ディアンケヒト・ファミリアの末っ子   作:マジックテープ財布

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61話:猟犬

 どうやら皮肉にも【ロキ・ファミリア】の中で1番クノッソスの鍵に近かったのは、本拠(ホーム)から追い出されたベートだったようだ。

 レナを探しに向かったアイシャたちがベートを見つけた時、彼女は既に暗殺者に襲われた後で命の火が消えつつあった。リヴェリアとアイズは懸命に治療をするが、それは徒労に終わる。

 

「本当なの? 本当にあのレナが!?」

 

「本当さ。【九魔姫】(ナイン・ヘル)が【ディアンケヒト・ファミリア】に連れていくために抱きかかえてたんだが、……ピクリとも動きはなかった」

 

 リヴェリアの手で抱き上げられたレナの手が力なく垂れ下がった様子を詳細に語ったアイシャは、アマゾネスたちの前で無様を晒せないのか必死に拳を握り締めている。

 

 だが、彼女の話にアクスは内心で首を傾げていた。秘薬であれば別れる前にリヴェリアが数本持って行っているし、たしか彼女もアミッドほどではないにしても治癒魔法は使えていたはずだ。

 それにアイズも一緒ならば冒険者の嗜みとして回復薬(ポーション)ぐらいは持っているはず。それらを併用すれば、少なくともアイシャが言っていた状況には陥らないだろうことをアクスは尋ねかけたところ、フィンが最小限の動作で彼の口を手で塞ぐ。

 

「あぁ、君の懸念は多分当たってる。……けど、今は僕に任せてもらえないかい? ラウル、アキ。君たちからも団員たちには上手く言っておいてくれ」

 

『はい』

 

 いつの間にか後ろで話を聞いていたラウルたちがアイシャの話を聞いて首を傾げている団員たちに説明を開始すると同時に、フィンは彼女に詫びを入れる。

 【ロキ・ファミリア】の団長から謝罪ということで後ろのアマゾネスたちは驚いたものの、彼は自分たちが行っていた調査を今回の首謀者──闇派閥(イヴィルス)に悟られたことを伝え、『自分の読みが外れた』と全面的に【ロキ・ファミリア】が悪いと話したのだ。これは仮にギルドが仲裁に入った場合、全てが【ロキ・ファミリア】の責任となりかねない危険行為でファミリアを守る団長が絶対に言ってはいけない言葉でもある。

 

「そんな謝罪は必要ないよ、【勇者】(ブレイバー)。あんたたちも鬼の首捕ったみたいに騒ぐのは止めな、みっともない」

 

「で、でもアイシャ……」

 

「こいつらがレナとかを殺したのかい? むしろ助けてくれた方だろ? 私も助けてもらったクチだから、今は黙っておきな」

 

 冒険者──そして強い雄を見ると見境が無いアマゾネスにとって『いま、なんでもって……』のような食いつきようをアイシャが諫める。その強い眼光には暗殺者に対する怒りと憎悪に塗れており、その近づきがたい振る舞いにアマゾネスたちは一気に静かになる。一切歯向かってこない様子に『まったく』といつも通りの姿勢に戻った彼女は、改めて謝罪が不要なことをフィンに伝えつつもリヴェリアやアイズから聞いたことを基に考え出した自身の見解を語りだす。

 

「それに【ロキ・ファミリア】(そっち)が動かなくても……遅かれ早かれ元【イシュタル・ファミリア】の眷属(わたしたち)は襲われていたと思うんだ。違うかい?」

 

「おそらくは合っているよ。【イシュタル・ファミリア】は()()()やっていたみたいだからね。()()()()にも力が入るのは仕方ないんじゃないかな」

 

「あぁ、そうだね。ったく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()……。あの女神様は居なくなっても私たちを振り回すのかい」

 

 言及こそされなかったものの、アイシャはイシュタル自らが副団長のタンムズを連れて妙な組織に出入りしていることやそこの『鍵』の存在を【ロキ・ファミリア】が既に掴んでいることに冷や汗を流す。

