ディアンケヒト・ファミリアの末っ子   作:マジックテープ財布

58 / 135
34話:毒

 東の平原を黒い蛇が突き進んでいく。

 その速度はお世辞にも早くはない。だが、その顎は数度目の前に現れたオラリオを半ば壊滅せしめた忌むべき存在を全て砕き、その目は異なる方向にて破壊の限りを尽くしている暴風も見逃さずに身体から小さな蛇を生み出しては駆逐していく。

 今も尚、3つの黒い竜巻を見つけた(アキ)が、この蛇を統括する(フィン)へ情報を素早く伝達していた。

 

「目標補足! 方角は南南東、数3! うち1つは西へ転進!」

 

「各個撃破する! ガレスは先頭を叩け! アキ、部隊の1つは任せる。西は任せた、行け!」

 

 淀みない指示に短く答えたガレスは1つの竜巻に突進。アキは隊伍からするりと抜け出した数名と共に西へ方向を変えた竜巻を追いかける。

 その時には既にリヴェリアの指示で魔導士たちが詠唱を開始しており、フィンの合図で一糸乱れぬ砲撃を竜巻に叩き込んだ。ガレスの1撃で相当弱っていたのだろう、魔法の雨を投げかけられた黒い竜巻はそのまま掻き消えた。

 

「後続はクルスの小隊とオルバに続け! アクスは前線で治癒魔法を振りまけ!」

 

『うおぉぉぉぉ!』

 

 残った竜巻に【ロキ・ファミリア】の団員たちが殺到する。

 剣を振り、槍を突き刺し、斧を叩きつける団員たちの合間を背負子を背負ったオルバが通り抜ける。暴風によって薬草と光玉のエンブレムが激しく揺れる中、風に乗って詠唱が紡がれていく。

 

「集まれっ!」

 

 詠唱が佳境を迎えた途端、雷鳴のごとき声量の指示が轟いた。叫びにも似たその声に全員は弾かれるようにオルバの周囲へと集まると、緑色の魔法円(マジック・サークル)が周囲を眩く照らす。温かいその光を内側から食い破るかのように猛然と駆け出したそれぞれの身体は僅かに発光しており、先ほどまでとは一線を画す身体能力で黒い竜巻に攻撃を加えていく。

 

「モンスターが出たぞ!」

 

「そのまま討ち取れ!」

 

 やがて、黒い竜巻からこれまた黒い4足獣が出てくる。あの凶悪な竜巻を作った張本人であるそのモンスターを冒険者たちは決して許しはしない。一切の手加減なく攻め立て、とある冒険者の1撃によってモンスターは黒い砂と灰が入り混じった存在へと変じた。

 

「このまま前進! アクスは先にアキたちを回復。歩きながらクルスたちの回復を頼む」

 

「承知しました、オルバ様」

 

「分かった」

 

 西へ進路を変えた台風が消えていることを確認したフィンは回復の順序をアクスに指示すると、彼はオルバの足で西へと向かう。

 最初こそ揺れて大変だったが、慣れというのは恐ろしい。一切酔うこともなくアキたちのところまでたどり着いたアクスはそのまま治癒魔法を掛け、引き続き偵察に向かったアキを除いた面々と一緒に本隊へと戻ってくる。

 

「よし、お前ら集合」

 

『う~っす』

 

 仕上げとばかりに自発的に集まったクルスたちを治癒魔法で回復し、隊伍に戻らせる。

 黒い竜巻の報告を受け、フィンが指示を出してから十数分といったところだろうか。たったそれだけの時間で3つの討伐目標を全て片付け、なおかつ回復までして何事もなかったかのように前進する。

 洗練に洗練を重ねた清流のように流動的な動きの数々に、【ロキ・ファミリア】側に参加していたベルとリリルカは圧倒されるばかりだった。

 

「す……すごい。あっという間に終わっちゃった」

 

「都市最大派閥の名は伊達じゃないってことですね。個々の力は当然ながら、指揮系統や連携も桁違いの練度です。それになにより、この環境に神父様が混ざるととんでもないですね」

