ディアンケヒト・ファミリアの末っ子   作:マジックテープ財布

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25話:賓客

 始めこそベルがいきなり18階層を目指すことに怒っていたアクスであったが、土下座スタイルで語る彼の説明でわざとではないことを知る。

 

 モンスターの群れを冒険者に擦り付けられたベルたちは戦ってもじり貧だと察するや否や一点突破によって包囲を抜け出して態勢を立て直そうとしたが、ダンジョン内のアクシデントとしては一般的な天井の崩落に巻き込まれてかなり下の階層まで落とされたらしい。

 流石に話を盛り過ぎだとも思ったが、ベルの性格的にあまり嘘は付けないタイプだ。それに、そんな嘘をついても後々バレることをするメリットもないだろう。

 

「それで18階層に?」

 

「はい、リリ……サポーターの子が上に上がるよりも18階層に降りて、冒険者が地上に戻る時に同伴してもらえるように交渉した方が生き残れるって」

 

 アイズの質問にベルがリリルカが説明したと思われることを具体的に語る。

 彼女の思惑は実に理に適っている。実力の乏しい冒険者が出来ることなどたかが知れているため、大枚をはたいてでも今の状況から生還するためには致し方のない犠牲である。

 さらに交渉もリリルカの力があれば【ヘスティア・ファミリア】の資金が底をつくぐらいで何とかなるだろうし、そこまで考えていたのであればアクスからは何も言えなくなってしまう

 

「事情は分かりました。事故であるならば、僕の言うことは的外れですね」

 

「ううん、アクス君の言おうとしたことは分かってるよ。あ、あと高等回復薬(ハイ・ポーション)もありがとう。すごく助かった」

 

「瓶が割れなくて良かったですね」

 

 どうやら途中で力尽きたリリルカとヴェルフを背負ったベルが、チビチビ飲んで体力を回復していたらしい。【ディアンケヒト・ファミリア】の回復薬(ポーション)瓶に使われているガラスは冒険中に割れないように特別な加工がされているが、ダンジョンの崩落で割れなかったのは単純に彼の運なのでアクスはおざなりに答えた。

 

 ただ、最悪の事態に陥っているので幸運なのか悪運なのかの議論はあるが、とりあえずはここまで生き残ったのだから儲けものだろう。

 

「起きたらフィンに……私たちの団長に連絡するように言われてるから、付いてきて」

 

「あ、はい」

 

「他の2人はまだ目覚めなさそうだし、外行ってようかな」

 

 一介の治療師(ヒーラー)としての雰囲気から一変。そこら辺に居る子供のような言動に戻ったアクスはベルたちを置いてテントから出る。

 そのまましばらく歩いていると、ラウルが団員たちに囲まれている現場に出くわした。

 

「あー、アクス君! 助けてほしいっす!」

 

「ラウルさん、なにアクスに助け求めてるんですか!」

 

「まだこっちの話終わってないですよ!」

 

「あ”ぁ”あ”あ! やめるっすー!」

 

 どうやら忙しいようだ。何やら助けを求められたようだが、何をどう助けたら良いのか分からなかったアクスは無視して歩き出す。

 後ろで彼を呼ぶラウルの悲鳴が聞こえたが、多分気のせいだろう。気のせいに違いない。気のせいだったら良いな……。

 

***

 

 そんなわけで暇という理由からキャンプの各地を転々と回って仕事がないかを確認していくアクスであったが、すでにフィンから通達がされているのかすべてが空振りだった。それどころか、もともとアクスがやっていた経過観察の仕事さえも奪われてしまったので、本格的にやることが無くなった哀れな子と化した彼は『食事なら』と炊事場の方へと言ってみることにした。

 

「──で、暇だからこっちに来たわけと?」

 

「はい」

 

「仕方ないなぁ」

 

 周囲に見つからないように聞き耳を立てたアキは死角になるような場所にアクスを誘導してから果物の下ごしらえを頼む。

 炊事場にはアキの他にナルヴィとリーネ、レフィーヤが夕食の仕込みをしており、男性が非常に居辛い環境が形成されていたのだが……。

 このパルゥム。女性団員ばかりの満たす煤者達(アンドフリームニル)で手伝いをすること幾度か。彼女たちからすっかり『たまに来るお手伝いさん』として見られているスーパーちみっ子である。この程度の環境は全然苦ではなかった。

