ディアンケヒト・ファミリアの末っ子   作:マジックテープ財布

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52話:赤き契り

 LV.7(オッタル)の速度で一足早く現場へ駆けつけることが出来たアクスだったが、状況のまずさに歯噛みする。

 

 強く抑えても尚、白い布を赤く染めながらにじみ出てくる血。近くに居るにも拘わらず怒号を上げて何かを要求する冒険者。そして、目に見えて顔色が悪い患者たち。

 

 そして──【ディアンケヒト・ファミリア】という救いの手に縋りつこうとする【ロキ・ファミリア】の団員たち。

 

「アクス! クレアを助けてっ!」

 

「アクス君、レミリアがっ! レミリアがぁ!」

 

「団長がヤバいんだ! 頼む!」

 

 そんな地獄絵図にも似た光景だったが、アクスにはこの光景は数年前に見覚えがあった。

 当時の彼は被害者(あちら)だったが、今回は救う(こちら)側。団員たちを落ち着かせようと『何も問題はない』と言おうとするが、自身の違和感にようやく気付いた。

 

 震えている。

 何度も顔を合わせていた団員が命が尽きかけている現状。その姿にいつものは温和な笑みを浮かべて接してくれているにも拘らず、鬼気迫る表情でこちらに縋って来るアキたち。

 そして──今更ながら感じた責任の重さ。それら全てが『緊張感』となってアクスの身体に纏わりついていた。

 絶対に失敗出来ない状況にブリューナクを握る手を小刻みに震わせていると、唐突に彼の頭に手を乗せる者が現れる。

 

 ──オッタルだ。

 

「余計なことは考えるな。ただ、お前もあの方に目をかけられている側だ。俺やあの方に、お前の()()()を見せてみろ」

 

「はい」

 

 いつもは口数の少ないオッタルからの激励に、アクスの震えは止まる。その胸中には未だ過去のトラウマが燻っていたものの、目の前で心配そうにこちらを見て来る【ロキ・ファミリア】の面々の顔を見て仮初の笑みを作りながら詠唱を開始した。

 

 詠唱の中、アクスは自分の置かれている立場を思い返す。

 アクスは治療師(ヒーラー)だ。モンスターや闇派閥(イヴィルス)と切った張ったをする冒険者とは土俵が違う。

 しかし、それがどうした。回復薬(ポーション)や治癒魔法を武器に、『全ての傷を癒す』という団長(アミッド)の信念を燃料に、アクスはこの場を()()と定めた。

 

 ──我は侵された者の安寧を願う者。

 

 大抗争(かこ)幻視()るな。

 

 ──我は傷ついた者を癒す者。

 

 引く時間も臆する余裕もない。ここが命を繋ぎとめる分水嶺だ。

 

 ──我は膝を折った戦士を立ち上がらせる者。

 

 決して、立ち止まるな。勇気を示せ。

 

 ──この誓いに基づき、我が行使する。

 

 ひたすら前へ進め! 

 

 ──ケーリュケイオン

 

 魔法名が紡がれた瞬間、アクスの周囲を緑色の光が埋め尽くす。アミッドやヘイズの魔法のように持続性はないものの、癒しの力が周囲に振りまかれた。

 流れ出た血はどうにもならなかったが、刀剣やモンスターの攻撃によって敗れた皮膚が見る見るうちに閉じ、乾いた土気色をしていた顔色も徐々に瑞々しく張りのある艶を取り戻していく。

 

「うっ……あれ?」

 

「あぁ……、帰り……たい……。ふぇっ!?」

 

 やがて光が消えると、しばらく惰性で呻いていた患者が疑問の声と共に飛び起きる。その中には先ほどまで命の灯が消えかけていたレミリアの姿もあり、今わの際に紡がれた『本拠(ホーム)に帰る』という願いが叶ったことに目の端から徐々に涙が溢れていく。

 

「レミリア……レミリアァ」

 

「アキさん、ア"キ”さん!」

 

