ディアンケヒト・ファミリアの末っ子   作:マジックテープ財布

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グランド・デイはおまけみたいなものなので、本編みたいよって方のために早く終わらせようかと


32話:グランド・デイ

 前夜祭が明けたグランド・デイ当日。この日は夜明け前から人々の歓声が騒がしく、住人たちは寝不足な目を擦りながらも大規模な祭りに胸を膨らませていた。

 雲1つ無い晴天に恵まれ、きっと数時間後にはこの最高の空の下で大いに騒ぎながら飲み食いし、神々や冒険者などといった隔たりを忘れて大いに歌い、一番身近な伝説を称える忙しくも楽しい1日が始まる。

 

 ──そのはずだった。

 

「【ガネーシャ・ファミリア】へ防衛の依頼に行ってきました」

 

「ありがとうございます。薬師(ハーバリスト)の方はこの場で回復薬(ポーション)の希釈を! 冒険者の方と間違えないように気を付けてください!」

 

「包帯の煮沸消毒はまだか!」

 

「エントランスの家具、片づけました!」

 

「宿舎からありったけの毛布を持ってきて!」

 

 【ディアンケヒト・ファミリア】の治療院は野戦病院のような有様だった。元々は品良く調度品などを並べていたエントランスでは調度品からカウンターと移動できる存在を全て動かしてから毛布を敷き詰め、そこに冒険者や一般人を横にさせては団員たちのほとんどが献身的に処置を行っていく。

 

「な、なんで……こんなこと……」

 

「セレーネ! 早く回復薬(ポーション)を運んで来い! イスカは窓に板を打ち付けて補強しろ!」

 

「は、はいぃ!」

 

 中には事態を飲み込めずにその場で立ち止まってしまう団員も居たが、大抗争から【ディアンケヒト・ファミリア】に所属して肝が据わりきった団員たちの激で次々と走り出していく。

 そうしている間にも続々と怪我人が治療院に殺到する。もはやエントランスでは賄いきれなくなり、アミッドは部屋の施錠をしっかりさせたうえで宿舎を解放。そこも毛布を敷き詰めて治療をしていくが、この様子だとまだまだ増えるという治療師(ヒーラー)としての勘に歯噛みする。

 

「臨時キャンプを立てたいですが……、今の外は危険ですね」

 

「アクス君、大丈夫でしょうか」

 

「あの子は戦闘経験だけはこのファミリアの中で圧倒的にあります。何かあれば逃げてくるでしょう」

 

 何かがぶつかったのか、治療院が小さく揺れる。混乱1歩手前で辛うじて踏みとどまった全体を宥めつつも、アミッドは先ほど来たミアハと共に出ていったアクスの無事を祈った。

 

***

 

 すっかり荒廃してしまったオラリオを1人と1柱が疾走する。周囲には倒壊した屋台や家屋が散乱し、【ガネーシャ・ファミリア】が手分けして倒壊した建物から住人を引っ張り出しては道の隅に寝かせていた。

 

【小神父】(リトル・プリースト)、助けてくれ!」

 

「こっちもだ! 治癒魔法だけで良い!」

 

精神力回復薬(マジック・ポーション)もあるから使え!」

 

 アクスの姿に彼らは手を上げて呼び込んで来るため、ミアハはまずは近くの住民や冒険者の治療を優先しようと提案する。その提案を聞いたアクスは一旦立ち止まると、治癒魔法を用いて怪我人を立ち上がれる状態まで回復させては【ガネーシャ・ファミリア】に引き渡していく。

 

「うわ、来やがった!」

 

「路地に隠れろ!」

 

「神ミアハもお早くっ!」

 

 そんなことをしていると、通りの奥から黒い竜巻がアクスたちの方に向けて進んでくる。一般人が走るような速度とややゆっくりだが、道の端にあった屋台の残骸が砕けるのを見るに破壊力は凄まじいのだろう。

 すると、その黒い竜巻を見た【ガネーシャ・ファミリア】の団員たちやミアハ、それと治療したばかりの人たちが慌てて細い路地へと逃げ込んだ。周囲を見ていた分、少々反応が遅れたアクスだが無事に路地へと入り込むと竜巻が通り過ぎるまで彼らから詳しい事情を話してもらう。

