさめざめと泣くアミッドを他所に、アクスは昨夜移動した机を元々配置されていた場所に置きながら宥める。その顔は残念な人を見ているような表情を浮かべているが、多分あれだ。きっと日の光が良い感じに誤魔化しているからだ。

 

 やがて、完全に昨夜の状態へと戻したアクスは一旦部屋の外へ出る。しばらくした後に色々な器具や湯などを用意して戻ってくると、日当たりを見ながら窓の側に座ると、正座をして膝をポンポン叩いた。

 

「なにをしてるんですか?」

 

「え、ご褒美。耳掃除してあげようかなって」

 

「ごほうっ! 忘れなさい! 昨日のことは忘れなさい!」

 

 昨夜出来たばかりの黒歴史をほじくり返されたアミッドが叫ぶが、アクスは短く『え、やだ』と言う。再度強く己の膝を叩きつつ、昨夜の状況から内面がいかに頑張った後のご褒美を欲しているのかを熱弁すると、彼女はゆっくりと膝に頭を乗せる。

 

「じゃぁ、拭くねー」

 

「ヒゥッ!?」

 

 布に湯を含ませてから強く絞った物がアミッドの片耳にかかる。じんわりとした温かさと共に耳全体が丁寧に拭われていく感覚に、彼女はつい小さな悲鳴を上げながら身震いする。

 虚を突かれたことで完全に素の悲鳴を上げてしまったことに顔を紅くさせるが、アクスはそれに対して言及こともなく耳の裏から耳たぶ、入り組んだ溝まで綺麗に拭いきると布を開いて日光に透かす。

 

「あれ、あんまり汚れてないね」

 

「アクス、やめなさい。それだけは本当にやめて……」

 

 無論、医療者であり乙女なアミッドはそういった身だしなみにも余念はない。

 ただ、誰が好き好んで自身の汚れを観察されたがる変態が居るだろうか。毅然とした声から一変、両手で顔を覆いながら消え入りそうに懇願するアミッドに、アクスは不思議そうな表情で小さな木の匙を取り出した。

 

「じゃあ、耳の中を掃除して行くね」

 

 アミッドの耳の中に匙が浅く入る。その異物感に再び彼女の背筋を震わせるが、匙はお構いなしにゆっくりとした速度で耳の中を動き回っていく。

 

 コソコソ。ゴソッ……カリカリ……。

 

 時折、硬い物同士が衝突する音を聞きながら耳の内壁を掻かれる感覚に心地よくなってきたアミッドがうっとりと酔いしれていると、何かを見つけたらしいアクスが声をかけてくる。

 

「あ、大きいの見つけた」

 

「それも言わなくて良いです」

 

 デリカシーの欠片もない実況により、一気に現実に引き戻される。そろそろ女性と接する時の情操教育も視野に入れるべきかもしれないと考える最中、先程よりも大きな音と小さな痛みにアミッドは唇を強く噛む。

 

 カリッ。ガリガリ……。バリッ。バリバリバリ……。

 

 バリバリという音と共に何かが剥がれ落ちる感覚がアミッドを襲う。そのまま内壁に何かが幾度か当たりながらも慎重に匙が上へと持ち上がっていき、アクスの『出た~』という嬉しそうな声が聞こえてきた。

 もはやデリカシー0の状態がアクスなのだと考えることにしたアミッドは、意識を内面的に切り替える。

 

 お腹に顔を近づけているからか、香ばしい干し草の匂いが鼻孔をくすぐる。とても安心する匂いに包まれながら耳の中を丁寧に掻かれる心地良さについつい瞼が重くなっていく。

 寝たばかりだというのにこの睡魔の原因は十中八九アクスによるもの。もはやそういったスキルでも保持しているのではないかと思うぐらいの睡魔に微睡んでいると、アクスが声を掛けながらアミッドの頭を反対に向ける。

 

「痒いところはございませんか~」

 

「無い……です」

 

 気を抜けばふにゃふにゃな返事をしてしまいそうな口を慌てて引き絞るが、無駄な抵抗だったようだ。

 

