ディアンケヒト・ファミリアの末っ子   作:マジックテープ財布

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47話:聖義巡心(アーディ)

 テッドを袈裟切りにしたアクスは振り下ろした状態で彼を見やる。

 【アストレア・ファミリア】とやり取りがあったことから相手はおそらく冒険者。レベルがいくつなのかは分からないが、LV.2とはいえパルゥムの腕力では魔力を込めたことで切れ味が鈍ったセイクリッド・オースでぶん殴っても気絶はないだろうというのがアクスの判断だった。

 仮に狸寝入りから一気に襲い掛かられれば、治療師(ヒーラー)がダンジョンでの戦闘や対人戦の修練を積んだ冒険者に勝てるわけがない。そう危惧したアクスが微動だにしないテッドに向かって拾ったヴァリス金貨を数枚投げつけながら一挙手一投足も見逃すまいと監視していたが、どうやら本気で気絶しているようだ。

 

「なんだ、やっぱりシルさんの早合点か」

 

「アーディッ!」

 

「リューさん、だからそれは誤解ですっ……て」

 

 アクスが言い終わる前にリューがその場で両ひざをついてアクスを抱きしめる。エルフの貞操観念が万年凝り固まった化石状態の彼女に有るまじき行いに彼が目を丸くするが、耳元で子供の様に泣きじゃくる声にようやくシルが言っていたことが分かった。

 

 彼女はただ1言。シルに頼まれたアクスの『リオン』という呼びかけに、アーディの幻想を重ね合わせるほど()()()()()

 人生という果てしなく長い旅の最中、ふと後ろを向いて再び前にあるけど亡くなったのが今なのだろう。アクスの脳裏には【ディアンケヒト・ファミリア】に拾われて1年ほどの経験が蘇る。今思えば、かなり迷惑をかけたものだとちょっと枕に顔をうずめたくなる気持ちに苛まれるが、今はそんなことをしている場合ではない。

 

 あの時は忙しいにもかかわらずアミッドが付き添ってくれ、献身的に悩みや苦悩を聞きながら色々話したと記憶している。それを思い出したアクスは、自分を救ってくれた聖女(アミッド)のように黙ってリューの背中を軽く叩く。そんな彼の『癒し』にリューは堤が切れたように懺悔の言葉を紡いだ。

 

「アーディ、私は……私はまだ正義がなんなのか分からない。アリーゼが、輝夜が、ライラが言っている正義の意味が全然分からない。それなのに私は……復讐に捉われて……」

 

「リオン、星の数だけ正義は存在すると思う。時には対立して、時には一緒になる。そんな曖昧な物で良いんだよ。それでも、自分が貫き通そうと決意した正義だけは……自分自身を裏切っちゃダメだと思う」

 

「でも、アストレア様には正義を捨てろと……」

 

「難しいことを考え過ぎなんだよ、リオンは。考えて、考えて。ちゃんと答えを出せたらアストレア様もきっと迎え入れてくれるはず」

 

 死人に口なしとはよく言ったものだが、こうも死者の言葉を偽っている自分にアクスは嫌悪感を示す。言っていることはアクスの考えによるものなので、アーディの遺志とは一切関係が無い。もしかすると彼女を侮辱するような考え方かもしれない。

 だが、今のリューは死人に引っ張られている。復讐鬼と化した自分を憎み、許しを請い、迷い迷っている今の状態で事情を知らない生者(アクス)の言葉などちり紙以下の価値にもならない。それを直感的に把握したからこその『代弁』であった。

 

 最大限、店や道端で話した時のアーディの口調を真似てきたが、そろそろイマジナリーアーディの引き出しが無くなって来てしんどい。そのため、アクスは勝負を決めるためにリューと目線を合わせた。

 

「だから、リオン。"前"を見よう。"僕が"なにに見える?」

 

「……アク……ス」

 

 一人称をアクスの物に戻したことで、リューの目の焦点が段々合ってくる。重ねていた幻影の下にあるアクスの顔を認識できるほどに回復できた彼女は、恐る恐るといった感じで恥ずかしそうに彼と距離を取った。その反応が逆に傷つくわけだが、ここで『私に触れるな』とダブルスタンダードな折檻をされるよりマシと思いたい。