 

「でも、アクス君って本当に冒険者にあるまじき優しさですよね。お人良しっていうか……」

 

「まぁ、好き好んで冒険者になったわけじゃないもん」

 

「え”っ!?」

 

 アクスの爆弾にレフィーヤが果物を取り落とす。柔らかい果肉が地面に落ち、べちゃりと嫌な音を立てながら潰れる様を見たナルヴィがレフィーヤを怒るが、彼女は謝ることなくアクスの方を見ていた。

 

「あー、レフィーヤが知らないのは無理ないか。この子が冒険者になった……いや、()()()()()()()()()()のは大抗争の時よ」

 

 アキはラウルと同期で入った【ロキ・ファミリア】の中では古参の存在である。ゆえにアクスの事情はある程度知っていた。

 だが、本人を前に事情をべらべらと喋るほど非常識ではないため、事情を知らないレフィーヤからの質問をひたすら躱す。すると、今度は本人に問うとアクスは平然と『神の恩恵(ファルナ)なかったら死んでたし』と答えた。

 

「死んでた?」

 

「ほら、LV.1でも一般人に比べたら強くなるでしょ? だから、ディアンケヒト様が神の恩恵(ファルナ)を刻んで無理やり峠を越えさせたんだよ」

 

 その答えにレフィーヤはこれまでのアクスの言動について妙に納得してしまった。

 冒険者になるためには主神に神の恩恵(ファルナ)を刻むという『契約』をしなければならない。つまるところ、本人が()()()()のだ。

 金のため。名誉のため。血沸き肉躍る戦いのため。理由はそれぞれだが、それを生きるためとしてアクスは神と契約したのだ。

 

 だからこそファミリアの垣根をあまり気にしない。だからこそ気軽に人を助ける。だからこそ相手を陥れようなどとは微塵も思わない。

 

 そんなことを話していると、リーネがアクスのことを『一般人の皮を被った冒険者』と論じた。一見すると矛盾してそうな考えだが、アクスの常日頃をひとしきり思い浮かべた全員が即座に肯定する。

 

「アクス君って冒険者っていうより"治療師(ヒーラー)"って別の枠組みですもんね」

 

「気づいたら後ろに居て、回復してどこかへ行くってことが結構ありますね」

 

「訓練の時でもあったなー、それ。いつの間にか後ろに居て"回復しましょうか? "って」

 

「私はラウルと訓練してたら、いつの間にか元気になってたパターンね」

 

 出るわ出るわ、珍事件の数々が。治療師(ヒーラー)や医者よりもまるで妖怪のような言い方にアクスはへそを曲げるものの、スープの味見1つでコロッと機嫌を直す。──ちょろいものだ。

 

「話は変わりますけど、アイズさんが保護したあのヒューマン。どう思います?」

 

「んー? 同業者なんだし、こんな時ぐらい助け合わないと」

 

「そうだよねー。見捨てたらさすがに夢見が悪くなるし」

 

「アイズさんともお知り合いらしいので、良いんじゃないですかね? それよりも私はラウルさんがその……面白くないと思ってないのが不思議で」

 

 そろそろアクスの話題についての熱も冷めてきたため、レフィーヤは次の話題としてベルのことを話し出す。『どう思うか』という抽象的な話題だったが、彼女たちの意見は肯定的でレフィーヤは面食らうこととなった。

 すると、遠くの方から聞こえてきたラウルの悲鳴を聞いたリーネが、古参のラウルもベルを嫉妬していないことについて疑問を投げかけた。

 

「ラウル君は苦労人だからねぇ。そんなこと考えている暇はないんじゃないかな。ほら、皆への対応とかで」

 

「それもあるけど、アイズを見てきたからってのが大きいかもね」

 

 スープをかき回しながらアキは当時のことを思い浮かべる。

 アキとラウルが【ロキ・ファミリア】に入団した時、既にアイズはLV.2となっていた。

 想像してみてほしい。自分よりも歳や背格好が小さい幼女が鬼気迫る表情を浮かべながらモンスターの集団を殺戮していく姿を。入団したてのラウルはこのことがきっかけでアイズのことを敬称付けで呼び始め、あとから入団してきた冒険者たちとは違ってアイズを『尊敬する先輩』として接し始めたのだとか。

