ディアンケヒト・ファミリアの末っ子   作:マジックテープ財布

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31話:大剣闘祭

 昼が過ぎてしばらく経った頃。オラリオ東にある闘技場では、前日祭の熱気が凝縮したような賑わいを見せていた。

 なにせ、出場者がわずか数名とはいえ、オラリオに数十人しか居ない第1級冒険者の戦いが間近で見れるのである。探索系ファミリアといった強さを渇望する冒険者がこぞって見物に来るのも無理はないと言える。

 そんな闘技場の選手用入場口では、出場予定の冒険者たちがロイマンから再三にわたる説明を受けていた。しかし、フィンやアスフィ、シャクティといったまともな感性を持つ冒険者たちのみがそれを聞いているという始まる前から嫌な予感しかしない状況にロイマンは今年の失敗を早くも予感した。

 

 すると、顔を青白くさせるロイマンの隣から回復薬(ポーション)が差し入れられる。

 

「ロイマン様、胃に効きますよ」

 

「見たか、お前たち! LV.2の子供よりも常識がないぞ! 大人としてどうなんだ!」

 

「いや、アクスも十分非常識だと思うけどね」

 

 フィンがそう言ってアクスの片手にある巨大なじゃが丸君を指差す。

 1口1口必死に咀嚼するが、いかんせん巨大過ぎるそれは未だ4分の1も完食出来ていない。昼食として買ってきたのだろうそれをアスフィが見かねて自分の胃袋以上の存在を何故買ってきたのかと問うと、彼はシンプルに『大きかったから』と答えた。

 

 たしかに大きい。子供というものは大きければ大きいだけ良いという風潮がある生き物なのである。それがゆくゆくは食べ物などを盛りたがる悲しき生き物になるのだが、それについては置いておこう。

 ともあれ、身体の小さなパルゥムには絶対完食できないとフィンが思っていると、アイズがアクスの食べているじゃが丸君の断面を見ながら問いかける。

 

「アクス、それ何味?」

 

「小豆クリーム味」

 

「じゃあ、食べてあげる」

 

 有無を言わさず横からかっさらわれたじゃが丸君は、そのままアイズの口へと入っていく。

 1口。2口。3口。あれほど大きなじゃが丸君がたった3口でアイズの胃へと収まり、完食した彼女は『クリームのマシマシ感が足りない』と不服そうに呟いた。これから戦う予定の者がそんな重い物を食べるという常軌を逸した行動に、シャクティは信じられない存在を見たように目を見開いた。

 しかし、そんなアイズにベートが異を唱える。いや、異論すら唱えられていない。わなわなと震えながら口々に『おまっ』だの、『食いかけをっ』などと思春期真っただ中のような物言いをする彼に、アイズは『もったいないから』と至極当然のことを言ってのける。

 

「フィン、お前のところは本当に変わってるな」

 

「シャクティ、そう言わないでくれ。それに、変わってるのはそっちの主神もそうだろう?」

 

「それは卑怯だろ…。ん? どうした、アクス」

 

 闘技場に出向く前も風変わりな本拠(ホーム)の屋根で自分の名を叫んでは団員たちの顰蹙を買っていた主神の姿にシャクティが頭を押さえていると、ニコニコしながらアクスが近づいてきた。曰く、『スキルが発現した』そうだ。

 

「ほう、それはすごいな。どんなスキルなんだ?」

 

 本来は同じファミリアの人間でもスキルのことを詮索するのはご法度である。ただ、シャクティにだけ話すということは少なくともアミッドも把握済み。もしくはアクス自身の判断で話したい事柄なのだろうと彼女は推測した。

 それに、まるでスキルのことについて聞いてほしそうに見てくるため、この場に居る面々になら聞かれても特に問題はないだろうとシャクティはアクスと目線を合わせた。その周囲ではアクスが次に語るであろう詳細について聞き逃さないように出歯亀もとい、偶然耳に入ることを狙う不届き物が居るが、長めにためを作った末にアクスはまさかの『内緒』で話を引っ張ろうとする。