 なにやらアンナと話して彼女の頬を赤らめさせたリューを見つつ、アクスは何も言わずにポケットに入れていたハンカチで悪党(テッド)をぶっ叩いたセイクリッド・オースを拭いていると、シルがこちらに向かって走り寄ってきた。

 

「リュー!」

 

「シル、なぜここに居るんですか」

 

「追いかけてきちゃった。それより私、"手助け"したけど余計なお世話だった?」

 

 おどけるような仕草でゴシゴシと剣を拭いているアクスを見るシルに、リューは先ほどのやり取りを思い出す。

 無論だが、今までリューはシルに弱音などは吐いた覚えはない。それでも彼女は何かを察したように親身になったり、何も言わずにそばに居たりと()()()()()()()()()()()()()()()()()のような振る舞いをしていた。

 今回はアクス……シャクティの言い分では【ガネーシャ・ファミリア】のキアンの姿にかなり動揺を見せ、それが自分を手助けしようと決意した琴線になったのだろう。

 

 相変わらず察しが良いのか悪いのか分からない。そんなことを考えつつも、リューはシルに対して腰を折った。

 

「いえ、ようやく前が向けそうです。ありがとうございます」

 

「それなら良かった。……そろそろ脱出しましょ」

 

 上層の騒ぎが大きくなってきた。そろそろ脱出しないと本格的にシャクティと敵対することになるとリューたちがその場を後にしようとするが、ようやく気絶から立ち直ったテッドがリューに脅しをかけてくる。

 

 ギルドのお尋ね者である【疾風】がこのオラリオに居る。そして、その本名が『リュー・リオン』である。この2つの情報をテッドが捕まる前に手下に流し、彼女を恨んでいる者たちに流して破滅させると宣うテッド。

 

 しかし、当たり前だがここまでの騒動に発展しているため、この場にシャクティが到着すれば手下を使うことなく取り調べからの牢屋行きは確定。そもそも、アクスが横でセイクリッド・オースを素振りをしているので黙らせたまま出荷も可能なのだが、そこらへんが分かっていないのか、あえて無視しているのかテッドは高笑いをする。

 

「フハハハ、お前に恨みを持ってるやつはごまんと居る! 決して安寧が訪れると思うなよ!」

 

「言いたいことは……シル?」

 

 そろそろ黙らせようかと拳を握ったリューの横をシルが通り過ぎた。不用心にも程がある近づき方にアクスやリューのみならずテッドまでも警戒するが、彼女は薄く笑いながらテッドの耳元で何かを囁いた。

 その囁きは冒険者であるリューとアクスでさえも聞こえない程か細くあったが、直に耳に叩き込まれたテッドにとってはとてつもない破壊力だったみたいだ。

 目を見開きながら何かを言おうと口を何度も開閉するが、そのいずれも声になっていない。彼の目がまるで神に慈悲を乞うかのような目つきへと変じていくが、シルの満面な笑みがトドメとなったことでその場にへたり込んだ。

 

「行こ、リュー。アクス君、この場は任せても良い?」

 

「あいっ!」

 

「あ、キア……アク……フローレンスさん。これを使ってください。それよりもシル、何を言ったのですか?」

 

 散々『アクス』と言ってしまったため、もはやキアンと取り繕うのは不可能だった。リューは申し訳なく思いつつも、何度か言い直した末に開錠薬(ステイタス・シーフ)の詰まった小瓶を彼に渡す。その最中、シルに先ほど何を言ったのかを尋ねると、彼女はアクスの方に視線を向けてから『後でね』と言って先を急ぐ。

 

 こうして虚ろな目をしながら何かを呟くテッドの側で金貨の山を極力見ないようにしながら待っていたアクス。しばらくすると【ガネーシャ・ファミリア】の団員たちがやってきたため、『賊に金庫を破られたが既のところで追い払った。でも、どうやらオーナーの名前が事前にシャクティから聞かされていた名前ではない』ということを説明した。

 

「そうか。誰か、開錠薬(ステイタス・シーフ)を持ってこい」

 