 シュッ……。ゴシゴシ……ゴソゴソ……。

 カリ、カリ……。カツッ。バリバリ……ズゾ……ゾ。

 カリ、カリ、コリコリ。ズゾゾ……。

 

 温かい布で拭かれ、匙を耳の中に入れられ、ゆっくりと掻かれながら耳垢を剥がしていく。その一連の流れに気が付けば彼女はすっかり骨抜きにされていた。

 

(これはまずいですね。えぇ、非常にまずいです)

 

 なにが不味いのか明確に答える術はなかったが、有体に言えば『戻れなくなる恐怖』といったところだろうか。

 まるで心地良いのに延々と落ちていく落とし穴にはまっているかのような形容するのも難しい感覚。ディアンケヒトが思わず『商品』にしたくなるような危うさにアミッドがパッと目を見開くと──。

 

「あっ」

 

『あっ』

 

 僅かに開けられた扉の隙間から覗く複数の目と合った。

 その瞬間、アミッドの脳内は状況把握を最重要事項とねじ切れるほどに高速回転する。今思えば、自分は現在とても恥ずかしいことをしているのではないだろうか。

 弟の膝枕で耳かきをされ、挙句には実況もされている。ここまででも憤死ものの出来事だが、少々リラックスしすぎな表情で耳かきを受け入れている己を自覚し……。

 

「よし、終わり」

 

ひゃあああああ!

 

 アクスが匙を引き抜くと同時にアミッドが絹を引き裂いたような乙女のスクリームを放った。

 

***

 

 昼下がり。メインストリートに沿ってアミッドとアクスが横並びで歩いていた。

 

「はぁ……。一度ファミリア内で心配りなどの講習をするべきですね」

 

「お姉ちゃんを心配して来たんだよ。きっと」

 

「扉を完全に閉めなかったアクスが言わないでください!」

 

 気落ちした様子のアミッドを元気づけようとするが、元々の原因がアクスにあると彼女の片手がアクスの頬を摘まむ。

 

 あの後、仁王立ちするアミッドの前で小鹿のように震える4名の男女の弁明で分かったことだが、どうやらアクスが耳掃除の道具を取りに行った時に扉が完全に閉まり切っていなかったらしい。そこに一向に姿を見せない彼女を心配した数名が様子を見に来たところ、あのような場面に遭遇したのだとか。

 

 アミッドの内情はさておき、完全なる事故なので注意しづらかった彼女は一頻り悩んだ末に彼、彼女たちを無罪ということにした。そこで話が終われば良かったのだが、ここで気が緩んだ団員が唐突に笑う。

 

「でも、団長。すっごく可愛かったですよ」

 

 余談だが、【ディアンケヒト・ファミリア】の団員の中には俗に言う拗らせた者が多数在籍している。

 『制服って色んな場で着れるから日常で着る服いらないよね』と本気で言うアミッドやアクスに、ここぞという場面で普段の彼女たちが絶対に着ないであろうコーディネートを積極的に着させる者。

 アミッドとアクスの無自覚に距離が近い様子を愛でる者。

 アミッドを神格化する者。

 アクスに歪んだ愛情を覚える者。

 エトセトラ。エトセトラ。

 

 拗らせ方も多種多様だが、彼らは特に喧嘩することなく『それ、いいよね』や『いい……』とむしろ迎合するような柔軟な思考を持っている。ゆえにここまで【ディアンケヒト・ファミリア】は内部分裂していないのだが、たまに空気を読めないというのか、むしろ読んでいるからこそ発言している厄介な存在が居たりする。

 今回はそれがアミッドを怒らせる原因になったわけだ。

 なお、その団員──彼女の発言にその場に居た全員どころかこの話が共有された全団員の目が後方保護者面になり、首を上下に激しく振りながら『自分も言うわ』と特に反省していなかったりする。

 

 ──話を戻そう。

 

 そんな倒錯した団員たちを『心配り』で片付けて良いのか甚だ疑問だが、一頻りアクスの頬を上下左右に伸ばして溜飲が下がったのかアミッドは気を取り直して歩き、とある施設にアクスを連れて入っていく。

 

「あら、アミッドさん。アクス君もいらっしゃい。珍しいねぇ」

 

