ディアンケヒト・ファミリアの末っ子   作:マジックテープ財布

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(原作主人公の)ランクアップ


21話:ランクアップ

 休みが終わり、いつもの日常が帰ってくる。

 ただ、ボールスが言っていた銀の腕(アガートラム)の調達が業務に追加されたため、【ディアンケヒト・ファミリア】の中では団員のシフトが変更されたりと様々な変化があった。

 しかし、そんな変化の対象となったのは大人の団員のみ。子供であるアクスは『現地で処置をする担当』とアミッドや団員たちがやんわり手伝いを拒否され、いつものように昼以降は往診作業へと行かされた。

 

 そんな感じで往診へと放り出されたアクスだが、遠征に行っているお得意様(ロキ・ファミリア)が居ない分だけ予定にかなりの空きが出てしまった。豊穣の女主人でも怪我人は居ないということで断られてしまった彼は行く当てが無いように視線をさまよわせていると、シルが『なら、ベルさんのところはどうですか?』と【ヘスティア・ファミリア】のことを言い出した。

 

 たしかに先日、アミッドから往診の許可が出たので挨拶がてらちょっと寄ってみるのも良いかもしれない。そう思ったアクスが路地を抜けて廃教会に入り、その中にある隠し階段を下っていく。

 

「ごめんください」

 

「ん、誰だい? ……ちょっと、サポーター君。見てきてくれないかい?」

 

「ちょっ、家主はヘスティア様じゃないですか!」

 

 またしても姦しい押し付け合い。一向に開かない扉に早くも帰りたくなったが、ようやくリリルカが扉を開けて『神父様でしたか』とアクスを中へ入れてくれる。

 中へ入ると目を覚ましていたベルが何故か正座してヘスティアが仁王立ちしているのが目に入った。

 

 これはまるで──。

 

「失敗して怒られてる僕みたい」

 

「神父様もベル様と結構似てますから、気を付けてください。決してベル様の真似はしないように」

 

「リリ、酷くない!?」

 

「いーや、酷くないね! 大体、ベル君! 君はねぇ!」

 

 ヘスティアからの説教の嵐。その勢いにベルは身を縮こまらせながらひたすら耐えていると、アクスが横から口を出す。『とりあえず診察させて欲しい』といつものように治療ファーストを地で行く発言をしていると、リリルカは『相変わらずですね』と呆れながらベルをソファに座らせるよう促した。

 

「では診察を開始します。……あ、ヘスティア様。早速ステイタスロックをなさったんですね」

 

「うん。昨日、ヘファイストスの所に行ってね。ちょちょっとやってみたんだ。ベル君のあれやこれは僕が守るよ!」

 

「意気込んでいるところ申し訳ありませんが、主神以外もステイタスを更新出来る物品も存在します。お気を付けてください」

 

 触診で骨に異常がないかを確認しながらどや顔のヘスティアに追い打ちを仕掛けるアクス。その新情報に彼女は打ちひしがれるように膝から崩れ落ちるが、そういった物品もリヴィラの街で密かに流通しているのみで定期的に【ガネーシャ・ファミリア】が検挙していると伝えると、『なら教えないでくれるかな』と憤慨してくる。

 

 ただ、情報の重要性を何よりも大事にしていたリリルカはアクスの情報にメモを取りながらヘスティアを諌めた。

 

「ヘスティア様、それはあまりにも失礼ですよ。そういったこともあると神父様は仰ってくれているのに」

 

「うっ、そうだね。ごめんよ。ほ、他にないのかい?」

 

「現在のパーティであまり深くに行かないことをお勧めします。特に中層直前は下のモンスターもやって来ることがあるため、非常に危険です」

 

 中層は最初の死線(ファーストライン)と呼ばれている階層域である。ギルドが定めた適正基準はLV.2なものの、基本的にはLV.2を主軸にしたパーティでの攻略を推奨している階層だ。単独の探索にはLV.3以上のステイタスが必要になるほどの危険地帯でもあるため、直前の階層であっても踏み込まないようにアクスが言及するとリリルカは首を水呑み鳥のようにカクカクと振る。