「あ、もうシャクティさんからもらってます」

 

 本当のことを言っても混乱させるだけだし、シャクティならば持っていてもおかしくはないと適当に誤魔化すアクス。随分用意が良いことに応援に来た【ガネーシャ・ファミリア】の面々が『あ、そう』と呆気にとられるが、開錠薬(ステイタス・シーフ)に怯えたテッドが往生際悪く後ずさっていくのを数人がかりで拘束し出した。

 

 こうして、グラン・リゾートを舞台にした大捕り物は【ガネーシャ・ファミリア】の大活躍というバックストーリーで幕を閉じる。その陰にはとある正義を司る女神を奉ずるファミリア所属のエルフが居たり、そんなエルフに一目惚れしたは良いが『性別の壁』で絶望交じりの悲鳴がカジノの外から聞こえたわけだが、それらは特に言及されることなく闇の中に葬られることとなった。

 

***

 

 エルドラド・リゾートのオーナーであるテリー・セルバンティス氏はサントリオ・ベガからオラリオに移動中。不慮の事故で命を落とした。不運で痛ましい事故であったものの、それを偶然耳にしたテッドは暗黒期に築いた人脈をもって身分を詐称。見事、エルドラド・リゾートの経営者へとなり替わったわけだ。

 その後はエルドラド・リゾートの膨大な売り上げを使って様々な手で見目麗しい女性を買い漁り、自らを『オラリオの王』と吹聴していたことが手のひらを返された()()と呼ばれていた人物から発覚する。

 

 こうして、【ガネーシャ・ファミリア】とギルドの連名で行われた事情聴取によって闇が明るみに出た。しかし、エルドラド・リゾートの出資先であったサントリオ・ベガは『テッドなど知らない。我々も被害者だ』と新たなオーナーを支配人へ据え、先ほど述べた罪状は全てテッドにおっ被せて知らぬ存ぜぬを決め込んだ。

 

「──"今後は清い運営を目指したいと新たなオーナーであるソイリー・ヴェリタス氏は語る"……か。それで、実際はどうなの? バカ弟子のお姉様?」

 

「ヘイズ様、仰っている意味が分かりかねますが」

 

 とある晴れた昼下がり。休日ということで豊穣の女主人にハルヴァンを返しに行く最中、()()出会ったヘイズとヘルンに誘われる形でアクスとアミッドはとあるカフェへ入ったわけだが、そこで新聞片手にヘイズが問いかけてきたことについてアミッドはしれっと嘘をつく。

 ただ、ヘイズもヘイズで隣の席でヘルンとハルヴァンを打ちながら手入れ方法を教えてもらっているアクスの毛を断りもなく数本引き抜くと、それを太陽に透かせて見せた。

 

「うちにも染めてる子が居るんだけど、染髪ってしっかり洗わないと根元に色が残っちゃうみたいなのよね。それに、オッタル様が数日前に【ディアンケヒト・ファミリア】にアクスを迎えに行ったけど空振り。その間にこれがあった……次はどんな理由が欲しい?」

 

 ぐぅの音も出ないとはまさにこのこと。まさか、【フレイヤ・ファミリア】に知られることになるとは思わなかったアミッドは、彼女たちが何を求めてこうして脅しをかけてきているのか一切分からなかった。

 横ではフレイヤの付き人をしているヘルンに勝ち越してすっかりご満悦なアクス。まったくもって役に立たなそうな弟に少々イラついていると、その気配を察したヘイズが笑顔で両手を振る。

 

「あぁ、心配しないで。今回はフレイヤ様からアクスにハルヴァンの手入れを教えに来ただけ。私はいわゆる護衛役だから、別にこれをネタに脅すとかはしないから」

 

「本当ですか?」

 

「本当、本当。……で、概ねは新聞の通りで合ってる?」

 

 ヘイズを信用したアミッドが1回頷くと、彼女は『そっかぁ』と項垂れる。【フレイヤ・ファミリア】の本拠(ホーム)は繁華街──さらに具体的に言えばフレイヤと犬猿の仲である【イシュタル・ファミリア】の近くにあるため、いくら別の都市が融資したカジノとはいえ繁華街の一角のパワーバランスが崩れると話がややこしくなる。

