ディアンケヒト・ファミリアの末っ子   作:マジックテープ財布

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73:握手

 怪談。恐ろしい話や不思議な話、またはそれらを題材にした物語のことだ。

 一般的な物は旅人や行商人が流布する与太話や体験談。後は玉石混交の作家が書いた嘘か本当かも分からない物語となるが、そんな数多くの話の中に『ご当地あるある』といった具合にその村落特有の話がある。

 夜中に墓場の方から火の塊を見た。夜中に山に入るとモンスターとは違う化け物に襲われた。飢饉で飢えを凌ぐために禁断の森でキノコを採って食べて死んだ。

 例に挙げるとキリはないが、概ねは過去に起こった危険なことを遠ざけるために作り出したお話である。

 

 だが、本題はここから。実はオラリオにもそう言ったご当地の怪談話があった。

 曰く、深夜に黒衣の怪人が現れる……と。

 曰く、廃墟に住み着き、住民や冒険者を攫って人体実験をしては死体をむずから食べている……と。

 曰く、中身が骨だけで剥いだ人皮を纏っている……と。

 曰く、話を聞いた者の前に現れる……と。

 エトセトラ、エトセトラ。

 

 いざ聞いてみれば都市伝説の域を出ない馬鹿馬鹿しさ。それでも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そのため、オラリオでは中々信ぴょう性が高い怪談話となっている。それを実際に見てしまい、それがまだ子供だった場合は──そうだね。絶叫だね。

 

「か、怪人黒マントだぁぁ!」

 

「怪人っ!? て、訂正して欲しい! 私は決して怪しいものでは……」

 

「フェルズ、儂から見ても十分怪しいと思うが?」

 

「十分怪しいな。うちの眷属が見たら即座に捕まえるレベルだ」

 

 アクスが叫び、怪人黒マント──ウラノスが『フェルズ』と呼んだ存在は狼狽え、ウラノスの言葉にガネーシャは力一杯頷く。

 誰も彼もがフェルズのことを怪しいという状況に彼……もしくは彼女が『味方が居ない』と項垂れたところで、どうやら世俗と隔絶していたせいでギャグセンスが周回遅れしているウラノスの分かりづらい悪乗りの類だったらしい。

 先ほどまでの空気を払しょくするかのように咳払いをした彼は、気を取り直して話を本題へと戻した。

 

「まずはアクス・フローレンス。冒険者たちの命を繋ぐお前の活躍はここまで聞こえてくる」

 

「ありがとうございます」

 

「……して、此度は奇妙な客人を保護したようだな?」

 

 全てを見透かしているかのようなウラノスの言葉にアクスは大人しくバックパックを開ける。すると、レットたちも自発的に外に出てきて、フェルズの姿を見るや否や身を縮こまらせていた。

 

「フェルズ、彼らか?」

 

「あぁ、"隠れ里"から出ていた2人だ。全く……、いくら上層付近の同胞が出たと言っても単独先行し過ぎだ」

 

「申し訳なイ、フェルズ。神ウラノス」

 

「きゅー」

 

 黒衣のせいで顔は見えないが、声色からおそらく不機嫌なのだろうことが伺えるフェルズ。たしかにゴブリンとアルミラージの2体だけでは冒険者のパーティに見つかると危なかっただろうし、現にモンスターから毒をもらってアクスに救われている。

 しかし、フェルズの怒りはレットたちの少ない謝罪だけで収まることはなかった。『私がどれだけダンジョンを駆けずり回ったか』と口煩い小言が増えていきそうな気配にウラノスはフェルズの説教をやんわりと止め、『リド』と誰かの名前を呼ぶ。

 

「お、やっとオレっちが出てきて良いのか?」

 

「すまない、つい長く働かされた色々が噴き出してしまった」

 

 なにやらブラック企業に勤めるやさぐれたОL(アスフィとヘイズ)のようなことを言うフェルズに憐憫な視線を向けたものの、奥から姿を現したリザードマンにアクスは目を見開いた。

 

 モンスター。まさしくモンスターだ。

 鋭い牙や爪は冒険者の身体を容易く切り裂き、強靭な鱗は生半可なレベルの放つ矢も通さない。上層や中層の入り口付近でよく見かけるゴブリンやアルミラージとは違い、中層以下の階層に潜む正真正銘な化け物の姿にアクスは驚きを隠せない。

