メレン。オラリオの南西に位置するロログ湖と呼ばれる汽水湖が眼前にある港町である。
その湖は『学区』と呼ばれる世界中から優秀な人材を募って育てることを目的とした移動型教育機関の校舎を着水できるほど巨大で、その湖やそこから続く海から毎日たくさんの魚から物品。それらを運ぶ人間が大勢行きかっている。
そんなメレンから少し離れた砂浜では、【ロキ・ファミリア】の女性団員が集まっていた。
それぞれ『水着』という神々が発明した三種の神器と呼ばれる1つを身に着けたことで煽情的な姿を晒し、彼女たちの主神であるロキの目の保養となっている。
「いやー、それにしてもこんな別嬪がようけ居ると辛抱たまらんでぇ。なー、アクス……ってあれ?」
「ロキー、どしたの?」
「なぁ、もしかしてアクスって……。誰も連れてきてへん?」
『えっ!?』
ロキの疑問に全員は捜索を開始する。
右見て──。左見て──。挙句の果てには際どすぎる水着をロキから渡されたせいで放心していたリヴェリアの意識を無理矢理復帰させてまで探すが、アクスがどこにも居なかったという結果だけが彼女たちを包み込む。
「え、マジで連れてきてへんの?」
「逆にロキが連れて行ってると思ったわよ。私たち」
「うちも誰かが連れてきてると思ってたんやぁ! アクスぅー、すまぁーん!」
まさに『誰かがやってくれてるからヨシッ』な展開。ただ、大ポカをやらかしてしまったとロキは黄昏の館の方角に向かってアクスに全力謝罪をする。彼女がそこまでアクスが来ていないことに執着するのは、誘ったのがロキ自身であるためだ。
少し前に終わった遠征の目的階層にて、アクスは遭遇した穢れの精霊の魔法からフィンたちを守った。なおかつ、その経験が決定打となってランクアップまで果たした彼に、ロキが『ご褒美やー! お姉ちゃんたちとえーとこ連れて行ったるさかいな』とメレン行きをねじ込んだである。
その結果が
「アクスと釣りしたかった。あの子、上手いし」
「砂遊びしたかった……。この砂なら10分の1黄昏の館も夢じゃなかったのに」
「アイズのカナヅチを今日こそ克服させたかったが……。残念だな」
「ヒエッ」
「自分ら、何言うとるん?」
ちゃっかり水泳に関しての話題をリヴェリアが出したためにアイズが悲鳴を上げるものの、その
ロキは天界に飽きて下界に降りてきた神々と同じ、娯楽を求めている。ファミリアを1から立ち上げてから今までを総合すると中々退屈しない刺激的な雰囲気を味わってきたが、ここで新たなスパイスを求めだした。
それは『恋愛』である。
知っての通り、【ロキ・ファミリア】の女性陣はロキのお眼鏡に叶った物を優先して取り入れているために様々な属性の美女や美少女揃いである。そのため、【ロキ・ファミリア】という色眼鏡を除くことが出来れば、10人中8人といった割合で口説かれるほどのポテンシャルを秘めている。
──そう、
天下の【ロキ・ファミリア】は【フレイヤ・ファミリア】とは違うものの、基本的には畏敬の念が向けられている。なおかつ他派閥での結婚はほぼ絶望的な状況なので、【ロキ・ファミリア】の女性陣は……これ以上言うと消されるので控えておく。
つまるところ、ロキは『イチャイチャ』が見たいのだ。特にアクスといった青い果実を前にした嬉しはずかしな展開を所望しているとまで言って良い。
年齢が近いレフィーヤと手の先が触れただの、手を繋ぐだのと一見するとお遊び感覚の行動も恥ずかしがる甘酸っぱい空気を後方で腕を組みながら堪能するのも良いだろう。
もう少し年齢が上がればナルヴィやラクタやシャロン。後はアリシアだろうか。『満更でもないんやろ』と巧みな話術でコロッと転がり落ちたところをドヤ顔になるのも悪くはない。
さらに言えばリヴェリア。『あの子も男やねんで』と唆し……と欲望身塗れたパトスに従って熱弁していたところで首筋に冷たいものが当たった。