 

 【ロキ・ファミリア】が持ってきている荷物と『頭が高いですぞ』とふざけながらすっかり背負子の住人が板についているアクスを見つつ、アクス──ひいては彼のような治癒魔法を持った治療師(ヒーラー)の非常識さを理解し、隣で呆然としながら歩いているベルと共有する。

 

 先ほどの戦闘まで何度か黒い竜巻との戦闘はあったが、全て無傷とはいかなかった。特に2軍の冒険者たちに当たらせた最初の戦闘ではかなりの手傷を負わされた者も少なからず居る。

 そんなことがありながらも【ロキ・ファミリア】が回復薬(ポーション)などの道具を受け取って治療している回数は()()。全てアクスが怪我を治し、体力を回復しているのだ。

 

 サポーターという枠組みに入ると自覚しているリリルカは、道具の節約というのはダンジョン探索において命題の1つだと思っている。

 特に回復薬(ポーション)がそうだ。1つをとっても時には戦況を左右し、生死の明暗を分ける。

 それを本当に大事な局面に潤沢に投入できる状況こそが最善であり、なにより道具を節約出来るという観点からお財布にも優しい。

 さらに言えば性別は男なので……というのは半ば冗談だが、守銭奴のリリルカ的にアクスはパーティに加わって欲しい人材であった。

 

「ベル様。神父様を誑し込みましょう!」

 

「リリ、意味分かってる?」

 

「あ、いけませんね。ベル様のせいでただでさえ天然無自覚な神父様がこれ以上変な成長を……」

 

「話聞いて!」

 

 ベルの話を一切無視し、アクスをなんとかパーティ入りさせることが出来ないかを思案するリリルカ。

 しかし、彼女は知らない。アクスを遠征についていかせるためにどれだけ【ロキ・ファミリア】が金を費やし、アミッドという最後の関門にどれほど言葉を尽くして説得したのかを。

 また、あの遠征を通して何かを掴んだらしいアクスは戦闘を重きに置いた自主練をこなし、さらには某勇者や某ナインヘルや某凡夫や某黄金等々といった、どことは言わないが主に2つの上澄み派閥を渡り歩いていることによっていろいろ進化しつつある。

 この条件で再び契約した場合、ディアンケヒトからの請求額は先日の遠征以上。そして、アミッドの説得も難航を極めるだろう。

 

「アクス君、"ちゃ~ん"って言ってみてくれないかい?」

 

「ちゃ~ん」

 

「ハハハ。いやー、たまに怖いけど素直な子ってどうしてこうイデデデ、アスフィ! 耳が千切れ……ギャアアア!」

 

 アクスに謎の言葉を教えた直後にアスフィによって後方に連れて行かれるヘルメスという、どうして来たのかよく分からない組み合わせの喜劇染みた1幕はあったが、【ロキ・ファミリア】は順調に黒い竜巻を駆逐しては回復をしていく。

 しかし、全ておいて順調な大規模作戦など存在しない。フィンの親指が軽く疼いた途端、アキからの報告が入った。

 

「報告です! 部隊進路方向に対し右後方、竜巻を発見しました!」

 

「後方……。距離は?」

 

「かなりあります。森林地帯もあるので、部隊を迂回させて撃破となると、大幅な時間の遅れが予想されます」

 

 部隊に対して後方に出現した竜巻。迂回して待ち構えるにしても急に進路を変える恐れもあれば、森林地帯ということで大規模な部隊展開は難しい。

 それに、今は中期目標である大型の竜巻を撃破することが最優先事項だ。ともなれば、少数精鋭での討伐。さらにはその部隊は別動隊として本隊から完全に切り離さなければならない。

 【ロキ・ファミリア】の強みである『組織力』があまり機能しない展開だが、ラウルならうまく立ち回ってくれるだろうと彼を主軸にパーティを編成しようとしたフィンであったが、ヘルメスからストップがかかる。

 

「あれはうちのファミリアで対応しよう。でも、そうだな……。何人かを連れて行きたい。良いだろうか?」

 