「こんにちは、腰にお変わりはないですか? あ、大人1人と子供1人で」

 

「アクス君がたまに来てくれてるから問題ないよ」

 

「何かあれば治療院までお越しください。それじゃあアクス、また後で」

 

 ここは公衆浴場。たまに腰の不調を治療院で治してもらっている年配の女性に挨拶をしたアミッドは料金を払い、そのまま女湯の方へと入っていく。アクスも男湯の方に入ると、(アミッド)の居ぬ間にではないが少々乱雑に脱ぎ散らかして脱衣所から出ていく。

 

「お、【小神父】(リトル・プリースト)じゃないか」

 

「こんな時間にどうした? 休みか?」

 

「今度、うちのファミリアに往診頼むわ」

 

 脱衣所から出てきたアクスの姿に風呂に浸かっていた神々や冒険者が口々に彼に挨拶をしてくる。その挨拶を1人1人に返しながら彼は洗い場で身体を洗っていると、女湯と男湯を仕切っている衝立の奥から声が聞こえてきた。

 

「アクス、すみません」

 

 遠慮がちな声に男湯の方が少々騒々しくなる。アミッドは公共の場でこうして声を掛けてくるような女性ではないのでアクスが急病者でも居たのかと問うと、どうやら石鹸を忘れてきたようだ。

 そういえばあの後、一頻り彼女が怒ってからそのまま逃げるように外に出かけたことを思い出したアクスは自前で持ってきた石鹸を手にした。

 

「投げるよー」

 

「はい」

 

 念のために衝立を数度叩いて投げ込む箇所を教えた後に衝立の上に向けて石鹸を放る。乳白色の固形物は放物線を描いて女湯の方へと落ちて行き、しばらくするとアミッドの『受け取りました』という声が聞こえてきた。

 

「ちょっと待っててください」

 

「うい」

 

 再び数分ほどの待ちが発生すると、今度は女湯の方から衝立を軽く叩く音が聞こえてくる。その後すぐにアミッドの方から『行きます』という声が聞こえ、アクスが返答すると衝立の上からちょっと小さくなった石鹸が投げ返されてきた。

 

「ありがとう、アクス」

 

「ういー」

 

 間延びした返事と共に再び浴場に平穏が──戻らなかった。

 

「え、なに!? 今のやり取り!」

 

「これがモテなの? ……いや、関係的にモテとは言えないけど……モテね!」

 

「意味が分かりませんが!?」

 

「石鹸シェアだとぉ!? レベルたけぇな、おい!」

 

「アクス、これ次の神会(デナトゥス)で話して良い?」

 

神会(デナトゥス)の情報もらえるなら良いよ。ディアンケヒト様行かないって言ってたし」

 

 女湯も男湯もすぐさま賑わいが増し、混乱してそうなアミッドの声を聞きながらアクスは身体を洗って湯船に浸かる。その際に彼は、ディアンケヒトが出席しない神会(デナトゥス)で神々が言っていた情報をもらう約束を神から取り付けていた。

 神々の言う事の大抵はよく分からない内容だが、極たまに下界の人間にとって重要な情報が混ざっている時がある。

 例えば近隣諸国の情勢。主にちょくちょくオラリオに喧嘩を売りに来る西部に存在する軍事王政国家『ラキア王国』の情勢だが、たまに『メイルストラ』という歌劇の国で動いているファミリアが来るかもしれないなどのレア情報も拾えるのだ。

 後者であれば暇なときに見物に行くことを検討する程度だが、前者は戦争──といってもかの国の進行を高レベル冒険者によるステイタスの暴力で抑え込む作業をしなければならない。その際は治療師(ヒーラー)()()()治療作業を()()()しなければならないため、情報の有無で【ディアンケヒト・ファミリア】の動き方も変わるのだ。

 

 以前はヘルメスやロキがそれとなく教えてくれたものを横流しにしていたが、最近はめっきりそういう情報が減ったため、アクスはこうして独自に情報を調べている。情報の出所は主にアスフィが回復薬(ポーション)の見返りに喋ってくれた内容だが、彼女曰く『情報は多角的に見なければならない』とこういった小細工を教えてくれたのだ。