 しかし、件のリザードマンは蜥蜴特有の顔でマジマジとアクスを見てしばらくしてから無骨な右手を差し出してきた。

 

「まずは握手だ。フェルズから聞いたが、人間はこうして挨拶するんだろ?」

 

「あ、はい」

 

 流ちょうに人間の言葉を話し、まるで人間のような親愛の印を求めるリド。見た目も相まってか、彼の呆然と立ち尽くしていたアクスであったが、そんなに時間を掛けずにリドのゴツゴツした手を取った。

 その反応に今度はリドが驚く。異端児(ゼノス)と出会った人間は多少存在しているが、大抵は人間の勝手で裏切ったり離れたりと『人語が話せる変わったモンスター』として見られてきた。

 なので、()()()()()()()はかなり珍しい反応だった。

 

「こう言っちゃなんだが、オレっちたちが怖くないのか?」

 

「怖いですけど、神が2柱も居る時点で安全は担保されてますし」

 

「けど、モンスターだぞ?」

 

「僕にとっては理知的に話せてお互いのことを話せる立場の"人"は、出来る限り言葉でやりとりしたい性質なので」

 

 何度も言うが、アクスが1番嫌いな人種は治療の邪魔をして来る存在だ。そこに人間やモンスターといった垣根は存在せず、()()()()()()()()

 さらにはレットたちを保護した要因にもあるように、彼には怪物祭(モンスター・フィリア)や【ディアンケヒト・ファミリア】に居るおかげからか、モンスターに対する忌避感は冒険者の中ではあまりない。

『人類を殺傷する』というモンスターの性質を取っても、()()()()()()()()だし、なによりアクスの両親は人からの攻撃で殺されている。ゆえにアクスにとって、人間もモンスターも関係ないのだ。

 

 他にもアクス生来の人懐っこい子犬気質などといった諸々の要因はあるが、有体に言えば『オラリオの生み出した異端児(ゼノス)に対する最高傑作』と言える。

 

「なんだ……。その……、あんた変ってるな」

 

「?」

 

「神ウラノス。なんだ、この子供は。本当にこんな子供が居るのか?」

 

「実際に居るのだから仕方なかろう。だが、まさかこんなに早く和解の兆しが見えるとは思わなんだ」

 

 人類とモンスターの和解。何千年も前から対立してきた関係に小さくも偉大な1歩を踏み出した存在にフェルズも神々も満足げに頷いていると、手を離した拍子にリドの鋭利な爪がアクスの腕を切り裂いた。

 

「すっ、すまねぇ!」

 

「いえ、慣れてますので」

 

 かなり慌てた様子で非常に慌てるリドをよそに傷つけられた張本人は至極平然としながら自動治癒魔法(オート・ヒール)を行使。見る見るうちに治っていく様子にリドは思わず『すげぇ』と感嘆の声を漏らしていると、アクスは唐突に彼の身体に触れる。

 

「よく見れば所々に傷がありますね。治療しておきましょう」

 

「あ、あぁ……。すまねぇ」

 

 アクスからしてみれば町中でいつもしている『辻ヒール行為』をしているだけなのだが、モンスター相手に治療などという常識ではありえないことを淡々と済ませる彼にリドは驚きを強くし、フェルズはもはや言葉を失う。

 やがて、リドの身体から古傷を含めて傷らしい傷が全て無くなると、いよいよ別れの時がやってきた。

 

「グロスたちに良い土産話が出来たし、そろそろ帰るか。……っと、そうだ。あんた、名前は?」

 

「アクス・フローレンス」

 

「じゃあアクっちだ! アクっち、あんたはオレっちが出会った冒険者のなかでとびっきりだ」

 

 嬉しそうにそう言ったリドは、フェルズに連れられて奥へ続く通路へと入っていく。ここがどういう構造なのかは分からないが、彼らに任せればレットたちは無事に仲間のところまで帰れるだろうとアクスは先ほどリドと交わした握手の感触を思い出していた。

 

 すると、今まで黙っていたウラノスがアクスに声をかけて来る。

 

「アクス・フローレンス。お前に不定期の冒険者依頼(クエスト)を依頼したい」

 