「ヒエッ。ア、アリシア……刃先当たっとるで?」
「以前の出来事を流用するなら……、"当ててんのよ"でしょうか? それにしても、ロキ。まだ懲りてなかったのですか?」
「今回はアクス君のような助け船はありませんからね?」
いつの間にか首筋に当てられた長剣にすっかり委縮したロキに、アリシアや他のエルフからの冷たい視線が突き刺さる。
以前、ロキを主人公にした『漫画』なる物を【ロキ・ファミリア】で制作した時のことだ。
その時はアクスが綺麗にデフォルメされたリヴェリアを解説者にしたダンジョンで採れる素材やモンスターのドロップアイテム。他には高く買い取ってくれるマル秘テクニックなどを認めた『ダンジョンの歩き方』という本をギルド経由で刊行していたこともあってか、ロキの漫画を発見次第焚書するという形で鉾が納めることが出来た……のだが。
舌の音がすっかり乾いているのか、失敗から何も学んでいない様子に彼女やレフィーヤといったエルフたちの笑みが強くなる。
しかし、せっかくのネタを見逃せなかったロキは団長であるフィンと同じく勇敢だった。
「なんでーや! 特にアイズたんたちはアクスの魔法に救われたんやろ! キュンッときてもおかしないやろ! 特にアリシアとレフィーヤは"お礼"とかあるやろぉ!」
「んー。助かったけど、アクスは弟だしなぁー」
「そうね。団長以外はねぇ……」
「キュンって……なに?」
「私もアクス君をちょっとそんな目で見れないかなぁ」
「わ、私たちはそんなふしだらな種族では……あ、ありません!」
「そ、そうですよ! アクス君とそんな……破廉恥です!」
湖に入ることもなく目を左右に泳がせるという絶技を披露するエルフたちに全員は呆れかえるが、そのことで有耶無耶になったと悟ったロキは『サンキュー、アクス』とまたしてもその場に居ない者に心の中で礼をすると水遊びを宣言した。
***
一方その頃。黄昏の館にある執務室では、過去最高効率の仕事ぶりを発揮したフィンが居た。
「よぉーし! よし! よし! よしっ!」
「爺ちゃん、平和だね」
「そうじゃのぅ」
何かの鳴き声を発するフィンを余所に渡された書類に不備がないかの確認をしていたアクスは、同じく書類の確認中であるガレスに声をかける。
【ロキ・ファミリア】は主神の趣味で女性の割合が高いため、中々に姦しい。特にフィンを狙ったティオネのあれこれも加わって非常に騒々しいのがデフォルトだが、女性陣が出払っている今は静かそのものだった。
問題は最高効率の仕事を仕上げるために自身で何度も項目を指差し確認しては鳴き声を上げる
「よしっ、全部終わったぁ! アクス、すぐに色々確認しよう!」
「はーい」
やがて全ての作業が完了したフィンが逸る気持ちを全開にしながらアクスを連れだす。出会った頃よりも遥かに
「じゃあ、アクス。まずはオハンのバリエーションから見てみようか」
「どんなのが良いの?」
「穢れた精霊の魔法を"いなした"ものから見せてもらえるかな?」
「はーい」
フィンのオーダーを聞いたアクスは詠唱を開始。特に目立った詠唱の変化はなかったが、魔法名を言祝いだ瞬間にアクスの眼前に
「このぐらい斜めで良い?」
「うん、それで構わないよ。ベート、障壁を"全力で"蹴ってみてくれ」
「あっ? 巣が壊れるぞ」
「出来るならね。もちろん、
フィンは本人が横に居るにも拘わらず、ベートを挑発する。そして、その挑発を受け取ったベートの姿が一瞬でブレると、次の瞬間に甲高い音が周囲に響いた。
「LV.6の全力で0枚か。しかも、割れれば強制停止のおまけつき。良いねぇ」
「どうじゃった、ベート」
「傾斜があって蹴り辛ぇ」
ガレスの疑問に感触を確かめていたベートは顔を顰めながら答える。先ほどの障壁には傾斜が付いており、真正面から放ったベートの蹴りの威力を幾分か減らしたのだ。