 ただ、思考回路が12歳なアクスは『よくわからないけど、なんかわかった!』といったぐらいの曖昧な理解度であった。

 当の本神たちは『良い話が出来るぜ、やっふぅー!』と喜んでいる様子であったが、やはり先ほど行った普通だとアクス自身が思っているアミッドとのやり取りと情報が釣り合ってないような感覚に首を傾げながらも湯に浸かる。

 

 そのまま和気藹々と喋りながら温まっていると、脱衣所の方から左眼に眼帯を付けた大柄な男性冒険者が入ってきた。

 

「んお? 【小神父】(リトル・プリースト)じゃねぇか」

 

「あ、ボールスさん。ご無沙汰しております」

 

 ボールス・エルダー。主にダンジョンの18階層にあるリヴィラの街で顔役で、そこで買取り所をしている冒険者だ。その粗暴な見た目に恥じない粗暴な思考をしているが、所々に面倒見の良さが見え隠れするような一面を有しているLV.3である。

 

「珍しいですね。買い出しですか?」

 

「おうよ。ちょっと薬品が少ないと【闇医者】たちに言われてな。あいつら、街から出たがらねぇから俺が率先してきてやってるってわけだ。……お、すまねぇな」

 

 アクスはボールスの背中を流しながら情報交換に興じる。

 彼が言う【闇医者】とは、リヴィラの街を根城にしている治療師(ヒーラー)たちのことである。【ディアンケヒト・ファミリア】ではないので二つ名は分からないが、色々後ろ暗いことをして地上には戻れなくなった数人の治療師(ヒーラー)が集まって高額で治療を行っているのだ。

 その実力は残念ながら【ディアンケヒト・ファミリア】に入って少ししたぐらいの団員と同程度ぐらいしかないが、それでも貴重な治療師(ヒーラー)枠としてリヴィラの街では一定の地位についている。

 

 アクスも最初はリヴィラの街に往診に行った時は彼らによって妨害行為などを受けたものだが、『ゴライアス戦にも参加出来る』という信用と信頼は強かった。幾度となく階層主との戦いで戦闘中に回復を行う治療師(ヒーラー)としての実績を積んだ彼の今の評価はリヴィラの街ではかなりの物で、特に中層から逃げ帰って金がない冒険者にとってアクスはまさしく持たざる者に癒しを施す神父そのものであった。

 

 そんなこんなで彼らも『住み分け』をすることで事なきを得、アクスも安全に治療行為が出来るようになったのだが、当然ながらアクスは何もしていない。全部、周囲が勝手にやったことである。

 当の本人は『変な人減った』とニコニコしながら治療を行っていたりする。だって仕方ないだろ。12歳なんだぜ、この子。

 

「他にそっちで新しい情報はないんですか?」

 

「あー、色々あるんだがなぁ。ここじゃ話せねぇ。ただ、そろそろゴライアスの次産間隔(インターバル)が終わる。今回も良いか?」

 

 歯に物が挟まったような言いようから一転、ボールスは笑みを浮かべながら湯船に浸かる。

 

 ダンジョンではモンスターたちが無尽蔵に生まれるが、特に強力な『階層主』。ギルドの正式名称では『迷宮の孤王(モンスターレックス)』と呼ぶ固体だけは特別で、殲滅後一定時間はそのモンスターが産まれない構造となっている。

 次産間隔(インターバル)と呼ばれるこの時間内だけは階層主が出現する階層は比較的安全に通り抜けられるため、18階層にあるリヴィラの街では大規模なファミリアが遠征の際についでに倒すという事情が無ければ17階層で湧く『ゴライアス』という階層主の定期的な討伐が行われている。

 その討伐には中層のイレギュラーなど込み入った事情があればアミッドも参戦するが、大抵はアクスがリヴィラの街の往診ついでに数日間泊まり込んで行うのが通例である。ボールスのお誘いはまさにそれであった。

 

 ただ、階層主の討伐という大規模なことはリヴィラの街ならいざ知らず、地上では冒険者依頼(クエスト)を申請しないと強制力が働かない。そのため、この場は口約束で終わらせて後々迎えを冒険者依頼(クエスト)込みで地上に送り出すと伝えたボールスだが、途端に女湯の方向を見る。