 大っぴらに喧嘩を売りに行く理由は今のところないが、あちらもあちらで何やらきな臭い。ファミリア内での激務に加えてさらなる重責の予感にすっかりテンションが下がったヘイズは、近場の癒しとしてアクスの髪をわしゃわしゃと撫でる。

 

「あ、そうそう。戦争遊戯(ウォーゲーム)、見てたわよー。なかなか良い動きしてたじゃない。"師匠"として鼻が高いわ」

 

「そうですね。治療師(ヒーラー)の"師"としては嬉しい限りです」

 

 ──ピシリ。

 

 話題が戦争遊戯(ウォーゲーム)後の治療行為の話となった瞬間、アミッドとヘイズの間にピリッとした緊張感が走る。横ではヘルンだけがその緊張感を敏感に気付いたものの、即座に取っ組み合いに発展しないだろうと無視を決め込む。

 

「そ、そうね。お姉様だもんねー。でも、並行詠唱とか魔法については教えてこなかったみたいね。私に教えを乞いに来たぐらいだし。いやー、師匠も辛いわー」

 

 ──嘘である。この女、アクスが魔導書(グリモア)を取得したことを知ってから報酬として魔法についての知識と並行詠唱を教えたに過ぎない。すなわち、()()()()()()()()である。

 

「その点については申し訳ありません。ですが、私共の治療の知識や調理などの技術は叩き込んだつもりです。現にオッタル様より、戦いの野(フォールクヴァング)での治療行為やその後にそちらで行われる宴の準備については特に文句などは聞いておりません。教えてきた者としてこれほど嬉しいことはありません」

 

 ──嘘である。【ディアンケヒト・ファミリア】では治療についての知識はたしかに教えていたが、料理の下ごしらえや調理といった技術は豊穣の女主人で培った技術。つまるところ、()()()()()()()()()()()()()()()()である。

 

 一方はアクス自らが師事を頼んできたと嘘をつき、もう一方は今の彼が持っている技術全ては自分たちが育てたと嘘をつく。

 

「そこ、溝に汚れが溜まってますよ。放置すると黒ずむので、気を付けてください」

 

「はーい」

 

 そんなドロドロとした見栄の応酬を横目で見ながらヘルンはアクスに駒の清掃を教え込む。確かに物を教え込む存在としては及第点だが、それほどムキになるものなのかと冷淡な表情の裏で不思議がる彼女を他所に『どちらがより師匠なのか』というラウンドは一旦()()()()という形で幕を閉じる。

 

「まぁ、私もあの子の"お姉ちゃん"だし? 頼まれたら弱いのよねー。この前もあの子がどうしても回復薬(ポーション)が欲しいって言ったから、かなり融通しちゃったし」

 

 すっかり同士(ライバル)認定したヘイズが友達感覚で『姉』というジャンルで火蓋を切る──が、言わずと知れた嘘である。

 あの時は『【フレイヤ・ファミリア】の物資を勝手に放出は出来ない』と拒み、後から『自分の所有物なら構わない』とその場に居た全員で回復薬(ポーション)を渡していた。おそらくここにヘグニが居た場合、ドモりながらも事実無根であることを言うが、その直後にヘイズからオラリオ最強の魔導士(リヴェリア)が持つ絶対零度の氷結魔法(ウィン・フィンブルヴェトル)のごとき視線を食らうことは確実だろう。

 

 そんな近所の姉を前面に押し出したマウントを取ったヘイズはふふんと勝ち誇ると、アミッドが負けじと口を開いた。

 

「そうですね。私も"姉として"アクスには甘い一面があります。今日もアクスが一緒に出掛けたいと言ってきたので、ディアンケヒト様に無理を言ってお休みをいただきましたし」

 

 もはや嘘がデフォルトなのだろうか。

 否、つい先日まで戦争遊戯(ウォーゲーム)における治療師(ヒーラー)の指揮官をやらせ、それが終わったらカジノエリアにおける治療施設の運営という超過密スケジュールを『甘い』と断じればそうなのかもしれない。