 

「ヘファイストスから聞いたけど、さっきの話に出てたリヴィラって街には神父君も行ってるんだろう? 君はどうしてるのさ」

 

「臨時にパーティを組んでいただくか、あちらを拠点にしてる人に迎えに来ていただいています。どちらの方々も利益を最優先にしてらっしゃるので、探索系のファミリアではちょっと利用が難しいかもしれません」

 

 片や前線のLV.1。片やサポーター。臨時でパーティを組んでも足手まといにしかならない存在である。

 アクスは治療師(ヒーラー)という希少な存在であるし、リヴィラの街でもゴライアス討伐や地上と変わらない値段での臨時治療院と結構有名なので、迎えに来てくれる場合のパーティは大人数かつ手練れ揃いが常だ。

 

「神父君は別枠かぁ」

 

「お役に立てずに申し訳ありません。ベル様。異常は見つかりませんでしたが、不都合があれば治療院までお越しください」

 

「うん、ありがとう」

 

 参考にならない情報を聞いたヘスティアが残念そうに言う中、ベルの診察が終わる。骨も折れたりせず、後遺症が残っているような状態でもないため、アクスはメモを取り出してベルの名前の下に診察結果を細かに記載する。

 後は治療院に帰ってこのメモを正式なカルテに書き起こすのみなのだが、なにやら話したそうにするベルとヘスティアたちの様子にアクスは近くの時計を見る。──まだまだ帰るには早い時間だ。

 

「なにを悩んでいらっしゃるのでしたらお話ぐらいはお聞きしますよ?」

 

「わ、分かるのかい? 神父君!」

 

「そう明け透けにやられると流石に分かります」

 

 やたらとチラチラ見てくるため、バレバレである。大方、治療関係か先程教えたステイタス関係だろうと高を括っていたアクスであったが、ヘスティアたちの言ってきたことがオラリオ在住の冒険者にとって耳を疑いたくなるほどの内容だった。

 

「実は僕……。ランクアップしたんだ」

 

「ぶふぅっ!」

 

「神父様も()()()()なんですね。安心しました」

 

 淹れてくれた茶を啜っている最中ということで若干吹き出してしまうが、ファミリアや冒険者について詳しく知らないのかヘスティアは補足を続ける。

 現状はひとまず発展アビリティをギルドのアドバイザーに確認を取ってもらうためにランクアップは見送っているらしいが、明日にでもベルはギルドに行ってアドバイザーであるエイナに相談してからLV.2に昇格する気満々らしい。相変わらずの冒険好きに嫉妬する気も起きないアクスであったが、話を聞くだけでも厄介事の香りがプンプンするので余計なお節介をすることにした。

 

 『最終的に決めるのはベル様ですが……』という前置きに全員がアクスに注目する中、彼はオラリオでの冒険者の常識と照らし合わせたベルの今後についてを語り出す。

 

「僕が提示させていただくのは2点。1つはランクアップをせずにLV.1のまま過ごし、時を見てランクアップをする。2つ目がこのままランクアップする。正直なところ、それ以外の手はないかと」

 

「どっちがどう違うんだい?」

 

「1つ目はLV.2になった際のアビリティを底上げできます。ディアンケヒト様やロキ様。あとは諸々の神様の話を聞くには、わざとランクアップを遅らせてアビリティの底上げをする冒険者も居るみたいです」

 

 ランクアップは今の肉体にLV.2という皮を被せたような感じと神々は言う。LV.3、LV.4と皮は重なっていき、その都度冒険者としての肉体はパワーアップしていく。

 そうなるとLV.1のアビリティは全て捨てなければならないのか。そんな訳はない。むしろ、今まで上げたアビリティを潜在能力値として保持した形でLV.2の皮を被るので表記は『I 0』となるがその実、すぐさまランクアップした冒険者よりも地力が強くなるのが定説だ。

 

「なら、1つ目の方が良さそうですね。リリは1つ目を支持します」

 