 

「そう言わないでくれ。せめてヒントだけでも教えてくれないか?」

 

 オッタルまでもが片方の肩を落とし、少々期待していたところに梯子を外されたことでイラっと来たベートをフィンとガレスが抑える中、シャクティはヒントだけでももらえるように交渉してきた。

 さすがは年の功…ゲフン。長年、オラリオの治安を守ってきた【ガネーシャ・ファミリア】の団長である。子供の扱いは慣れたものだ。

 すると、それに気を良くしたアクスはヒントを言う。『この子(こいつ)は相変わらずちょろい』と周囲が思うのも束の間、そのヒントがなんというか──シャクティにとって致命的になりうる人物の名前だった。

 

「ヒントはアーディさん」

 

「アーディッ!?」

 

 少なくとも()()()()()()()()()()()()()()に周囲は騒然となる。当然、実の妹の名前を出されたシャクティも例外ではなく、アクスを掴み上げながら狼狽えていた。

 なぜアーディのスキルを知っているのか。なぜ今になってアーディが出てくるのか。聞きたいことが山ほどあったが、今の状況を改めて認識すると深呼吸して自分を落ち着けていく。

 

「ごめんなさい」

 

「なぜ謝る。しかし、お前はアーディのスキルを知っているのか?」

 

「知らない。けど、"ヴィヤーサ"ってスキルが出たの」

 

 妹の二つ名にシャクティはようやくアクスが言っていることに納得した。確かにアーディの二つ名がスキル名に付けば、そういうのも仕方がないだろう。

 ただ、極端に言い方が悪かっただけ。なんとも紛らしいと思う反面、シャクティは暗黒期を抜けても彼女の功績が風化していないことが分かってなんだか救われたような気がした。

 

「それで……、そのスキルはなんだ?」

 

「オッタル、そこは空気を読むところじゃないのかい?」

 

「なぜだ? アクスが自ら開示しようとしているだろう。聞かないわけにはいくまい」

 

 まさに【猛者】。空気の読めなさもLV.7といったところだろうか。

 そうして誰からも言葉が出てこない無為な時間を過ごしていると、入場口が開けられるとともにギルド職員の案内が流れてくる。

 

「まぁ、アクスのスキルについては最後をお楽しみに。ってことにしておこう」

 

「そうだな」

 

 ──そういうことになった。

 

***

 

 おかしい。少し前から何度も飲み込んでは反芻させてきた言葉をアクスは再び胸へと戻す。

 たしか、やはり暴走してしまった第1級冒険者たちに友好国の大使が気絶。全員が戦っている隙間を縫いながらもなんとかロイマンの席までやってきたアクスは、ちょうど良いと豊穣の女主人が出店している屋台で売られていた『ベヒーモスクッキー』なる物を大使に食べさせた。

 試しに数個食べたが甘さの中に焦げのえぐみが酷かったため、もしかしなくても気付け薬の代わりになると思ったが見事に的中。目を覚ました大使に軽く1礼して去ろうとした。

 

 ここまでは良かった。ベルとレフィーヤが闘技場の中に落ちるまでは……。

 多分だが、ひしめく観客たちに押し出されたのだろう。しかし、彼らを見た観客たちは『飛び入り』だと勘違いを起こし、あれよあれよという内に彼らは第1級冒険者たちの集団と戦うこととなった。

 『そうはならんやろ』とロキばりのツッコみを入れそうになったアクスだが、実際になってるものは仕方ない。治療師(ヒーラー)という戦闘にあまり貢献できない存在だという自覚はあるが、せめてトラウマになるぐらい打ちのめされて冒険者を辞めたくなるような事態は防ぐべきだとアクスは闘技場に舞い戻った。

 

 ……こうしてみると自分から戦いに行っているが、それはそれ。これはこれである。

 