 命の灯が尽きようとしていた仲間が息を吹き返した姿を目の当たりにしたアキがレミリアを強く抱きしめる。周囲でも魔法の範囲内に居た死の数歩手前に居た仲間が起き上がったことで、【ロキ・ファミリア】の団員たちは手を取り合いながら喜びを露わにしている。

 

「助かったよ、アクス」

 

「フィン様、申し訳ありません。回復の出力が足りず……。今すぐ自動治癒魔法(オート・ヒール)を行使します」

 

 そんな盛り上がりを後ろで見ていたアクスであったが、奥の方からフィンがアキに救出部隊の編制を任せながらやってきた。真正面からリヴェリアに支えられながらゆっくりと歩いているため、回復しきることは出来なかったのだろうとアクスが謝罪しながら自動治癒魔法(オート・ヒール)の準備に入ると、彼はそれを固辞してきた。

 どうやらまだ殿を務めているガレスや他に脱出を図ろうとしている部隊が居るらしく、最悪を考えるとここでフィン自身を完全回復させる必要性は無いのだとか。

 

「いや、まさかオッタルに乗って来るとは思わなかったよ。解釈違いでうっかり血圧が上がってね。ハハハ」

 

「フィン。その様は何だ」

 

「やぁ、オッタル。僕自身の不手際だよ。ラウルたちに命を救われた」

 

 未だ傷が痛むのか、顔をしかめたフィンがこれまでに起こったことを説明する。

 アクスにとって生きていた闇派閥(イヴィルス)の幹部だったり、アイズにご執心な存在だったりとあまり気には留めなかったが、大抗争の最中も戦っていたオッタルは違うらしい。ようやく編成を終えて再びアジトに踏み込もうとしたアキたちの前に立ち塞がったオッタルは、彼女たちの苛立たし気な声を無視して闘気を漲らせる。

 いや、むしろ殺気と言い換えても良いかもしれない。数秒後に自分がバラバラになる錯覚を覚える程の濃密な気配をしばらく周囲にばらまいたオッタルは、『これぐらいか』と呟いてから道を譲る。

 

「皆、早く!」

 

 なにをしたのか──とは聞かない。本気とはいかなくともLV.7が殺気を飛ばした結果、どうなるかなど分かりきっていたからだ。

 なにより先ほどのやり取りで既に数分は経っているため、アキたちが次々とアジトの中へと入っていく。

 しかし、そんな彼女たちから離れたベートは、フィンの肩口から腹にかけてくっついている氷を除去しようと悪戦苦闘しているアクスに片手を出してきた。

 

「旗と魔法を貸せ」

 

「仰る意味が分かりませんが?」

 

「てめぇが持っていけねぇから、"治癒魔法の方を持ち運ぶ"んだよ。早くしろ」

 

 ベートがいう治癒魔法の持ち運びとは、読んで字のごとくだ。魔法を吸収し、任意で発動させるフロスヴィルトとその技術を転用したブリューナクにアクスの治癒魔法を吸わせ、仮にガレスや未だはぐれたままのリーネたちが動けないほどの重傷であれば即座に回復できるようにという寸法である。

 

 しかし、まさか弱者を『雑魚』と蔑むベートがそれを強請って来るとは思わなかった。フィンも『どういう風の吹き回しだい?』と尋ねたが、彼は『弱者は嫌いだが、愚図は助ける価値もねぇぐらい嫌いなんだよ』と言ってアクスの治癒魔法が込められたブリューナクとフロスヴィルトと共にアジトの奥へと姿を消した。

 あの口ぶりからすると『【ロキ・ファミリア】は助ける価値のある弱者』ということになるだろうか。一々翻訳が必要な面倒な幹部候補様だとアクスが苦笑いを浮かべていると、オッタルが戻ってきた。

 

「オッタル、感謝するよ。まさか、君が助けてくれるなんてね」

 

「このオラリオに闇派閥(イヴィルス)は必要ない。そう思っただけだ」

 

「そう言うことにしておこ……っ!」

 

「どうしたんですか?」

 

「おかしいんだ。()()()()()()()()()()

 

 途端にフィンの表情に影が差す。

 いつもは危険が無ければ即座に収まる親指の疼きが未だ止まらない。むしろ、絶え間なく押し寄せて来る鈍痛よりも酷くなってくるというあまり経験ことのない事象にフィンは考えを巡らせる。