 

「なぁ、これは【戦場の聖女(デア・セイント)】にも相談したいことなんだが、良いか?」

 

「なにかによりますね。事情は後で聞いた方が良いですか?」

 

「あぁ、それだと助かるが……銀の腕(アガートラム)関係だ」

 

 銀の腕(アガートラム)。つまり、欠損系の話題だ。

 リヴィラの街でそういった被害が出たのだろうかと考えこむアクスであったが、今はアミッドに伝える方が先決と衝立に向かって湯から上がることと相談者が居ることを報告。再度、女湯の方が騒がしくなったが彼女からの返事がされたため、アクスはボールスと共に湯から上がってアミッドを待つことになった。

 

「ボールス様。お待たせいたしました」

 

「あぁ、構わねぇよ」

 

 身支度を済ませたアミッドが公衆浴場の歓談スペースの端っこでアクスの指圧マッサージを受けていたボールスに声をかける。気づいたボールスがうつ伏せになった状態から座り直すと、布でまだびしょびしょに濡れていたアクスの頭を拭いていたアミッドに小声で今の18階層の様子を告げ始めた。

 

 なんでも中層のイレギュラーのせいで多くの冒険者が亡くなり、傷ついたらしい。それでも多少の怪我程度なら【闇医者】が割高な値段と引き換えに治療して地上を目指すことが出来るが、足や手をモンスターに喰われて命からがら逃げだしてきた者は事情が異なった。

 ある者はパーティから見放され、ある者は喧嘩別れし、ある者は必ず救援に来ると言われて音沙汰無し。特に最後は見捨てられたか、途中で力尽きたかすらも分からない中で未だ救援が来ると信じているから始末に負えない。

 結局、リヴィラの街にはそんな『お荷物』が大量に管を撒いており、見るからに辛気臭い空気で手足のついている冒険者を威嚇しているのだそうだ。

 

「俺はリヴィラの街の顔役で通ってるからな。一応、そんな奴らにも目をかけるわけよ。……で、相談なんだが」

 

銀の腕(アガートラム)の大量発注と道中の護衛ですか?」

 

「あぁ、最低限歩けるだけで良い。ダンジョンから出ちまえば後のことは自分で出来るだろ」

 

 冒険者は自己責任が常。イレギュラーに巻き込まれたのには同情するが、それはそれである。

 むしろ、ボールスが考えていることは冒険者にとって破格と言えるぐらい至れり尽くせりな恩情なのだが、アミッドは目の前の男がそんな善意でこんなことを言っているとは欠片ほども思っていなかった。

 

「最低品質の銀の腕(アガートラム)を高品質な品と似たような値段で売るつもりですか?」

 

「ご明察。どのみち、自衛の手か移動する足が無ければあいつらはダンジョンから出られねぇ。多少身銭を切っても前に進もうとするやつは飛びつくだろ。後ろ向きの奴は知らん、商売の邪魔だからな」

 

 報告を受けた人数は十数名。その中で何人が前に進むかは分からないが、全員を救う気がないボールスの言葉にアミッドは歯噛みする。

 だが、彼の言っていることはある意味では正しい。なんでも自己責任で片付けるのは暴力的と言えるが、これ以上は明らかに手を差し伸べ過ぎだ。

 【ディアンケヒト・ファミリア】も慈善事業ではない。生きる希望を失った小を斬り捨てる決断も視野に入れねばならないと彼女にとって苦渋の決断に迫られた。その時だった。

 

「ボールスさん、僕の冒険者依頼(クエスト)の報酬とゴライアス討伐で払われるお金で全員を地上に戻すまでの冒険者依頼(クエスト)って申請できない?」

 

「まぁ……、お前ならそう言うと思ったけどな。だが、良いのか? 手弁当になるぞ?」

 

「良いよ、別に。だけど、逆に取り残すのは絶対ダメ。追い込まれたらなにするか分からないよ?」

 

「言いたいことは分かるんだがなぁ……。ゴライアス討伐のパーティに頼むのが1番安上がりか?」

 