 どうやら先ほどの黒い竜巻がオラリオにいきなり出現し、ここまで破壊の限りを尽くしたらしい。しかし、長年オラリオに住んではいるが竜巻の大量発生など聞いたことがなかったアクスが【ガネーシャ・ファミリア】の団員やミアハに問うと、彼らも口を揃えてアクスと同じような感想を漏らす。

 

「先ほど団長が竜巻に武器を当てていましたが、硬質な音が聞こえてました」

 

「ふむ……。そうなるとこの竜巻はただの自然現象ではない」

 

「そうなると、モンスターですか?」

 

「分からねぇ。とりあえず、ギルドの前を避難所にしてるから送ろう」

 

 モンスターの中には風に乗せて自らの一部を飛ばしたりと魔法と似た現象を引き起こす存在も居る。もしかすると新種かつ、そういった竜巻を発生させる存在かもしれないとアクスは推測するが、治療師(ヒーラー)である彼がモンスターのことなど詳しく知るはずがない。

 それに、今はそんなことをしている状況ではない。【ガネーシャ・ファミリア】の団員たちとアクスが治療した人たちという大所帯になってしまったが、一行はギルドへ向かって再び走る。

 ただ、ギルドへ向かう道中でアクスが引き止められたり竜巻に遭遇したりということが2~3度あったせいでかなり遅くなってしまった。いつの間にか人数もかなり増えていたが、なんとかギルドにたどり着いたアクスは回復作業に従事しながら近くで応急処置を手伝ってくれていたミィシャに臨時キャンプに適した場所として中央広場の使用許可を求める。

 

 バベルを中心とした中央広場。本来であれば東西南北に分かれたメインストリートから攻撃が来てしまう危険な場所だが、そこ以外で今もなお増え続ける怪我人を収容できる場所はない。理由としてはそれで十分らしく、ミイシャはロイマンと話をしてくることを告げてギルドへと戻っていく。

 

「フローレンス氏、大丈夫なのでしょうか?」

 

「おそらくは……。それに、この騒動でしたら少なくとも【ロキ・ファミリア】は全部隊を投入しているはず。リヴェリア様とレフィーヤ様も例外ではありません」

 

「その、どうしてリヴェリア様たちを?」

 

 不思議そうな顔をするエイナにアクスは希釈した回復薬(ポーション)を含ませた布で怪我人の傷を拭いながら、以前オッタルから聞いていたとある話を伝える。

 大抗争の折、かの【暴食】がバベルを制圧せんと中央広場に乗り込んできた時のことだ。【暴食】とオッタルによる1対1の状況を作り出すため、『空にした中央広場』の出入り口に魔導士たちが魔法で一帯を封印したのだそうだ。

 

 今回は獲物を誘い込む罠としてではなく、()()()()()として転用する。リヴェリアの魔法とレフィーヤのエルフ・リングであれば周囲の封印は2人でもおつりがくるだろう。

 それに、いくら黒い竜巻が脅威だとしても第1級冒険者の集まりが鎧袖一触に蹴散らされることはない。さらに付け加えるのであれば、バベルの設備も近いことから医療品や武器といった補給も容易い。陣を構えるには最適だと言える。

 

「フローレンス氏って医療のことになると頭が回りますよね」

 

「どういうことですか?」

 

 普段、目の前のメガネ才女が自分のことをどう思っているのだろうか。そう考えると夜も昼もぐぅぐぅなアクスは、とりあえず目の前の怪我人の治療に集中する。

 

 そうこうしている内にオラリオの各所で天高く突き出た黒い竜巻の本数が次々と減っていき、現状を知ろうと【ロキ・ファミリア】の団員たちが集まってくる。彼らは一様に怪我人の数に慌てるが、そこら辺をちょこまか走っているアクスの姿を見るや否や『あ、こいつ居るなら安心だわ』といった様子で軽く状況報告をギルド職員としてから指揮官のラウルをはじめとした2軍の中核を残して散り散りになっていった。

 