 まぁ、この場にディアンケヒトが居れば『何を言っとるのだ? アミッド』といつもの馬鹿笑いをせず、ガチトーンで体調を心配されること請け合いだろう。惜しむらくは、彼は現在進行形で自らのファミリアの団員たちに見張られながら治療院で馬車馬状態となっていることだろうか。

 

「なぁ、あの席……。ヤバくね?」

 

「嘘のチキンレースしてやがる……」

 

 ちなみにこのカフェ。路地の中にひっそりと建てられた穴場なのだが、それでも客はアミッドたちを除いて数組ぐらい居る。その中に1組に神々も居り、彼らはどこが嘘なのかは分からないが文脈のどこかに必ず嘘が紛れ込んでいる会話に当惑しっぱなしであった。

 

 しかし、そんなマウント合戦も次第に沈静化。会話の内容も二転三転していく。

 

「そういえば、この前ロナ……。うちの副官がアクスのお腹に顔を近づけてじっとしてたことがあるんだけど」

 

「うちでもたまに流行しますね。安眠効果が期待できます」

 

「へぇ……。あ、ほんとだ。干し草の匂いと体温がヤバい」

 

「特にアクスがパンを焼いた日はすごいですよ。トびます」

 

「ヘルン、今度アクスが来るときは上質な白い粉を用意してください」

 

「大量に……は駄目ですが、分かりました」

 

 トぶだの、上質な白い粉だの。治療師(ヒーラー)とは思えない言葉の数々に、ヘルンは紅茶を飲みながら大人しく腹を吸われているアクスを見る。【ディアンケヒト・ファミリア】命名で『アクすい』とかいう名前の妙な行動だが、本当に彼から妙な成分でも出ているのではないかと彼女は訝しむ。

 

 そんな奇天烈な儀式染みた行いについての話題が終わったかと思うと、今度は各ファミリアの愚痴大会が開催される。

 

「私だってこんなことは言いたくないんですけどねぇ……。回復したらお礼言わない人ってあれ、なんなんです? 別にお礼が欲しいからってわけじゃないですけど、私もやる気ってものがあるんですよ? 一応、命握ってるんですよ? 放置されたら死ぬんですよ? やりませんけどねー」

 

「えぇ、分かります。ディアンケヒト様は勝手に仕事を増やしてきますし、患者の方や回復薬(ポーション)を買いに来る冒険者の方々の中には値下げやもっと良い治療の催促などを延々とされます。我々の努力を安く買いたたかれるのはほんっっとうに、悲しいです! 治療師(ヒーラー)という奉仕職は癒されてはいけないのでしょうか?」

 

 まぁ、出るわ出るわ。それでも『治療をしない』や、『治療師(ヒーラー)辞める』といった言葉が出ないのは流石はオラリオで有数の高位治療師(ヒーラー)といったところだろうか。

 それでも、先だってアクスのことで妙なシンパシーが生まれたのか、2人の愚痴は留まることを知らない。

 

「でも、文句を言いながらちゃんとやることやってるお姉ちゃんと師匠はすごいよ。毎日夜遅くまで働くのは、僕でも出来ない。いつも頑張ってくれてありがとう」

 

 そんな愚痴大会の最中、アクスは彼女たちに優し気な言葉を浴びせる。これはタケミカヅチとミアハという例の男神たちの他に、女性や女神にやや人気な神々が面白がってアクスに教えた俗にいう『どしたん? 話聞こか? メソッド』である。

 基本的には1人寂しく酒などを呑んでいる女性冒険者や女神に使われる物なのだが、案の定使い時もよく分かっていないアクスはタケミカヅチの言っていた『女人が悩んでいたり、思いつめていた時はとりあえず褒めとけ』という投げやりな判断に従う形で使ってみたわけだが──。

 

 さて、ここで状況を整理してみよう。

 アクスはヘイズやアミッドよりも歳も身長も小さい子供である。だが、彼女たちの仕事を共にしていることから2人の仕事に対して一定の理解を示している。

 さらに彼はヘイズやアミッドを師や姉と仰いでおり、自分も前に居る彼女たちに必死になって追いつこうとしている最中だ。そんな存在が今の彼女たちの立場や仕事内容を理解した上で頑張っていることを褒め、尊敬の念を抱きながら感謝を述べるとどうなるか──。