「神ヘルメス。アクスと1軍は出せない。代わりに、うちの2軍メンバーを連れて行ってくれて構わないよ」

 

「流石に【ロキ・ファミリア】の戦力は連れて行けないよ」

 

 ヘルメスはそう言いながらベルを指名し、アスフィたちを連れてさっさと後方へ移動していく。相変わらずまるで何かを企んでいるかのような薄っぺらい声であったが、今はオラリオどころか世界の危機。あのどことなく胡散臭く感じる神も滅多なことはしないだろうと、フィンたちは先を急ぐ。

 

「報告! 北東に3、北北東に1、南東に3。……南東にさらに1が出現!」

 

「団長、続々と竜巻が増えて行っています!」

 

「流石に大型へ近づくごとに数が多くなるな」

 

「奴らも必死というところじゃろ」

 

 大型の竜巻の全貌が見える距離まで移動した【ロキ・ファミリア】だが、かつてないほど多くの竜巻に足止めされる形となった。次々となぎ倒されていく同胞にモンスターとしての本能が刺激されたとみるべきか、今も尚そこかしこから竜巻が産声を上げていく。

 

 ただ、1つ1つは大したことはない。魔導士との連携さえ取れれば2軍メンバーでも対処は可能だ。

 しかし、ここまで広範囲に展開されてしまえば流石に部隊を分けて行動をせざるを得ない。分けるにしても大型との戦いが近いため、戦力は温存したい。

 僅かな思考の時間を割いて導き出したフィンの答えは、第1級冒険者のみで構成されたパーティと第2級冒険者のみで構成されたパーティによる数と質の両立であった。

 

「部隊を分ける! ベート、ティオナはティオネの指揮で動け! ラウルは君の判断で魔導士と前衛を選別。ただし、パーティではなく()()を編制しろ!」

 

「ですが、団長」

 

「2度言わせるな! 行け!」

 

 フィン大好き娘のティオネにとって彼と離れるという耐え難い困難に私情込々の意義を申し出るが、いつもの温和でダンディーな雰囲気のフィンからは想像できない野性的な指示に胸を打たれたようだ。そばにいたティオナとベートの首根っこを掴んで雄叫びを上げながら突っ込んでいく。

 

「団長、こちらはティオネさんたちとは逆方向の竜巻を追います」

 

「あぁ、アクスのおかげで君たちも随分楽が出来ただろう。これぐらいは任せたよ」

 

 フィンの言葉に全員の目が据わる。この行軍が始まって以来、治療師(ヒーラー)はもとより前衛たちもアクス1人によって戦線が支えられていた。

 しかし、そんな境遇に甘んじれるほど【ロキ・ファミリア】の名前は安くない。フィン直々にもらった激励に全員の士気は一気に高揚する。

 

「当然っす。アクス君におんぶに抱っことあれば【ロキ・ファミリア】の名折れっすから」

 

 戦意がグングン上がっていく最中、ラウルの言葉によって一瞬で沈静化する。現に後ろに居るオルバが親指でアクスを指し示しながら『俺が背負ってるんだが?』と言うや否や、勢い余って変なことを言ってしまったとラウルの顔面が真っ赤になる。

 

「確かにおんぶされてるよね」

 

「え、ラウルさんなんて言ったの? もう1回言って?」

 

「レフィーヤ、【超凡夫】(ハイ・ノービス)は何を言ってるんだ?」

 

「……。はいっ、この話やめっ! さっさと行くっすよ!」

 

 フィンでさえも同情するぐらいの居た堪れない空気に苛まれたラウルが大声を上げながら走っていくと、それに続いて部隊が続々と移動を始めていく。

 部隊を分けたことで少し前よりも全体数や第1級冒険者の数が減ったが、周囲の竜巻はティオネたちやラウルたちが駆逐してくれるおかげで以前よりも行軍速度が上がる。そうして目の前の竜巻のみを片付けていったフィンたちの前に耳がイかれそうなほどの音を轟かせる大竜巻が立ちはだかった。