「ラウル様、これからの予定についてお話しします。フィン様とアミッド団長、後は団長基準で指示されたファミリアに連携させていただいても?」

 

「分かったっす」

 

 伝令としてアキを呼び出したラウルはアクスの話に耳を傾ける。時折、大抗争の時を思い出して苦い顔をするものの、フィンの案じていた一計ということもあっていざという時の『備え』までを自力でたどり着いたラウルは、レフィーヤを含めた2軍総勢で中央広場の制圧と封域に向かわせるようクルスへ伝える。

 

「アキ、あの頃を知ってるやつらにこれも付け加えてほしいっす。"あの地獄の再来を2度と許すな"……と」

 

「分かってる、ここはオラリオよ。モンスターの好きになんかさせない」

 

 まるで()()()に戻ったかのような凄惨な有様。しかし、幸か不幸かこの惨状を引き起こしたのは()()ではなくモンスターなため、幾分か心が軽くなったアキは、猫のようにしなやかな跳躍でその場を去った。

 

「それより、なんで中央広場のことを知ってるんすか? 団長に聞いたとか?」

 

「昔、オッタル様に強くなる秘訣を教わった折に教えていただきました」

 

「さらっと【猛者】を引き合いの出すの止めてほしいっす」

 

 派閥間を何気なく泳ぎ回っている賜物か、アクスは時折ビッグネームを口にする。聞いている側からすれば心臓に悪いのだが、今回はその知識に救われたと彼は負傷者の数を数え、ルートの構築へと入っていく。

 やがて、シャクティを中心とした【ガネーシャ・ファミリア】の精鋭たちもギルドの前に到着し、磐石の備えとなった後にアミッド率いる【ディアンケヒト・ファミリア】の面々が治療院に収容していた者たちを連れてギルドの前へとやってきた。

 

「アクス、場所の選定ありがとうございます」

 

「いえ、それは【ロキ・ファミリア】へ仰ってください。それよりも早く中央広場へ」

 

「直接の護衛は【ガネーシャ・ファミリア】が着こう。アクス、すまないが治癒魔法による強化を頼む」

 

 シャクティの指示にアクスは即座に動く。集まってきた【ガネーシャ・ファミリア】の団員の中央で治癒魔法を行使すると、治癒と副次効果のステイタスの上昇が全員に行き渡る。その中で昔から居る団員たちは何故か微笑を浮かべていると、途端に表情を険しくしながらそれぞれ割り振られた隊と綿密な打ち合わせに入っていった。

 

「良いか! この期に及んで怪しい行動をする奴はすぐに捕まえろ!」

 

「こちらに向かってくる奴は最低2人で対応しろ! 腹に何かを抱えてるやつには近づくなよ!」

 

「黒い竜巻が出たら隊伍を組んで時間を稼げ! 団長たちが何とかしてくれる!」

 

 象を思わせる頑強そうな手甲と足甲を装備した盾持ちの団員を先頭に路地の奥を確認し、湾曲刀を佩いた軽装の団員が遠距離武器を片手に次々無事な屋根に上って周囲を確認する。やり過ぎなぐらいの徹底ぶりにアミッドたちが驚いていると、シャクティが申し訳なさそうに事情を話してきた。

 どうやら昔から──それこそ大抗争以前からファミリアに所属している団員の数人は闘技場の警備のために一部始終を見ていたらしい。動き方から治癒魔法によるステイタスの上昇を察した彼らはシャクティからそれとなく真実を聞き出し、同じく昔馴染みの団員たちに話したのだという。

 そうして出来上がったのがモンスターよりもまるで闇派閥(イヴィルス)を意識するような護衛方法。やっていることは護衛だし、なによりこういう被害の後で行われる火事場泥棒や犯罪行為もあるので強く否定できなかったとシャクティは遠い目をしていた。

 

「やはり、分かる人には分かるものなのでしょうか?」

 

「高レベルの者だと特にな。少なくとも大剣闘祭に出ていた冒険者は知っている。スキル名もアーディの二つ名ということはアクスから教えてもらった」

 