「レフィーヤ様、上空から投擲物! 爆発するので迎撃を!」

 

「詠唱します! ベル・クラネルは時間を稼いでください!」

 

「はい!」

 

 上空高くに放り投げられた球状の瓶。アスフィが投げたそれらは空気に触れると爆発する爆炸薬(バースト・オイル)という液状の爆薬である。

 そんな代物をLV.2が2人とLV.3が1人という編成のパーティに投げ込むというやりすぎ感が否めなかったが、彼女の目が『やってしまった』と訴えかけていたのでおそらく誤爆であろう。後でマジックアイテムでも適当に分けてもらうことにしよう。

 

 そんな危険物を迎撃しようとテンペストの余波を躱しつつ、並行詠唱を始めるレフィーヤ。その時間を稼ごうとベルは前線でガレス相手に回避主体で戦いを挑んでいるものの、レベルの関係で避け損ねが増えている。

 しかし、即興とはいえ上手いことはまったこのパーティの中で1番大変なのは中衛に居るアクスであった。

 

「これぐらいは大丈夫か。それじゃあ、もう1段階上げるよ?」

 

 目の前で改めて構えたフィンが先ほどよりも高速で槍を振り回してくる。しかし、明らかに力を抜いているそれらをブリューナクの各所で弾きながらも、アクスは詠唱を続けていた。

 おそらくアクスの人生で最も長い十数秒だったと思う。レフィーヤのアルクス・レイによって上空に爆発が生じ、爆発音にフィンがちらりと上の方を見た隙にアクスはレフィーヤの近くまで走っていく。

 

「ベル・クラネル!」

 

「はい!」

 

 レフィーヤが呼ぶとベルが一足飛びに戻り、その瞬間に治癒魔法が発動する。緑の光に包まれたそれぞれの身体には新緑の光が纏わりついており、回復が終わるや否や先ほどとは比べ物にならない速度でフィンたちから離脱していく。

 

「フィン。あれはステイタスの強化……か?」

 

「だろうね。おそらくは治癒魔法の対象のステイタスを上昇させるスキルだと思う」

 

 ベートに捕捉されながらも、同じ戦闘スタイルのベルが数秒は壁になれるぐらいのステイタス。レベル差を考えるとよくある……いや、少々高めの補正値をもったスキルだろう。

 しかし、これでアクスは回復と強化を同時に行える存在となる。前衛、後衛火力、そして強化持ちの治療師(ヒーラー)という全くバランスの良いパーティ。冒険者として滾るなという方がおかしいだろう。

 

「ガレス、ちょっと手伝ってもらえないかい?」

 

「なんじゃ、フィン。お主は止める側ではなかったのか?」

 

「君の言う"熱き戦い"ってやつさ。大酒には付き合いきれないけど、これぐらいなら付き合える」

 

 片眼を閉じるフィンにガレスは豪快に笑う。お互いの拳を軽くぶつけると、アスフィやシャクティの横槍を躱したベートが再びベルたちを追いかけようとしているところに立ち塞がった。

 

「フィン! ジジイ! 何しやがる!」

 

「レフィーヤたちの相手は儂らがする」

 

「そういうことだ。ベートはオッタルとの決着がまだだろ? ()()()なんてしてないで、行ってきたらどうだい?」

 

「ちっ、あのチビとノロマが居たからちょっと遊んでやろうと思っただけだ」

 

 軽いジャブに舌打ちをしながらオッタルの方へと突っ込んでいくベートを見ていたフィンたちだが、その陰でこっそりと闘技場を出ようとするベルたちの進行上にそれぞれの武器を投げつけた。壁や床に突き刺さる槍と斧にすっかり怯えた3人が纏まって震えていると、フィンはまるでヘルメスのように胡散臭い笑みを作りながらレフィーヤに()()の提案をしてくる。

 

「訓練……ですか?」

 

