ひょんなことから
その足で記録係だった神と一緒にギルドへ向かったディアンケヒトたちは【アポロン・ファミリア】の証文から現金を引き出し、その半分を記録係の神が持ってきたカンパと共にギルド職員に突き出した。
「え”、なんですか? このお金」
「先日、【アポロン・ファミリア】の抗争があったろ? アクスとディアンケヒトがアポロンから賠償をせしめてきて、ついでに俺たちもちょっとカンパしたから復興費用に充ててくれ」
「そやつの言った通りだ。もったいないが……アクスが言ったことゆえ、素直に使っておけ」
相変わらずの銭ゲバ振りを発揮するディアンケヒトだが、ヴァリス金貨が詰まった袋を無理矢理受け取らせた彼らはそのまま帰っていく。後で大量の金と共に経緯を聞いたロイマンは、流石に1柱どころか有力ファミリアの主神含めた十数の神々から託された金をポッケナイナイする度量はなかったのか、大人しく追加予算を組み上げた。
その影響で【ヘスティア・ファミリア】のホームである廃教会はどうにもならなかったが、付近にある建物の復興を格段に早めたのは言うまでもない。
さて、そんなギルドの裏事情はともかく。やっとこさ治療院へと帰ってきたアクスに、アミッドはいくつかの約束事を伝えて来る。
1つ。
2つ。不足があれば速やかにアミッドに伝えること。
3つ。
「約束~?」
「嫌な顔しない。指示を出したのは私とディアンケヒト様ですが、主にあなたがしっかりしないといけないんですよ」
『約束事』ということで面倒くさそうに聞くアクスであったが、アミッドはどれも重要なことだと具体的に説明を始めた。
1つ目だが、治療院の仕事をする中で勉強など身に入るわけもない。それならば往診も取りやめるべきだが、これはアクスのアイデンティティともいえる行為。ゆえに必要最低限という『特例』を認めた。その意味を知らずに時間一杯まで往診した日には──想像するのも恐ろしいことが待っているであろう。
2つ目は問題をそのまま放置しないことである。
人員の問題、場所の問題、装備の問題。挙げればきりはないが、
3つ目はただの保険だ。いくら能力的に優秀でもアクスはまだ子供。計画に穴が開いているのが普通と考えるべきだろう。
人命は何より大事だが、同時にアクスという若い芽の成長も大事だ。ゆえにこの約束はギリギリまでは見定めたうえで助けないといけないとアミッド自身へ向けた戒めでもあった。
「分かったー」
「本当に分かってるのですか? 一応ですが、本日の予定は?」
「えーっと、今日は治療院で仕g痛っ!」
全くと言って良いほど分かってなかった。
「ディアンケヒト様、やはりまだ早かったのでは?」
「これもまた神の試練よ。どうせ、あやつのことだから変なところから色々仕入れて来よるわ」
「そこはちゃんと手助けしてあげてください」
「何を言うか。そういったことと、試練をこなした後の褒美はお前の領分じゃろうが」
まるで化学反応をウキウキでみる科学者のような眼差しで扉を見やるディアンケヒト。到底、己のファミリアに所属している眷属に向ける眼差しや言葉ではないことにアミッドはとても深いため息をつくのであった。
***
「はい。後はこれを毎日貼り換えてください。ぎっくり腰はお歳を召した方という偏見はありますが、度重なる生活習慣で悪くなるので別に老いたとかは関係ありませんよ」
「おー、ネルナッティが気にしていたことをさりげなくフォローするとは……。これが極東に伝わる"イケ魂"というやつだね」
「ハトホル様? さらっと暴露しないで?」
初めこそ何かに耐えるように顔をし噛ませていたが、幾分か楽そうに息をついていたダークエルフの女性が近くの黒い仮面を被っている女神に食って掛かっている。彼女こそがこのファミリアの主神であるハトホルなのだが、見た目的に威厳があまりないためか、先ほどまで
いくら、巷で
実はというと、エルフはそういった生活習慣からくる症状は珍しくない。長命ということでそういった生活習慣が次第に無頓着となり、最終的に手痛い1撃を食らって反省する──ということは往々にしてある。
ネルナッティも似たようなものなのだが、しきりに『私はまだ大丈夫』と言っているのでアクスは男神の教えから深くは追及しなかった。
「ところで、
「治療院での勤務禁止と往診の回数制限を付けられまして……」
「えっ、それ大丈夫なの? 大事な往診を
ネルナッティへの往診ぐらいで貴重な1回を使ってしまったことに疑問を抱くハトホル。そんな眷属を大事にしていなさそうな言葉にネルナッティは『おい』とやや怒るが、ぎっくり腰は本人のみにしか分からない症状である。