 まずはガレスたちが危険であること。1番あり得そうだが、神の言う千里眼染みたことを把握できるほどフィンの能力は極まっていないために保留。

 

 次は救援部隊の危険。これは絶対ではないが、候補としては弱い。

 アイズたち上級冒険者の加わっているし、アキの編成も傍目から見れば問題なかった。

 なおかつ、オッタルが事前に殺気を放ってくれたおかげで道中の邪魔は入らないだろう。

 

 最後は──とフィンが考察する前に答えが出た。

 

「──カフッ!」

 

 肩口にこびり付いた氷を突き抜け、赤黒い華が咲く。口や傷口から血を噴出させたフィンは足から崩れるように倒れ、それが幕開けかのようにそこら中で悲鳴が轟いた。

 

「なっ! 治ったはずじゃなかったのか!」

 

回復薬(ポーション)持って来て!」

 

 治ったはずの傷が人知れず開き、そこから漏れ出た赤い赤い命の雫が石畳を汚す。見るからに異常なその様子に残された団員たちが総出で対象者の傷口を布で抑えるが、流れ出る血は一向に収まる気配がない。

 そこにラウルやアキたちと共にフィンを守っていたシフォンが叫ぶ。

 

「団長が受けたのと同じ……。呪詛(カース)かも!」

 

「だけどそれってアクスが解呪したんじゃ!」

 

 団員たちの問答で事態が錯綜する。傷や毒とは違って呪詛(カース)というものは実態がない。怪しい魔力が身体に残留しているかという判定方法はあるものの、完全に除去したかについては時間がかかってしまう。

 現状を鑑みれば、アクスの治癒魔法は呪詛(カース)を完全には除去しておらずに()()()()()。弱まった呪いが再び大きくなり、宿主を蝕んでいると考えるのが適切だろう。

 

「アクス君! 治癒魔法を!」

 

「いや、待て! このまま掛け続けるのか!?」

 

 団員の指示で再び治癒魔法を行使しようとするアクスを別の団員が止める。このままでは再発するごとに治癒魔法を掛けるというイタチごっこが生じてしまうため、アクスの精神力(マインド)や準備していた精神力回復薬(マジック・ポーション)が尽きる方が早いのだ。

 

 しかし、フィンたちをこのまま放置するわけにもいかない。そう判断したリヴェリアが検証のために何度か治癒魔法をアクスに賭けるよう指示を下すが──。

 

「アース・グルヴェイグ」

 

 黄金の魔法円(マジック・サークル)が展開したことで事態が一旦収束する。圧倒的な魔力をつぎ込んだ自動治癒魔法(オート・ヒール)により、呪詛(カース)の影響で独りでに開いていた傷口が無理やり修復されていく。

 再び傷口が開こうとするも次の瞬間には塞がり、それが何度も繰り返されるという力技にも程がある光景にリヴェリアたちが声がした方を向くと、そこにはロキとヘイズが立っていた。

 

「オッタル様。一応ですが、あなたは私の護衛なんですけど?」

 

「だが、フレイヤ様はアクスの身を案じておられた。それに血の匂いがしていた。俺が行かなければあいつは1人で走っていっただろう」

 

「まぁ、そうなんですけどねぇ。一声ぐらいかけても良いじゃありませんか。とりあえず、状況を報告していただけますか? ()()?」

 

 力押しのおかげで小康状態となったことを良いことに、ヘイズは笑みを浮かべながらアクスへ詳細を問いかけた。この場においてアクスが治療師(ヒーラー)の最高責任者としての言葉だったのだが、彼には『まだまだ未熟ねー。バカ弟子は』という嘲笑が聞こえたような気がしたのは秘密である。

 

***

 

 時はアクスがオッタルと共に現場に到着した時まで巻き戻る。一面が石造りの空間では、とある闇派閥(イヴィルス)の一方的な蹂躙が行われていた。

 嗜虐的な笑みを浮かべながら狂ったように笑う彼女の名前はヴァレッタ・グレーデ。【殺帝】(アラクニア)の二つ名の通り、人の命を奪うこそが己の至上だとする生粋のシリアルキラーだ。