 

「フィンさんが前に進んで引っ張り上げるなら、ラウルさんは押し上げるみたいな感じだよね。ちゃんと皆の話をよく聞いてるし」

 

「そうなのよねー。これでもうちょっと自信を持ってくれたらいいんだけどねー」

 

(尻尾が……)

 

(分かりやすい……)

 

 アクスの言葉に彼の方を向いて不機嫌そうにラウルへの不満点を指摘するアキだが、後ろを振り返ったことで彼女の()()()が透けて見えたリーネたちはそっと視線を明後日の方に向けた。その胸中には『信じられないだろ。付き合ってないんだぜ、あいつら』という誰に言っているのかよくわからない言葉が反響するが、これを口に出したら流石にまずいと思ったそれぞれは口を噤む。

 

 すると、再びアクスが先ほど話題に上がったベルについて口を滑らせた。

 

「まぁ、事故でここに来ちゃったわけだから。仕方ないよ」

 

「事故? なにそれ」

 

 口を滑らせたことを自覚したアクスが口を噤むが、既に興味が移ってしまった彼女たちの注目に耐え切れなくなったアクスはベルが言っていたことをそのまま伝えた。

 最初こそ誇張した話だとバカにしていたナルヴィも、アクスが次々と告げた診察結果や状況を聞いて顔色を一気に悪くさせた。

 

「死ぬ! 絶対死んじゃうから!」

 

「そうですよね。しかも私と同じLV.2……。無理ですよぉ」

 

「いやー、そのベル・クラネルもそうだけど……。下へ行こうって言った子も地味にすごいわね」

 

「普通は上に向かいますもんね」

 

 やはり【ロキ・ファミリア】でもベルの行動は頭がおかしい強行軍らしい。そこからは口々に『パルゥムの女の子もすごい』だの『マネしたくない』だの『死ぬ』だのと騒ぎながらも、その他は誰かの惚れた腫れたといった女子トークによって夕食の下ごしらえは終了する。

 そのままリーネにこっそり付いて行って経過観察に向かおうとするが、テント内で待っていたリヴェリアにあっさり捕獲される。

 

「アクス、手出し無用と伝えたはずだが?」

 

「むー」

 

 不満があるのか抱きかかえられたまま頬を膨らませるアクスにリヴェリアは観念したのか、『懐事情を話すのは恥ずかしいが』と【ロキ・ファミリア】の財政を語り出した。

 

 アクスも聞いた話だが、【ヘファイストス・ファミリア】とは遠征で手に入れた素材を半分ほど渡すという契約でついてきてもらっており、そこから型落ち品だが魔剣が30振り以上に椿が作った不壊属性(デュランダル)の代金。もろもろの遠征費と来て、最後に特効薬だ。

 

「これ以上、お前に手伝われてみろ。ロキが週に数本しか酒が飲めないほどの極貧生活になってしまう」

 

「デメテル様のところに手伝いに行けばどうです?」

 

「アクス……。私たちは【ロキ・ファミリア】なんだが?」

 

 上下左右に揺らしながらリヴェリアは自身の所属を伝える。都市最大派閥である【ロキ・ファミリア】の団員たちが農場で汗を流しながら農作業をし、それを糧に生活をするなど控えめに言って恥でしかない。

 一般人……というか、零細ファミリアの冒険者からの視点に怒りを通り越して呆れ果てたリヴェリアは、一応愚痴に付き合わせた形としてアクスに謝罪するとテントの外へと運んだ。

 

「リリルカさんたちの様子見てこようかな」

 

 打つ手がないほどの手持ち無沙汰にアクスは頼みの綱であるリリルカたちが寝ているテントへ向かう。願わくばどちらか起きててくれれば会話も出来るし、経過観察もできる。

 どちらも起きていなければ、治療代でも纏め……纏め……。

 

「あ、治療代もらうの忘れてた」

 

