ディアンケヒト・ファミリアの末っ子   作:マジックテープ財布

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短編から連載にしました。よろしくお願いします。

グランド・デイはあと1話で終了予定です


35話:ペイバックタイム

 デダインの村。これといった特産品もないそこら辺にある普通の村だが、今は世界を揺るがすほどの未曽有の危機に立ち向かう勇士たちに休息を与える前哨基地となっていた。

 乱雑に建てられたテントの傍では冒険者たちが来るべき決戦に向けてブーツの底を新調したり、解れた靴下などの修繕したりと準備を行っていた。

 

「おい! こっちにちょっと入ってるぞ! がさつなドワーフめ!」

 

「あぁん? これだからお坊ちゃんエルフは……。ほらよ、お・坊・ちゃ・ん! とっとと森へ帰れ」

 

「貴様ぁ!」

 

「やんのか、おらぁ!」

 

「はーい、喧嘩は村の迷惑ならないように外でお願いしまーす」

 

 たまに自らのテリトリーに入ったと主張する冒険者たちが動物さながらの威嚇を見せては【ガネーシャ・ファミリア】にしょっ引かれてはいるが、大体は平穏無事にそれぞれが自分の出来る精一杯の仕事を行っていた。

 

 そんな冒険者たちの集団にて、現在は特に出来ることが人の手も借りなければならないほど豊富で、明日にでも倒れてしまいそうなほど精一杯に仕事している存在が居た。

 そう、治療師(ヒーラー)薬師(ハーバリスト)だ。特に薬師(ハーバリスト)はリヴェリアが書き起こしたベヒーモスの猛毒に対する特効薬のレシピを基に増産しては各ファミリアに配り回っていた。

 

「特効薬はファミリアごとに配れ! ちゃんと台帳に印付けろよ!」

 

「そこ、分量が違う! リヴェリア様からいただいたレシピをちゃんと守りなさい!」

 

「うぅ、グランド・デイはアミッド様やアクスを着飾らせようと思ったのにっ……!」

 

 一方では怒号。一方では叱責。一方では願望を粉々に砕かれたことによる嘆き。特に最後はそれぞれの思惑が黒い竜巻によって文字通り木っ端微塵となった諸兄諸姉が残業になるかならないかの瀬戸際で行うデッドヒートのような速度で次々と猛毒に対する特効薬を作っていった。

 

「マジなんなの! ベヒーモスだかベヒンモスだか知らないけど! 私たちのアミ☆コレとアク☆コレの邪魔するとか許さないから!」

 

『然り! 然り! 然り!』

 

「俺は団長とデート 「足へし折るぞ、こら」 「麻痺薬飲ませてダンジョンに放置するぞ、こら」 「ちょん切って熱い金属押し付けて止血するわよ」 冗談だって」

 

 一気に場の視線を釘付けにした男性団員が冷や汗を垂らすが、そんなことを言いながらも次々と特効薬を作っては

 既にこの騒動の元凶がかの陸の王者であるベヒーモスだという噂は広がっている。

 大勢の負傷者を出した化け物と相対する恐怖もあったが、それよりもせっかくのグランド・デイを台無しにされた団員たちの怒りの方が勝っていた。

 

 『未練がましく復活してんじゃねぇよ』という声に薬師(ハーバリスト)全員の大合唱がテントの外まで聞こえてくるため、外でアミッドたちと話していたリヴェリアは若干引いていた。

 

「ず、ずいぶん愉快なファミリアだな」

 

「お恥ずかしながら最近はあまり眠れなかったもので……」

 

 間違ってはいない。度重なる施策にグランド・デイ限定商品の量産に当日の大行進に極めつけは特効薬の量産。ここ最近の【ディアンケヒト・ファミリア】は全体的に忙し過ぎてまったく眠れなかった。

 そのため、ちょっとおかしな言動はあるものの、後ろで自分やアクス関係のあれこれを赤裸々に語られるのは彼女も恥ずかしかったのだろう。頬を赤くしながらも、アミッドは元凶である主神をにらみつけた。

 

「おい、アミッドォ! なぜ儂を見る!」

 

「【ディアンケヒト・ファミリア】の内部分裂……。いい気味……」

 

「これ、ナァーザ。しかし、ディアン。眷属は大事にせねばならんぞ?」

 