冒険者依頼(クエスト)ですか?」

 

 アクスの問いかけに頷いたウラノスが具体的な冒険者依頼(クエスト)内容を伝える。

 

 ウラノスがアクスにやって欲しいことは大まかに分けて2つ。1つはこの話を口外しないこと。2つ目は他に地上やダンジョンで異端児(ゼノス)を見かけたら、保護はせずに隠れてもらった後にウラノスかガネーシャに報告することである。

 

「口外するなということは、ディアンケヒト様にもですか?」

 

「その通りだ。ディアンケヒトや【戦場の聖女】(デア・セイント)にも黙っておいて欲しい」

 

 1つ目はアクスの周囲にはカンが良すぎる者が居すぎるための措置だ。これが【ディアンケヒト・ファミリア】のみに収まるのであれば、仮にアクスが『喋るモンスターが居たよ』と報告しても激務で幻覚を見たと誤解する可能性は大いにあり得る。ただ、小さな手がかりから異端児(ゼノス)の存在を割り出してくる化け物(フィン)の存在をウラノスは警戒していた。

 ただでさえ【ロキ・ファミリア】は【ディアンケヒト・ファミリア】のお得意様。どこで話が転がるか分からないし、点と点の間にアクスが関与していると分かればせっかく芽生えた希望が水泡に帰しかねない。

 さらに、現在のオラリオでそんなことを言えば【ディアンケヒト・ファミリア】が悪者のように扱われるのは必定。アクスたちを守るためにも、『これだけは絶対守って欲しい』とウラノスは念押しした。

 

 2つ目にダンジョン内で異端児(ゼノス)を見かけた場合の対処だが、これも回り回ってアクスを守るための措置である。

 今回はラキア王国の戦勝記念ということでダンジョンに赴く冒険者が少なかったレアケースだが、以降はそうはいかない。

 最悪、【ガネーシャ・ファミリア】やギルドの許可無くモンスターを地上に上げようとする悪人になる恐れがある。

 そうなったら当然庇うが、人の口に戸は立てられないというのもまた事実。これもアクスのみならず、【ディアンケヒト・ファミリア】の悪評になるだろう。

 

 2つ共【ディアンケヒト・ファミリア】を守るための約定だが、かのファミリアはオラリオにおける生命線であるために尊重しなければならない。いくら異端児(ゼノス)との共存を願っているウラノスでも、今の人々の安寧を蹴ってまで融和を進めようとは思っていなかった。

 ゆえに、言うなればたまに助けてくれる外部協力者。他の神々で言うところの『お助けキャラ』的な立ち位置こそがアクスにはふさわしい。ウラノスはそう考えていた。

 

「分かりました。今回のことについて、誰にも口外はしません」

 

「助かる。……ただ、下界の子は神には嘘がつけぬであろう。なにかあればディアンケヒトに"ウラノスが知っている"と伝えれば良い。それだけであやつは分かるだろう」

 

 業突く張りだが()()でも数多居る神から見れば善神の類である。話せば分かる──ではないが、納得に行く説明と幾ばくかの報酬があれば高笑いで了承してくれるであろう。

 いざという時のカバーストーリーを後々考えねばならないと計画し出した彼であったが、ふとアクスがここに来るまでの道筋を立ててやらないといけないことに気付く。すかさずロイマンを呼び出したウラノスは、彼にアクスに対して()()()()この祈祷の間に来れるようなフリーパスの準備を依頼する。

 

「なっ! 神ウラノス、アクスはギルド職員ではありませぬぞ!」

 

「分かっておる。アクス・フローレンスは内々で冒険者依頼(クエスト)を受けてもらっている。報告は儂に回すよう手配しておるゆえ、許可を出して欲しい」

 

 自分で報告を聞きたいというウラノスの言葉に、『私が報告を聞きます』と言い出せなくなったロイマン。しかし、数ある冒険者の中では上澄みの善性な存在であるアクスであれば万に1つもあり得ないだろうという判断から、ロイマンはすかさず執務室に戻って印章を持って来た。

 

「これを職員に見せればここまで来れる……が、あまり多用するな」

 

「ありがとうございます」

 

「アクスゥ! 俺からもこれを渡しておくゾウ! これさえあれば俺やシャクティにすぐ連絡が良くはずだぁ!」

 