 シルの冒険者依頼(クエスト)から始まってこれまでの代金をすっかり忘れていたアクスはリリルカたちが寝かされているテントに入るや否や、過去を遡って治療した内容を書き連ねていく。治癒魔法の代金から回復薬(ポーション)や包帯など医療品、ダンジョンから地上に戻る際の護衛費諸々。

 もちろん、リヴィラの街価格といったボッタクリは一切なしだが、問題はこれを誰に請求するかという話になってくる。

 

 ベルたちが支払えれば良いが、サポーターであるリリルカのバックパックが喪失しているので支払いは証文ということになる。そうなると、【ソーマ・ファミリア】にバレるとマズいのでリリルカは一旦保留。ベルとヴェルフはそれぞれのファミリアに請求すれば良いだろうか。

 

「あれ、アクス君。どうしてここに?」

 

「あぁ、ベル様。先ほどこちらを認めましたので、ご確認お願いします。後、焦げ臭くないですか?」

 

「あはは、ちょっとエルフの人に服を乾かしてもらったんだよ」

 

 何やら焦げたような臭いを漂わせながら入ってきたベルに、アクスは出来立てほやほやの請求書を手渡す。そのまま食い入るように請求書を見ていた彼に代わってアクスが魔石灯をつけると、その光に反応してリリルカたちが目を覚ます。彼女たちが目覚めたことでベルが涙を流しながら無事を喜んでいると、突然謝罪大会が始まった。

 

「すまん、足を引っ張っちまった」

 

「申し訳ありません、ベル様」

 

「足を引っ張ったなんて思ってないよ! 2人が居なければ……1人でも欠けていたら全滅してた。だから、今は喜ぶべきところだよ!」

 

 ベルの言葉に2人とも笑顔で返事をする。なんとも良い話に思えるが、すっかり蚊帳の外となってしまったアクスがどう登場したものかと思案していると、彼の姿にようやくヴェルフが気付いた。

 

「ところで、なんでアクスが居るんだ? お前、【ロキ・ファミリア】じゃないだろ?」

 

「あ、やっと気づいていただけましたか。包丁屋様改めヴェルフ様、お久しぶりでございます。リヴィラの街の往診を行っていた際にアイズ様よりご依頼で、皆様の治療を行わせていただきました」

 

「だから、俺は包丁屋じゃねぇっつってんだろ」

 

『包丁屋?』

 

 聞き馴染みのない名前にベルとリリルカは首をかしげていると、アクスは実際に包丁を見せながら説明すると爆笑の渦に包まれる。さらに包丁の切れが鈍くなったことを伝えたアクスに『後で研いでやる』と包丁をひったくったヴェルフに、すっかり『ヴェルフ = 包丁屋』がベルのパーティに浸透してしまった。

 

「あ、それとリリルカ様。不躾で申し訳ありませんが、地上に金銭は残しておられるでしょうか?」

 

「少々蓄えはありますよ? あ、もしかして今回の請求書ですか?」

 

 笑顔から一変してまじめな表情となったリリルカやヴェルフに請求書を配る。始めこそ真剣に読み進めていた彼女たちだが、しばらくすると『はぁ!?』と叫んだ。

 回復薬(ポーション)や医療品の相場やバベルの治療施設などの相場を念頭に入れながら再度計算するが、どう見ても1人当たりの料金が()()()()。下手をすると青の薬舗で精神力回復薬(マジック・ポーション)をダース単位で買った方が高くつくような値段設定に2人はしきりに計算間違いであることを指摘する。

 

「いやいやいや、ふざけろ。安すぎるぞ」

 

「そうですよ! 神父様はいわば命の恩人! もっと取っても……いえ、もっと取ってください!」

 

「僕もこの値段はちょっと安いかなって」

 

 口々に値段に対して文句を言うベルたちにアクスは耳を塞ぎながら聞こえない振りをしていると、アイズが食事の用意が終わったことを告げに来る。そのちょうど良いタイミングにアクスは彼女が明けたテントの下を通って逃走し、後に残された一行は『普通、逆だよね』と言いながらアイズの案内で夕食の席に着いた。

 

 やがて、全員が集まったことでフィンが立ち上がって軽い演説をしだす。

 