 自分が大元の原因だと微塵も疑わない様子のディアンケヒトはさておき、アミッドたちは今後の特効薬の材料について受け渡しや大まかな生産量をリヴェリアと共有していく。のちにアミッドたちも特効薬づくりに参加はするものの、何もかもギリギリになるのは避けられなさそうであった。

 

 そんな薬師(ハーバリスト)がどうしようもない事態の中で必死に働いている一方、治療師(ヒーラー)もなかなか過酷な環境で働いていた。

 

「次の患者! モンスターに噛まれて牙の欠片が内部に残ってます!」

 

「麻痺薬と睡眠香持ってきて! 暴れないように固定の準備も!」

 

 【ディアンケヒト・ファミリア】が特注で作らせたかなり大型のテントには怪我人が所狭しと並べられている。特に治療を要す場合は奥まった専用の場所で手術めいたことをしてから治すということを繰り返しているためか、全員の疲労の色が濃い。

 怪我人は一般人、冒険者問わず。種族は近くにエルフの隠れ里があるため、そこから運び出されたエルフや近くの村々から逃げてきたヒューマンが多いだろうか。

 怪我の内容も壁外のモンスターからの傷や建物の倒壊に巻き込まれた打撲や骨折といったものと様々だ。長年【ディアンケヒト・ファミリア】に努めている熟練の治療師(ヒーラー)の下、各治療師(ヒーラー)たちは1人、また1人と癒していく。

 

「こちら、一般の方です! 通常の毒と骨折なので、魔法をお願いします」

 

「では、ここらで1席。以前、とある冒険者が診察代をちょろまかそうとしてきたんです。110ヴァリスで100と1,2,3,4,5,今は何時だい? ……なんて。そこで私はこう言いました。"証文でお支払いください……"と」

 

「アクスー!」

 

「はーい、ではまた後程」

 

 また、このテントの中にはアクスも居た。寝かされた患者の世話や気が滅入るということで面白可笑しい話などの傍ら、緊急で魔法が必要となれば駆けつける。

 まるで回復薬(ポーション)のような扱いだが、アミッド率いる薬師(ハーバリスト)が特効薬の作成に集中しているために回復薬(ポーション)の増産は出来ない。今は決戦に向けて1本の回復薬(ポーション)すら惜しい状況なので、かなりの頻度でアクスは呼び出されていた。

 

「殺してくれ……っ! 殺してくれぇ!」

 

「お、おい! 止めろ! ……あっ」

 

 中にはそんな妄言まで宣う輩も居る。未だ特効薬が配りきっていないため、大方アクスの治癒魔法を使っても癒しきることが出来ない症状に耐え切れずに熱に浮かされたのだろう。

 しかし、ここは仮にも治療院。医神であるディアンケヒトの膝元である。そして、止めようとしている冒険者を振り払いながら朦朧とした意識の中で彼が握った物──それはとある()()の服であった。

 

殺せだと? 

 

「そ、そうだ! こんな苦しみが続くぐらいなら死んdむぐぅ!」

 

 液体を染み込ませた布を顔面に押し付けた瞬間、今まで叫んでいた男は静かになった。

『眠りの香』。香りを吸った対象を眠らせる道具だが、これは調合の発展アビリティを持っている薬師(ハーバリスト)が作成した特注品である。いくら耐異常を持っていても低ランクであれば問題なく昏睡させられる劇物なのだが、量を加減してやればこの通りだ。

 

死なせてやらねぇよ

 

 香が漏れないように布を袋に入れて厳重に封をしながらアクスはドスの利いた声で呟く。スヤスヤと寝ている男には聞こえてはいないだろうが、いくらか留飲を下げた彼がそのまま奥に居る治療師(ヒーラー)の頼みで治癒魔法を行使する姿に、その場に居た治療師(ヒーラー)や患者はそれぞれ異なった反応をした。

 

「あー、仕方ないわよね。あんなこと言っちゃったんだから」

 

「だよな。あれは俺たちでも怒るわ」

 

「あいつが悪いわー」

 

 まずは()()()()()()人間。アミッドほどではないにせよ、アクスも傷や病については中々の激情家である。【ディアンケヒト・ファミリア】に長く勤めている団員やアクスのことを良く知っている冒険者もかなり慣れた様子でスルーを決め込んだ。

 

 だが、次の()()()人間は違った。

 