 

 それでも彼女のレベルは5と【ロキ・ファミリア】の幹部候補たち並に高く、遭遇した2軍メンバーたちは碌な反撃も出来ずに殺されていく。

 

「んっんー♪ やっぱ久々に思いっきり殺るのは気分が良いなぁ!」

 

 近くで倒れている冒険者の血だまりに指を付け、壁に『ざまぁみろ、勇者!』と共通語(コイネー)で書き終えたヴァレッタは『さぁて』と言いながら機嫌良く振り返る。そこには全身から血を流すリーネが居た。

 全身をまんべんなく切り裂かれたことでろくに動けはしない彼女であったが、必死に後ろに隠した仲間を守ろうとヴァレッタを睨みつける。

 

「おぉー、感動の展開だなぁ。ちっ、反吐が出るよ」

 

 しかし、その行動が逆にヴァレッタの神経を逆撫でさせた。手に持った呪武具(カースウェポン)である黒い短剣を怒りに任せて振るい、何度も何度もリーネの身体を切り刻んでいく。

 だが、一息には殺さない。相手の絶望の表情を作り出しながら殺すのが彼女の最高の()()だからだ。

 その点から見ると、目の前のリーネは正に最高の素材(おもちゃ)と言える。ヴァレッタはゲラゲラと笑いながらいたぶるが、いつまで経っても泣き顔すら見せない彼女に段々と飽きてくる。

 

「はぁ、つまんねぇなぁ。そろそろ終わらせて逃げ……っ!」

 

 ため息を漏らしながら一息に殺して逃走に移ろうとしたヴァレッタ。気だるげに短剣を振り上げると……動きを止めた。

 フィンたちがかち込んできた入り口に繋がる通路から流れてくる殺気。気を抜くと発狂しそうなほどに濃密な死の気配に彼女は動けずにいるものの、状況だけでも把握しようと目玉だけを必死に動かす。

 

「フィンの野郎か!? いや、まさか。まさかまさかまさか!」

 

 あり得ない。【ロキ・ファミリア】(フィン)とは絶対に相いれないだろう強者(オッタル)を連想させたヴァレッタが口から唾を出しながら狼狽える。早く逃げなければ殺されかねないという考えにすぐさま飛びつきたかった彼女であったが、どうやら殺気にガチガチと歯を鳴らしていた死にぞこない(リーネ)の存在を放置する趣味はなかったらしい。

 

「なら、手早く済まさねぇとなぁ!」

 

 恐慌状態になりつつもヴァレッタの正確無比な刺突がリーネを襲う。しかし、彼女にとってその凶刃は、オッタルの流し込んだ濃密な殺気に比べると()()()()()()()()()()

 本来であれば動けないほどの恐怖を乗り越えたリーネは最後の力を振り絞るように身を捩り、狙いを致命傷ともいえる首からティオネやシャロンほどではないにしても十分に豊満といえる胸部に長剣と比べて刃渡りが圧倒的に小さい短剣を()()()()

 

「ちぃっ! 余計なもんぶら下げやがって!」

 

 死にぞこないが余計なことをしたことにヴァレッタは怒り心頭でもう1度刺そうとするが、LV.5の聴覚が【ロキ・ファミリア】が送り込んだ捜索隊の足音を知覚した。

 いくらLV.5でも上級冒険者を含めるとかなり分が悪い。そう考えたヴァレッタは名残惜し気に撤退を開始。そのあと少ししてからアキたち捜索隊が凄惨な現場へと踏み込んできた。

 

「あぁぁ、あぁぁぁ!」

 

「なんで!? なんで効かないの!」

 

「ロイドッ! ちくしょう!」

 

 血に彩られた空間の所々に打ち捨てられた仲間の躯。昨日まで同じ釜の飯を食い、不安ながらも都市最大派閥という旗を背負っているということを胸にお互いを励ましあった友が腕や足を切り飛ばされた状態で横たわっている。