 移動準備をしていたアミッドの動きがぴたりと止まる。

 まさかスキル名も話しているとは思わず、冒険者としての最低限の心構えが出来ていないことに彼女はそのままアクスに歩み寄ってから彼の頬を手に取った。

 

「冒険者はあまりスキルのことは教えないと言ったはずですよ?」

 

「冒険者じゃないもん! 治療師(ヒーラー)だもん!」

 

 アクスの口答えにアミッドは彼の頬を捏ね繰り回す。

 

「あなたに人の心はないんですか?」

 

「僕も嬉しかったんだもん!」

 

 未だ止まぬ口答え。アミッドの手がアクスの頭に移動し、髪を洗うようにワシャワシャと撫でつける。

 

「ご姉妹の関係など容易に想像できるでしょう?」

 

「喜ぶと思ったんだもん!」

 

「アミッド、その辺りにしてあげてくれ」

 

 本気でそう思っているのだろう。いささか言い方が幼くなった口答えを前に、アミッドはデコピンで制裁を加える。

 そんな姉が弟を叱りつける光景。少し前までは自分もあの立場に居たことに一抹の寂しさを漂わせつつ、シャクティはアミッドにアクスを許すように伝えた。

 

「確かにこれが悪戯の類だったら私も怒ったさ。だが、実際のアクスの魔法を目の当たりにして嘘じゃないことが分かった。私も久しぶりにアーディの魔法……妹の残光が見えた気がして嬉しいんだ」

 

 一時期、既に話す口が無くなっている彼女を『愚か者』と蔑んだことがある。これ以上、犠牲を出さないために反論も出来ない彼女の正義に泥を掛けたことがある。

 それを苦悩し、友の言葉に安堵し、主神が代わりに自分の気持ちを汲んでくれた。それでアーディとの絆も終わり──のはずが、その残滓が見えた。身内にとってこれほどうれしいことはないだろう。

 すっかり懐かしいものを見る目になったシャクティが部隊を連れて街の中心部へ移動を開始し、アミッドとアクスもファミリアの団員たちに混ざって怪我人や動けない者の補助へと回る。

 

 そんな具合に一行が街の中心部に近づいていくと、冷たい空気が襲い掛かる。周囲には幾重にも立ち並んだ氷の壁がそびえ立ち、それらから真冬のような冷気が漂っているのだ。

 しかし、いつまでも怪我人などをこのような環境に置いておけない。アクスとアミッドは治癒魔法を交互に行使しながら集団を癒しながらも先を進むと、バベル周辺にはいくつものかがり火と様々なファミリアのエンブレムが刻まれたテントが乱立していた。

 

 そんな遠征中のキャンプを思わせるような場所の中心。そこでは、【ロキ・ファミリア】の三首領が勢ぞろいで何やら話し込んでいる。彼らはアクスたちの到着を見るや否や話し合いを終え、迎え入れるために近づいてきた。

 

「やぁ、来たね」

 

「やれやれ、まさか大抗争の作戦を流用するとは思わなかったぞ」

 

「しかし、これであのモンスターも対処できよう」

 

「やっぱりモンスターなんですか?」

 

 ガレスの言葉にアクスが反応すると、フィンは頷きながら一握りの粉末を見せる。モンスターが死んだときに変える灰のように見えるが、若干黒味が異なる粒も混じっている。

 黒い竜巻に黒い粒。黒というキーワードにアクスはバックパックから食べかけのベヒーモスクッキーを取り出す。見るからに炭化したようなそれを口に含むと、やけに甘い中にえぐみのある風味が鼻を通って外に出ていく。

 

「ガレス様は今回の敵は何だと思っていますか?」

 

「当たって欲しくはない予想はあることにはあるが……。そもそもあり得るのか?」

 

「ベヒーモス……ですか?」

 

 生まれた時からオラリオに居るアクスは当然、英雄と言える存在を数多く見てきた。【勇者】、【猛者】と当然として、【紅の正花】(スカーレット・ハーネル)などもその限りではない。

 そして、その中には過去の英雄も含まれている。リヴァイアサンを下した【静寂】とベヒーモスを倒した【暴食】の話は断片ながらも利用料を支払えばギルドの資料から、もっとお高い利用料を支払えば地精霊(ノーム)の大図書館にて見ることが出来る。