「こっわ……誰だ?」

 

「え、あれ【小神父】(リトル・プリースト)よね?」

 

「アクス君、そんな言葉遣い……」

 

 まさに豹変という言葉がぴったりの変わりように冒険者はおろか、ファミリアの新人まで困惑する。なまじ治癒魔法が終わった後にご褒美として渡された飴を嬉々として食べる本人の光景に、未だ先ほどの()()は疲れすぎた時に見る幻聴や幻覚の類だと疑うほどであった。

 

 なお、それらとは違う()()()()()()()()()()()()も居た。

 

「あぁ、あの声変わりする前なのに必死で出そうとしてる低い声……良いわぁ」

 

「やっぱり時代は鬼畜パルゥムよね。鬼畜エルフなんて時代遅れよ」

 

「はぁー……はぁー……。団長に頼んだら1日貸してくれないかしら」

 

 ちょっと変わったご趣味をお持ちの拗れたお嬢様方だが、これでも【ディアンケヒト・ファミリア】の主力や他派閥でも中核になりうる冒険者の方々である。優秀な人間ほど陰に何かを隠しているのは世の常ということなのだろう。

 

 そんな感じにアクスもアクスで忙しく働いていたが、医療系ファミリアに休息もなければ安穏とした単純作業ばかりではない。唐突にアミッドが訪ねてきた。

 

「すみません、アクスを貸してください」

 

「団長、配達ならば自分が。アクスは今こちらを離れられると困るのですが」

 

「いえ、用は私ではなくて」

 

「手前だ」

 

 そう言いながらテントに入ってきた椿。テントだが言わずと知れた治療院なのでアミッドは注意をするが、彼女は特に悪びれもせずにアクスを呼ぶ。

 このままいくと声量が増しそうなため、早々にテントから追い出されたアクスに椿は『んっ』と言いながら手を前に出した。

 

 1拍──2拍──3拍した辺りでアクスは椿の手に手を乗せると、彼女は盛大にため息をつく。【ディアンケヒト・ファミリア】の団員たちなら大ウケなのだが、どうやら違ったようだ。

 

「いや、犬ではないのだ。ブリューナクを出せ、ブリューナクを」

 

「あぁ、そっちでしたか」

 

 後ろで教育についてなんやかんや言っている声が聞こえるが、我関せずとアクスはブリューナクを持っていく。その刃先や旗の汚れぐらいを見て再びため息をついた椿は、アクスをひょいと摘まみ上げると『貸りてくぞ』と連れて行ってしまった。

 

「あっ、アミッド様! アクスを連れて行かれたら困りますって!」

 

「私が代行します。特効薬の方はエリスイスやディアンケヒト様に押し付けてきました」

 

 人が抜ければしわ寄せがくる。当然の摂理だが、主神までも引っ張り出すという胆力に団員は何も言えなかった。

 なお、アクス以上に苛烈な言動がテントを騒がせ、その人形のような美貌から拗らせた存在が増えたのは言うまでもない。

 

***

 

 デダインの村の一角に立ち並んだ炉や巨大な砥石。さしずめここは臨時ヴァルカの紅房といったところだろうか。

 これらの道具は皆、一旦オラリオへ戻った【ヘファイストス・ファミリア】と神々を護衛する片手間で【フレイヤ・ファミリア】が運んだ鍛冶道具で、ここで椿たち鍛冶師が今も尚冒険者たちの武器を無償で整備していた。

 

「まったく、武器は整備してやらねばすぐに使い物にならなくなることぐらい、そこらの童でも分かるぞ?」

 

「椿、こいつは一応治療師(ヒーラー)でお前の言う童だぞ?」

 

「一応ってなんですか。純粋な治療師(ヒーラー)ですよ」

 

 武器があまりにも損傷していることに怒る椿であったが、隣で同じように武器の整備を行っているヴェルフに指摘されてしどろもどろになり、ヴェルフもヴェルフで『マジか、こいつ』といった表情を浮かべる。どうやらアクスを治療師(ヒーラー)とは思ってなかったらしい。──解せぬ。

 

「それはそうと、なぜ僕もここへ? 整備ならばブリューナク1本渡せばそれで済んだでしょうに」

 

「それだけじゃないぞ? だが、その前にあいつらがうるさくてな。今回の件で主神様も乗り気になった案件ゆえ、話だけでも聞いておいてくれ」

 