 中には息のある者も居るが、呪詛(カース)の影響で治療した端から傷口が一向に塞がらない様子にアキたちの顔が絶望に染まる。

 

「アキッ! リーネもまだ息がある!」

 

 同行していたアイズの声が走る。生存者の報告に全員の視線が一気にアイズに集まると、そこには全身くまなく切り刻まれたリーネが壁に背を向けて座り込んでいた。呼吸が浅く、目も朧げ。見るからに半殺しだが、手当てをすればまだ間に合う範疇だ。

 治療師(ヒーラー)は胸に刺さった短剣を抜いてから回復薬(ポーション)や治癒魔法で治療を施すものの、先ほどのように傷が塞がった瞬間に再び開いてしまう。

 

 その呪詛(カース)の種類を定義するのであれば、『不治の呪い』だろうか。切りつけられた部分に対して癒しは効かず、ただ悪戯に血と体力を失っていずれ死に至らしめる制作者の性格がにじみ出ているかのような呪いだ。

 対処方法はただ1つで、呪詛(カース)を解呪して治療を施すのみ。ラウルの予知染みた言葉にアクスとアミッドがのっかってくれたおかげで何本か送られてきた試作品の存在を思い出した団員は、すぐさま元来た道を駆け出そうとする。

 

「アミッドから送られた魔道具(マジックアイテム)を取ってきます!」

 

「効かないわ! 団長にも試したの!」

 

 しかし、それをアキは制した。再び傷が開いたリーネに試作品の魔道具(マジックアイテム)を使ってはいるものの、傷が開くまでの時間が多少遅くなるばかり。それほどまでに強い呪詛(カース)に対処することが出来ずに項垂れるアキやアイズの耳に、ベートの怒鳴り声が届いた。

 

「ざまぁーねぇな、お前ら! 何度も言っただろ、雑魚は足手まといなんだ! ……だが、安心しな。()()()()()()()()からの届けもんだ」

 

 突如として石畳を踏み砕く轟音が空間に響く。すぐさま15Мの巨大な魔法円(マジック・サークル)が展開されると、今まで息がありつつも死を待つのみであったリーネたちの傷が塞がっていく。しばらく待っても一向に瑕が開かないため、助かったと安堵するのも束の間。ここはアジトの真っただ中ということもあってアキの号令で彼女たちは手遅れだった仲間の亡骸を回収し、即座に元来た道を戻ろうとしていた。

 

 すると、奥に続く通路から巨大な何かがゆっくりと近づいてくる。その接近に1番早く気づいたアイズがアキに警告してから応戦の構えを取るものの、すぐさま構えを解いた。

 

「ガレスッ!」

 

「おぉ、アイズか。……この様子じゃと素直に喜べんな」

 

 ガレスが動けなくなったラウルやティオネたちを纏めて背負った状態で姿を現すが、血濡れの空間や事切れた団員の亡骸に目を伏せる。

 ラウルたちも唇を噛み締めながら悔しさを露わにするが、1歩も動けないので何も行動に移すことが出来ないでいた。

 

「話は後にするぞ。ひとまず、遺体は丁寧に運べ。それとすまんが、誰か1人か2人受け持ってくれんか? 重くてかなわん」

 

「なっ、ガレスさん! 私たちが重いって言い方いけないと思いまーす!」

 

「仕方なかろう。儂だって疲れとるんじゃ」

 

「おい、爺。それならこれを使え。アクスの治癒魔法が入ってる」

 

 いくら【耐久】や【力】が秀でたドワーフでも、先ほどまで死闘を繰り広げていた後に全員纏めての運送は響いたらしい。文句を言う団員を宥めていると、唐突にベートがブリューナクを投げ渡してくる。

 事情を聞くと『気が利くのぉ』と目を細めて使おうとする──次の瞬間だった。

 

「……ガフッ!」

 

「ゴホッ! ゲホッ!」

 

「リーネッ!? アンジュもしっかりして!」

 

「また傷が開いてるぞ!」

 