 しかし、全ては天界に送還されたイシュタルに全ての責任を被せ、自分たちは『噂を聞いただけ』と知らぬ存ぜぬを決め込んだ。死人──この場合は『送還された神に口無し』と言うのだろうか、いずれにせよ妙な連中こそが闇派閥(イヴィルス)の残党であることを薄々ながら気づいていたアイシャにとって、この話題はなるべく避けたい事柄である。

 

 『自分たちはあまり知らない』という信憑性を持たせるために忌々し気にイシュタルが還った天を仰いだアイシャは、話題を逸らそうと先ほどの謝罪内容について怒り出す。

 彼女たち、戦闘娼婦(バーベラ)は読んで字のごとく戦闘も出来る娼婦だ。特にアマゾネスという種族は己の強さを誇りとしている。

 守れなかった、助けられなかったと弱者のように扱われるのは彼女たちにとって侮蔑と同義。そこだけについては謝罪するのは御免だとアイシャは訂正を願い出た。

 

「そうだね。すまない、そちらの矜持を傷をつけてしまった」

 

「良いさ。命拾いした奴が多いのは本当だからね」

 

「実際に助けたのはあっちに居るアクスなんだけどね」

 

 そう言いながらアクスの方を向く2人。しかし、その視線の先にはガレスの非常に安定感のある身体に寄りかかり、口をむにゃむにゃと動かす子供の姿が映る。

 暗殺者だのなんだのですっかり忘れていたが、今はもうド深夜である。その証拠にいつもは冒険者で賑わっているバベル1階(ここ)も、今は【ロキ・ファミリア】、【ガネーシャ・ファミリア】、アイシャ含めたアマゾネスたちだけとすっかり人気がなくなっている。

 

「ロキの言う"電池切れ"ってやつかな」

 

「子供かい!? ……あー、子供だったね。そう言えば」

 

 大勢のアマゾネスを救った治療師(ヒーラー)が子供とは未だ信じられないようにアイシャは言うが、紛れもなく事実だ。

 ただ、言い訳をさせてもらうとこの時間のアクスは『おねむの時間』ということもあるが、なにせ本日の彼は色んな所に行ったり治療行為を行ったりと大忙しだった。さらには未だ続く雨に降られ、否が応にも体力が削られていく。

 結果として、このように子供特有の突如としてスイッチが切れる事態になるのも致し方なかった。

 

「ガレスさんずるい! 私も抱っこしたい!」

 

「口むにゃってるな。なんか詰めてみるか」

 

「やめんかっ! ……それにしても、これがあれになるんじゃろうな。時の流れというものは残酷じゃわい」

 

 なにやら群がられているガレスから【ロキ・ファミリア】がオラリオに来る前。具体的には未だ炭鉱で働いていた彼を仲間に加えるという時にロキがしていたやり取りが聞こえた気がしたフィンは、ジロリとガレスを睨んだ。

 いったい誰が()()で誰が()()なのだろうか。そのことは後でしっかり、じっくりと話し合おうと目で合図を送っていると、アイシャが『そういえば』とあの場に居たベートのことを話し出す。

 

 レナが死んだ時、アイシャは思わずベートに殴りかかろうとした。口はたしかに笑っていたし、人を相変わらず『雑魚』と罵るその減らず口が赦せなかったからだ。

 しかし、彼女は彼の顔を見て思い留まる。なんてことはない、彼がとてつもなく()()()な雰囲気を醸し出していたからだ。

 必死で掴んだものが呆気なく手の平から零れ落ちるような……運命だと割り切ろうとしながらも自責の念で押し潰されそうな()()()()()()。その雰囲気に付随して徐々に物憂げな表情へと変わっていく。

 そんな顔を見せられたら、いかにアイシャでも殴るに殴れなかった。

 

「ベートさんが?」

 

「いや、あいつがそんな顔するわけないでしょ」

 

「でもさ、あいつの言う"雑魚"は発破のつもりってリーネも言ってたよ?」

 