「皆、聞いてくれ。今夜は客人を迎えている。彼らは仲間(おたがい)のために身命を投げ打ち、ここまで辿り着いた勇気ある冒険者だ。仲良くしろとまで言うつもりはない、けれど同じ冒険者として欠片でも良い。敬意をもって接してくれ」

 

 上手い演説だ。これならば【ロキ・ファミリア】はたとえアイズが保護したからと因縁をつけるわけにはいかなくなる。

 

 ただ、すっかりご飯な気分のアクスは彼の渾身の演説を全く聞いていなかった。偉い人の話は子供にとっては退屈以外何物でもないのだ。

 しかし、全然聞いていなさそうなアクスの様子をちらりと見たフィンは言葉を続けた。

 

「ちなみに皆も知っていると思うが、ちょうど往診に来ていたアクス・フローレンスがポイズン・ウェルミスの毒を完全に解毒してくれた! 感謝しておくように!」

 

『うーい!』

 

 何やら知らない間にポイズン・ウェルミスの毒を解毒したという方向に持っていかされたアクスは、乾杯が終わるや否やフィンに詰め寄る。未だ潜在的な毒の可能性があるからこその経過観察なのに、こんな大勢で捻じ曲げられた情報を言われるのは1人の治療師(ヒーラー)として許容できなかった。

 最初こそ、『あぁ、聞いていたのかい』とすっとぼけるフィンであったが、横に座っていたリヴェリアがここまで念入りに経過を観察して毒特有の症状が1人も再発しないところを見るにやはり解毒出来ていると判断したのだとか。

 

「もちろんベートに取って来てもらっている特効薬も服用させる。ただ、それは"念のため"だ。私の中ではもう解毒は済んでいると思っている」

 

「仮に再発した場合、それは病状を甘く見た僕たちの責任だ。【ディアンケヒト・ファミリア】に何か言うつもりはないよ。主神(ロキ)に誓う」

 

 団長であるフィンがここまで言ってのけたのだ。ここで引き下がるのが分水嶺だろう。

 だが、この状況で余暇と言ってもまともな娯楽にありつけないのも事実。そんなワーカーホリック一直線の考えを横で聞いていたティオナがリヴィラの街を指差しながら彼に助言する。

 

「街に行けばいいじゃない。色々珍しい物売ってるでしょ?」

 

「お金ないです……」

 

「あー、たしかお小遣いだったわね。ちなみにだけど、いくら?」

 

「1週間、1000ヴァリス」

 

 判断に困るほど微妙な金額にティオネが黙る。その横でティオナが証文を提案するが、ボッタクリ価格のリヴィラの街で趣向品を買ったなどと証文から分かった日にはアミッドの雷が落ちるのは避けられない。

 

 とりあえずは自分の身の回りのことで時間を潰しながらやりたいことを探すという無趣味な人間が休みの日にやる典型例のようなことを言ってお茶を濁していると、ヴェルフに絡んでいる椿から声がかかった。

 一旦フィンに挨拶をしてからそちらの方へ行くと、すでに出来上がっている椿が酒臭い息を吐きながらヴェルフのことを『包丁屋』とからかいつつ、アクスにブリューナクを持ってくるように指示する。

 

 断ったら面倒くさい雰囲気を放っていたので、素直にアクスがブリューナクを素直に持ってきた。すると、ヴェルフの周辺には【ヘファイストス・ファミリア】の団員たちが居り、それぞれは盃片手に手招きをしてくる。

 

「お、来た来た」

 

「団長、全然見せてくれないもんな」

 

 【ディアンケヒト・ファミリア】で夜な夜な行われる医療技術向上を目的とした研究会のような雰囲気にアクスはすっかり気圧されるが、なんとかブリューナクを椿に渡す。邪魔だとばかりに旗を取り外してから団員たちの前に見せると、『おぉ』という感嘆の声がところどころから漏れる。次から次へと自身の所感やら機能の概要を椿に聞くといったまさに鍛冶技術の研究会といった様相を繰り広げる最中、槍を呆然と見つめていたヴェルフに椿は得意げに口を開いた。

 

「どうだ、ヴェル吉。手前が打った治療師(ヒーラー)用の装備の中で最高傑作だ。まぁ、治療師(ヒーラー)の装備を打ったことが初めてだがな!」

 

「あぁ……すげぇよ。けど、それがなんなんだよ」

 