 

「……」

 

「フィン、敵の前だ。アキも困っておるぞ」

 

「んっ? あぁ、すまない」

 

 空を覆いつくす黒雲や囂々と吹き荒れる黒い風を前にフィンが物思いにふける。アキの報告さえも聞こえないほど集中していたのか、ガレスの声に気づいた彼は通常の竜巻を相手にした通りに魔導士のよる砲撃で様子を見ようと指示する。

 

 だが、それは悪手だった。フィンからの指示で大勢の魔導士が詠唱を開始する中、フィンと同じように呆然と黒い風を見ていたアイズが大声を上げる。

 

「いけない! 皆、伏せて!」

 

 巨大な竜巻から一陣の風が【ロキ・ファミリア】に忍び寄る。物静かな印象の天然娘(アイズ)が大声で指示を出す姿に、アクスはただ事ではないとエルフィから渡されていたナイフで紐を切って自由になる。そのままオルバの背中から転がり落ちたアクスは、アイズの指示通りに身を低くしながら治癒魔法の準備に入る。

 アイズがあそこまで慌てるとなると、そうとうなほどの攻撃が予測される。念のために傷、体力、状態異常どれも癒せるよう詠唱を続けていると、風が舐めるようにアクスの身体を這いまわった。

 

「ガッ……ゴッ……。ガあァ"あァ"アあ"!」

 

 風を浴びた途端、アクスの身に変化が起こる。重度の発熱に眩暈。喉を大きな手で掴まれたように上手く呼吸が出来ず、四肢の感覚が徐々に失くなっていく。

 毒のような症状に、アクスはそのまま詠唱を続けて治癒魔法を行使する。すると、先ほどまで感じていた状態異常が急激に楽になってきた。

 治癒魔法の解毒能力が毒を上回ったのは幸いだが、あのまま何もせずに居れば早々に戦闘不能になっていた事実にアクスは命の危機という原始的な恐怖に怖気づく。すると、後ろから走ってきたアキがアクスを唐突に持ち上げてきた。

 

「アクス君、無事?」

 

「アイズさんのおかげで助かりました。誰がやられました?」

 

「後続の魔導士! 悪いけど治療をお願い」

 

 小脇に抱えられながらもアクスは詠唱を開始。今度は毒と分かっているので、精神力を節約するためにも状態異常を癒す詠唱のみを選択し、倒れた魔導士たちの中央まで移動したアキの合図で治癒魔法を行使。温かな光に包まれた魔導士たちは即座にとはいかなかったが、やがて立ち上がるとリヴェリアの指示で再度詠唱を開始する。

 

 だが、ここで風向きが変わった。再び毒を蓄えた黒い風が冒険者たちを蝕もうと這い寄ってくるが、その風は【ロキ・ファミリア】の足元に到達する前に次々と霧散する。

 

「【目覚めよ(テンペスト)】」

 

 魔法を紡いだアイズから吹きすさぶ気高くも清廉な風が毒ごと黒い風をかき消して清めていく。いくら大型とは言えども、毒という最大のアドバンテージを失った存在はもはや怖くない。

 既に毒が癒えた魔導士たちの援護もあってやや大きめの4足獣のモンスターを早くも竜巻から引きずり出せたアイズは、そのまま目の前の存在を黒い砂と灰へと変えた。

 

「終わった」

 

 空を覆っていた黒い雲がすっかり晴れ、新緑の香りを含んだ風がアイズたちの頬を優しく撫でる。驚異の1つが減ったことに喜ぶ団員たちを見ながら、三首領だけはそれぞれ表情を曇らせていた。

 

「毒は少々厄介じゃったが……。アイズが居なくともこの程度ならばどうにでもなるか。……この程度で済めばだがな」

 

「あぁ、"あれ"はこの程度じゃすまない」

 

「やれやれ、まさか当事者じゃないアクスがはじめに言い当てるなんてね。今度から調べ物はあの大図書館にでも行こうかな」

 