 

「ア”グス”ゥ!」

 

「ヴァカ”弟子ぃ”ぃ!!」

 

 お姉ちゃん頑張る(かちかく)である。傍から見れば美女2人に詰められる子供ということで『うらやまけしからん』となるかに思えたが、逆に店の面々はアクスに対して可哀想な存在を見ているような視線を送っていた。

 片や【ヘルメス・ファミリア】の団長とどちらが過労しているのかという話をしていた神の後頭部に武器を振り下ろした【女神の黄金】(ヴァナ・マルデル)。片や【ディアンケヒト・ファミリア】の団長で医療関係になると修羅になる【戦場の聖女】(デア・セイント)

 そんな女傑2人に挟まれたアクスは、言うなれば()()。彼女たちの逆鱗に触れれば直ちに被害を被る爆心地である。

 ちなみに、供された紅茶には当然ながら一切のアルコールが入っていない。シラフの状態で暗黒物質が形成されるほどの愚痴を披露し、こうして醜態を晒しているわけだ。

 恐ろしきかな、シンパシー。特にアミッドは夜中になったら自分反省会を披露するだろう──後が怖い。

 

 しかしながら、アクスの優し気な言葉だけでは今まで溜まりに溜まったストレスが緩和できないのも事実。ということで愚痴大会が再開される。

 しかし、そんな愚痴も仕事の話からだんだんとアクスへのポンコツ具合へとシフトしていく。『フレイヤ様に神々の言ってることを聞くのを止めろ』だの『マッサージをする時、神々に教えられた"リンパがどうなど"と言うのを止めろ』だのと比較的マシな物から、『まだあの子は12歳なのに、大人の私がしっかりしないといけないのに』とかなりガチな悩みまで様々であったが、そんな愚痴大会に──。

 

「はぁ……、うちはなんで遠征までして互いを食い合って高めあうのでしょうか。深層域への遠征なんて超高額の費用が掛かるのに、それをふいにして……。さらには幹部が率先して団長を倒そうとする始末……。仕事しなさいよ、ヘディン様」

 

 なぜか参加者が増えた。『鬼畜ホワイトエルフ』という侮辱の言葉と共に紅茶を飲み干すヘルンに、以前は強靭な勇士(エインヘリヤル)側だったヘイズは満面の笑みを顔に張り付けながら滝のような汗を流す。

『女神の付き人』と呼ばれる侍女頭のヘルンは、なにも日中ずっとフレイヤの下には居ない。()()()()()もあるが、大抵は満たす煤者達(アンドフリームニル)と同じで侍女たちと連携しながら工夫で乗り切ってはいるものの、空いた時間には()()()()()()()()()()()()()()()も担っている。

 

 なにせ強靭な勇士(エインヘリヤル)は脳き……失礼。自分を高めるのに必死な者たちだ。そんな()()をする余裕もないのだろう。

 それでも【フレイヤ・ファミリア】が黒字なのは、冒険者依頼(クエスト)強制任務(ミッション)などでたまにダンジョンに向かう者たちが持ち帰ってくる素材の収益が良いおかげだろう。特に脳筋筆頭の団長(オッタル)がふらっと下層あたりを散歩して持ち帰って来る貴重な素材は助かっているものの、やはり筋肉の元凶かつ象徴なのでプラスマイナス的にはややマイナス寄りである。

 

 このままでは知りたくもなかった【フレイヤ・ファミリア】の内情が赤裸々になってしまう。あまり愚痴を吐き慣れていないヘルンを止めようとヘイズは身を乗り出すが……。

 

「じゃあ、もうちょっと【フレイヤ・ファミリア】からの冒険者依頼(クエスト)報酬減らす?」

 

『はぁ”?』

 

 ここでアクスは目に見えるほど浅く設置された地雷を踏んづけた。一瞬で3人の視線が彼に向くが、一様に目が笑っていない。

 