 そう言いながらアクスの後ろを椿は指差す。指の方向に従ってアクスが後ろを振り向くと、目をキラキラ輝かせた上級鍛冶師(ハイスミス)たちが何かの設計図を持ちながら勢ぞろいしていた。

 その目の輝きについてアクスは覚えがある。昔、両親のお使いで【アストレア・ファミリア】のホームに料理の配達に行ったときに輝夜から『お駄賃をあげよう』と言われた時に鏡に反射した期待に胸を膨らませる自分の顔によく似ていた。

 

 ヴァリス金貨を持った手を高く上げられながら『はい、あげたー』と揶揄ってきた故人はさておくとして、渡された設計図を見るとなにかの服の型紙のように思えた。

 フード付きの口元まで覆う厚手のコートの所々に何かを固定する器具がくっついた妙な防具に、中央に深い溝がある妙な短剣。直接戦闘など微塵も考えていないようなその形状に、いつの間にか1段落ついて横で型紙を見ていたヴェルフが目を丸くさせていた。

 

「これは……魔剣か! それもこんなに!」

 

「あぁ、今回の件でうちもファミリア総出でモンスターを相手に戦闘することが分かった。だからこれを……"決戦装備"を作成する!」

 

「それで、なんで僕なので?」

 

 格好よく宣言した上級鍛冶師(ハイスミス)たちは一様に目を背ける。すると、言い出しっぺであろうパルゥムの鍛冶師が『試作品の経費削減だよ』と言ってきたので、アクスは大体の事情を察した。

【ディアンケヒト・ファミリア】もそうだが、薬の試作には金がいる。貴重な素材を使っても効果が出ないのが()()であり、それでも延々と続けるのはある種の才能が必要だ。

 しかし、金には限りがある。いくら主神が乗り気になっても無限に金は使えないため、『身体の小さなパルゥムに試作品を着せて素材の節約』を考えたのだろう。

 

 もちろん、危険性やその他の問題点を洗い出すために言い出しっぺであるパルゥムの鍛冶師たちが着てからアクスが着るらしい。しかし、それでもLV.2である彼が着る理由だけがあんまり分からなかった。

 

「それなら別のパルゥムに着せればいいじゃないですか。フィンさんとか、ガリバーさんたちとか」

 

「お前なぁ、そんなビッグネーム雇う金がねぇだろうが。それにこれは高レベル冒険者の装備じゃねぇ。数に物を言わせた戦力を作る装備なんだぞ?」

 

「言ってみただけです。冒険者依頼(クエスト)みたいな強制力があるやつじゃないのなら暇を見て行かせてもらいます」

 

 いくら安かろうと冒険者依頼(クエスト)は金になる。それに【ヘファイストス・ファミリア】には当人たちが良いとは言っても個人的にも借りがあるため、先ほどまでの会話から経緯を把握することが出来たアクスは適当な時間を見つけて訪問すると約束する。

 これで所用は終わったと思い、アクスはそそくさと立ち去ろうとすると──。

 

「こらこら待て待て。まだ手前の要件は終わっておらんぞ」

 

 えらいにこやかな椿の手でアクスは宙吊りにされる。なんでもえらい数の武器整備するため、いつものように治癒魔法を頼みたいらしい。

 たしかに鍛冶場がかなり密集していると思ったが、それを見越しての配置だったと考えるとヘファイストスの頼みか何かでディアンケヒトかアミッドも1枚噛んでいるところだろうか。このまま帰ってもアミッドに『仕事してきなさい』と怒られそうなので、おとなしく鍛冶場の真ん中へ座って詠唱を始める。

 

「団長、アクスの治癒魔法が掛かってからかなり力強く打てるんだが!?」

 

「ハッハッハ、知らん!」

 

「あー、ベル。契約してるやつに聞いたんだが、ステイタスが上がってるらしいぞ」

 

『……へぇ』

 

 そういえばベルに口外しないように伝えとくのを忘れてたとアクスは今更ながら後悔するが、もはや遅かった。すっかり【ヘファイストス・ファミリア】内でアクスのスキルの一端が口外されたために主に椿の目線が怖くなったことをここに記しておく。

 