 三首領は口々に知っているモンスターのように出てきた黒い砂と灰が入り混じった物を取り囲む。しかし、アイズも長くフィンたちとダンジョンに潜っているが、このようなモンスターは見たことも聞いたこともない。

 どういうことかと問うと、ガレスが昔話をしだした。

 

 それは遠い昔──【ロキ・ファミリア】がまだ都市最大派閥と呼ばれる以前の頃の話。今ほど団員が居らず、そんな団員たちも暗黒期という最悪の騒動の飲み込まれ、話を知る冒険者はファミリアの中では三首領ぐらいとなった風化する直前の物語だ。

 

 今のオッタルでさえも到達していない高みの存在が率いていた、古代から続く人類史上の中で最強と名高い上級冒険者たち。かの者たちに課せられた冒険者依頼(クエスト)は討伐。その討伐対象とは、オラリオの責務にして下界全土の悲願の1つ。

 名は──。

 

 そこまで話したところで突如として突風が吹き荒れる。巨大な猛獣の唸り声のような音を響かせる風にそれぞれが武器を手に警戒していると、後方を見た団員たちが叫び声を上げる。

 

「なんだ……ありゃ」

 

「さっきの大型よりでけぇ! アキさん、どうなってるんすか!?」

 

「あんなの見落とすはずがないわよ! こっちが聞きたいぐらい!」

 

 大型よりも数倍大きな竜巻によって場は一気に混乱する。実際に偵察を行っていたアキでさえも最初こそ見落としを恥じたが、よくよく考えればあんな規模の竜巻を見落とすわけがないと逆に説明を求めていた。

 アクスもアクスで何がどうして良いのか分からず、『お姉ちゃん無事かな~』と呟く始末。このまま混乱が広がるかと思いきや、フィンの一喝によって全員が現実に引き戻された。

 

「ひとまず状況を整理しよう。あの竜巻……超大型と呼称するが、奴は僕たちの後方に出現した。アキ、方角!」

 

「は、はい! 超大型は北西に移動中! まだ避難していない村々がある方向です!」

 

 アキの報告にフィンは歯噛みする。

 あの規模の竜巻では小分けにしたパーティや部隊では歯が立たないだろう。かといってフィンたちが急行しように距離が遠く、あらかじめ決めた進路に居ると仮定すればオッタルたちはそれ以上に遠いところに居る。

 だが、それらは急がない理由にはならない。ガレスが足の速い者たちを集めて先行させ、フィンたちもそれに追随する。

 

(駄目だ……間に合わない!)

 

 しかし、足を急がせるフィンの胸中には確信めいた予感がとぐろを巻いていた。

 

***

 

 疾走(はし)る。森を迂回し、平原を越え、屯するモンスターを轢き潰しながら【ロキ・ファミリア】はひたすら北を目指す。

 だが、どれだけ急いでも竜巻の発生地点は遥か彼方。その規格外の大きさから本当に近づいているのかと疑問に思うほどであった。

 

 それでも彼らは懸命に足を前に進めるものの、超大型の竜巻から発せられる毒に次々と倒れていく。

 

「ウッ……ゴホォッ」

 

「ガァ……ギッ……ゴホッ」

 

 先ほどの大型がまき散らしていた物とは文字通り()が違う。ポイズン・ウェルミスとは毛色は違うが、猛毒の類の風を食らったアクスが他の冒険者と共にのたうち回りながらも治癒魔法を行使する。

 大型の時と同様に魔法円(マジック・サークル)の光が冒険者たちを包み込み、彼らもすっかり元気に──ならなかった。

 

「き”か”なっ……ゴフッ」

 

 大型よりも酷い毒の症状に、アクスは口から血反吐交じりの唾液を吐きながら治癒魔法が効かないことに絶望する。

 

 しかし、アクスは1つ大きな勘違いをしている。彼の治癒魔法は少しではあるものの、確かに効いていたのだ。

 だが、風が吹きつけてくる頻度が多すぎるため、その度に治癒魔法で多少の毒が消えた身体に猛毒が()()()されていた。

 いくら治しても新たなる風が猛毒を運び、再び身体を酷く蝕んでくる。言うなればイタチごっこ。それも天国を味わった後に地獄へ突き落される無限ループだ。

 