 人間、追い込まれれば何でもする。それは比喩でも何でもなく、文字通り『なんでも』だ。

 6年前の『27階層の悪夢』。有力派閥のパーティをイヴィルスの残党がその身を犠牲に階層中のモンスターや階層主を押し付け、圧殺した凄惨な事件だ。

 それを()()()()()()で起こすかもしれない。普段なら一笑に付すボールスだが、今のリヴィラの状況を把握している彼はありえないなんてことはありえないと頭を抱えた。

 

「私どもも性能と料金をはかりにかけることになりますが、最大限の努力をさせていただきます。なので、リヴィラの街側でも協力していただけないでしょうか?」

 

「わぁーったよ。ったく、良い商売だと思ったんだがなぁ。ただ、あいつらがヤケを起こして18階層がさらにヤバくなるのは俺たちも困る。……仕方ねぇ。ただ、俺の商売の邪魔はするなよ?」

 

 どうやらここが落としどころだろう。最低品質は患部に固定して最低限の動きをサポートするような簡素な作りなため、量産は特に苦ではない。取りつけも患者を椅子などに座らせればアクス1人でも十分に取り付けが可能だ。

 こうして、各患者の欠損部位のメモと代金代わりの証文をボールスから託されたアミッドは『次の往診の時にアクスに持たせます』と言って商談を終わらせた。

 

***

 

 ボールスと別れた後、アミッドとアクスは夕食を取るために移動する。本当は身体に良い薬膳料理を出す店に行きたかったが、そろそろ夕方なのでどちらかと言うと一般人向けなその料理屋は混むだろうということで豊穣の女主人へと足を向けた。

 

「いらっしゃいませにゃ~。ってアクスじゃにゃーか。お姉ちゃんとデートかにゃ?」

 

「お休みだったから出かけてた」

 

「そうですね。有意義な休日でした」

 

 それはひょっとしなくてもデートじゃないのだろうか。出迎えをしたアーニャがそう思ったが、変なところで天然なこの2人にそれ以上の問答は特に面白みもないのに面倒が増えていく厄介な気配を感じたため、さっさと店内への案内をしているシルに引き渡そうと彼女に声をかけた。

 しかし、シルが店内を見回してもほぼ満員御礼。残っているのはカウンターにある椅子1つだけだったので、申し訳なさそうにそれをアミッドたちに伝えると──。

 

「別の店もこのままでは混みそうですね。アクス、座りましょうか」

 

「え、でも席が1つだけですよ?」

 

「大丈夫。子供かパルゥムにしか出来ないことするから」

 

 何の問題もなさそうに空白の席へ移動するアミッドとアクス。何をするかと思ったら、アクスが椅子を引いてアミッドを座らせると彼女の膝の上にアクスが座ったのだ。

 たしかにこれは子供の身長ぐらいしかないパルゥムぐらいしか出来ないが、色々冒険しすぎではないだろうか。

 しかし、最初こそギョッと彼女たちを見ていた冒険者や一般人だが、相手が【戦場の聖女(デア・セイント)】と【小神父】(リトル・プリースト)だと分かると、『なんだあいつらか』と雑談に戻っていく。

 

「心配……しなくても良さそうだね」

 

「あ、リューが……ミア母ちゃんが……。あー、あー、あー。しーらにゃい」

 

 例外として注文を取っていたリュー・リオンというエルフの給仕が顔を真っ赤にさせながら『破廉恥』と叫んではいたが、ちょうど料理を運んでいたミアに拳骨を食らう光景にシルとアーニャは我関せずと仕事に戻っていく。

 

「このリゾット美味しいね」

 

「そうね」

 

「私が食べた時、時価で5000万ヴァリスしたんですけどね。フフッ」

 

 明日は仕事なので軽く済ませようと果実水とお勧めのリゾットを分け合いながら空腹を満たす2人。そのリゾットに何やら因縁があるのか、果実水を追加で注いでくれながらも意味深な笑みと独り言を零すリューに2人はとりあえず無視した。

 