また、発症してしまえば安易に移動が出来なくなるし、早めに処置しないと癖になるといった厄介な特徴も持っているので、往診に来た方が楽なこともあるとアクスが説く。
「本当、
「良いんですか?」
「これでも長年、オラリオでファミリアをやってきたんだよ? ギルドの資料よりも詳しいと思ってるつもりだよ!」
ふんすと胸を張るハトホル。黒い仮面で目元は見えないが、口元が釣り上がっているのでかなりのドヤ顔をしているのだろうことが伺える。
まさか、往診先で神に手ずから教えてもらえる機会に恵まれるとは思わなかったアクスは、若干申し訳ないと思いつつもその境遇に飛びついた。
すると、『そうと決まれば』とハトホルが主体で茶菓子やら茶などを用意する。菓子というには果物といった水菓子やかなりセンスが古いような菓子が並び、『小さいんだからもっと食べなきゃ』とネルナッティがアクスの皿にヒョイヒョイ取り分けてくるのが気になるが、お茶会もとい授業の準備が終わると同時にハトホルの御高説が始まった。
「じゃあ、アクス。
「ファミリアの間でルールを定めて行われるファミリア同士の決闘。事前に
「うん、正解。やっぱりオラリオ育ちね。それじゃあ、種目については分かる?」
概念から説明する手間が省けたことに、ハトホルは上機嫌で自分が主題にしようとしていた種目についてを問いかける。
だが、いくらオラリオ育ちと言ってもアクスは神目線で言えば赤子から毛の生えた程度しか生きていない。少々悩んだが、『1対1の決闘』か『パーティ単位での決闘』ぐらいしか思いつかなかった。
「すみません。不勉強で」
「いいの、いいの。むしろ、それを教えるためなんだからさ」
「そういえばハトホル様、うちって
「ネルナッティ。私、豊穣を司る女神なんだけど? 祭りの櫓にいつも居るんだけど!?」
豊穣を司る女神の眷属であるはずのネルナッティがやや凶暴性を孕んだ疑問を言い、ハトホルは彼女を睨みつける。ただ、ネルナッティの口元が笑っていたので、おそらくは先ほどの意趣返しなのだろう。──仲が良いことだ。
「ウゥンッ! で、種目についてだけど、本当に色々あるからねー。なまじ、神々がその場のノリで増やしたりするし」
「その中で
「沢山あるけど、大抵は
大抵は闘技場で行われる単体かパーティ単位での決闘といった実戦形式。異例の物だと、ダンジョンで目当ての物を拾ってくるなどといった種目も過去に開催されたのだとか。
どれもこれも
これまでのハトホルの話を踏まえれば、アクス入れて
「ハトホル様、
「いやー、【ヘスティア・ファミリア】って1人じゃん? 流石にそれはないでしょー」
「デスヨネー。それやっちゃったら虐めですよ、虐め」
「なんですか? それ」
勧められるままに果物をモシャモシャ食んでいたアクスの疑問にハトホルは先ほどの種目について答える。
攻城戦は読んで字のごとく、城を攻める種目だ。攻撃側と防衛側に分かれ、期日以内に攻撃側は防衛側の総大将を撃破。防衛側は期日を耐えきるか、攻撃側の総大将を撃破するのがそれぞれの勝利条件となる。
「どちらも数に物を言わせる種目だね。私としてはそんな虐めを見て楽しいと思えないけど……。中には居るんだよなぁ」
「でも、1番困るのはアクスたち
「うぼあぁ……」
想像したくないことをネルナッティが代弁したことでアクスは呻く。出来ることならば外れて欲しいという思いはあるものの、彼は逆転の発想で
これが種目が決まった後で慌ててその種目について聞いて回っていたら到底準備などが間に合わないため、『そんな大量の
「私からはこんなところ。だけど、覚えておきなさい? 何をもって成功とするか、何をもって失敗するか。その境界は神々が決めるわけじゃない、下界の子供たちが決めるの。私たちはそれを見守るだけ」
「よく分からないです」
「とりあえずは失敗を必要以上に怖がらないで、自分の思った通りに頑張ってみなさいってことね」
何やら意味深なことを言ってくるハトホルに、アクスはいまいち理解が出来ない顔で【ハトホル・ファミリア】のホームを出ていく。
そのまま治療院に戻ろうとするが、メインストリートに沿って買い物をしていたリューに声を掛けられる。話を聞くと、どうやらクロエが風邪を引いて出勤してきたらしい。
ミアの尻叩きが嫌で無理矢理店に出てきたは良いが、店に入った瞬間にそのままダウン。今は酒場の2階にあるベッドに休ませているため、暇であれば診て欲しいとのことだ。
「アクスも忙しいでしょうし、無理にとは言いません」