「リヴェリア! 防御魔法の第2階位を出来る限りの者に付与しろ! 最優先はアクスとナルヴィだ! 急げ!」

 

「フィン様……」

 

「アクス、喋るな! 君はナルヴィと一緒に倒れている全員を毒の範囲外まで運び出せ! そして、出来る限りの治療をしろ! スタークっ! 君も護衛として残れ!」

 

 無理だ。ここに倒れた数名の冒険者をどこまでかも分からない毒の範囲外まで運び出すことなど、無茶や無謀以外に考えられない。

 しかし、ここで泣き言は許されない。アクスはヘイズの語っていた治療師(ヒーラー)に対する心構えを思い出しながら身動ぎする。

 やがて、治癒魔法と同じ緑色の防護魔法が掛けられると同時にアクスはゆっくりと起き上がり、これまたゆっくりと歩いていく。近くの冒険者を緩慢な動きで運び出しながら並行詠唱で治癒魔法の詠唱に入った。

 

 先ほどよりも強い毒により、アクスは自分が傷つくことにすっかり恐怖してしまっている。そして、自分はそんな毒も癒すことが出来ないほど強くないことは自覚している。

 だが、()()()()()よりもよほど怖いものがある。それは何もしなかった結果を悔やむことだ。

 

 ここは既に戦地。回復が出来なくなったら倒れた冒険者はどうなる──ならば、足掻くしかないだろうが。

 その思いが種火となり、アクスの心という竃に小さな火を灯す。

 

 ──原典を思い出せ、借り物(アーディ)の正義を証明するために。

 

 ──傷痕を思い出せ、命を繋いでくれた主神(ディアンケヒト)との誓いのために。

 

 ──憧憬を思い出せ、聖女(アミッド)に並び立つために。

 

 こんなにボロボロで無力な自分でも、猛毒の風が吹き荒ぶ絶望的な状況でも。あの人たちのように自分にできることがあるだろう。

 

 治療だ。

 

 竃から溢れ出た炎がアクスの身体に熱を与え、猛毒の風から離れるための原動力となった。

 

 その後は1人、また1人と風下へと移動させた3人は最後の1人を草原に寝かせる。ここが毒の範囲外かは分からないが、リヴェリアの魔法が消えても毒の症状が出てこないために彼らは周囲を見張りながらフィンたちを待っていた。

 すると、彼方から大鐘楼の響く音が聞こえてきた。

 

「なんだろう、何か聞こえる」

 

「鐘? 結構大きいな。この辺に教会とかあったか?」

 

 ナルヴィたちが音の発生源であろう教会を探すが、アクスだけは()()()()()のある音に超大型竜巻の方を見やる。

 やがて、白い閃光に混じった大きな光弾が竜巻を貫通し、暗雲立ち込めていた空が澄み切った青空へと変貌した。

 

「え、誰がやったの!?」

 

「団長たち……じゃねーよな? ラウルさんか?」

 

「いやいや、ないない」

 

 ポカンと口を開けた彼女たちがそれぞれ予想を言い合うが、どう計算してもあんなに短時間で部隊を移動させれるわけがない。そうなるとラウルだが、ナルヴィたちの評価が評価のために速攻で否定される。

 

 そんな中、アクスだけは治癒魔法で周囲の倒れた冒険者たちを癒していた。

 少なくとも、治療師(ヒーラー)の仕事はまだ終わっていない。あの大鐘楼の音を思い出しながらも彼はフィンたちが帰ってくるまで治療を続けるのであった。

 

***

 

 その後、無事にフィンたちと合流したアクスたち。精神力回復薬(マジック・ポーション)で精神力を回復させてから、再びオルバの背負った背負子の住人になったアクスは行く先々で治癒魔法を行使。猛毒は完全に除去出来なかったものの、ベルなどの耐異常の発展アビリティがないか、もしくは著しく低いのに猛毒の風を受け過ぎた冒険者以外はかろうじて歩けるぐらいには回復させることが出来た。