 そのまま結局、日が落ち、再び太陽が差し込むまで整備が舞い込んできたため、結局あまり寝ていないアクスはバックパックから残り物のベヒーモスクッキーを食みながらシャクティの話を聞いていた。話の途中でリューたち豊穣の女主人組に会ったが、出合い頭に『げぇっ』とおかしな存在を見たかのような反応をしてきた。

 

「ベヒーモスクッキーを……食べてる……」

 

「変態にゃ、変態が居るニャ!」

 

「アクス、ペッするニャ! 命がいくつあっても足りニャーよ!?」

 

「滋養強壮に良い……。いえ、速やかに吐き出しなさい」

 

 確かに死ぬほど苦いが、別に害はそれだけだ。

 元々はチョコレートなのだろう。適度に甘いし、腹持ちも良い。そして、適度に保存性も高い。

 なにより、気絶した大使を気付けした実績もあるため、そのことについて話すと『大使に食わせたぁ!?』というルノアの悲鳴が聞こえてきた。

 

「終わりだ……。豊穣の女主人は終わりだぁ!」

 

「ミャーは何も知らないニャ! シルが悪いニャ!」

 

「そうニャ! シルが悪いし、後押ししたリューも悪いニャ!」

 

「シル……あなたはなんて代物を……」

 

 相変わらず姦しい4人組である。残りのクッキーを食べていると、シャクティの話も終わってフィンたちが急遽建てられた壇上へと上がる。彼が連れてきたアイズはいつもの防具と違ったものを身に着けており、そのことについてフィンは『今回の戦闘の鍵』と明かした。

 

「それでは、出立!」

 

 フィンの指示の下、連合にまで膨らんだことで神話上の存在を食らい尽くさんとする巨大な蛇へと変じた冒険者の集団はデダインの村から出発していく。

 しかしながら長々とした演説の数秒後から聞こえてくる内容を放棄したアクスは、早くも舟を漕いでいた。次々と出発する冒険者の中で固まっている彼を見かねたアーニャがクロエの猛攻を躱しつつ、彼を背負って運んでいく。

 

「兄様も……こんな気持ちだったのかな」

 

「嘘だろ、アーニャが母性に目覚めてる」

 

「偽物ニャ! おのれ、アクスの尻は私の物ニャ!」

 

「落ち着きなさい。アーニャは幻覚魔法を食らってるだけです。治療師(ヒーラー)を呼ばなければ!」

 

「おみゃーらさっきからうるさいニャァ!」

 

『あ、本物だ(ニャ)』

 

 奇しくも自分や都市最速の冒険者(あに)と同じ槍使い。小さな身体に温もりを自分と重ねたのか、アーニャは少々感傷的になる。しかし、その考えもいつもの調子で吹っ飛んだため、彼女は声のあらん限りに叫んだ。

 

***

 

 デダインの村を出発してそろそろ数時間。アクスもようやく活動を開始する。

 

「アクス」

 

「あい」

 

 いつの間にか【ディアンケヒト・ファミリア】の列に加わったアクスは、アミッドの指示で指を指された方向に駆ける。

 モンスターを退治したばかりの前線に突っ込むと同時に彼は治癒魔法を行使し、瞬く間に治療が終わった端から冒険者たちはさらに襲い掛かるモンスターを屠っていく。

 アミッドの治癒魔法の範囲は5M。治癒能力は凄まじいが、範囲は意外と短ければ治療院からあまり出ない関係でアビリティも低い。

 だが、ここにアクスが混ざると()()()。アミッドの観察眼にアクスの広範囲の治癒魔法。それにブリューナクの遠距離治癒が重なると、即死さえしなければ必ず治療されて戦線に復帰できる『条件付きの不死の軍団』が出来上がる。

 

「おい、なんだかステイタス上がってないか?」

 

「誰の魔法だ?」

 

【小神父】(リトル・プリースト)は新たなスキルでステイタスの補正が付く! 臆せず進め!」

 

 ただ、これだけの騒動のためにもはやスキルの一端を隠すことは叶わない。疑問に思い始める冒険者たちの後ろからフィンが声を上げる。

 まさかの強化付きとは思わなかった彼らは雄叫びを上げながら調子良くモンスターを屠っていく姿に、フィンは後ろに居たアミッドをちらりと見ながら頷いた。

 