 今までの彼とは180度──まさに別人と思わせるようなベートの様子を語ったアイシャに疑惑の目が向けられる。しかし、実際に見たのだから仕方が無い。まるで嘘吐きのような視線を向けられた彼女は『後で【九魔姫】(ナイン・ヘル)や【剣姫】にでも聞きな』と鼻を鳴らしてそっぽを向くと、今まで長考の構えを取っていたフィンが突如としてこんな決断を下す。

 

 ベートを()にしよう──と。

 

***

 

 フィンが決断を下した数時間後。闇派閥(イヴィルス)に雇われた暗殺者を全て平らげたベートは()()()()()()を頼りに、元【イシュタル・ファミリア】のテリトリーに存在するとある地下へと降り立っていた。

 そこでは闇派閥(イヴィルス)の幹部であるヴァレッタが待ち構えており、彼女の使い勝手は悪いが持続的にステイタスを下げることが出来る魔法によってベートは実力を半分も出せずに消耗戦を強いられてしまう。

 

 時間を掛けるごとにベートは弱り、いずれは呪武具(カースウェポン)の毒牙が突き刺さる。そうなればおしまいと勝ちが確定している状況に、ヴァレッタが勝ち誇ったような声で彼や【ロキ・ファミリア】。そして最後にレナのことを話したことで、ベートの中にあった『決意』という名の鎖を砕き──己の(きば)を解き放った。

 

 それは魔法の詠唱だった。世界に向かって吠えたものの、力及ばず倒れて行った弱者──レナの名前を魂に刻み込むようにベートは力強く唱える。

 ファミリアでも知っている者は限られているこの魔法は、ベートの傷そのものだ。そのため彼は中々披露したがらないが、その効果はあらゆる魔力どころかダメージまで食らって火力へ転じる規格外である。

 数々の妨害をものともせずに魔法が行使された瞬間。闇派閥(イヴィルス)たちの魔剣やそれによって発生した傷を食らった炎は巨狼の姿を取り、ベートの動きに合わせて{爆ぜた}。

 それでも勢いが納まらない炎は瞬く間に舐めるように周囲に広がっていき、極限まで高められた破壊力は真上へ──厚い岩盤も難なく食い破る。地上どころか天高く登ったでたらめ過ぎる火柱は、まるでベートの情念が乗り移ったかのように荒々しいその火力はどんよりとした夜天の雲を晴らして()()()()を出現させた。

 

「る"あ"ぁぁあっ!」

 

 その後は一方的な蹂躙だった。レベル差を見れば当然の帰結だが、ステイタスダウンしたにも関わらず闇派閥(イヴィルス)を蹂躙するという『規格外』にヴァレッタたちは動揺を隠せずに狼狽える。

 それでも死後の進路をタナトスから約束されている眷属たちは半狂乱になりながらも数人がかりで呪武具(カースウェポン)をベートに見舞おうと果敢に襲い掛かるが、その悉くが彼には届かない。

 そうこうしている内に火柱を見たアイズが大穴から飛び降りて来るものの、ベートはあろうことか助力を拒否。改めてヴァレッタの方を見ると、どうやら助力をはねのけて1対1へ持ち込んだことが相当気に食わなかったようだ。

 

「ふざけやがって……ふざけやがって……。舐めてんじゃねぇぞぉ!」

 

 先ほどまでの地獄の惨状を目の当たりにしたことで怯えてしまった彼女だが、ベートの舐め腐った態度に闘争心を取り戻した。やや冷静さを取り戻した彼女が周囲を見渡すと、『兵隊』は全滅だが未だ自身の魔法が健在であることに気付く。

『しめた』と内心で笑みを強くしながら確実に目の前の手負いの獣を打ち倒す算段を組み立てては不敵な笑みで呪武具(カースウェポン)を構える──が。

 

「攻撃魔法だけじゃ……ない!?」

 

 ──そう。ベートの魔法は受けた攻撃魔法やその傷()()を糧にするわけではない。

 正に腹を減らした貪欲な獣のごとく、攻撃、呪い、癒し、結界と様々な魔力を餌とする。それはすなわちヴァレッタが丹精込めて拵えたステイタスダウンを引き起こす結界に使用した魔力すらも吸い上げ、最終的に食らい尽くした。