 魔法の吸収と放出という機能に目が行きがちだが、ヴェルフの目には槍全体が1つの化け物に見えた。

 穂先の鋭さもピカイチ。柄の強靭さも第1級冒険者が本気で握っても壊れないだろう存在感を放っている。中層──否、下層よりももっと深い場所の素材を使い、それを丹念に鍛え上げねばこのような『熱』は出せない。

 鍛冶師の魂の断片が移りこんだような美しさの中に恐ろしさが内包された槍を前に、ヴェルフは畏怖しながらも強がって見せた。

 ただ、その強がりを聞いた椿はわざとらしく息をつくと、ブリューナクの切っ先をヴェルフの前に突き付けた。

 

「分からぬか、ヴェル吉。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。血がなんだ、家系がなんだ。ある物を全てつぎ込まねば神の領域に届きすらしない。お主はそれで満足なのか?」

 

「うっ……」

 

「主神様の手前、叱咤はこの程度にしておく。だが、そこの()()()()()()()との探索で分かっただろう。全てを使わぬお主の作った物はいずれ……。いや、これ以上は良そう」

 

 鋭い刃先のような冷たい目から一転。ケラケラと笑いながら椿はブリューナクを担ぎながらアクスを片手で持ち上げ、団員たちと戻っていく。

 

「良いんですか?」

 

「良いんだよ。俺たちはそうじゃないけど、LV.1の奴らの中にはヴェルフを妬んでるやつもいる。今回のことは俺たちも本拠(ホーム)で言っとくから、これでいくらか奴への留飲も下がるだろ」

 

 どうやら団長として必要なことだったらしい。つくづくファミリアを纏め上げるということは難しいことなのだと痛感したアクスだが、そうなると某ファミリアの強さのみを求める団長の存在に首を傾げるばかりであった。

 

 すると、再びゴライアスと思われる巨大な咆哮が18階層に轟いた。またしても17階層を通ろうとするパーティが現れたのかと全員が警戒する中、何かに気づいたベルたちが立ち上がって18階層の入り口まで走っていく。

 気になった者たちもアクスを含めてその場を立ち、先に向かった彼らを追いかける。すると、そこには見慣れた冒険者たちと見慣れた()()()()が居た。

 

 だが、目深にフードを被って覆面をしている冒険者をアクスは知らない。知らないのだが、アクスは彼女が身に着けている()()()()()()()()()()()()()()()を知っていた。

 ベルと話し終わった謎の冒険者がそのまま森へ入ったため、つい気になったアクスは彼女を追いかけて声をかけてしまう。

 

「あの、冒険者様」

 

「フローレンスさん? ……私です、リューです」

 

 豊穣の女主人で働くエルフの給仕。以前、アクスに頭が固いエルフの恋愛観を教えたというポンコツ属性を持つ彼女であるが、今はそんなリューが18階層まで来た冒険者という事実はどうでも良かった。

 

「リューさん、なんでその装備を……【アストレア・ファミリア】のリューさんの装備をしてるんですか? なんで輝夜さんの小太刀を持ってるんですか!」

 

「っ! フローレンスさん、覚えてっ!」

 

「よく店に来ていたお姉ちゃんたちだもん。それに、オラリオに住む人間がお姉ちゃんたち……【アストレア・ファミリア】を忘れるわけがない!」

 

 目を限界まで見開いたリューに、意識がすっかり昔へ戻ってしまったアクスが吠える。

 金髪の長髪が眩しかったあのエルフ。【アストレア・ファミリア】が壊滅した中で唯一の生き残りだが、のちにブラックリスト入りして何時しか名前を聞かなくなった彼女の装備をなぜ外見が全く違う()()()()な給仕が持っているのか。

 高レベルの冒険者の装備は金にもなるし、衆目を無視すれば自分の戦力にもなる。あの酒場の店員は色々事情があるとルノアやクロエから聞いたが、まさかたまにやり過ぎてしまうポンコツエルフでさえもそうだとは思ってもみなかった。

 

「フローレンスさん、あなたは勘違いをしている」

 

「勘違いって何! あのリューお姉ちゃんはあなたのような綺麗な薄緑の髪色じゃない! 目が覚めるような金の長髪をしてた!」

 