 呪詛(カース)の再発に全員が騒然となる。治癒魔法では血という人体に必要な物質の補填は難しいため、体力が急激に失われて冷たくなってくるリーネたちを担ぎながらすぐさま移動させようとするも、団員たちのは明らかに動揺していた。

 

 これ以上の死者を出さないために急ごうにも牛歩のごとき歩みで撤退する中、ガレスの声が走る。

 

「アキ、1番酷い怪我はどいつじゃ?」

 

「えっ、あっ……リーネの胸の刺し傷です!」

 

 担いでいたリーネを下ろして胸部を指差すアキ。ポッカリと開いた刺し傷から滝のような血が流れているため、早く止血しないと手遅れになる。

 すると、アキからの報告を聞いたガレスはブリューナクの穂先とリーネの刺し傷を何度か見た後に、『フンッ!』と気合の籠った声と共にブリューナクの柄をもぎ取ってしまう。

 

「爺! 何してやがる!」

 

「ちょっ、ガレスさん! それ借り物!」

 

「高いのに……」

 

「分かっとる、それよりも集まれ!」

 

 無理矢理反論を黙らせたガレスは全員が集まったことを確認すると、『耐えるんじゃぞ』とリーネに呟いてからおもむろにブリューナクの刃先をリーネの胸の刺し傷に突き刺した。さらに傷口を広げたようでくぐもった悲鳴と周囲の悲鳴が混じる最中、ブリューナクに込められていた治癒魔法が発動。全員の体力などがあっという間に回復する。

 

「これで呪詛(カース)が再発しても血が漏れることはないじゃろうて」

 

「なんという力技」

 

 見ればブリューナクの刃先に沿って傷がぴったりと密着している。これならば引き抜かない限りは呪詛(カース)によって傷口が開こうとも、刃先が栓になって先ほどよりも出血量が抑えられるはずだ。治癒魔法で全員が漏れなく回復したこともあってか、その後は全速力で入り口を目指す一向の前に黄金色の魔法円(マジック・サークル)が見えた。

 

「戻りました!」

 

「儂もじゃ!」

 

 アキたちが戻ってきたことですぐに報告が為される。報告を聞きつつも、思った以上に呪詛(カース)の被害が大きいということでフィンはベートにアミッドを連れてくるよう指示を出した。

 既に伝令役が【ディアンケヒト・ファミリア】に向かっているものの、いち早く治療をしないと危険だという判断から『アミッドだけでも連れて来い』と具体的にオーダーを出し、それを聞いたベートは軽く舌打ちをしながら水路を凄まじい勢いで走っていく。

 

「はい、これで2回目は終わりです。後はお約束の()()()の魔法を唱えてからお暇致しますね~」

 

「あぁ、助かるよ」

 

「ふん、バカ弟子を使って要求を引き出したあなたにお礼を言われても嬉しくないですよ」

 

 そう言って3回目の自動治癒魔法(オート・ヒール)を唱えたヘイズ。アクスに対してだけは笑顔で手を振り、オッタルと一緒に水路を抜ける道を歩いていく。

 本来は2回目の魔法の行使で撤退予定の彼女たちであったが、ここに来る前にアクスが行ったおもてなしを『報酬』としてヘイズに1回分の魔法の行使を引き出したのだ。これはアクスがヘイズに『おもてなしをしたい』と言ったその時にロキとフィンが即座に思い付いた悪だくみで、彼女はそれに応じてしまった。

 

 あくまでも1回。それも主神の命令外なので自己責任とはなるが、魔法の1回ぐらいならば許容範囲だとしてヘイズはオッタルに一応確認を取ってから治癒魔法を行使。ただ、良い様に誘導されたアクスやそれを楽しんだ彼女の気持ちを弄ぶようなフィンの悪辣な手段に『あんの【勇者】(ブレイバー)!』と帰り際に叫んだとか、叫ばなかったとか。

 

***

 

「フィン、使()()わ」

 

 ロキはそう言うと、仲間の亡骸を前に泣き腫らしている団員たちに向かって大声を張り上げた。

 

「皆! これから言うことをしっかり聞いとき!」

 

「ロキ! こんな状況で何を言っているのですか!」

 