 

「らぁっ!」

 

「がっ!」

 

 ステイタスダウンがすっかり解除されたベートの怒涛の攻撃が止まらない。

 拳、蹴りと全身を使った連続攻撃と身を焦がすほどの炎がヴァレッタを襲ったことで、彼女は既に戦闘不能を通り越して瀕死の状態だった。

 

「ゆ、許してくれ! まだ死にたくねぇんだよぉ!」

 

 骨が砕かれ、所々が炭化した顔をぐちゃぐちゃに歪ませながらヴァレッタはみっともなく命乞いをする。1歩間違えれば即座に命を刈り取られる距離なため、醜い薄ら笑いを浮かべながらも彼女は横暴な熱弁を投げかけた。

 冒険者は死亡率が著しく高い職業だ。それが早いか遅いか、ダンジョンで食い殺されるか人間に殺されるかの違いでしかない。

 そのような危険な職業に身を置いているからこそ、『ヴァレッタや暗殺者に殺されても自己責任』。横暴すぎる弁解だが、強者が弱者を踏みつけるのは正しい自然の摂理と考えるベートは納得する。

 

 だが、その弁解は無意味だ。

 なにせ、この状況ではヴァレッタは明らかに弱者の側に立っている。それをどうこうしようがベートの勝手だし、それが嫌ならベートの言う強者になるしかない。

 

「ベートさん、鍵……」

 

「うるせぇ、近づくな!」

 

 そんな見るからに八方塞がりの状況。何としても生き延びたいとヴァレッタが打開策を模索し続けていると、アイズの言葉に意地の悪い笑みを浮かべる。ズタボロの手をすっかり外套の意味を成していない切れ端のポケットに入れ、血まみれの手で()()を掲げた。

 

「見ろぉ! お前たちの欲しがってた鍵だぁ!」

 

「っ!」

 

「それを寄こせ」

 

 ベートたちの視線が一気に目玉のような球体に向く。その反応から『ビンゴ』とほくそ笑んだヴァレッタが声を大にしながら力を振り絞って振りかぶる。

 

「そんなに欲しいのか? なら……こうだぁ!」

 

「ちっ、アイズぅ!」

 

 地下室の中央付近に放り投げられた鍵の行方を追ったベートが落下地点付近に居たアイズに呼びかけ、彼女もそれを掴もうと走り寄る。

 

 だが──。

 

「これ、偽も……」

 

 アイズが言い切る前に周囲は閃光に包まれる。光はすぐにおさまったが、鍵を確保しようと必死になっていたアイズはもろに光を見てしまったことでその場から動けなかった。かくいうベートも咄嗟に片眼を閉じてやり過ごしたものの、周囲を見るとヴァレッタの姿が無い。

『逃げられた』と悟った彼は匂いを辿ろうとすると同時にヴァレッタの悲鳴と()()()()()()()()()を知覚する。

 

「なんでてめぇらが居やがる」

 

 地上から見下ろしてくる4人のパルゥム。ガリバー兄弟にベートが吠える。

 【フレイヤ・ファミリア】は【イシュタル・ファミリア】を潰したという元凶ではあるものの、この状況においてはあまり関係が無い。なので内心ではヴァレッタに逃げられなかったことに安堵する一方で横槍を入れられたことに憤慨していた。

 

 しかし、その怒号を聞き流したアルフリッグは槍で焦げた石床を叩く。

 

「俺たちは火柱を見ただけだ」

 

「原因を調べようとしていたら、ちょうど薄汚いのが上がってきたから()()()()()()()わけだ」

 

「そういうわけだ。【凶狼】(ヴァナルガンド)、猟犬なら猟犬らしくちゃんと始末しておけよ」

 

「そうだぞ、ヘマをしてフレイヤ様の庭に薄汚い蜘蛛を放ってみろ? 殺すからな」

 

 すっかり敵意を感じない4人が去っていくと、ベートは舌打ちをしながらヴァレッタに近づく。すっかり戦意喪失した彼女は後ずさりながら鍵を差し出しながら命乞いをするが、手に持っていた球体は粉々に砕けていた。