 

 医療系の知識一辺倒に思われるアクスも内実共に男の子。英雄や伝説といったものに興味が……なかった。

 ただ、毎年行われるグランド・デイにて外国から来た人が『ベヒーモスってどんなモンスターだったのですか?』と時たま質問しては答えることが出来ずに微妙な空気になることが1度や2度では利かないので、見かねたアミッドの指示で渋々地精霊(ノーム)の大図書館にて勉強したのだ。

 

 そんな感じで嫌々勉強した3大冒険者依頼(クエスト)。その中のベヒーモスについての伝説にはこう記されていた。

 

 ベヒーモスの死骸は砂漠一面を真黒く染め上げた。──と

 

 勉強した知識を自慢するわけではないが、どうにも黒と聞くとベヒーモスと浮かんでくるまでに勉強漬けだったことを説明すると、フィンは気の毒そうな目でアクスを見てきた。

 

「すみません。グランド・デイだからか、黒と聞くとそれを連想するんです」

 

「いや、良い着眼点かもしれない。ただ、ベヒーモスはあの時倒した。それは遥か後方だったけど僕たちがしっかりと見てるから間違いないよ」

 

「あぁ、ベヒーモスはあの1匹だけだ。そもそも番なんて居てみろ、神々やギルドが黙ってないだろう」

 

 まさかの参加者というフィンたち。思えば彼も10代で冒険者を始めてそろそろ30年ぐらいの大ベテランだ。修羅場をくぐった数も段違いなのには間違いはない。

 ただ、そうするとアクスの推測が一気に外れ感が増す。これ以上悩んでもお子ちゃまなアクスは分からないため、彼はフィンたちの話を邪魔してはならないとその場から全力で逃げ出した。

 

 そうして逃げ出した先の治療施設。周囲のキャンプにはナァーザや【ディアンケヒト・ファミリア】の団員が頻繁に出入りしては人々を癒し続けている。

 

「フハハハハァッ! ミアハァ! 儂とお前、どちらのファミリアが多く怪我人を癒すか勝負だぁ!」

 

「こんな状況で不謹慎であろう。……が、対抗心に任せて癒した方が得策か。乗った」

 

「ふんっ、対抗心で治療を誤るなよ?」

 

 なにやら張り切る医神がテントに突撃していく様子を見ながらアクスも治療をしようと誰も居なさそうなテントを探していると、どこからともなく泣き声が聞こえる。

 小さい子供のすすり泣くような泣き声。その声を聞くごとに頭の奥がズキリと痛んだアクスは、その声の方を辿ると2張りぐらいのテントを見つけた。

 怪我人や重傷者を収容したテントからかなり離された場所に建てられたそれらからひっきりなしに泣き腫らしたような顔の人たちが出入りしており、その光景にアクスは誘蛾灯に誘われるようにフラフラと近づいていく。

 1歩ごとに脳裏が締め付けられるように痛み、脳が本能的に足を止めようとする。しかし、アクスは決して止まることはなくテントの中を見た──見てしまった。

 

 袋──袋──袋。顔まで包み込める形状の寝袋が綺麗に整頓されている。それらの袋の前には数人が寄り添い、すっかり土気色をした人の顔面を手で優しく撫でながら嗚咽を漏らしていた。

 ここは様々な結果として亡くなった人の安置所。治療師(ヒーラー)の敗北が積み重なった場所である。

 

「アクス君、入っちゃダメ!」

 

 アクスが入ってきたことに気づいた団員が声を潜めて注意するが、異様に響いたその声に先ほどまで蹲って泣いていた人たちが一斉にアクスへと詰め寄ってきた。

 口々に『オラリオ最高の治療師(ヒーラー)なんだろ』と彼を持て囃すようなおべっかを使った直後に、『あの人を返して』や『なんとかしろ』とやりようのない怒りをぶつけてくる。

 まるで言葉の土石流をもろに食らったかのような衝撃を受けたアクスであったが、彼らの必至な形相にどこか懐かしさを感じた。

 

 ──返してよ! 