これは穢れの精霊が放ってきた『メテオ・スウォール』という魔法で生じた巨岩を防ぎたい一心でアクスが編み出した新しいオハンのバリエーションである。あの時も巨岩に障壁を全て砕かれる代わりに魔法を防ぎきったおかげで攻撃の起点を作ることが出来たため、フィンはそれはもうウキウキでアクスを前線に置くことを検討していた。
「よし、次。ガレス、アクスを放り投げてくれ。アクスは竜の壺でやったみたいに頼むよ」
「これだから虐待ファミリアと呼ばれるんじゃぞ……」
グングンと高度を上げていき、やがて黄昏の館の1番高いところまで届いた頃。既に詠唱を終わらせたアクスがオハンを展開する。展開した途端、子供1人が落ちるには早すぎるほどの速度でアクスが落下し──かなりの振動と轟音を立てて地面に巨大なクレーターが出来上がった。
周囲にオハンが割れた時に生じる悲鳴は聞こえないところから見るに、障壁も無事で落ちてきたのだろう。威力もさることながら、動けない理由が魔法的な誓約ではなくて
「アクスー、無事かー?」
「無事ー!」
「なんでか分からないけど、障壁で守られてるみたいだね。魔法の神秘ってところかな」
理由は定かではないが、これで高所から落ちた際にオハンを展開すれば
本当はアクス以外も守られるのか。他にはアクスが異変を感じずに長時間座ってられる原因を探りたかったが、リヴェリアでも分からないものを知るなど労力に見合わなさすぎるし、なにより危険を伴ってしまうとフィンはそれ以上の調査はしなかった。
「新たに詠唱は必要だけど、形や角度で対処するのは良い案だね。それに障壁で相手を押し潰すのも良い。後はアクス本体から離した状態で障壁を出せたら完璧なんだけどなぁ」
「フィン、流石にそれはない物強請りのわがままじゃろ」
「んー、多分出来ると思う」
ここまで障壁が色々出来ると人間、欲が出てくる。遠隔で障壁が出来ないかと考え込むフィンにまさかのアクスが『出来そう』と言ってきた。
目を丸くするフィンたちを尻目にアクスはベートのフロスヴィルトを貸してもらうように頼む。文句を言いながらも素直に差し出してきたベートに礼を言った彼は、フロスヴィルトに向かってオハンを行使する。
「はい、ベートさん。これで向こうで魔法を解放して」
「チッ、分ぁーったよ」
舌打ちしながらも彼が集団から離れた場所でフロスヴィルトの魔法を解放すると、彼を中心に障壁が展開される。顧客の要望に柔軟に対応した優良店のような振る舞いに、『良いねぇ』とフィンが年甲斐もなくときめいたのは言うまでもない。
その後、動けないとがなり立てるベートを無視しながら『【ロキ・ファミリア】を通さない』という条件で展開された障壁に入れるかどうかなどを試し、次にアクスの助言でようやく障壁を解除できたベートから再びフロスヴィルトを強奪してオハンを込めさせたフィンが『まぁまぁ』とフロスヴィルトを高く放り投げる。
しかし、原理はよく分からないがフロスヴィルトは装着者の
「フィィン! 何してくれてんだぁ!」
「ごめんごめん。ほら、そろそろ整備に行くって言ってただろ? 僕も整備代を出すからさ。今まではダンジョン内に安全な拠点を作れるという考えが先行し過ぎていたけど、こうしてみると使い道次第で色々出来るみたいだね。本当、得る物は大きかったよ」
ベートに持ち上げられた末に激しくシェイクされても尚、フィンは笑みを絶やさずに総評をしてからオハンの実験を終了を宣言。ここからはアクスがランクアップしたことで発現した魔法の把握へと移行する。
「良いのかよ、ババアとロキが近くに居なくて。ここら一帯が吹っ飛ぶかもしれねぇぞ」
「詠唱らしきものも短いし、そんなに威力はないと思うよ。……ただ、"これがロキでさえも見えない"のが不安だけどね」