「ですが、ミノタウロスの一件で僕もリヴェリア様……ハイエルフの方が読み上げしていたベル様のアビリティを聞いていましたが……。このまま行くと、ベル様の明日からの行動が全て無駄になってしまう可能性があります」

 

 アビリティオールS。今のベルが今後、冒険者を続けてもSより上の値が無ければたった数日で全ての数値が上がらなくなってしまう可能性があることアクスは危惧した。

 

 また、この上がり幅についても『異常』だ。

 オッタルは魔力以外のアビリティを全てSにしているという眉唾な噂をアクスは聞いたことがある。でも、それは年単位でランクアップできるほどの偉業を達成できなかったゆえに致し方なかったこと。今のベルのように1か月かそこらで一気に上り詰めたわけではない。

 

 それに、パルゥムなら器用さと俊敏さに若干育てやすい半面、力と耐久は不得手。エルフは魔力をかなり育てやすい半面、力と耐久が不得手と種族ごとに育てやすかったり育てにくいアビリティは存在する。

 いくらヒューマンは可もなく不可もない種族だからと言っても、今のベルのアビリティは『異常』以外の言葉で表すには度が過ぎている。

 

「そうなると、ランクアップをした場合はギルドに隠す必要があるのかい?」

 

「そうですね。バレて罰則をもらう可能性はありますが、ベル様のことをギルドに公表したら……」

 

 生唾を飲む音がやけに大きく聞こえる。

 冒険者のランクアップはオラリオにとってありがたいことではあるが、なにせ冒険者を始めてから1か月と少し。このオラリオに住む冒険者の約4割がLV.1という現状を鑑みれば、その異常性は推して知るべしだ。

 希少な存在ということで神々がベルを狙うことも十分あり得るし、同業者から探りを入れられるのは不快以外何者でもないだろう。

 

「ちなみに、どのぐらい隠す必要が出てくるんだい?」

 

「最低でも1年。アイズ様が確かそのぐらいだったと記憶しております。リヴェリア様のお話では、四六時中ダンジョンに行ってたみたいですが」

 

 かの【剣姫(けんき)】でも1年。改めてベルの成長速度にヘスティアは息を呑む。

 今はまだ良いが、この成長速度では次のランクアップもそう遠くない未来だと彼女は推測する。何れは情報を抑えきることが叶わず、最終的にギルドに詰められるぐらいならばこのままランクアップを公表しようという考えすら出てくる。

 しかし、それではこの異常な成長速度の絡繰りを誤魔化さなければならない。どうするべきかを悩み続けるヘスティアの横で、ベルは小さく『ランクアップを公表します』と宣言した。

 

「ベル様!? 神父様のお話を聞いていましたか?」

 

「うん。アイズさんでも1年なところを1か月半。たしかに早いし、注目を集めるのは分かってるつもりだよ。でも、僕はエイナさんたちを騙してまで冒険者をしたくないかな」

 

 とてつもなく甘く、シンプルな理由。おそらくこの先、彼はその甘さと直球ともいえる考えで幾多の困難を前にするだろう。その度に他の道には目もくれず、ただひたすらに真っ直ぐと突き進むだろう。

 だが、それがベル・クラネルの道だ。誰が何と言おうが、個人の性分というものは神々でさえも安易に変えることは出来ない。

 

「分かったよ。こっちはこっちで何とかする。だから、ベル君は明日にでもアドバイザ-君と話して発展アビリティについて十分勉強してきて欲しい」

 

「はい!」

 

 どうやら話は纏まったらしい。一応は他派閥なのにいろいろ差し出がましい真似をしたという自覚はあったアクスは謝罪をしつつ、お詫びの品として往診の際にアクスが奥の手として保管していた高等回復薬(ハイ・ポーション)をリリルカに手渡した。

 

「うぇっ!? 高等回復薬(ハイ・ポーション)! 【ディアンケヒト・ファミリア】製のってかなりお高いはずですよ!」

 

「いやいや、僕たちは君に色々教えてもらったんだ。謝罪も詫びも必要ないよ?」

 