 

「やめっ……殺さな……」

 

「燃えろ」

 

 もはや残す手立てはないのだろう。うわ言を呟くヴァレッタに、ベートは慈悲の欠片もなく業火をぶつけた。囂々と燃え上がる炎の雄叫びにヴァレッタのか細い悲鳴が呑み込まれ……後にはただの()()()()()()()が出来上がった。

 

***

 

 さて、ここまでの流れが昨日の深夜から本日の朝方にかけて起こった出来事である。何が言いたいかと言うと、リヴェリアへ伝令をするためにレフィーヤたちに治療院までおんぶしてもらっていたアクスはそれ以降の事件に一切関与していなかった。

 そんな彼が目を覚ましたのは、すっかり朝の営業時間が始まった頃合いだった。なぜ、営業が既に始まっていることに気付いたのか。それは──。

 

「お、目が覚めた」

 

「店員さーん、この子持ち帰りで!」

 

「非売品です。むしろ、私も欲しい! アミッド様とセットで!」

 

「お前、今日は薬の製造補助だっただろうが! さっさと調剤室行けよ!」

 

 様々な喧騒が聞こえる中、アクスは周囲の状況を確認するために右から左へ視線を移していく。

 個々は治療院のエントランスの片隅。彼の足元には赤いふわふわのマットが敷かれており、マットの外側には何かが書かれたプレートが鎮座していた。

 

睡眠中

お手を触れないでください。

起こさないでください。

おやつを与えないでください。

 

 まるで見世物小屋のような扱い。いつも末っ子扱いしてくる団員たちがこんなことはしないだろうと首を傾げていたアクスであったが、タイミングよく諸悪の根源(ディアンケヒト)が騒々しい声を轟かせる。

 

「フゥーハハハァー! アクスのごめん寝を一目見た時にいけると思ったが、想像以上の大盛況ではないか! やはり、儂の思惑は間違いではなかったなぁ! マルタァ!」

 

「そうですね。使用した分の薬を補充するために作業をしていた調合室に騒ぎながら現れ、バカバカしい提案をした後にアミッド様含めた全員に平手打ちを食らったにも拘らず、1人でああいった準備を為されたディアンケヒト様?」

 

「……流石に言い過ぎではないか?」

 

「……送還すれば良いのに」

 

 マルタのトゲしかない言い方にディアンケヒトはかなり落ち込むが、やらかしたことを鑑みればさもありなんとしか言えなかった。

 

 昨夜の騒動で精神力枯渇(マインドゼロ)による昏倒スレスレまで魔法を使いこんでしまったアミッドや治療のために深夜を超えても尚、治療院中を走り回っていた団員たちは日付が変わってしばらく経ち、レフィーヤたちが何をやっても起きない様子のアクスを連れてきた頃にようやく休むことが出来た。

 しかし、暗黒期の経験から各自の部屋に行くのではなく簡易的な設備しかない休憩室で雑魚寝。さらには襲撃を警戒して持ち回りで見張りを行い、最終的に全員満足に睡眠が出来たのは1時間が限界ほど。これでは疲れが取れるわけがない。

 

 それでも彼らは魔石灯の光が眩しかったのか、呻きながら両手を交差させながら目元を隠す『眩しい寝』から土下座をしているような恰好の『ごめん寝』に移ったアクスに癒されつつも頑張った。それはもう頑張った。

 戦闘経験も碌に無い新人すらも動員した上で倉庫代わりの本拠(ホーム)を含めた【ディアンケヒト・ファミリア】の敷地を見張り、割かし安全が確保された上でアミッドと薬師(ハーバリスト)が目を充血させながら今回の騒動で使用した秘薬を再び補充しようと作業に入る。

 

 そんな修羅場も真っ青な現場で唯一救いだったのが、呪詛(カース)や治療技術の向上を理由に【ロキ・ファミリア】から出向してきたリーネの存在だった。

 いくら2軍でも遠征に参加している都市最大派閥の一員。そこらへんのLV.1よりも遥かに使()()()ため、調合で見張りの状況を全く確認できなかったアミッドたちに代わって責任者になってもらう運びとなる。