【戦場の聖女】(デア・セイント)様。失礼ですが、もう少し彼に教育を施した方が良いのでは?」

 

「バカ弟子のお姉様? 確かにすっごい嬉しいし、優しい言葉に涙が出るけど、それはちょっと違うと思うんだけど?」

 

「私も……。ここまでアクスがおバカな子とは思いませんでした」

 

 唐突に始まるアクスディス。ヘイズたちからしてみれば非常に助かるし、状況を鑑みて提案してくれたことに感謝もしているのだが、それはそれでこれはこれだ。アミッドもアクスの発言に呆れており、ため息をつきながらも近くの紙ナプキンを何枚か取ると、そこにいくつかの数字や素材名を書き出した。

 

「覚えている限りで恐縮ですが、これらが最近オッタル様よりいただいた冒険者依頼(クエスト)報酬です」

 

「……なにこれ、あんまり変わってない」

 

 ユニコーンの角やマーメイドの血と下層産の超高額な品物が多々あるが、それは本当にたまにだ。大抵は中層で出るモンスターのドロップアイテムや薬草の類。どれでも採集の腕も良いのかどれも傷が全然ない上質な物という注釈が付くものの、治療師(ヒーラー)1人を派遣して1日通しての回復業務や調理などといった()()()のことをやらせるにしては少々料金が少ない。

 

「あれ、ヘイズ。この日付ってたしか"例の事件"のヘルプを頼んだ日よね?」

 

「そうね。合ってるわ」

 

「値段変わってないんだけど?」

 

 ヘイズたちが『例の事件』というのは、【フレイヤ・ファミリア】がダンジョン内を戦いの野(フォールクヴァング)と勘違いした例のアレである。あの日は宴の準備を中止し、満たす煤者達(アンドフリームニル)と侍女たち総出で掛かって治療をしまくった覚えがある。

 どう考えても上乗せされてしかるべき冒険者依頼(クエスト)なのだが、全くと言って良いほどお値段が変わらないことに疑問を持った彼女にアミッドはあまりにも馬鹿げた回答を語る。

 

「はい。この値段設定は()().()()の時にアクスが主導で決めたかなりお安いお値段です」

 

「値上げしなさい、このおバカー!」

 

 今まで料金についてはノータッチだったので『高いんだろうな』と思っていたが、その逆とは思わないではないか。思いの丈を叫びつつも、ヘイズ自身はアクスの変わらないお人好しさにすっかり目が焼かれていた。

 

 先ほどされた値下げの提案でも、口ではああいったものの彼女は【フレイヤ・ファミリア】(うち)に来て副官(ロナ)たちを相手に歓待を受ける権利をうっかりあげかけたほどだ。だが、ここに来ての新事実に(事後承諾だが)ヘルンもつけようと画策するほどだったとかなんとか。

 

 契約()()側が値段を上げようとし、契約を()()()側が『今までこの値段してた』と突っぱねる。そんな一見すると間抜けた光景を前に、ヘルンは重いため息をついた。

 

「ヘイズ。今度【フレイヤ・ファミリア】にこの子が来た時は教えなさい。金銭感覚や外部から見たこの子の価値を教えます」

 

「あ”? 何言ってやがりますか? この子は"私の"弟子ですよ? それにあなた、あわよくば自分の仕事を手伝わせようとしてません?」

 

「し、してません……が?」

 

「私の目を見ろぉ! ヘディン様とか手伝ってくれそうなインテリっぽい眼鏡が居るでしょうが!」

 

「出来るわけないでしょ!」

 

 姦しい口喧嘩。そんな彼女たちを見ながらアミッドは『【ディアンケヒト・ファミリア】はマシなのですね』と窓の外で流れて行く雲を見ながら黄昏ていた。

 そんなこんなで料金については改めて脳金団長(オッタル)……だけでは不安なので、ヘイズも交渉のテーブルに立つことを宣言。時間も時間なのでそろそろ解散しようとするが──。

 

「あ、そうそう。冒険者依頼(クエスト)繋がりなんだけど、ちゃんと準備してる?」

 

「何のことでしょうか?」

 