被害については何も問題はないことを告げたフィンは、アクスのステイタスが記された紙を見つめる。
【精癒】しかなかった発展アビリティに【堅守】も加わったことはさておき、とある1点──魔法の欄に『縺ゅ>縺�∴』と明らかにおかしな記載があり、唯一まともに読めるのが『姿形は変わろうとも、有り様は変わらず。共に前へ進もう』という詠唱のみだった。
攻撃魔法なのか、障壁魔法なのか、はたまた召喚やレアマジックなのか。不安になりつつもどこか期待していたフィンは、いよいよアクスに魔法の行使を頼む。
──姿形は変わろうとも、有り様は変わらず。共に前へ進もう。
魔法名すら告げない詠唱のみの魔法。それでもしっかり魔法は行使されているらしく、その証拠に可視化できるまで強まった魔力の奔流にアクスが呑み込まれた。
おそらくロキが見たら『魔法少女ものやな』と答えそうな光景を全員が見ていると、唐突に魔力の奔流が納まる。後にはアクスが鎧兜を纏った状態で残されていた。
「エンチャント……かな? どちらにしても僕に見覚えがないな。アクス、調子はどうだい?」
「……」
「アクス?」
微動だにしないアクスにフィンは声をかけるものの、一向に彼は反応を示さない。不審に思ったフィンが近づくと、アクスは驚いたように肩を大きく震わせた。
「うぉわっ! そっか、アクスって"おじさん"のことか」
「おじさん?」
「あー、すまないねぇ大将。ちょっとアクスの坊と"変わっちまってる"んだ」
アクスが普段使わない一人称や口調。そのことからフィンはフレイヤファミリアの
ただ、伝え聞いた話では姿形は変わらずに人格のみをを改造するのがかの魔法であるため、今回のアクスには当てはまらない。
ならば変身魔法を疑うべきだが、どちらにしても情報が足りない。より詳しく調査する必要があるとフィンは笑顔で話しかけた。
「すまない。君の名前はなんて言うんだい?」
「あー、"おじさん"って呼んでくれていいよ。名前は……内緒だ。野郎相手には"それ"で十分だろ?」
そう言った
その自信や余裕に満ちた態度。そして、先ほどから彼の身から発せられる重圧のような存在にフィンは珍しく冷や汗を流しながら了承し、ラウルに槍を2本持ってくるように命じた。
「あー、その……おじさん」
「ん、なんだい? ……あ、もしかしてアクスの坊のことか? 心配しなくても数十分経てば元に戻る。そういう魔法だからさ」
間を持たせる意味合いも込めてフィンは雑談を始めると、想わぬ情報が転がり込んでくる。
制限時間は数十分。それと、
元の人格を乗っ取るような悪しき存在でなくて良かったと思う反面、ますますこの魔法についてよく分から無くなったフィンは思い切って聞いてみることにした。
「それを聞いて安心したよ。あと、ついでに聞かせて欲しい。それは変身魔法なのかい?」
「魔法についてはおじさんもよく分からんよ。おじさんとしてはアクスの坊の奥でひっそりと見物してたんだが、"色々見ちまったから"かねぇ。気づいたら、なんかこうなっちまってた」
「では君は……誰なんだい?」
「さっきも言っただろ、内緒だ。まぁ、大将たちから見れば古き民……、漂白されても留まり続けた残り香……、人類史の影法師。何とでも言うが良いさ。それよりも残り時間も少ないし、さっさと戦ろう」
『分団長様サンキュー』とラウルから槍を受け取った
小手先など使わない神速の一槍。並み居るモンスターを容易く屠る攻撃であったが──。
「踏み込みが甘い。呼吸を止めるな、むしろ吐け」
サッと躱された挙句、まるで教育者のように助言を与える
「くっ!」
「間合いの取り方は良い。だが、突くことに意識が向いている」
槍で突こうとした瞬間に蹴りで軌道が逸らされる。
「このぉっ!」