 実は昨夜、徹夜の回復作業にひぃひぃ言っていたアクスを他所にアミッドはディアンケヒトと共に、フィンとシャクティに彼のスキルである聖義巡心(ヴィヤーサ)の相談をしていた。アクスに黙って相談したのは悪いと思っていたが、ディアンケヒトが『あやつ、絶対理解せんじゃろ?』と疑問を持ったことでアクス抜きでの話し合いとなった。

 話は最初こそ『アクスをデダインの村に残す』という考えに決まりかけたが、フィンだけがベヒーモスはそのような『甘い手』を考える暇はないと説得。最終的には『【ロキ・ファミリア】と【ガネーシャ・ファミリア】が粉かけてんだぜ? あ~ん?』といった具合に同盟を匂わせることで決着がついた。

 なお、アクスのステイタスの写しから聖義巡心(ヴィヤーサ)の部分だけ抜き取った物を見たシャクティが再び号泣したのは彼女たちだけの秘密だ。

 

 閑話休題

 

「脱落者は!」

 

「【ディアンケヒト・ファミリア】のおかげで0です!」

 

「物資も矢玉以外はまったく使っていません!」

 

 予想以上の結果に報告を聞いたフィンは目を丸くする。絶えず竜巻が襲い掛かる中を大勢が進軍しているため、少なからず被害やアイテムの消耗は覚悟していた。

 だが、既に負傷者の気配を敏感に感じ取ったアミッドや治療師(ヒーラー)たちのおかげでアクスが応急処置。そのまま中衛の冒険者に後方に運んでもらい、アミッドや他の治療師(ヒーラー)たちが交代で魔法による本処置というサイクルが出来上がっている。

 1番外周に居る冒険者たちも治癒魔法と同時に強化が入っているので並大抵の攻撃では傷つかず、例え傷を負ってもオートヒールの前にはかすり傷同然である。

 

「いや、本気で今度の遠征に付いて来てもらいたいんだけど……。ダメかな」

 

「前以上に吹っ掛けられるぞ?」

 

「フィンよ。儂やロキを禁酒生活させてみろ?」

 

「分かってるよ、ガレス。……はぁ」

 

 せめてファミリアが同じならば──とは言わない。誰も彼も【ディアンケヒト・ファミリア】だからあれだけの連携ができ、【ディアンケヒト・ファミリア】だから治癒に専念できると分かっているからだ。

 だからせめて、もうちょっと安く貸し出してください。そうフィンはデダインの村で高笑いしているであろうディアンケヒトに無意味であろうが願った。

 

 そうして跋扈していた黒い竜巻の悉くを打ち滅ぼしていったフィンたちは、元凶である黒雲に入る前に短い休息を取っていた。各々が足を放り出して休む中、フィンは己や仲間たちを奮い立たせるために演説を開始する。

 その演説に耳を傾けた冒険者たちのプライドに火が付き、各々が武器を片手に咆哮を上げる。

 そんな中、フィンの『勇気を問おう』について曲解したのかアクスは『勇気って何?』とアミッドに聞こうとして彼女に口を閉じられていた。彼はお子様なのだ。どうか、許してほしい。

 

 やがて、休息も終わって全軍は黒雲の中に突入する。てっきり超大型の様に一面に猛毒の風が吹き荒れる魔境かと思いきや、一面が黒い砂漠なだけの薄気味悪い空間となっていた。

 ここは『黒の砂漠』。別名は死の灰の砂漠と呼ばれる場所で、一帯がとあるモンスター()()の死骸で出来ている。

 見渡す限りの黒一色の世界。どれだけの体積の化け物が居ればここまでの灰が生成されるのか。伝説の一端を垣間見た冒険者たちだが、どうやらここからが本番のようだ。

 

「敵、接近! 方角は……全包囲!」

 

「最初から竜巻を纏っていない。蹴散らして砂漠の中央に向かうぞ!」

 

 360度どこを見ても4足獣のモンスターが居る状況。ここがダンジョンなら絶体絶命だが、ここは地上である。新たにモンスターも生まれないため、倒せば倒すだけ敵が減るということにすっかり気を良くした【ロキ・ファミリア】の第1級冒険者たちは我先にモンスターを駆逐し始めた。

 

「ラウルさん、なんであの人たち喜んでるの?」

 

「こっちが聞きたいっす。……ととっ。皆、応戦しながら動くっすよ!」

 