「仲間が死んでるんだぞ! 何考えてんだ!」

 

 当然、しんみりとした空気をぶち壊したことでロキに非難が殺到するが、彼女は用件だけを伝える。

 

 これから行うことは忘れること。

 例え忘れるのは無理としても、外は当然として仲間内でも本拠(ホーム)内でも口外はしないこと。

 話題に出しただけでも罰則。最悪、遠征やダンジョンに行けないよう飼い殺しと監視付きになること。

 この罰則については三首領であっても例外ではない。ただ、神であるロキにだけ相談や質問を受け付ける。

 

「なんですか、それ」

 

「飼い殺しって、正気ですか! リヴェリア様も何か言ってください!」

 

「決定事項や。詳しいことも言えへんけど、自分らの目で見て判断してからうちに会いに来ぃ」

 

 聞けば聞くほどとんでもない誓約を課せられたことに再び非難囂々の団員たち。それでもロキは言いたいことを言ったと納得してからアクスの方を向き直った。

 

「アクス、()()わ」

 

「承知しました」

 

 許可は出た。これより先は『神の意志』によるものだとアクスは死者の前で手を組み、祈るように詠唱を言祝ぐ。

 

──死と再生の象徴よ、我が声に耳を傾けたまえ。癒しを求める者よ、我が声に集まりたまえ。

──我が癒し、万物(なんじ)を救う。万物(なんじ)は助け、我を救う。

──誓いをここに。

──我は侵された者の安寧を願う者。

──我は傷ついた者を癒す者。

──我は膝を折った戦士を立ち上がらせる者。

──我は冥府の領域を侵す者。されど、その対価を冥府に放り投げる者。

──この誓いに基づき、我が行使する。

──ケーリュケイオン

 

 団員たちの知らない()()が付け加えられたことで、アクスの魔法円(マジック・サークル)がさらに輝きを増す。目も明けられないような眩い光の中、魔導士たちは神が送還される時によく似た強大で膨大な力を感じていた。

 

 周囲に散らばった光をアクスは手繰り寄せる。光はそれぞれ人の形を成していき、すっかり冷たくなった身体へ入っていった。

 

「さぁ、本拠(いえ)に帰りましょう」

 

 人は死んだ後にこそ真の価値が分かると言われている。周囲で泣いた人の数だけ、想ってくれた人の数だけその人は尊く、誇りある人だったと人々は再確認するのだ。

 遺された人もそうだ。いつか別れると知りながらも共に過ごし、死んだ者の遺志を引き継ぐ。受け入れられないこともあろうが、流す涙を飲み込んで進み続ける。否、進まなければならない。

 

 だが、この場所。この瞬間だけはその認識、その法則を()()()()()

 死者が生者に思いを託すのではなく、生者が居なくなった死者を想って悲しむ必要もない。

 死者が自らの内に秘めた思い──全ての人がそれぞれ思い描く憧憬。『願望』と呼ばれる物へ進むための足を再び取り戻そうとアクスは彼らに言葉をかけた。

 

「あなたたちはまだ、何も成し遂げてはいませんよ」

 

 彼の発破ともいえる言葉が聞こえたのだろうか。やがて、動くはずのない指先が痙攣したかのように動いた。

 

***

 

 【ディアンケヒト・ファミリア】からアミッドを明らかに物扱いで連れてきたベートがその光景に珍しく身体を強張らせた。

 手足を切られたり腹部を深く貫かれたりなど様々だったが、明らかに死んでいた者が蘇って朗らかに談笑している。その光景を信じられないように眺めていると、肩に担いでいたアミッドがベートに短く『使いましたか』と呟いた。

 

 ──なんだそりゃ。

 

 傷だらけの狼が初めに負った傷に思いを馳せる。

 1番初めに見た守るべき存在(いもうと)。いつも自分の後ろをついて回るお転婆が()()()()となった時、彼は弱肉強食の理を理解した。

 

 ──なんで()なんだ。

 

 (きず)が疼く。

 思い返すは弱くて小さかった頃。自らよりも小さく、目が離せなかった彼女(レーネ)()()()。この時から彼は弱さが罪であることを知った。

 

 ──どうして今更現れる。

 

 悲恋(きず)の味がさらにベートを苛立たせる。

 思い起こすは【ヴィーザル・ファミリア】の頃。草原の主を屠り、オラリオに戻った際に見た彼女(セレニア)の躯。この時から彼は誰も哭かせないよう、大事な存在を遠ざけることを覚えた。

 

 ──なら。

 

 もはや抑えられない傷の痛み(かこ)に、ベートはがむしゃらに走り出す。

 

 ──なんであの時、助けてくれなかった! 