「せっかくの機会だ。いつも指導はリヴェリアに任せてるけど、僕も1枚嚙ませてもらえないかな?」

 

「そういうわけじゃ。安心せい、別にこの結果如何でリヴェリアに叱責させようとは思っとらん」

 

 所属しているファミリアの幹部ということもあってか、レフィーヤは真っ先に戦う姿勢を見せた。

 これであと2人。フィンはレフィーヤに向けていた笑みを崩さずに今度はベルの方を見た。

 

「ベル・クラネル。ファミリアは違うが、レフィーヤのついでに胸を貸そう」

 

「いえ、そんな……悪いですよ」

 

「おや、ミノタウロスを屠ったという君の実力が見れると思ったが……。見込み違いだったかな?」

 

 見え見えの挑発。しかし、いくら歴戦の冒険者相手でも自分がランクアップした偉業について難癖をつけられたベルはフィンを前にナイフを構える。

 これであと1人──なのだが。

 

「じゃ、僕は待機してるんで」

 

「アクス君、一緒に戦おうよ! 上級冒険者の人に稽古をつけてもらうなんて滅多にないよ!」

 

「そうですよ、アクス君! というか、一緒に居て! 治療師(ヒーラー)居ないとすぐ終わっちゃうから!」

 

「この冒険者たち、やだぁ……」

 

 多数決。民主政治の原則であるこの決定方式により、『早く避難してゆっくりしたい』というアクスの意見はたちまち端へと追いやられてしまう。

 どう足掻いても戦う他に道はない。それどころか、ベートやアイズたちと戦いながらもチラチラとオッタルがアクスの方を見てくるのが怖い。それならば、比較的穏便に済ませてくれそうなフィンたちでお茶を濁すのが最適解と言えよう。

 

 ようやく諦めたのか、戦うことを伝えたアクスの横でレフィーヤは手を上げた。

 

「団長、作戦を考える時間を所望します!」

 

「初めから難しいことは考えるな。各自の出来ることを確認しながら、3分で纏めるんだ」

 

「はい!」

 

 すっかり訓練のような様相となってしまったが、レフィーヤはベルたちを集めて喧々諤々と話し出す。1分があっという間に過ぎて、2分が過ぎて少しした時。レフィーヤたちは陣形を整え始めた。

 

 前衛にベル、中衛にアクス、最後尾にレフィーヤ。基本に忠実な陣形だが、これで良い。ここで奇をてらった陣形を展開すれば練度の関係で即座に瓦解する。

 いくら素直な部類とはいえ、LV.2の冒険者を支配下に置く手腕にフィンとガレスは次代の芽が着々と伸びつつある状況に笑みを作りながらベルたちへと襲い掛かった。

 

***

 

 訓練と称した試合を始めて数分。本来のレベル差を考えればとっくに勝敗は決しているはずだが、いまだ誰1人として脱落者が出ていないことにフィンとガレスは驚いていた。

 無論、最大がLV.3のレフィーヤなことを鑑みてかなり手を抜いてはいるものの、長年研鑽を続けていた技の冴えは誤魔化しきれない。仮にもレフィーヤ側に何か不手際が起これば即座に制圧されるほどに拮抗していた。

 

(やっぱり、治療師(ヒーラー)が居るのが大きいか)

 

 未だ1人すら崩しきれていない戦況に、フィンはアクスの攻撃を防ぎながら考える。

 これがベルとレフィーヤならガレスがベルを食い止めている間にフィンが詠唱中のレフィーヤを倒し、そのまま2人でベルと倒すという形で勝負はついているだろう。

 しかし、そんなワンサイドスレスレの戦いにアクスを混ぜ込むとあら不思議。倒す前に回復しては再び攻撃をしてくるという冗談のような事態になる。

 

「まったく、君は敵にすると本当に厄介だね」

 

 フィンの軽口にアクスは『教えたあんたが言うな』と言いたげな目をしながら並行詠唱を続ける。攻撃を一切せず、防御や回避に絞った動きをしながらの詠唱は明らかに謡い慣れていた。