 

「ガハハ、その時俺は言ってやったんだよ! "たかが風ぐらいで俺を止めることは出来ねぇ"っゴブフゥ」

 

「何を調子にのってるニャ。ミャーたちが居なければとっくにおっ死んでいたくせにニャ~」

 

「出禁野郎は相変わらずアホニャ」

 

 荷車の上では『まだ毒の影響が』とボヤいていたモルドが上機嫌で武勇伝を語ってはのたうち回り、その姿を豊穣の女主人のメンバーに呆れられていた。彼の横ではベルが未だ昏睡状態から戻らないものの、息も脈も安定していることから時期に目を覚ますだろう。

 

 ただ、()()()()も居る。アクスは最後尾の荷車を申し訳なさそうな視線で見ていると、彼の様子に気づいたアスフィがそっと話しかけてきた。

 

【小神父】(リトル・プリースト)が気に病むことはありません。彼らは不運だっただけのことなので」

 

「ですが……」

 

 余りアクスの心に届いていないような返しにアスフィは呆れる。

 通常、ミッションというものはファミリアのランクが高い──手練れが多く在籍しているファミリアに課せられるものだ。そのため、今のような全ファミリアを対象としたイレギュラーの招集では玉石混交といった具合に様々な冒険者が集まるのも当たり前のことだ。

 

 耐異常を持っている『玉』は良いが、持っていない『石』の中にはアクスが辿り着いた時にはもう手遅れだった存在も数名いる。最後尾の荷車はそんな彼らをファミリアの主神に届ける役目を担っていた。

 

「これが冒険者なんです。私も、あの【勇者】(ブレイバー)でさえも無敵ではない。少し判断が誤っただけでも取り返しのつかないことが起こる。それを救おうとするのはあなたの美徳ですが、それは身の危険を晒してまですることはありません」

 

「そうよ、アクス。あなたは自分の両手で救えるだけ救いなさい。私みたいにあなたたちの手が届くまで踏ん張ってる人も居るんだから」

 

 アスフィの横からエリリーが口を挟んでくる。

 彼女は以前、24階層に赴いて謎のモンスターによって背部から腹部にかけて酷い怪我を負って帰ってきた【ヘルメス・ファミリア】の団員である。

 もう少し遅ければ【ディアンケヒト・ファミリア】でも手の施しようがなかった大怪我であったが、こうして元気になっている。

 

 ──あぁ、まただ。また自分に力があると勘違いしてしまった。

 

 そんな後悔のようなものに苛まれたアクスであったが、『救えない命がある』と納得する気はさらさら起きなかった。傷ついた者を癒すのが治療師(ヒーラー)としての役割なのだから。

 しかし、それでも彼女の言葉は心が軽くなったのは事実。お礼を言いながらも歩いていくと、やがて合流地点であるデダインの村へ見えてきた。

 

「えぇい! このような面倒くさいレシピを渡して事前に準備しておけなど、神を軽く扱いおってぇ!」

 

「ディアンケヒト様、口ではなく手を動かしてください」

 

 村に足を踏み入れると、そこには相変わらず煩いディアンケヒトとアミッドが馬車馬のごとく働いていた。




まーた覚悟完了してるよ。このパルゥム。

ロキ・ファミリア
 アクスの影響でかなり消耗が少なく進むことが出来た。遠征にもついて来てほしい。

リリルカ
 アクスによってアイテムの消耗を抑えられると算板をはじく。パーティに加わって欲しいが、教育に悪そうなので悩んでいる。
 喜べ少女。君の望みは半年後ぐらいに叶う。……半分ぐらい。

聖女憧憬(フリージア)
 キュンッ!
 ※大型程度の毒性ならば対応可能。
  それ以上? 無理に決まってんだろ、ふざけんな!

聖義巡心(ヴィヤーサ)
 正義に基づいて負傷者を退避。ヨシッ!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。