 

 そうだ。

 

 ──【ディアンケヒト・ファミリア】なんでしょ! お父さんとお母さんを返してよ! 

 

 これは……。

 

 ──聖女なんでしょ! 助けてよ! 

 

 ()()僕だ。

 

 頭痛の原因が分かった彼の行動は早かった。

 

「いい加減にしてください! これ以上は【ガネーシャ・ファミリア】を……アクス君っ!」

 

 暴走した一般人や制止させようと奮闘する団員を押しのけたアクスは、遺体安置所の中心に陣取ると詠唱を始める。

 使用するのは死者蘇生。神の恩恵(ファルナ)が刻まれていない一般人に対してはどうなるかは未知数だが、やってみる価値は十分にある。

 謡い、言祝ぎ、吟詠する。やがて、死者を蘇生させるための節を読み上げる直前に何者かが入ってきた。

 その存在は血相を変えながら一般人をなぎ倒すという()()にあるまじき行為を続け、声を荒げながらアクスを──。

 

「この、バカもんがぁぁぁ!」

 

 殴り飛ばした。

 

***

 

 夢を見た──。

 

 何かに縋りつきながら泣いている光玉と薬草のエンブレムが刻まれた背中を曝したまま子供。その肩を少女の手が触れると、子供は何かを叫びながらその手を振り払う。

 一瞬驚いた彼女は悲しげな表情をしながらも少年の言葉を黙って聞き、やがて彼を抱きしめながら何かを呟いた。

 だが、その言葉が逆に少年の逆鱗に触れたのだろう。彼は少女の腕の中で無茶苦茶に動き回りながら彼女を傷つけていく。

 

 髪を強く引っ張ったことで痛がった彼女から綺麗な銀髪が数本抜ける。

 

 やめろ──。

 

 少年の頭が偶然、彼女の顎を打ち据える。

 

 止めろ! 

 

 それでも微笑みかけた少女に彼は──。

 

 もう止めてくれ! 

 

 アクスがそう強く願った瞬間、彼の意識が覚醒した。周囲を見ると回復薬(ポーション)や包帯といった医療品が大量かつ整頓されている光景が目に映り、外からは騒々しい程に声や足音が聞こえてくる。

 ここはどこなのか──などと()()()をすることなく、アクスは両手で頭を掻き毟る。先ほどまで見た夢で少女にやった通りに髪を引き抜き、自らの顎を打ち据え、『何が神父だ』と己を罵倒する。

 

 やがて、その物々しい音や声に2柱がテントの中に入ってきた。

 

「ディアンケヒト様、ミアハ様」

 

「アクス、そなたは何をしようとした」

 

 いつもの温和な笑みを浮かべながら回復薬(ポーション)を配り歩いている神はどこにもいない。アクスも見たことがない表情を浮かべながら怒りを見せるミアハの姿に、彼の目尻からとめどなく涙が溢れてきた。

 だが、そんな子供の姿を前にしてもディアンケヒトはアクスを決して許さなかった。『誰が』、『なにを』、『なぜ』と理攻めをしていくごとに、彼はとうとう大声で泣き出した。

 なにやらテントの外から何かを押さえ込もうとする騒音や怒号が聞こえてくるが、それでも2柱は続けてアクスを責める。

 

 それほどまでにアクスの浅慮な行動に彼らは怒っていた。

 基本的にではあるが、神々は下界の子供たちを慈しんでいる。共に酒を飲み、共に騒ぎ、時には恋をする。

 だが、いくら恋をするほど入れ込んだ相手であろうとも、死者を復活させることはしない。超常の存在である神でも死者は死を司る神の領域。そう易々と手を出せないし、死者として扱わなければ下界のバランスが乱れるからだ。

 

 これが例えば【ディアンケヒト・ファミリア】といった1つのファミリアで内々的に処理ができ、なおかつ情報統制が完璧にできる場合は別だ。秘密裏に蘇生させ、後のバランスについてとは眷属優先な主神に任せれば魂の管理を行うのが仕事の死を司る神以外はどうとでもなる。