 格上相手に何度も練習し、叩きのめされながらも磨き上げたであろう。実践でも十分通用するほどの詠唱技術。

 おそらくこの場にリヴェリアやアリシアが居れば、この習熟具合にロキが言うところの後方師匠面をするぐらいにアクスの並行詠唱は洗練されていた。

 

 やがて、アクスの詠唱が終わりに近くなる頃合い。ガレスを足止めしていたベルが突如としてアクスを抱え、レフィーヤの近くまで走る。

 それをフィンたちが追いかけるが、レフィーヤの魔法によって一瞬だが足止めを食らい、その間に回復と強化を済ませたベルとアクスが再び足止めをする。闘技場ということから決してリヴェリアが使うような広域殲滅魔法は使わないものの、アルクス・レイの他にエルフ・リングというエルフの魔法が召喚できるという規格外な魔法によって彼女にはかなりの手札が存在している。

 いくら上級冒険者でもすべての魔法に精通しているわけではなく、詠唱文で魔法の識別と退避を一瞬で行うことはフィンたちでも難しかった。

 

 ならば、このパーティの肝であるアクスを狙うしかない──が、それもまた難しい。

 先ほどは逃げ回るために余力を残していたらしいベルが上昇したステイタス全てを使ってガレスを足止めしている。治療師(ヒーラー)が居るからこその無茶な突撃などと指摘すれば数えきれないぐらい荒い部分はあるが、いくらレベル差があろうとも手加減をした状態であってもガレスはドワーフ。

 おそらくはこれもレフィーヤの指示だろうが、後ろを守る壁役ということで俊敏は捨てているガレスと絶えず動き続けるベルでは非常に相性が悪かった。

 

 そうなるとフィン1人でアクスを倒すしかないが、これも手加減している状態では厳しい。遠征に連れ出すために『時間稼ぎ』を念頭に置いた槍術を教え込んだが、()()()()()()()()()()のせいで彼はもはや槍1本に固執していない。

 足払いや徒手空拳。槍を使わないのかと思えば、途中から大きくその場を離れてアイズが放ったエアリエルの()()をブリューナクに吸収して攻撃してきたり、地面に落ちていた爆炸薬(バースト・オイル)の割れていない瓶を投げつけたりと多種多様な手段を用いてつかず離れずといった戦い方をしていた。

 

「驚いたね、まさか君がこんなに手癖が悪いなんて思わなかったよ」

 

「僕は僕自身で手にした何かであの人の横に並びたいだけですよ。その何かがなんなのか、いくつあるのかは分かりませんが、やれるものは全てやろうかと」

 

 そう言ってアクスは詠唱を開始する。しかし、それをむざむざ許すほどフィンは優しくない。

 

 アクスは防御や回避に集中した並行詠唱は目を見張るものがあるが、()()についてはお粗末だ。

 ゆえに防御や回避すらできない程の手数で圧倒する。これがアクスの並行詠唱におけるフィンの対策だった。

 最初こそ回避や防御に徹していたアクスも防御を崩され、回避した先に攻撃されるといった詰将棋のような戦い方をされると脆い。彼は早々の詠唱を中断すると、何を思ったのか槍を捨ててフィンの胸ぐらを掴み出した。

 

「ベル様! レフィーヤ様! お願いします!」

 

「なにをっ!」

 

 アクスの言った言葉の真意が分からず、フィンが叫びきる前にアクスは詠唱によって練り上げた魔力を破棄することで魔力暴発(イグニス・ファトゥス)を起こす。それとちょうど同じタイミングでガレスの繰り出した大振りの攻撃に対し、ベルは不思議な文様が刻まれた見るからに特別製のナイフによって無理矢理軌道を逸らすことで盛大な砂埃を上げた。