「急病人なら仕方ないですよ。行きます」
すっかり昔の呼び方になってしまったリューの遠慮がちな言葉をアクスは否定する。
流石のアミッドも急病人ともなれば話は別だろう。それに【ハトホル・ファミリア】で大まかな情報は収集出来たため、既にアミッドから課された作業の大半は終わったとアクスは若干機嫌良さげにリューの後をついていく。
「先生っ! クロエを……クロエをよろしくお願いします!」
「シル、ただの風邪で大げさ」
「1度、言ってみたかったの」
感極まった様子のシルがルノアのツッコみでころっと態度を変える様子を見つつ、アクスはリューの先導で2階の1室へと入っていく。中では苦しそうに呻いているクロエが寝ていたが、アクスが来たことに目を輝かせた。
「おー、アクスだニャー。リュー、もしかして
「何を言っているのか分かりかねますが、診断してもらおうと思って連れてきました」
「ニ"ャッ! そ、そんな大げさニャ~。今日1日寝れば元に戻るニャ」
何やら挙動不審な様子で断ろうとするクロエの姿に
だが……。
「クロエ様、
風邪特有の喉の腫れもなく、呼吸の乱れもない。あるのは異常なほど身体が熱いのと、それに付随してかなりの発汗。これだけの判断材料では別の病気かとも考えたが、クロエの目に『怯え』があったためにアクスは仮病と診断する。
「うっ、やっぱりアクスにはお見通しかニャァ」
「理由はやっぱり、ズル休みですか?」
「そうニャ。この仮病薬でちょちょっと無理して出てきた感を出したんだニャァ。ミャーたちは働き過ぎだと思うから、これは正当な理由となる……はずニャ」
次から次へと動機を言うクロエ。豊穣の女主人の激務さはアクスもよく知っているため、彼女の言い分もよく分かる。
それに先日のルアンのように意図して誤魔化そうとしなければ、【ディアンケヒト・ファミリア】にも
「では、これをミアさんに渡して、これをファミリアで保管させていただきますね。ニョルズ様には如何しましょうか?」
「うんうん、やっぱり色々
ミア用には普通に『風邪』という診断結果を書いた診断書。ファミリア用には『風邪
この記載によって【ディアンケヒト・ファミリア】では
ルアンも正直に話してくれればこのような措置を取れたのだが、あぁいった立派な治療室やカサンドラのような
「では、今日1日はご安静に」
「分かったニャァ~」
ベッドに寝転がってリラックスしているクロエを背に、アクスは廊下に出て階下に降りる。すると、クロエ以外の従業員が彼を見かけて詰め寄ってきた。それぞれ彼女の容態について確認してくるが、アクスは『最近流行っているやつです』と実際に巷で流行っている風邪が原因であると話す。
そうしていると、奥の方からミアが出てきた。
「アクス、うちの娘がすまないね。どうだい、賄いで悪いけど食ってくかい?」
「良いんですか?」
「良いも何も、この前はそこの娘のせいであんまり食えなかっただろ。ちゃんと労働に見合った報酬として受け取ってもらうよ」
ミアがシルの方を見るが、彼女は相変わらず小さく舌を出しておどける。
最近は色々あり過ぎてすっかり忘れていたが、確かに【ロキ・ファミリア】の打ち上げではあんまり食べれなかった。先ほど色々食べさせてはもらったが、果物や菓子の類だけでは10代前半の若々しい胃袋を満足するわけがない。
喜んでご相伴にあずかることを伝えると、ミアは『娘たちと待ってな』と言いながら厨房へ戻っていく。
「そういえば大変みたいだね。
「一応、ハトホル様にお話を聞いて
昼休憩ということでテーブルを移動させていた際、唐突にルノアが昨日決まったばかりのことを話し出す。
毎度のことながらいったいどこから情報を得ているのか不思議に思うが、それを指摘しても決まって適当にはぐらかされるためにすっかり諦めたアクスは現状で決まったことを話の種として話した。
「でもそれって決闘みたいな種目だけだよね。
「え、なんでそんなに詳しいんですか?」
唐突にシルが的を射たようなことを言い出した。
まさか、先ほど仕入れてきた情報までも知っているとは思わなかったアクスが目を見開いて驚くが、彼女はさも当然かの様に指で周辺を指し示す。その辺にある空気を指している……というわけでは当然ないが、何を言おうとしているのか分からなかったアクスに彼女は微笑みながら答えを言う。
「アクス君、ここって酒場だよ? それも神様が良くいらっしゃる」
つまるところ、
そのまましばらくしても帰ってこないシル。なぜかスコップに乗せられて供されたピザを食べながら待っていると、両手で抱えるほどの長方形の木箱を持って彼女がようやく帰ってきた。