 数十分おきに知らせて来る細かな報告にアミッドたちは非常に安心しながら作業することが出来、リヴェリアが秘密裏に運んできた()()()()()も彼女も多少手伝ったことで無事に快癒した。

 

 そうして長かった夜も終わり、日が昇り始めた──ところで年齢や最前線で走り回って治療をしていた背景を鑑みて寝かせたままだったアクスを()()()()()()()引っ張り出してきたディアンケヒトがやってきた。

 彼曰く、この恰好が『バズる』らしい。その言葉が何を意味するのか見当もつかなかったが、ただでさえ睡眠不足の中で全員が頑張って作業をしているのに、ここまで元気な姿や低血圧気味の状況で浴びせかける大声。そして客寄せの一環でアクスをエントランスに置いておきたいという『寝かせてやれよ』という当たり前の不満が引き金となり、全員からの平手打ちが飛んだのは言うまでもない。

 

 閑話休題。

 それでもたった1柱でここまでの準備をしたところから見るに、眷属たちが忙しくする中で自分だけ暇なのが嫌だったのだろうか。

 いや、ディアンケヒトの性格的に『眷属たちが頑張っているのに儂がのんびりできるか』という主神としての考えや、『うちの眷属は可愛いだろう』などといったいささか方向性が異なる愛情よりも、金儲けに対する欲求の比重が少々大きかったゆえの暴走だろう。

 相変わらず愛情を眷属たちに向ける主神に『分かりにくいです』と窘めながら、マルタは人の波を掻き分けてアクスを回収してくる。

 

「マルタお姉ちゃん、おはよう」

 

「皆働いてるのにお寝坊をする人は誰ですか~?」

 

 寝ぼけているのか()()呼び方になったアクスを一旦強く抱きしめたマルタは、アクスを下ろしてから少し前にアミッドから話された今日の予定を話し出した。

 どうやら今回のアマゾネス狩りは収束したらしい。なんでも見張りなどで起きている者しか見ていなかったが、歓楽街の方から巨大な炎が天の伸びた様子を見たリヴェリアとリーネがそう判断したのだとか。

 

「アマゾネスの人たちのむぐっ」

 

「"するな"。良いな?」

 

 【ロキ・ファミリア】相手に使ったことで気が緩んだのだろう。アクスが言いかけようとする口を手で押さえつけたディアンケヒトは眼光を鋭くさせてアクスに厳命する。

 

 【ロキ・ファミリア】との情報交換によって『死亡時間と蘇生時間で記憶の保持が変わる』という新たな疑惑は生まれたものの、いずれにしても死者蘇生は『ネタバレ厳禁』などと上手くはぐらかす神々はともかく、下界の子供には反応が大きすぎる。

 いずれにしても今回被害に合って亡くなったアマゾネスたちは既に冒険者墓地に運ばれている。そこにアクスがのこのこやって来て、蘇生をして帰る──端的に見て『ヤバい』のは火を見るよりも明らかだ。

 そのため、ディアンケヒトは再び『良いな?』と念押しし、アクスを本日の作業現場である調剤室へと放り込んだ。

 

 こうしてベートが主に仕出かしたことを含めた今回の騒動は、ヴァレッタという幹部を含めた大勢の闇派閥(イヴィルス)の死亡という形で幕を閉じる。

 しかし、まだ『後処理』が残っていた。

 

***

 

 数日後、フィンたち【ロキ・ファミリア】と死んだと思わせたアマゾネス(レナ・タリー)の手で()()()()が運び込まれることとなる。アダマンタイトよりも硬質なディル・アダマンタイトの鎖で厳重に縛られたその狼には明らかに()()()()()()の骨折や打撃痕などといった様々な傷がつけられており、朝頃にロキに連れて行かれたリーネが言うには()()()()ケジメをつけたらしい。