 フィンとガレスの周りには盛大に巻き上げられた砂によって著しく見通しが悪い状態になっている。しかし、聞こえてくるエルフ・リングの詠唱にフィンはその古典的な作戦に少々呆れた。

 

「レフィーヤ、魔導士にとって煙幕は最もやってはいけないことだよ」

 

 先達としての指導しながらもフィンは声のする方向に構える。親指の疼きもあるため、ここでレフィーヤは勝負を決める腹積もりなのだろうとフィンは推測した。

 その前に詠唱自体を潰し、後はベルを倒せば訓練は終わる。思えばこちらの方が実りのある実に良い訓練だった。そう思えるほどにフィンは次世代の芽に対して満足していた。

 

 だが、ここで彼はふぅっと息をついてしまった。

 

「っ!」

 

 いきなり下から思いっきり服の裾を引っ張られたことでフィンの体勢が崩れかける。それと同時にエルフ・リングの詠唱が終わったレフィーヤが杖を両手に突っ込んできた。

 彼女は続けて詠唱に入る──が、そこは既に槍の間合い。体勢が崩れているが、切っ先を()()だけでレフィーヤは逃げるはずだ。

 そう考えたフィンが槍の切っ先を余裕をもってレフィーヤの肩辺りに置く。避けるために詠唱は中止する──そのはずだった。

 

 ──盾となれ、破邪の聖杯(さかずき)【ディオ・グレイル!】

 

 彼女の詠唱にフィンは目を見開く。

 59階層の遠征にてレフィーヤが使った盾の魔法。てっきり攻撃魔法が来ると思っていたフィンは碌に抵抗できぬまま円形の障壁を叩きつけられ、壁と障壁に挟まれてしまう。

 

 その頃になるとアイズの風によって砂嵐が完全に晴れ、拘束されているフィンに闘技場内は騒然となった。

 

「はぁ……はぁ……。やった!」

 

「無茶をした甲斐がありましたね。じゃあ、僕は治癒魔法の準備に入ります」

 

 自動治癒魔法(オート・ヒール)で動ける状態になったアクスは治癒魔法の立ち位置を調整する。レフィーヤの魔力であればしばらくはフィンを拘束出来そうだが、それでも急いだ方が良いだろう。

 そうしていると、ガラスに亀裂が走っているかのようなピキピキとした異音がフィンの方から聞こえてきた。

 

「ハハ、ハハハッ。すごい! これはレフィーヤが考えたのかな? それともアクスかベル・クラネルかい? 久しぶりに1本取られたって感じだ!」

 

 ──ガツンという音に加えてビキリという罅が入る音が聞こえる。

 

「実に……」

 

 ──再び聞こえたガツンと言う音に今度はひしゃげるような大きな音が聞こえる。

 

「面白いっ!」

 

 3度の頭突きによって簡単に障壁が破壊される。渾身の化かしあいに勝利した2人が化け物を見たような表情を浮かべていると、額から血を流したフィンの指先に紅い魔力が集まっていく。

 

「魔槍よ──「フィィィィン!」」

 

『こ、これにて大剣闘祭を終了します! 全員、剣を収めてください! これより相手に危害を加えたファミリアには厳重なペナルティを課させていただきます!』

 

 鬼気迫る勢いで瞬間移動のごとくフィンに詰め寄ったガレスのゲンコツが炸裂する。それと同時にギルド職員の悲鳴じみた終了宣言が成された。

 

***

 

 なんだかもう一杯一杯な終了宣言と共にボロボロのアクスによる治癒魔法の回復が行われる。

 先ほどの自爆も相まってもはや痛々しいレベルを超えていた姿に数回意識が飛んでいた大使が青ざめていたものの、【ディアンケヒト・ファミリア】のエンブレムが刻まれた旗を仰々しくはためかせながら全員の傷を綺麗さっぱり消すアクスの姿に『素晴らしい治療師(ヒーラー)ですな』と小刻みに震えながらも笑みをこぼす。……すっかり先ほどの虐めにも似たやり取りがトラウマになったようだ。