「何してたんだい。全く……」
「ごめんなさーい。あ、アクス君。はい、これ」
スコップ片手に再び厨房へ戻っていくミアに謝りつつ、シルはテーブルの上に木箱を置く。縦横とも8列の市松模様が美しいその箱は、質の良い木材が使われているためか高貴な気配が漂ってくる。全員の視線がその箱に釘付けになっていると、シルがおもむろにその箱を開けて中から白と黒の駒を取り出していく。
「チェス……ですか?」
「惜しい。これは
2色の格子模様に白黒の駒。その特徴からリューが盤上遊戯の名前を出すが、聞き馴染みのない名前が帰ってきた。
何でもここから南東。カイオス砂漠という砂原しかない土地で主流な盤上遊戯らしく、基本的な駒の動かし方はチェスや極東の将棋とルールは同じだが、決められた領域内であるならば開始時に自由に駒を布陣できることや、1度手番を失う代わりに選んだ駒と特定の駒を取り換えることが出来ると細部は色々異なるらしい。
「これが
「そうそう、あとは
シルが賄いを食べながら説明してくれ、ついでとばかりに数局か打ってみる。確かに面白いが、彼女がこれを持ってきた意図が全く分からない。
そう思ったのも束の間、そろそろ営業を再開させるとのことでそれぞれが持ち場へついていく。すると、シルが
「? シルさん、なんでこっちに寄こすの?」
「盤面と動かす駒があれば指揮とかで想像しやすいかなって」
なるほど、道理だ。ただ、それだとなぜ対局したのだろうか。
すると、その疑問にシルは『久しぶりにやりたかっただけ』と悪びれもなく言ってくる。つまりは
「ちなみにこれ、どうやってお手入れすれば良いんですか?」
「うーん、布で拭く……とか?」
それは流石にどうかと思うアクス。見るからに高級そうな代物をただ布で拭くだけでは済まないだろうと詳しく聞こうとするものの、既に全員仕事へ戻っていったために彼はすごすご店から出て治療院へと帰っていった。
「遅いお帰りで」
いつになくアミッドがチクチクとした物言いで冷ややかにアクスを見てくる。よくよく見れば目線が彼のちょっと横に逸れているが、まぁ……未だアマゾネスの本能という劇物にも似た
そんなアミッドの心情も知らず、彼女の機嫌が悪いのは『勉強して来ずに往診してきたから機嫌が悪い』とアクスは推測した。全くの見当違い──ではないのだが、お子ちゃまの彼がそんな相手の思考をトレースしてスパダリみたいな対応が出来るわけがないだろう。
出来たら出来たでおそらくはミアハやタケミカヅチの教えも相まって、フィンやベル以上に女難の相に憑り付かれる可能性はあるが……、それはそれで置いておこう。
「ハトホル様に
「それは良かったですね。それで、なにか分かりましたか?」
未だに若干視線を逸らすアミッドに気づくことなくアクスはハトホルから学んだことを話し、1パーティほどの治癒魔法が使える
むしろ、上澄みの存在であるアクスがある程度のカバーが出来るため、
「そこまで聞くと、問題点はなさそうですね」
「ううん、大規模戦闘の種目があるみたい。明日からバベルに行って具体的なルールを勉強しながら種目が決まるのを待つつもりだから、お姉ちゃんから事前に皆に協力を頼めないかなって」
「団長と呼びなさい。……そうね、あらかじめ懸念点は潰しておく。良いことです」
何事も動員するには時間がかかる──が、事前に話を通しておけば幾分かは動きやすい。種目についてある程度は調べててくるかと思っていたが、既にそこまで懸念していたことにアミッドも少なからず驚いていた。
「うん、上出来。よくやりました」
「わーい」
久方ぶりにアミッドはアクスの目を見る。
幼くも何かを決心したような
ご報告となりますが、ちょっと仕事が立て込んでおりまして。
来週から予定通り1週間に1話投稿となるかもしれません。
次回予定はお知らせで報告します
魔女の1撃
いわゆるぎっくり腰。若い人もなるから、気を付けよう。
癖になるよ!(1敗
ハトホル様とネルナッティ
あれ、これ近所の御婆ちゃ…ゲフンゲフン
診断書偽造
ちゃんと段階を踏んでもらえれば発行可能(【ディアンケヒト・ファミリア】ではそういった符号と教育が為されている)
ヒュアキントスやアポロン直々に指摘していたら免れていたかもしれない。
クロエ
クロエのストーリー(ダンメモ)の1部。仮病薬欲しい…本当に欲しい…。
カイオス砂漠付近でメジャーな盤上遊戯。なぜ、シルがそんなものを持っているのか?
……どっかの王(女)にでも贈られたんでしょ。
ちなみに、シルに頼まれた猫は終始仏頂面をしていた。