 そろそろランクアップ出来そうなドワーフの全力を前に団員の留飲も下がり、当の狼──ベートも元気そうにはしゃぐレナの姿にどこか安心したような表情をしているので、【ロキ・ファミリア】にとってはこれで正真正銘『手打ち』なのだろう。

 

 ただ、【ディアンケヒト・ファミリア】にとっての『手打ち』はこれからだった。

 

「おい、早くその特別な治療をしやがれ」

 

「承知いたしました。アクス、レフィーヤさんたちと遊んでいなさい。レフィーヤさん、絶対に治療院には近づかないようにお願いします」

 

「えっ、はい。分かりました」

 

 挑発気味に笑みを浮かべているベートに対し、アミッドは近場に居たアクスをレフィーヤに預けながら淡々と治療の準備に入る。いきなり話を振られたレフィーヤは困惑するものの、再度アミッドから『お願いします』と地味に強い圧によって数人と一緒に追い出されてしまった。

 

「ねぇねぇ、レフィーヤ見て。影絵」

 

「猫だー」

 

「アキさん、ご自身の種族忘れられてます?」

 

「アキってたまに天然にアタァッ!」

 

 治療院から追い出されたものの、往診をするための準備もしていないのであっという間に手持ち無沙汰になったレフィーヤたちは当てもなくぶらつきながら、時折ふざけあいながら周囲を見て回る。オラリオは広いため、戦場となった歓楽街以外では目立った被害はなく、破損した石畳も既に職人系のファミリアによって工事が着工されている。

 

「この分だと数日後には元通りっすね」

 

「そうね。……あっ」

 

「アキさん、どうしたんですか?」

 

「ううん、なんでもない。私たちに散々苦労を掛けたんだから、いい気味よ……」

 

 そうこうしているとどこからともなく()()()()()()()()()()の遠吠え染みた声がアキの耳に聞こえる。

 先日までの近づき難い一匹狼ではなく、傷を曝け出したことでようやく群れに受け入れられたツンデレ狼(ベート)の顔を思い出した彼女はレフィーヤを誤魔化す一方で笑みを強くした。

 

 こうして本当の意味で【ロキ・ファミリア】のクノッソスの調査は幕を閉じた。




はい、これにてクノッソス調査編が終了となります。
次からはラキア王国との戦争辺になりますが、これまでの経験や諸々でまたしてもアクス君が『なにこれ知らん。怖っ』になります。多分。

また、プロジェクト総括者(アミッド)から正式に『やりなさい』と言われたため、次の話から日曜日投稿になります。申し訳ありません。

レナ生きとるやん
 そりゃ、(秘薬持ってて治癒魔法使えるリヴェリアが居たら)そうなる。ロキ・ファミリアの面々もそれを思ったが、ラウルたち経由で口止めされた。
 目を覚ました際に小声で死んだふりをするように伝えた結果、状況やレナの迫真の演技が合わさってアイシャはすっかり騙されました。
 なお、墓仕舞い前に殴られたもよう。

ヴァレッタとの戦いの描写少なくない?
 あんまり変わらなさそうなのは端折りました。
 詳しくは原作見てとしか。いや、買え!
 なお、今回に至っては全面的にベートが悪いので諸々の功績と賠償。後はロキの策略で傷の一端を見せた上で最後にガレスに全力で殴られることで決着しました。

猟犬
 これは遠い遠い過去の記録。焼け落ちる寸前の城の一室で人口の英雄たる騎士団長と絶世の美女と呼ばれていた毒婦がこんな誓いを交わしました。

 次も必ずお前の前に現れる。そして彼を殺す──と
 その殺意は届くことなく、お前は俺の猟犬に殺される──と

 さてさて、大方誓いの通りになったご両人。ただちょっと違ったのは、『騎士団長が前に飼っていた』猟犬も混ざっていたこと。因果は巡ると言いますが、ここまで関係するとは思いませんでしたなぁ。ハッハッハ

 まぁ、直前にYOUTUBEでナイツ・オブ・フィアナ見たからね。仕方ない。 

影絵
 自分の種族に気付かずに『猫の影絵~』とする冒険者が居るらしい。
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