「槍は長柄だぞ、"ディム"。攻撃を避けるんじゃない、攻撃に合わせるんだ」
円を描くように槍を動かすことでフィンの槍を絡め捕り、そのまま彼の手から槍を弾き飛ばす。
「だぁっ!」
「だが、勇気は満点だ。"姐さん"も喜ぶだろうよ」
槍が手から離れても短刀片手に向かってくるフィンの襟首を掴んだ
決してアビリティには頼らない『技』。それも度重なる修練や実践を経て磨き上げられた超一流と言わざるを得ないそれにフィン共々全員が息を呑む中、唐突に
『あ、やっべ』という声と共に心なしか全身に纏っていた鎧が透けているため、おそらく時間切れなのだろう。
「アクスの坊に謝っといてくれ。多分、身体バッキバキになると思う」
「え、それはどういう……えっ、ちょっと!?」
「また来るわー」
要領を得ることが出来ない言葉の数々にフィンは柄にもなく焦っていると、鎧兜の部分が完全に消え失せる。すると元に戻ったらしいアクスが周囲を見回し、なぜ槍を持っているのかと尋ねようとした瞬間──。
「あ"ぁ"ぁ"あ"あぁ!」
とんでもない声量で叫んだ。
***
魔法の実験を行った次の日の夕方。アクスはすっかりベッドの上の住人となっていた。
あの後、この世の終わりのような絶叫にただ事ではないとラウルたちが即座にアミッドを招集。その結果が『酷い筋肉の損傷』だった。
心当たりについて聞かれたが、まさか『別人格がLV.6と戦ってました』なんぞ言えるはずもないためにその場に居た全員は『
バレたら色々怖いが聞かれなければセーフというやつだ。またしても内緒事が増えたことに反省したフィンはお見舞いを済ませると、執務室へ戻ってガレスと仕事を再開させる。
「しかし、フィンがああも見事に転がされるとは思わなんだ」
「僕も驚いてるよ。レベルやアビリティに関連しない強さがあることは知ってるけど、極東の武神や【猛者】以外に極まった存在にはお目にかかったことがないからね」
あの騎士はフレイヤファミリアの団長や学区のとあるクラスを受け持つ教師のように強いわけではないが、『達人』と呼ぶにふさわしい力量を持っていた。どれほどの研鑽を経てあそこまで至ったのだろうと興味は尽きないが、それ以上に彼の正体について興味があった。
遠征にて取得したドロップアイテムの収支を付けつつ、フィンはチラリと本棚に視線をやる。
(たしか、彼は古き民と言っていた。古代の人間の魂がアクスに?)
極東では昔、『神降ろし』と呼ばれる神事があったと聞く。文字通り、特殊な教育を施した人間に神や魂を憑依させることだが、あの魔法もそれと似たような何かだと彼は推測した。
ただ、あの時の
──おじさんとしてはアクスの坊の奥でひっそりと見物してたんだが、{色々見ちまったから}かね。
つまり、魂を呼び寄せたのではなく
ロキの話では死した魂は死の神によって綺麗に漂白されてから次代の人間に宿るらしい。
しかし、脈々と続けられたその行動に
「ガレス、君から見てあの時のアクス……。おじさんはどう見えた?」
「老練の手練れじゃな。そもそも、少しでもアビリティに頼っておったらあそこまでやられんじゃろうて。案外、教官でもしておったのではないか?」
「そうかもね。師事するのも良いかもしれない」
「笑えん冗談だ。ほれ、さっさと仕事を終わらせるぞ」
ガレスに促され、フィンは再び書類の山を格闘する。辺りにはしばらくペンで紙を引っ掻く音と紙を捲る音のみが響くが、それは長くは続かなかった。
「この部屋って……こんなに広かったかな……」
「リヴェリアやティオネが居らんせいかもな」
「あ、口に出てたかい?」
どうやら独り言の類だったらしい。珍しいものを見たと目を細めて笑うガレスに、フィンが攣られて苦笑するのも束の間。執務室のドアが勢いよく開かれた。
「団長!」
「ティオッ……! アキ?」
【カーリー・ファミリア】──