 

 そんなロイマンの胃痛が悪化する光景はともかく、治癒魔法を行った現場ではシャクティが暴走していた。先ほどまでは澄ました顔でロイマンの苦しげな表情を鑑賞して大変な役割を押し付けてくれた留飲を下げていた彼女であったが、治癒魔法と共に感じたステイタスの上昇に……とうとう弾けた。

 

「アーディィイ!」

 

「落ち着きなさい、【象神の杖】(アンクーシャ)。この子はあなたの妹では……」

 

「そうだよ! 品行方正で人懐こくて、シャクティお姉ちゃんの妹アーディ・ヴァルマだよ! じゃじゃーん」

 

「アクスもシャレにならないので、誤解を生む真似は止めてください。あと、全然似てませんから!」

 

 アクスを抱きしめながら彼女の主神(ガネーシャ)もかくや。といった泣き声を上げるシャクティや全く似ていない声真似をするアクスに、アスフィは『どうにでもなーれ』と早々に諦めてつつも収拾を付けようとしていた。

 

 しかし、シャクティにしてみれば亡くなった自身の妹の二つ名と同じスキル名や、もはや見ることすら叶わないステイタスを上げることが出来る彼女の治癒魔法のような物を再び見ることが出来たのだ。

 少々取り乱そうが、関係ない。シャクティの意識ははすっかり数年前に戻っているのだから。

 

 そんな混乱の坩堝のような騒ぎとは対照的に、フィンたちはベルと一緒に誘導されていったレフィーヤ以外の【ロキ・ファミリア】同士で集まって会話をしていた。

 

「いやー、まさかステイタスの上昇とはね。本当にこの子には驚かされるよ」

 

「フィン。お主まさか、それで有耶無耶にしようとは思ってなかろうな? あの魔法まで使おうとしおって……」

 

「使う振りだよ、振り。迫真の演技だっただろ?」

 

 凶戦士になる高揚魔法をうっかりと言ってのける白々しさにガレスがフィンを静かに叱りつけていたが、横で少々不機嫌になっているアイズと笑いを耐えているベートに会話の対象を変える。

 

「おぬしらは何をやっとる」

 

「いやな、ジジイ。アイズのやつがあのチビを"泥棒"つってんだよ」

 

「私の風を勝手に盗った。悪い子」

 

 むすーっと頬を膨らませるアイズに事情を把握できていなかったガレスだが、実際にアクスと戦っていたフィンの本気で嬉しそうな顔で行われた解説で状況を把握する。パルゥムの繁栄にすっかり目が焼かれた団長はともかく、盗人扱いは流石に酷いとは言ったものの……。

 

「駄目。アミッドにもちゃんと言う。"せーさんしゃのせきにん"ってロキが言ってた」

 

 またもや主神(ロキ)である。訂正するのもなんだか面倒になってきたガレスは、この後総出でアミッドのところへ謝罪に行くと伝えると、フィンが露骨に嫌な顔をした。

 

「そんな顔をするぐらいならばアクスを参加させねば良かっただろうに……」

 

「そうは言っても、アクスが居たからこそガレスも熱き戦いが出来たんじゃないかい?」

 

 フィンの反論にガレスはぐぅの音も出なかった。

 いくら手加減をしていてもベルはLV.2。あれだけ動き回っていれば早々にへばって動けなくなっていたのを回復で無理矢理動かしていたにすぎない。

 つまりは回復や付随するステイタスの上昇があったからこそあれだけベルが動けていたことになり、熱き戦いを望んでいたガレスにとってもアクスが訓練に参加した恩恵を得ていたのだ。

 

 少なくとも回復薬(ポーション)などを売ってくれなくなるほどに関係がかなり悪くなるということはないだろうが、少なくとも自身の財布が圧倒的に軽くなる気配をガレスは感じていた。

 

***

 