「いえ、これはランクアップのお祝いみたいな物と思ってください。気に入っていただけたら、今後は当治療院をご贔屓にということで。あ、試供品なので製造日からかなり経ってますのでお早めにご使用ください」

 

「うわー、この何かにつけて宣伝とオマケをしてくるところはミアハみたいだ。君は所かまわず女の子を口説くんじゃないぞー?」

 

 神友と似たようなスタンスに薄ら笑いを浮かべるヘスティアに、アクスは分かっているのかいないのかよく分からない返事をしながら廃教会から出て行った。

 ただ、ヘスティアの懸念については既にレフィーヤに実行してしまっている。安心して欲しい、手遅れというやつだ。

 

***

 

 次の日。結局、ベルはランクアップを申請したらしい。当然、その話は神会(デナトゥス)でも取り上げられた上で彼には【リトル・ルーキー】という二つ名が与えられた。

 ちなみにこれは往診先である【タケミカヅチ・ファミリア】を訪れた際、彼の主神から教えられた情報である──が。

 

「アクス殿。【絶†影】ってどう思いますか?」

 

「格好良いと思います」

 

「ですよね! 身に余る光栄です! タケミカヅチ様、ありがとうございます!」

 

 親の心、子知らず。二つ名を拝命したことに当の本人であるヤマト・命は気合を新たに素振りをし始めるが、タケミカヅチはひたすらに『デュオニソスぅ! あの野郎ぉ!』と何故か酒神の名前を言いながら五寸釘と藁人形を握りしめている。

 そうしていると、大柄の男が前髪で目を隠している女性を連れて現れた。

 

「アクス、待たせた」

 

「いえ、では受け渡しをさせていただきます」

 

 商談ゆえにサッと口調を変えたアクスはリュックから回復薬(ポーション)が入ったケースを1つ取り出し、それを大柄の男──カシマ・桜花に手渡す。彼は何食わぬ顔でそれを受け取ると、瓶の傷や回復薬(ポーション)内に沈殿した不純物がないかを一頻り確認してから頷く。

 

「確認した。大事に使わせてもらう」

 

「本当はたくさん買ってたくさん使って欲しいんですがね」

 

「アクス、うちが金欠ファミリアっての知ってるだろ? 【ディアンケヒト・ファミリア】製のなんて気軽に買えないんだ」

 

「えーっと、ローン? ……も受け付けてますが?」

 

「言い慣れてなさそうに人を借金沼に落とそうとするなよ」

 

 効果が高いのは把握しているため、尚性質が悪い勧誘に桜花は苦笑を漏らす。万年金欠を謳う【タケミカヅチ・ファミリア】は、【ヘスティア・ファミリア】と同じく主神がバイトをしていることで有名だ。

 ちなみにここまでディアンケヒトが考えた定型句である。曰く、『後1歩手が届かない貧乏人にこれが良く効くんじゃよ! グワッハッハ』らしい。酷い守銭奴も居たものだ──主神だけど。

 

 ただ、アクスの抑揚のない噛み噛みの棒読みでも恐怖を覚える者も居た。

 

「や、やっぱりナァーザさんの言ってることは本当だったんだぁ!」

 

「千草! なにをっ!」

 

 突然狼狽えだす女性──ヒタチ・千草に桜花もついつい叫ぶ。すると、その声に気付いた命が不思議そうな顔をしながらアクスたちの方に寄ってきた。

 

「千草殿、どうしましたか?」

 

「み、命ちゃん! ナァーザさんが言ってたことが本当だったんだよぉ!」

 

「なんと……」

 

「良いから俺にも分かるように話せ。アクスも待て! ……いや、待ってくださいお願いします!」

 

 すっかり2人だけの話となってしまったことに、桜花は『あー、ミアハ様の縄張りだったかー』と言いながら先ほどのケースを戻そうとするアクスを止めながら説明を求める。そんな彼女たちが話してくれたことは、アクスの予想通りナァーザの入れ知恵であった。

 