「あれ、もしかして話行ってなかったり? この冒険者依頼(クエスト)なんだけど」

 

「拝見しても?」

 

 ヘイズから渡された冒険者依頼(クエスト)の羊皮紙をアミッドがじっくりと確認する。

 

 冒険者依頼(クエスト)内容は至ってシンプル。数日間、【ロキ・ファミリア】の本拠(ホーム)である黄昏の館で生活。その後()()()()()()にて【女神の黄金】(ヴァナ・マルデル)ヘイズ・ベルベットや【猛者】オッタルと共に待機し、神ロキの判断で移動。そこでの回復作業に従事する。

 

 移動が多いだけで内容自体はシンプルだが、驚くべきところはそこではない。署名にはなぜか【ロキ・ファミリア】と【フレイヤ・ファミリア】という()()()()()()の捺印があり、その横にはロキとフレイヤが直筆で入れたと思われるサインが書かれていた。

 

「……は?」

 

 アミッド・テアサナーレ。【戦場の聖女】(デア・セイント)の二つ名に恥じない聖女然とした丁寧な立ち振る舞いが人気の美女が、腹の底に響くほど重低音の『は?』を繰り出した。




クノッソス戦突入ですが、アクスのおかげで多少楽になります。それでも多少ですが。

ガネーシャ・ファミリアの今後
 エルドラド・リゾートの一件でかなり忙しくなる中で、拉致られた女性たちの『あのちっちゃい冒険者様はどなた!?』という質問の嵐に辟易していた。
 なお、口を滑らせるどころか普通に答えようとしたガネーシャは真っ先に隔離される。

リューの今後
 帰り際、元ルドラ・ファミリアの某調教師に似た人物の姿を見たため、復讐心が一気にぶり返した。(ジャガ丸君ルート)
 病み上がりの無茶。ダメ、絶対。

ヘイズ VS アミッド
 募集に書いていただいた小ネタを参考にさせていただきました。ありがとうございます。
 なお、12歳の子供云々についてはかなりガチ目に悩んでいる模様。まだ中学生か小学校高学年だから、時代が緩やかな成長を許さないのが悪いとしか。

アクすい
 犬とか猫を飼ってる人がたまにやるやつ。なんで肉球とかお腹ってあんなに良い匂いがするんだろうか。
 どこかの小学生男子に人気な月刊コミック誌にて連載されている、ロリに対する解像度高めの背中で魅せるガンガールRPGが元ネタのあれでは決してない。

どしたん? 話聞こか?メソッド
 パリピ系の男神たちから戯れで教えてもらったあれこれに、タケミカヅチやミアハの教えをブレンドした仕事関係に疲れ果てたOLたちへの特効。
 なお、相手はアクスや周囲にとって怒らせたら怖い奴らなので、地雷原の上でタップダンスを踊っていることに等しい。
 つまるところ、アクスは全く羨ましくない場所に放り込まれた哀れな子犬である。

冒険者依頼(クエスト)の値段
 治癒魔法諸々や業務の慣れにおける効率化などでかなりの戦力となっているものの、LV.1の際に決めた値段から一切変えていない。
 ディアンケヒト・ファミリア側としてフレイヤ・ファミリアへの往診という冒険者依頼(クエスト)は、消耗品が必要ないことや動く人材がアクスだけなこと。さらには時流によって値段が変わる素材が手に入ることを加味すると、現状でもかなり美味い。
 そのため、『これ以上こっちで吹っ掛けると冒険者依頼(クエスト)を持ってこないかもしれない』と危惧してノータッチだった。

 なお、フレイヤ・ファミリア側は助かってはいるものの、『助かるなら別に良いじゃん』と自分の人件費を全く考えていないアクスの値段設定の異常性に呆れる者も居た。
 財務関係を手伝った経験のあるヘディンが『なんだ、こいつ。重度のお人好しか、阿呆の類か?』と疑い、気紛れに報告書を見たフレイヤの口からも『すっごく世話になってるじゃない』と呆れの声を上げている。
 たまにフレイヤがアクスに過保護気味になっている数割の理由がこのためだとか。そうでないとか。…文字通り、神のみぞ知るである。
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