 アクスの率直な疑問にラウルは至極まっとうなことを答えながらもフィンの前進に従って後ろに居る大勢に声を張り上げた。

 ただ、応戦するとは言っても所詮は竜巻を纏っていない図体がデカい存在。それに怪我を負えば即座に治療と強化が入る環境なため、冒険者たちは拙い連携ながらも前進しながらモンスターを屠っていく。

 しかし、いかんせん数が多い。特に中心部と思われる前方からは無数のモンスターが突撃を敢行し、盾役も抑えるのがやっとの状態だった。

 

「じゃあ、ここでカードを切ろうか。有言実行だ──オッタル」

 

「……あぁ」

 

 フィンの声にここまで温存されたオッタルが冒険者たちを掻き分けながら前線へ赴く──前に、【ディアンケヒト・ファミリア】の最前列に居たアクスを摘まみ上げる。

 

「借りるぞ」

 

「えぇ、良しなに」

 

 既に話が通っているのか、アミッドは一礼。特に何も聞かされていないアクスは何のことか分からずにいると、おもむろにオッタルは彼を肩車する。

 

「詠唱しろ」

 

「うい」

 

 ここまで来るとやることがもう分かったので、オッタルの指示に従ってアクスは治癒魔法を詠唱しだす。詠唱を始めた途端にオッタルはそのまま4足獣のモンスターへ突貫し、そのまま神速の拳を突き出した。

 ドパァンという何かが弾ける音がしたかと思うと彼の目の前に居たモンスターが灰ごと消し飛び、そこで治癒魔法が掛かったオッタルがまるで何かを調整するかのように拳を開閉した後に向かってきたモンスターに向けてまたもや拳を──突き出した瞬間が見えなかった。

 

「ふむ……、中々だな。そのまま治癒魔法を掛け続けろ」

 

「了解です」

 

 アクスに指示を出したところで先ほどの音が聞こえてくる。アクスを肩にドッキングしたことで、もはや人型決戦兵器となったオッタルはそこかしこから向かってくる4足獣のモンスターに攻撃を加えていく。

 拳で、蹴りで、貫手で、たまに背負った大剣で。その一挙手一投足に至る全てが必殺の一撃で、その絶大な威力を前にモンスターたちは一切例外なく灰となって空へ消えていった。

 

「あれ、なんスか?」

 

「理不尽の権化……かな? はは、暴れるだけって良いなぁ」

 

「フィン、しっかりしろ! 今のうちに中央まで一気に近づく腹積もりじゃろ!」

 

 行先に向かって流れ出てしまったエネルギーが止められないように、最強による蹂躙も留まることを知らない。たまに強化のついでに回復を行われるのがより一層の理不尽さを強めているのだが、オッタルたちは至って真面目にモンスターを狩っていく。

 そんなオッタルとアクスの最悪の組み合わせに目が行くが、例えアクスの回復がなくとも【ディアンケヒト・ファミリア】の治療師(ヒーラー)集団は十全に機能しており、周囲も周囲で連携しながら奮戦している。今は呆然としているわけにはいかないとガレスが元々の行動指針を説き、フィンを現実に引き戻した。

 

 そんな行軍を続けていると、彼らの前に巨大な竜巻が姿を現す。全員がその巨大さに目を見張る中、フィンたち高レベルの冒険者だけは太陽の光すら遮るその漆黒の大竜巻の風切り音に混じって獣の唸り声のようなものを知覚した。




《行くぞ ペイバックタイムだ!》

麻痺薬と睡眠香
 簡単な麻酔。ないとヤバいでしょということで考えました。

アクスの小話
 タケミカヅチから学んだ『時そばもどき』。最近は電子決済が主流だからあまり使えないよね。

死なせてやらねぇよ
 絶対生き返らせるウーマンについていったらこうなった。
 なお、『時代は鬼畜パルゥム』ということで一部のお姉様方に好評な模様。

決戦装備
 ソード・オラトリアでヘファイストス・ファミリアが装備していた『短期決戦特化装備』のプロトタイプ。
 まずはパルゥムで試作予定だが、周りの鍛冶師たちが自分の装備をくっつけたくてうずうずしてる模様。

人型決戦兵器オッタル
 THE☆理不尽。派閥大戦でオッタル側にアクスが居たらヤバくねとちょっと思った。
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