 さて、話は戻るがここは酒場。つまるところ酔っぱらいという面倒臭い客が多く生息している場所だ。

 この場で酔う者も居るが、やはり1杯引っ掛けて来る者も居る。先ほど入店してきた冒険者も区分分けすると後者であった。

 本日の稼ぎが思った以上に多く、アビリティも順調に増えてきた。最高に気分が良い中でちょっとお高めだが量も味も素晴らしいと噂の酒場に足を踏み入れてみた最近冒険者になったばかりの彼は、無骨でむさくるしい男や男勝りな女の中で1人の女を見つける。

 

 思わず目を引くほどに美しい銀髪の長髪。丁寧に仕立てられた服装からするとどこかの商会の令嬢がお忍びで来たのだろうか。

 いずれにしても後姿は満点に近い。ぜひとも酌をしてもらいながら冒険譚を聞かせ、あわよくば──。と考えるのも冒険者ゆえに仕方ないのかもしれない。ダンジョンで出会いを求めるのは危険だが、ダンジョン()で出会いを求めるのは決して間違ってはいないのだから。

 

「おい、そこの女」

 

 ただ、この男。冒険者の負のイメージを煮詰めたような存在であった。到底人に声をかけるような言葉遣いをせずに乱暴に肩を掴みながら振り返らせると、途端に時が止まったように固まった。

 彼女の人形のように整った顔立ちに見惚れたのもあったが、周囲の空気が一気に変わったからだ。

 まるでダンジョンの広場全ての壁からモンスターがこちらを睨みながら這い出て来るかのような絵も知れない恐怖が彼を包み込むが、それらはまだ『前菜』でしかなかった。

 

(このガキ……なんて目をしてやがる)

 

 問題は彼女の膝に座っている子供。彼の黒目はヘドロのように濁り、瞬きもせずひたすらに冒険者を見つめていた。

 まるで何か憎悪を訴えかけるような視線と周囲の視線が全身を突き刺す中、振り返ったアミッドが『なにか?』と尋ねる。

 

「い、いや。人違いだったみたいだ。すまねぇ」

 

 そう言って何の注文もせずに帰っていく冒険者。その後ろ姿に店内では『素人だな』や『【戦場の聖女(デア・セイント)】に粉掛ける恐ろしさを知らないんだな』と言いたい放題であった。

 恐ろしきかな──医療で繋がった連帯感。恐ろしきかな──冒険者の横の繋がり。

 

***

 

 夕食を済ませたアミッドたちは早々に治療院に戻る。団員たちは口々に『お楽しみでしたね』と茶化すが、当の本人たちの『随分堪能させていただきました』と全く分かっていない様子に苦笑いを浮かべる。

 そんなアミッドが宿舎の自分の部屋に戻ろうとすると、アクスが彼女の服の裾を遠慮がちに摘まむ。

 

「今日も一緒に寝たい。駄目?」

 

「まったく……、甘えん坊ですね」

 

 つっけんどんな言葉とは対照的に彼女は笑みを浮かべる。『着替えてきなさい』と言って部屋に入っていくアミッドの言葉に従ってアクスは寝巻に着替えると彼女の部屋を訪れる。

 アクスを迎え入れたアミッドが扉を閉めるその一瞬。慈愛の笑みを浮かべる彼女はまさに聖女であった。




うむ、満足っ!

耳掃除
 一時期、耳掃除小説流行ったよね。ということで思い出しながら書いてみただけ。

色々拗れてる団員
 ダンメモでアミッドに色々衣装を着せては熱弁する団員が居たので。おそらくアクスも居ることで、そんな存在が大量に居ます。

石鹸渡し
 古き良き伝統。実際にやってるところを見たことあるが、周囲に被害が出るのでやめてほしい。(リアルでは石鹸の受け渡し口がある所も存在するらしいよ!)

メイルストラ
 アフロディーテ・ファミリア所属の完璧で究極の歌姫(中の人系列含めて)が居る国。(バトクロより引用)

アミッドの膝に座るアクス
 後に【リトル・ルーキー】とそのサポーターが同じことをしたらしい。

5000万ヴァリスのリゾット
 貴重な素材を惜しげもなく使って出汁を取った、とあるエルフが借金漬けになった1品。

アクス君
 アミッドや団員の前ならポメラニアン。不審者に対してはヘルハウンドになるセコム。
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