 田舎者が【ディアンケヒト・ファミリア】に行っても、足元を見られて吹っ掛けられる。だから、青の薬舗が確実。

 二つ名は神々が付ける物だから、名が体を表すとは限らない。あの聖女は夜な夜な壺に入れた銭を数えてニヤついてるの。……例外はあの神父だけ。

 必要ない薬や義手、義足を勧められ、最後は素材にするから臓器を渡せと迫られる。

 

 最終的には『薬を買うところは命に直結するから、安心なところ。つまり、青の薬舗(うち)が確実』と締めくくっていたそうだ。

 

「いや、そんな話信じるなよ」

 

「お、桜花ぁ。だってぇ……」

 

「最初の段階で【タケミカヅチ・ファミリア】を田舎者扱いしてますし、そこで怒っても良いのでは? 多分、今頃言ってもはぐらかされると思いますが」

 

「はっ! 確かに!」

 

 アクスも大概ポンコツだが、それを棚に上げながら目の前の純粋な女性たちに指摘する。ただ、彼は決してそれ以外──特に義手や義足のことや聖女が銭を数えているなどのことは否定しなかった。

 足元を見るのは主に主神であること。夜な夜な壺に入れた銭を数えてニヤつくのは主神のライフワークであること。『まだ致命的になっていない毒』に気付いて薬を処方したことを()()()()と言えばそうだし、ナァーザのような状態でも()()()()と称するならば勧めたと言える。

 最後に、ミアハやナァーザにとって臓器ともいえる大事な青の薬舗を借金の肩にしているのも主神なので、まぁ合ってると言えば合ってる。

 つまるところ、色々話をごちゃ混ぜにしているだけで正しい対象や経緯に直せば、ナァーザが言っていることは()()なのだ。

 

 何はともあれ値段が高いのは品質が高いことの表れだと説明をし、桜花からも薬効が高いからこそいざという時の頼みの綱として発注したことを伝えると、顔を青ざめた2人が何度もお辞儀をしながら謝罪してくる。

 

「本当にすまない。そちらのファミリアを悪く言ってしまった。団長として謝罪させてもらう」

 

「俺からも謝らせてもらう。すまなかった」

 

 やっと正気を取り戻したらしいタケミカヅチも謝ってくるため、収拾がつかなそうな気配がしたアクスは適当にやり過ごしながら支度を澄ませる。

 ホームの入り口まで全員の謝罪攻撃は収まらなかったが、ふと『これだけは』ということがあったのでアクスは補足を始めた

 

「あ、一応注意しておきますが、夜な夜な銭を数えてるのは主神なので。お姉……団長がそれをやってるって言ったら……」

 

「分かった! 言わない! 顔怖いから止めろ!」

 

 ねばつくような敵意が見え隠れする視線に桜花は慌てて約束すると、ぱっと表情を明るくしたアクスは『あでゅー』と去っていく。その変わり身の早さに再び命と千草が騒ぐのだが、すかさず桜花とタケミカヅチの雷が落ちた。

 

***

 

「で、どういうわけですか」

 

「おぉ、お姉ちゃんの危機に末っ子が怒鳴り込んできた。怖い怖い」

 

 ところ変わって青の薬舗。噂の発生源であるナァーザに直接言いに来たアクスに彼女は両手を上げながら気だるげに答える。明らかに彼を舐め腐っているかのような反応だが、ナァーザの【ディアンケヒト・ファミリア】嫌いは今更だし、アミッドとの確執も原因も知っているアクスは無条件にキレるような真似はせずに近くの椅子に座った。

 

「ナァーザさん、いい加減お姉ちゃんを悪く言うのは止めてよ」

 

「無理」

 

「じゃあ、壺の銭云々は止めて。あれはディアンケヒト様の趣味だから」

 

「知ってる。それに私がどれだけ言っても皆信じないでしょ?」

 

 大方ミアハ経由でディアンケヒトの趣味を知ったのだろうが、流石に外観が悪すぎると非難するアクス。だが、彼女もオラリオで1番有名なLV.2ことアミッドに対し、二つ名持ちでも落ちぶれたファミリアのハーバリストである自分ではいくら悪評を流しても一笑に付されて終わると言って自己完結させる。