今は時間が惜しいために市壁の上に臨時の団旗を掲げて人を使って情報を流す。具体的な招集方法に頷いたガレスとアキが手分けして出立準備をしようとするが、フィンがアキを呼び止めた。
「アキ、団旗を掲げてもらうついでにギルドへ行って馬を何頭か見繕ってもらえないかい?」
「馬……ですか?」
「あぁ、騎士様に先遣してもらう」
何のことだか分からない表情を浮かべたアキだが、彼の『急いでくれ』という言葉に弾かれた矢のように部屋から飛び出した。
誰1人居なくなった執務室。フィンは立てかけてあったフォルトゥナ・スピアを取ると、『本当に退屈させてくれないな、君は』と
そのまま彼は倉庫を経由し、予備のフォルトゥナ・スピアを取り出してからアクスが横になっている部屋へと向かう。騒々しかったのかアクスは既に起きていたため、フィンは非常事態を伝えた、
「アクス、メレンに行こう。非常事態だ」
「あれ、ギルドから言われてるんじゃ?」
「ロキが何とかしてくれた。それに初めに謝っておくけど、君にはかなり無茶をさせることになる」
アミッドから購入した
そのまま装備を──といったところでフィンはアクスにフォルトゥナ・スピアを差し出した。
「団長、良いの?」
「予備さ。それに今回は速度が重要って言っただろう? 君には馬でメレンに先行してもらう」
「はーい」
片手をあげて元気一杯の返事をするアクスにフィンは頭を撫でながら礼を告げると、彼を連れてさっそく行動を開始する。黄昏の館から南の門を通ると、既に男性陣が到着していた。
「集まってくれてありがとう。……さて、状況はひっ迫している」
迅速に応じてくれたことに感謝を述べたフィンは、アキからもたらされた情報を団員たちに伝える。聞き馴染みのないファミリアということで首を傾げる者も居たが、ラウルなどの昔を知る者たちは即座にカーリーたちの狙いを察すると、フィンは首を縦に振る。
「もちろんだが、ティオネたちを渡す気は毛頭ない。既にあちらに居る団員たちに傷を負わされ、ファミリアのエンブレムが奪われた。その意味は分かるだろう?」
その言葉を皮切りに全員から怒気が噴出する。
家族に手を出され、ファミリアの象徴であるエンブレムを奪われること。すなわち、『喧嘩を売っていること』に他ならない。
ベートは当然だが、普段は温厚なラウルまでもバチクソにキレていると、馬を連れてきたアキがその惨状に引いていた。
「団長、ギルドから馬を……。うわぁ、すごっ」
「ありがとう。アクス、馬を選んでくれ」
フィンの指示にアクスは1頭目の馬に飛び乗った。
彼のスキルである『
「君、メレンまで行ける?」
──厳しいなぁ。さっきまで人を乗せてたんだ、眠い。
「そっか、仕方ないね。おやすみ」
1頭目の馬はどうやらお眠らしい。断られたアクスは2頭目にまたがると、同じようにメレンまで行けるかを問うた。
──左後ろかな。蹄鉄が外れかけてる。あっちの小さいのが言ってたけど、戦うんだって? 途中で蹄鉄が外れたらまずいよ。
「分かった、ギルドに伝えておくね」
蹄鉄の不備なら仕方がない。最後の3匹目にアクスが乗るや否や、その馬は『任せろ』と大きく嘶いた。
「やる気ありそうだね。メレンまで行ってくれる?」
──あぁ、さっきまで寝てたからな。それに、俺は元ラキアだ。戦闘もあるんだったらなおさら連れて行け。邪魔にはならねぇ。
どうやら以前にラキア王国が襲撃してきた際に置いて行かれた軍馬らしい。頼もしい答えにアクスは頷くと、さっそく先ほどの馬たちの不調を込みでフィンへと報告する。
相変わらず切った張ったといった直接戦闘に一切関係ない部分で抜群の有能っぷりを発揮するアクスに、ふと『あれ? これ
「クルス。君のパーティはギルドに馬を返却してから合流してくれ。さっきアクスの言っていた馬の不調も忘れずにね」
「分かりました」