 

 これはいわば八つ当たり。ベートがそれを自覚したのは、新たに付け加えられかけた傷を癒してくれた存在に向かって拳を振った後だった。

 

***

 

 天界へ向かうはずだったいくつかの魂が地上へ戻っていく。アルカナムとは異なる権能の力によって魂の動きを知覚した死と転生の神(タナトス)()()()その光景に吹き出さずにはいられなかった。

 

「ハハハッ! ハハハハハ! 下界の可能性はすごいね! まさか、()()生き返るなんて! しかも、()()()漂白は全っ然ない! そりゃそうだよな、死に立てほやほやだもんなぁ!」

 

 天に帰った子供たちの魂は酷く汚れた状態だ。汚れの素は生前の行いだったりと様々だが、『記憶』もそれに含まれる。

 それらを綺麗に『漂白』し、次の転生先へと受け渡す。それがタナトスのライフハックで、大好きな光景であった。

 

 ただ──。

 

「これで()()()だっけ。ほんと……許せないよね。マジで興醒めなんだけど」

 

 仕事神様(ワーカーホリック)であることを自覚している彼にとって、自らの領域を何度も容易く踏み越えられることは許しがたいことだった。

 しかし、彼は神。自分よりも遥かに劣る下界の子供がまさか、自分でもおいそれと出来ないことを成し遂げたことに拍手をしながら賞賛したい気持ちもあった。

 そんな二律背反の感情によってタナトスの表情が、憤怒の感情を露わにした顔色や穏やな笑みなどコロコロと変わっていき、やがて何かろくでもないことを思いついたような邪悪で粘着質な笑みで固定される。

 

こんなことをするすごい(わるい)子には、祝福(のろい)をあげないとね。喜んでくれるかなぁ? 




あんなアホでポケポケっとした子がこんなに成長して…。あーしは、あーしはぁ!
というわけで原作死亡キャラ生存確認!(これがやりたかった)
デメリットに関しては次話で。

オッタル
 怖気づいたアクスを不器用ながら励ましたり、予め殺気を放って完成したナイスミドル。
 こういう時だけ役に立つな、お前。と言ってはいけない。

ブリューナク
 治癒魔法を持ち運ぶ役割。これがやりたかったパート2。
 なお、ガレスにへし折られた模様。次のブリューナクが彼よりもうまく立ち回るでしょう。知らんけど。

呪詛(カース)
 呪詛(カース)は怪しい魔力という描写があったため、癒しの力で弱体化出来るのではと思って再発仕様にしました。
 アミッドの全力治癒で解呪できるものがアクスに出来るわけないじゃないということっす。
 ただ、それだと呪詛(カース)が強すぎるのでオートヒールで無理矢理抑え込んだり、上から新たに傷を作って密封するような小細工で帳尻を取りました。
 また、本来は出血多量などで死亡する方々については治癒魔法や副次効果であるステイタスアップによって【耐久】が上昇。くたばりにくくなった感じです

ヘイズ
 デート代が高くついたお方。後にフレイヤから『デートはどうだったかしら』と興味津々で聞かれる模様。

リーネ
 オッタルの殺気と貧乳回避の対を成す存在である巨乳防御で一命をとりとめた人。

ベート
 過去の傷口を次々と抉られて、ついつい殴っちゃった人。アクスにとっては理不尽だが、彼の事情を鑑みれば仕方がないと言えるんじゃないかなぁと。

タナトス
 精一杯の祝福を君に。
 記憶については概ねタナトスの言った通り。魂が漂白されてしまったからというのが原因です。
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