 だが、アクスがやろうとしたことは公衆の面前での蘇生行為。これは端的に言ってファミリアを崩壊させかねない劇物だ。

 死した存在を蘇らせるという神々でさえも難しいことを出来る子供など、神々にとっては良い玩具。下界の子にとっては黄金を通り越して巨大な金剛石の塊すらも超越した存在のようなもの。そうなれば、あわよくば拉致。最悪で暗殺といった危険がアクスどころか、【ディアンケヒト・ファミリア】全体に降りかかる。

 

 ファミリアを預かる主神として。そしてアクスに魔法が発現してから珍しく青の薬舗を1柱で訪れ、彼から眷属が発現した魔法についての危うさと心からの心配を正面から聞いていた隣神として。彼らは滔々とアクスを叱りつけた。

 

「ごめ……なさ……ごめんなさい……」

 

「分かれば良い。だが、もう2度と使うなとは言わぬ。しかし、やるかやらぬかの判断は儂に委ねろ。全ては神の気まぐれにすれば良い。お前が責任を感じることはないのだ」

 

「そなたの過去については私も知っている。……手から命が零れ落ちる感覚は辛いだろうが、耐えてくれ」

 

 未だ泣き止まないアクスの頭をディアンケヒトとミアハが撫でると、何も言わずにテントから出ていく。彼らと入れ替わりで団員たちがなだれ込んできたのでアクスがぎょっとしていると、それぞれが一斉に話し出した。

 

「すまん! 俺たちがあんまり教えてこなかったばっかりに!」

 

「辛かったよね! ごめんね!」

 

()()()()()()()()()()()()()()錯乱するなんて……」

 

 どうやら事情を知らない団員たちには、アクスが大勢の遺体を見て意味のない治癒魔法を掛けようとしたところをディアンケヒトに止められたという話になっているようだ。たしかに大勢の遺体ということでうっかり大抗争時代に意識を持っていかれてしまったが、ここまで心配されるほど自分が危うかったことを自覚したアクスは『ごめんなさい』と呟く。

 

 しかし──。

 

「皆さんは引き続き治療を。私は少々、この子とお話しします。一晩中かかるかもしれません。いえ、()()()()()()()ので後はよろしくお願いします」

 

 どこが少々なのだろうか。状況を理解しているのだろうか。そんな疑問が団員たちを駆け巡る。

 だが、言いたいことは団員たちも痛いほど分かっていた。末っ子の回復能力は【ディアンケヒト・ファミリア】にとっては生命線の1つ。メンタルが不安定になったぐらいでこの状況から抜けられては困る。

 

 ただ、交代のことを考えると【ディアンケヒト・ファミリア】と【ミアハ・ファミリア】、あとはギルド職員で回しきれるのかは不安だった。医療技術の習熟度的にも【ディアンケヒト・ファミリア】が多く担当しなければならないので、満足に休憩を取れるかを全員が不安視していると、ディアンケヒトの高笑いが聞こえてきた。

 

「ミアハァ! その程度かぁ!」

 

「なんの。私はまだ実力の半分も出していないぞ?」

 

 団員たちの後ろではディアンケヒトとミアハが分身しそうな──いや、よく見れば本当に分身していないだろうか。そんな速度で次々と患者たちを癒している光景が目に入る。

 常軌を逸した行動に団員たちはナァーザ共々固まっていたが、『こっちは任せろアミッドォ』と明日は槍でも降ってきそうなぐらい珍しいことを宣う主神にようやく我に返った。

 

「し、仕方ないですね。皆、交代で何とかしましょ」

 

「もう峠は越えたしな。後は俺たちでもやれるか」

 

「そうね、末っ子のことはお姉ちゃんに任せましょう。ちなみに私は壁になれればそれがご褒美だから!」

 

「お前、本当いい加減にしろよ。【医神の忠犬】(ミーヤル・ハウンド)、手伝ってくれ」

 

「分かった。アミッド、貸しだからね」

 

 なにより、医神2柱の助力を得ても尚『無理』というような団員は居ない。それぞれが仕事に取り掛かる中、アミッドは『苦労を掛けます』と呟くとアクスへ向き直った。

 