 いかにも不承不承といった具合のロイマンを押しのけ、ガネーシャからは象の意匠を前面に出した首飾りを渡される。はっきり言ってダサいが、神や団長といった上役へのフリーパスなど一介の治療師(ヒーラー)でしかない(と勝手に思っている)アクスにとっては非常にありがたい。

 なにより、度重なる授業によってアクスの脳内に勝手に住み着いた聡明な存在(フィン)が『使える物は全部使わないともったいないよ、アクス』と言ってくるため、喜んで受け取った。

 

 こうして長きにわたる神々との会合は終わり、1人のパルゥムの尽力によってレットたちの1件は明るみに出ることはなかった。この1件を経て様々な教訓や学びを得た当人たちは、『当分は異端児(ゼノス)に関して大きく事が起こることはないだろう』と高を括っていた……のだが。

 

 どうやらこの世には『フラグ』という神々でさえも制御できない謎の機構があるらしい。

 

***

 

 ラキア王国との停戦協定や諸々の後始末を終えて数日後。往診の最中にギルド職員から呼び出されたアクスは、ウラノスが居る祈祷の間へと来ていた。

 

「はっ? また異端児(ゼノス)ですか?」

 

「左様。以前と違うのは未だ合流していない存在だということ。それと既に冒険者によって保護されていることだ」

 

 レットたちの1件からあまり時間が経っていないのに2件目の異端児(ゼノス)。しかも今回はアクスとは違った冒険者に保護されているらしい。

 ただ、そこまで調べがついているなら【ガネーシャ・ファミリア】にでも赴いてもらえば簡単に保護できるのではないか。そう思ってアクスが提案するが、どうやらそう簡単にはいかないそうだ。

 

「既に仲間と行動を共にしている異端児(ゼノス)ならば、フェルズやリドに送迎を頼むことは出来よう。だが、今回は新たに生まれた異端児(ゼノス)だ。既に保護した者と離れ辛い関係になっている可能性もある。……そこで、見定めてきて欲しい」

 

「僕に監視をしろと?」

 

「いや、使い魔を用いた監視はフェルズが既に行っている。お前には件のファミリアの懐に入り、その異端児(ゼノス)と保護した者たちの関係性を見てきて欲しい」

 

 えらくざっくりとしていながらも難しい依頼だ。当然、これは【ディアンケヒト・ファミリア】で行うような分野でもなければアクスはウラノスの眷属ではない。

 そのため、『報酬』について話をすると、既に話は通っているのか今月分のファミリアの税金を免除する旨の書状を見せてくる。【ディアンケヒト・ファミリア】という大手の税金の一切を免除するような手札を切るということは、どうやら相当切羽詰まっている状況らしい。

 

「分かりました、お受けします。他に注意点はありますか?」

 

「フェルズとはこの魔道具(マジックアイテム)でやり取りをして欲しい。そして、保護している者たちへは異端児(ゼノス)に関する情報は極力話さないことを念頭に動いて欲しい」

 

「なぜですか? 異端児(ゼノス)をそこらのモンスターとして見ない人は希少なのは、先日お聞きしました。なら、事情を話した方が話が早くないですか?」

 

【アクス・フローレンス。そこからは私から説明させてもらおう】

 

 ウラノスから託された宝玉が赤く灯ると同時にフェルズらしき声が聞こえてくる。いきなりのことで宝玉を取り落としそうになったところを慌ててキャッチしつつも、アクスは周囲を探るが本人は居ないことに首を傾げた。

 

「どちらにいらっしゃるんですか?」

 

【あぁ、神ウラノスから聞いていないのか。それは遠く離れた場所に居ながら話が出来る魔道具(マジックアイテム)だよ。何分、私は魔術師(メイジ)でね。こういう製作は得意と自負している】

 

 心なしか自信ありげなフェルズの声が聞こえる。そんな彼……もしくは彼女の話を聞くに、今回異端児(ゼノス)を保護したのは()()【ヘスティア・ファミリア】とのことだ。

 もはや厄介事が突撃しに来ているというか、厄介事を引き付ける蜜でも身体中から流れ出ていても不思議とは思えないほどの頻度でいろいろ仕出かしているベルに呆れを通り越して憐れみを向けていると、フェルズがようやく彼らに異端児(ゼノス)に関することを伝えないようにした理由について話し出す。