 そんなこんなで終わってからもグダグダ続いた大剣闘祭がやっと終わった後、フィンたちがアミッドに事の顛末を正直に報告する。

 はじめこそ怒り心頭といった様子で団員たち共々【ロキ・ファミリア】を見ていた彼女だったが、レフィーヤの誠心誠意な謝罪やマルタと一緒に制服を直していたアクスから『断ったらオッタルさんがこっちに向かってきそうで怖かった』という証言によって徐々に冷静になったのか、『訓練でしたら仕方ありませんね』と納得したような言葉が出てきた。

 

「今回のことはベル・クラネルとレフィーヤも居たこともあって、ついはしゃぎ過ぎた。本当に申し訳ない」

 

「…………」

 

 頭を下げながら丁寧に謝罪をするフィンに、アミッドは黙ってグランド・デイ限定回復薬(ポーション)を見やる。

 

「アミッド?」

 

「…………」

 

 アミッドの視線に気づいたフィンであったが、彼女は黙ってグランド・デイ限定回復薬(ポーション)どころかグランド・デイ限定精神力回復薬(マジック・ポーション)など限定シリーズを見やる。

 

「あの、僕たちも遠征でかなりカツカツでね」

 

「…………」

 

 台所事情を話して取り繕うとするも、アミッドは笑みを浮かべる。慈愛に満ちた女神のような笑みではなく、悪鬼の類を思わせる笑みにフィンはガレスの方を向いた。

 

「ガレス、君も買ってくれ」

 

「仕方ない……ってなんじゃぁ!? 定価の倍ではないか!」

 

「グランド・デイ限定なので」

 

 ガレスの抗議を定型句で打ち返すアミッド。フィンたちの反応に責任を感じたレフィーヤも購入しようとするが、アミッドは『予約品』ということでそれを固辞。すっかり『グランド・デイ限定なのでBOT』と化したアミッドの活躍でフィンたちが自前で確保していた飲み代の大半が消え、【ディアンケヒト・ファミリア】の売り上げが大いに上がったのは言うまでもない。

 

 なお──。

 

「あ、アミッド。アクスが私の風を盗ったから、責任取って?」

 

「仰る意味が分かりませんが?」

 

「ロキが言ってた。"せーさんしゃせきにん"って。作った人のことを言うんだって」

 

「産んだ覚えがありませんが!?」

 

 こんな一幕があったとか、なかったとか。




ダンクロの闘技場風にスリーマンセルにしてみました。
なお、負け筋は初手アクスをフルボッコで落とす。
もしくはベルとレフィーヤを回復が追い付かないぐらい1人ずつ丁寧にボコし、最後にアクスをタコ殴りとなります。
どっちにしても虐めですね。

ベヒーモスクッキー
 滋養強壮に良いそうなので、大使に食わせた。
 多分、元はチョコクッキーだったのだろう。多分!

シャクティ
 アクスのせいで昔の思い出がわっと蘇った。

ベル、レフィーヤ、アクス
 なんかすっごいバランスの取れたパーティになってる気がする。
 おそらく原作最新刊付近でこうなるんじゃないかなぁ。そこまで続くか知らんけど。

アクスの戦い方
 どっかの凡夫(だと思っている超人)のせい。
 使えるものは全て使えとどこかのハンターも言ってました。
 自爆に関しては…どこかの中身おっさんな幼女とかが囁いたんでしょ。

障壁魔法による圧殺
 ダンメモでコラボしていた某ゴブリンをスレイする物語から引用

フィン
 期待の新人と推し2人との交流が楽しくて、ついつい良い所を見せようとしたおっさんの図
 もちろん、ちゃんと訓練と考えていたらしい。ホントウダヨ。ブレイバー、ウソツカナイ。

生産者責任
 「処女受胎!」
 「なんということだ、聖女じゃなくて聖母だったなんて!」
 「つまり、アクスは…神々(俺たち)の子!?」
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