 それでも、悪評は悪評なので別のことを言うように頼むと、ナァーザは『んっ』とアクスに向かって手を伸ばしてきた。

 

「じゃあ、ネタちょうだい。そうしないとアミッド・テアサナーレは悪魔であるって言うから」

 

「えぇ……」

 

 とんだ脅迫があったものだ。普通、ここは謝罪から始まるのではなかろうか。

 しかし、ナァーザ──というか、青の薬舗の付き合いも長いアクスは多少引きつつも椅子にもたれながらしばらく考えた末に何かを思いついたらしく人差し指を立てた。

 

「怒ると怖い」

 

「普通過ぎ、30点。ちなみに聞くけど、何に対して怒ったの?」

 

「ベッドの下に入って驚かせた」

 

 これは1年前ぐらいの出来事である。身体の小さな子供特有の『小さな隙間の中に入りたい衝動』が発動してしまい、自分のベッドの下の隙間に入り込んで欲求を満たしていたアクスの部屋にアミッドが入ってきたのだ。

 相変わらず自分はノックを強要するのに弟には名前を呼ぶだけで入って来るという傍若無人なお姉ちゃんムーブに、ちょっと驚かせてやろうとベッドの下にあった換金し忘れの魔石の欠片を転がす。

 ちょうどアミッドの下まで転がっていった魔石の欠片を彼女が拾うと、出所であるベッドの下を見て──それはもうアクスも聞いたことのない悲鳴を上げたのは彼の耳がよく覚えている。

 

 当然のごとくアクスの部屋の隙間らしい隙間は排除され、その日から1週間は野菜尽くしの食事を強要されることになった。

 

「それは私がアミッドでも怒る。20点減点で10点。他にないの?」

 

 経緯を聞いて珍しくアミッドを擁護するナァーザ。どうやらお気に召さなかったようだ。

 他の話題を強請ってくるナァーザにアクスはもう1度、深く考え込む。

 

「お姉ちゃんは悪い子」

 

「どう悪いの?」

 

 聞き返してくるナァーザに再びアクスは経緯を説明する。

 

 あれは少し前の出来事だ。特に寒い日でアミッドは暖房代わりとして膝の上にアクスを置き、そのままレシピを開かせながら調合作業に従事していた。

 深夜をすっかり回ってしまっていることもあり、彼女はお腹が空いたと訴えるアクスを連れて宿舎の台所で手早くパン粥を作る。その際にちょっと悩んだアミッドがアクスに向かって人差し指を当て、『悪いことしちゃいましょうか』と蠱惑的にほほ笑むと、ディアンケヒトがよく晩酌に食べるチーズを多めにパン粥へと入れたのだ。

 ど深夜なのにも関わらずチーズなんて代物を大量に投入する。なんという悪行だろうか。

 非常に美味しかったのは言うまでもない。

 

「確かにそれは悪いことだね。すっごく悪いこと……。だけど、状況を考えたら私も多分抗えないから60点。後、今日の夕食はチーズたっぷりのパン粥にする」

 

「うーん、難しい」

 

 案外高い配点だが、それでも彼女は満足しないらしい。ここでアミッドの酒乱を上げれば即座にナァーザは食いついてくるのだが、アクスにとってあの彼女の行動はディアンケヒトが発端である。そう考えると彼女の弱みにはなり得ないと思っているため、その他の細々した記憶を語っていたのだが──どれもナァーザからの評価は低かった。

 

「特に弱みになることないじゃない!」

 

「僕に言われても……」

 

「これこれナァーザ。今の我々は信頼の回復を最優先。そんなことに現を抜かす暇はないぞ」

 

 青の薬舗はかなり狭いこともあり、そんなことをしていると主神であるミアハが調合を終わらせて戻ってくる。彼の言葉の中に『信頼の回復』と商売にとって聞き捨てならない内容が含まれていたこともあり、それについて気になったアクスが尋ねてみると、ナァーザが回復薬(ポーション)を希釈して売っていたことを教えてくれた。