「アクスは昨日の魔法を」
すぐに魔法を行使したアクスは昨日と同じように魔力の奔流の吞み込まれる。しばらくすると魔力の奔流から件のパルゥムが現れ、彼はフィンを見るや否や片手を上げながら気軽な挨拶をする。
「おー、大将。1日ぶり」
「時間が惜しい。大体の事情は把握しているだろうか?」
「アクスの坊を通して見聞きしたからある程度はな。あっちの方向にあるメレンって町で仲間が襲われたから、おじさんだけ一騎掛けして合流。大将たちが出張って来るまでに多少掃除しておけってことで良いかい?」
「流石だね。それとこれをリヴェリア……緑の髪をしたハイエルフに渡して欲しい」
まさしく言いたかったことをズバリと言い当てた
しかし、ここでフィンは自身の失策に気付く。この魔法の制限時間は数十分なので、ここからメレンまでは3キロの内に魔法が消える可能性があるのだ。
「すまない、突入前に魔法を使わせるべきだった。今からメレンは……」
「大丈夫、おじさんとこの馬に任せな。だけど……ちょっと頼みを聞いてもらっても良いかい?」
「なにかな?」
何度も言っているが、時間がない。少々むっとしながらもフィンが訪ねると、
視線に気づいた彼女が自らの顔を指差すと、
「お嬢さん、ちょっと知り合いに似てましてね。良ければ命令していただいても?」
「えっ、あの……。アクス君……よね?」
「アキ、すまないが時間がない。言う通りにしてくれ」
アクスに発現した魔法についての知識がないのでちんぷんかんぷんだったアキであったが、フィンの言葉に渋々ながら『アクス君、メレンに行って皆を助けて』と命令する。
すると、その命令に
その速度にベートは短く『速えな』と感心し、周囲はその圧倒的な速さに驚愕する。
「この分だと10分かそこらで付きそうだね。本当、彼は何者なんだろうね」
「ラウル。どうしよう、あの子
「あぁ、うん。アキ、多分それ間違ってるっす」
先ほどまでグダグダ話し合って消費した時間をすっかり帳消しにするほどの速度にフィンは満足する一方、まるで子供が誤った道に入り込もうとしていることを心配する
おじさん、爆誕
オハン
フィンの悪知恵によって形状と傾斜という使い勝手のいいアレンジを取得。ランクアップの影響で障壁の堅さも増し、傾斜込みでベートの全力を防ぐことが出来る。
また、動けなかった理由が重さということが判明。放り投げてから障壁で体当たりする人権どこー?な技も開発。
???
鎧兜を纏い、『おじさん』と呼ばれる存在が乗り移る魔法。
【魔力】アビリティが0になる代わりに他のアビリティに割り振られるため、戦闘力が大幅にプラスされる。
また、おじさんは『下界に神が居ない時代かつ、魔法がエルフの専売特許だった時代』の出身のため、アビリティに頼った戦い方ではなく技による戦い方をする。
※元々がアクスのぷにぷにお子様ぼでーなので、無茶をするとヤバい。
自信のステイタスを馬に反映し、様々な発展アビリティを乗り手に付与する効果だが、オマケで馬系のテイムの成功率上昇や馬との意思疎通がある。
ぶっちゃけ、これさえあればオラリオにおけるタクシー業界のエースを担えるほどの神スキルだが、本人はまったく気づいていない。
漫画
ダンメモイベントストーリー参照。概ねはイベントストーリー通りだが、ラウルが
はっちゃけたことで『僕もやるー』と、以前から書き溜めていたダンジョンのあれこれについて纏めた物を清書。リヴェリアを華麗にかつ、可愛くデフォルメして解説役に加えたことでエルフのハートをがっつりキャッチする。
ギルドを通して刊行したことでロイマンもニッコニコ。印税でファミリアも潤ってフィンもニッコニコ。ただしロキだけは焚書されてしおしおな展開となった。
余談だが、どこかの鬼畜ホワイトエルフも保存用として購入したとか何とか。