 

【以前のように我々も迎えに行きたいのは山々だが、レットたちとは違ってその異端児(ゼノス)は生まれたばかりだ。何も知らないまま連れて行けば必ず抵抗され、冒険者やモンスターに見つかってしまう恐れがある】

 

「そうなると、どうやってリドさんたちと合流させるんですか?」

 

【今、リドたちが住処を【ヘスティア・ファミリア】が踏破可能な階層付近にある隠れ里へ移してもらっている最中だ。後は本人たちの意向次第だが、返すと決まった瞬間に色々動き出せるように手配している】

 

 なにやら水面下で色々計画が練られているようだ。そうなるとアクスが居る必要性すら出てこなくなるのではないかと懸念した彼はフェルズに自身の役割について問うと、フェルズは『えぇ……』と完全に引いたような声を出す。

 

【本気で言っているのか? 【ヘスティア・ファミリア】と交友があって、あまり怪しまれない人間は君以外居ないぞ?】

 

「あー、諜報員になれってことですか?」

 

【有体に言えばそうだが……。適度に訪問して異端児(ゼノス)の様子やベル・クラネルたちの様子を見てくれるだけで構わない。それと、彼らには異端児(ゼノス)の事前情報抜きにどう立ち回るのかを見たい。くれぐれも……】

 

異端児(ゼノス)のことはあまり話さない……ですね」

 

 ツーカーとはいかないまでも、必要最低限の注意事項ぐらいは分かっただろうとフェルズは『頼む』と言い残して一方的に会話を打ち切ってしまう。すっかり反応を示さなくなった宝玉を握りしめながらウラノスの方を見ると、『フェルズには色々頼んであるのだ』と必死のフォローを行っている……が、アクスの脳裏にはヘルメスの無茶ぶりに涙目で答えるアスフィの構図が過ぎっていた。

 

「神様って眷属を過労死させたいのですか?」

 

「間違ってもそのようなことはない。下界の子が期待に応えてくれるのが悪いのだ」

 

 分かっていたことだが、神と人間では価値観の相違が産まれてしまう。それ以上の問答は時間の無駄だと思ったアクスは話を切り上げ、ひとまず現場に赴こうと【ヘスティア・ファミリア】の本拠(ホーム)へと向かう。

 ダンジョンに向かう頻度が高い変態。もとい、ダンジョン狂いはまだ帰っていないだろうが、本拠(ホーム)の留守番をしている人ぐらいは居るだろうと玄関をノックしようとする。

 

「ごめんくださ……」

 

「ベルッ! ベルゥッ!」

 

「救急箱を取ってきます!」

 

 しかし、ノックをする前に聞こえてきた物々しそうな声によってアクスは無断で扉を開ける。

 あの声の様子からすると非常事態。それも悠長に対応を待っていたら手遅れになる可能性があると踏んだアクスが館に囲まれた中庭の芝生で腕をかばうように蹲るベルを見つけるや否や、彼に近づいて自動治癒魔法(オート・ヒール)をかけた。

 

「うぁっ……ぐぅっ……あれ?」

 

「ベル様、救急箱を……ってあら?」

 

 肉を抉られた痛みが一気に引いていく感覚に不思議に思ったベルが顔を上げ、救急箱を持って来た春姫が()()()()()()()()()に小首をかしげる。

 

『なんでアクス君が居るの? (様がいらっしゃるのですか?)』

 

 彼らは同じような言葉を発した。

 

***

 

「うーん、事情が事情だから侵入ってわけじゃないけどねぇ……。今後は気を付けてくれよ?」

 

「はい、申し訳ありません」

 

 極東に伝わる謝罪術である『土下座』で目の前のヘスティアに許しを請うアクス。

 あの後、『緊急を要する病気や怪我の類』ということを説明してひとまずは収まったが、異端児(ゼノス)──ウィーネと呼ばれるヴィーヴルの娘を見たということで帰ってきたヘスティアから詰め問答をされているのだ。

 

「アクスは悪くないの! 悪いのは私だから!」

 