「アクス、あなたは疲れています。ダンジョンでのイレギュラーに前夜祭。その他諸々によって、それはもう死者蘇生を行おうと()()するぐらいには疲れています」

 

「はい。ごめんなさい」

 

「いえ、()()なら仕方がありません。実はというと、私も疲れています。それはもう……いえ、この場で言うのは止めましょう。1晩中かかります」

 

「はい」

 

 話の流れが全く読めない会話ながらも、先ほどまでの苛烈なお叱りによって反論する気が全く起きなかったアクスはまるでインコのように首をカクカクと上下させる。

 すると、唐突にアミッドは近くの荷物から大きな毛布を取り出すと、その場に敷いてから片手で手招きをしながらもう片方の手で毛布の上を叩き出した。寝ろということなのだろうが、今も皆が働いている中でそれは流石にできないと固まっていると、アミッドは無理矢理アクスを寝かしつける。

 

「疲れているのなら治療方法は1つです。休みましょう」

 

「お姉ちゃん?」

 

「罪悪感はありますが、明日は私たちが頑張れば良いんです。ふふっ、久しぶりに子守唄でも歌いましょうか?」

 

 もう1枚の毛布をアクスの上にかけ、その中に潜り込んだアミッドは囁きながら微笑を浮かべる。ただ、この歳になってせがむのは恥ずかしかったのか、毛布に顔を埋めながら遠慮がちにアクスは頷いた。

 その数分後。1つのテントから鈴の音を転がしたような歌声がキャンプの中にゆったりと流れていったとか──。

 

***

 

 朝。起きれば何事もなかった──というわけにはいかず、いまだ散らかっている道を冒険者たちと一般人が協力して片付けている中、アクスはテントの中で目を覚ました。

 朝特有の呻き声を上げながら横を向けばアミッドがじっとアクスの顔を見ており、思いがけぬ光景に驚いた彼は思わず声を上げようとしたところを彼女に抱きしめられる。

 

「おはよう、アクス。近所迷惑だから静かにね」

 

「むっ」

 

「……うなされてた。お父さん、お母さんって。返してって」

 

「むぅ……」

 

「だから昨日、あんなことをしようとしたのね……。じゃあ、ご両親を救えなかった私の責任ね」

 

 喋れないことを良いことにアミッドは徐々に口調を2人きりの時に戻しながら自責の念を強くする。しかし、彼女が懺悔の言葉を続ける前にアクスは顔を上げる。

 

「違うよ。僕がやりたいから、力があると勘違いしたからやったんだよ。だから、勝手なことして……あの時も……髪の毛引っ張ったりしてごめんなさい」

 

「ふふっ、じゃあ2人で一緒に謝ろっか」

 

「うん」

 

 こうしてすっかり鉄面皮を脱いでしまった姉と弟が揃って謝罪することで和解する。

 しばらく2人は未だ寒い時期ということでぬくぬくとしていたが、唐突なギルドからの連絡によって2人の顔はすっかり患者を癒す治療師(ヒーラー)の顔となっていた。




アクス君、よくまともに育ったなぁ。

バベル救護キャンプ作戦
 【暴食】との1対1を本来の用途で使用。普通、オッタルはそんな昔の話聞くような存在じゃない?
 アクスにとってオッタルは近所のおっちゃん、ヘイズは近所のお姉ちゃん、ヘグニは近所の拗らせてる兄ちゃんだからへーき。へーき。

ガネーシャ・ファミリアの装備
 ソードオラトリア(コミカライズ版)30巻の設定資料の物を引用。重装歩兵ってなんであんなに格好いいんだろ。

ベヒーモス
 オラリオの蔵書だからね。そりゃ少なからず記録残ってるでしょと。
 なお、ベルに話したリヴァイアサンに関しても『3大冒険者依頼(クエスト)についてちゃんと覚えて来なさい』というアミッドの指示で無理矢理詰め込んだ。

死者蘇生
 多分、ここで使ったら春姫以上に暗殺に怯えてたと思う。(主に計画が破綻する恐れがあるエニュオとか、自分の仕事に誇りもってそうな神のせいで)

インコみたいに首をカクカクするアクス
 この…インコ野郎!
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