 

「流石にそれは……。一般人向けにですよね?」

 

「いいや、冒険者……、ベルに売っていた」

 

「よく死ななかったなぁ。あの人」

 

 回復薬(ポーション)は薄めると効き目が弱まる。当たり前だ、元々の薬効をそのままに量だけ増やすなど都合の良い錬金術はおとぎ話ぐらいでしか存在しない。

 

 ただ、それでも希釈しなければならない立場の存在も居る。

 オラリオに住む一般人がそうだ。彼らは冒険者用の回復薬(ポーション)は回復度合いがきつすぎるため、煮沸して冷ました水を一定の割合希釈した回復薬(ポーション)を使用させている。

 その希釈度合いも年齢によって変動するのでアクスは希釈を悪と断じるつもりはないのだが、冒険者に売ったことは流石にやり過ぎだ。

 

 その薄めた1本で命運が別れた時、彼女は責任を負えるのだろうか。死の淵から脱した元冒険者なのに、そんな他者の命を軽んじるような品を平然と売って心が痛まないのだろうか。

 そんなことを言いそうになったが、アクスはグッと堪える。他派閥の問題は他派閥で解決するのがオラリオのルールだからだ。

 

「アクスの言いたいことはよく分かってるつもり。私も反省してる」

 

「私も此度のことは申し訳なく思っている。しかし、今の青の薬舗は違うぞ、アクス。私も検品しているし、なにより主力商品が出来た」

 

「検品してなかったんだ」

 

 検品は営業する者にとって当たり前のことなのだが、よくよく考えればディアンケヒトもやっていなかったことを思い出したアクスは後者の主力商品について聞く。

 すると、ナァーザはカウンターの下から緑色の回復薬(ポーション)を取り出した。

 

二属性回復薬(デュアル・ポーション)。体力と精神力を同時に回復する青の薬舗の新商品。だから……」

 

「分かってるよ。ディアンケヒト様やお姉ちゃんには言わないよ。特にお姉ちゃんに言ったら飛んでくるだろうし」

 

「うん、ありがと。口止め料に1本あげる」

 

 たしかに画期的な回復薬(ポーション)だ。本格的に青の薬舗はこれを主軸にして信用を回復させていくらしい。

 過去のことは変えられないが、とりあえずこのことはディアンケヒトたちに秘密にすると約束したアクスはナァーザから二属性回復薬(デュアル・ポーション)を1本受け取った。

 

 そんなやり取りを前にミアハは回復薬(ポーション)のラベルを確認しながら数個ほどカバンに詰め、アクスの肩を叩く。

 

「うむ、これにて一件落着だな。では、アクス。共に道行く下界の子供たちを救いに行こうか」

 

「お供しまーす」

 

 意気揚々と出掛けて行くミアハとアクスに、ナァーザは最初こそ呆気に取られて動けなかった。しかし、またしても店の在庫を無料で配布しようとしていると分かると頭を抱え出す。

 

***

 

「ふむ、少し熱があるようだな。熱を測らせてもらうぞ?」

 

「あぁっ、ミアハ様の麗しいお顔がぁ!」

 

「はい、これで傷は無くなりました。綺麗なお肌なので、大事になさってください」

 

「アクス君!私もここに傷があってー!」

 

 その後、アクスの治癒魔法や自動治癒魔法(オート・ヒール)といった辻ヒール行為やミアハからの回復薬(ポーション)攻撃に、道行く冒険者たちは次々と癒えていく。ついでにミアハ語録を覚えつつも、アクスは大満足で治療院へと帰って行った。




 あっちでは守銭奴。こっちでは店の在庫すら無料配布し出す善神。まったく、オラリオの神々は下界の常識が全く通用しない自由奔放な存在だぜ、フゥーハハハァー。

ちなみにミアハとアクスはこの後、騒ぎを聞きつけたナァーザとアミッドに回収されました。
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