「~~っ! あなたはどうしてそう……。分かりました、証拠を見せます」

 

 何やら狼狽えた後でリューは覚悟を決めたようにアクスを森の深くまで誘導する。最初こそ抵抗していた彼であったが、彼女の膂力が強くて禄に抵抗できずに連れていかれてしまった。

 

「これを」

 

開錠薬(ステイタス・シーフ)?」

 

「はい。それで所属ぐらいは分かるかと思います」

 

 開錠薬(ステイタス・シーフ)を手渡したリューが幾度となく深呼吸をする。まるで覚悟が決め切れていないような後ろ姿にアクスは慌てながら薬品が入った瓶を返そうとするが、彼女はそれを突き返した。

 

「正体を知っていると思った私の思慮不足です。それに、あなたにはちゃんと知っていてもらいたいという私のわがままでもあります。なので、心配には及びません」

 

 やがて白くてきめ細やかな背中がアクスの前に現れる。小刻みに震えるその背中にアクスはステイタスシーフを1雫垂らすと、背中に波紋が生じる。その波紋に指を添えながらしばらくかき混ぜると、彼女のステイタスが浮かび上がった。

 残念ながらアクスは神聖文字(ヒエログリフ)が読めない。しかし、ステイタスの裏にあるギルドのエンブレム──正義の剣と翼を見た彼は、今にも泣きだしそうな声を出した。

 

「正義の剣と……」

 

「翼に誓って」

 

 遠い遠い記憶。両親の酒場で燃えるような髪の紅い女性が酔いながら叫んだ言葉。正義の名のもとにイヴィルスと戦い、散っていったファミリアの最後の1人。それが目の前の彼女であるとアクスは断じた。

 

「髪、染めたの?」

 

「はい」

 

「長髪、似合ってた」

 

「すみません。私はギルドのブラックリストに載っているので……」

 

 背中越しで確認するようなやり取りが行われる。徐々にアクスが涙声になっていくことに目をぎゅっと瞑りながら心の中で懺悔するリューであったが、ふと人に触られたような感覚が背中に走る。

 おそらく、感極まったアクスがリューの無防備な背中を抱きしめたのだろう。いかに潔癖なエルフであっても黙って背中を貸してあげる。今はそんな感動的な瞬間だったはずだ。

 

 ただ、彼女は潔癖を通り越して化石のエルフであった。

 

「私に触れるなぁ! ……あっ」

 

 即座に後ろに蹴りを放ったリューが正気に戻ると、そこには木に打ち据えられて気絶したアクスの姿があった。




仕方ないだろ!恋愛観が終わってる潔癖エルフなんだぞ!

アストレア・ファミリアについて
 アクスの両親がやっていた料理屋にアーディと一緒に結構来た間柄。
 小さい頃って年上の人をお姉ちゃん呼びするよね…。という意味合いでのお姉ちゃんなので、深い意味はない。
 なお、輝夜には面白がられ、極東由来のあることないこと吹き込まれた。

 元金髪エルフ「どきなさい、私とアリーゼたちが真のお姉ちゃんだ」
 ????「面白くない冗談ですね?」
 ???「あ”?」

スキルについて
 色々案を賜りまして、納得のいくものが出来ました。
 コメントくださった方、ありがとうございます。

 聖女情景(フリージア)
  ・【魔力】アビリティに高補正
  ・憧憬の強さにより補正上昇
    対象:アミッド・テアサナーレ
 アクスは止まんねぇからよ、聖女が止まんねぇかぎり、その後ろにアクスは居るぞ!

 聖義巡心(ヴィヤーサ)
  ・【敏捷】【器用】アビリティへの補正
  ・治癒魔法により、治癒対象に一定時間ステイタス加算
  ・加算値は正義に基づいた善行に応じて補正
 正義に聖を入れてアクス要素という案が素敵で掛け合わさせていただきました。
 たしかにアミッドの出力や持続時間。ヘイズの効果範囲というチートからすれば、アーディのバフ込み回復はギリギリチートにはならんでしょ。うん、多分。
 ※それでもバッタバタ死んでいくソードオラトリア時空なので、強い方が良いよね。男の子だもん!
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