「うん、別に怒っちゃいないさ。でも、本拠(ホーム)……って言っても分からないか。自分の縄張りに無断で入られるのは嫌だろう? だから、ちょっと注意しているだけだよ」

 

 アクスの前で立ちはだかるウィーネにヘスティアが優しい眼差しで誤解を解こうとする。その姿がどこか小さな娘に四苦八苦する母親のように見えたアクスは、心の内でフェルズに伝えることを纏めていく。

 すると、すっかりいつもの調子に戻った彼女が『それよりも』と言い、ひとまず横に放り投げていた疑問を口に出した。

 

「ウィーネ君に動揺していないけど、君は喋るモンスターを見たことがあるのかい?」

 

「ありますよ?」

 

「んなにぃっ!? どこでだい!」

 

「ダンジョンの中です。僕が会ったのはゴブリンとアルミラージでしたね」

 

 ペラペラとレットたちの種族について語っていくアクス。だが、肝心なことは話さずに『僕の前から姿を消しました』とボカすように答えた。

 これは毎度おなじみ【勇者】(フィン)先生の授業に出ていた『物事をはぐらかす手法』の1つで、なんでも嘘をつく時は本当のことの中にひっそりと──それもボカすように紛れ込ませるのがコツのようだ。

 そうすることで神からは明確な嘘と見破られ辛くするみたいで、『中々使えるテクニックだよ』と悪い大人がするような笑みを浮かべていたのはよく記憶に残っている。

 

「んー、ちょっと怪しいけど……。嘘ではなさそうだねぇ」

 

「ですが、アクス様はどうしてウィーネ様を敵視しないのですか? 冒険者……ですよね?」

 

「あー、多分僕がおかしいだけです」

 

 そう言ってアクスはシャクティたちに話した持論を話す。怪物祭(モンスター・フィリア)の話は『ガネーシャの催しも役に立つんだね』と小バカにしたようなヘスティアであったが、『人間も他者を傷つけるから、モンスターと変わらない』という考えについては少々もにょっていた。

 

「いや、言いたいことは分かるんだけどね」

 

「でも、神様。僕は納得がいきました。話せるなら、それはもう言葉で解決出来るってことじゃないですか」

 

「ですけど、それは【ヘスティア・ファミリア】だけのこと。これから先は慎重に決めなきゃだめですよ」

 

 逆にベルはアクスの言いたいことがストンと心に落ち着いたようだ。妙に晴れ晴れとした彼がアクスに礼を言うが、ベルたちにとってこれからが本当に大変なことになるとアクスは注意する。

 現状、ウィーネをダンジョンに帰すか。もしくはこのままテイムモンスターとして【ヘスティア・ファミリア】の一員にするかという瀬戸際に彼らは立っている。

 

 前者ならウラノスたちが既に手を回しているため、フェルズ経由で報告をすれば後は話を進めて行けばいい。ただ、後者を選ぶ場合ははっきり言ってイバラの道だ。

 【ガネーシャ・ファミリア】ならいざ知らず、テイマーすら居ない【ヘスティア・ファミリア】でテイムモンスターを本拠(ホーム)に置くという行為が認められるわけがない。

 

 そして、テイムモンスターがウィーネ。ヴィーヴルというだけで危険度は跳ね上がるし、冒険者の中には危険を冒してまで彼女の持つドロップアイテムを入手しようとする輩も居るだろうことは容易に想像できる。

 最悪、奪ってすぐトンズラして責任問題を【ヘスティア・ファミリア】に擦り付けることも平気でやって来るだろうという嫌な信頼があるぐらいにアクスは冒険者についてよく分かっている……つもりだ。

 

 今でさえもかなり厄介なこの事態をどうやって収拾するのか。そんなことを考えていると、ベルがおずおずといった具合にアクスにとある提案をしてきた。

 

「ア、アクス君。本当に申し訳ないんだけど……。喋るモンスターについて今日、リリたちにも話してもらえないかな? あと、どうするべきかとか……色々教えてもらえると……嬉しいかなって」

 

 ちょっと待って欲しい。

 

「おぉ、それは良いね。オラリオに関しては神父君の方が色々顔が広いからね。きっと良い助言をしてくれるはずさ」

 

 話を先に進めないで欲しい。

 

「では、先にお部屋を用意しておきますね」

 

 どこぞの兄弟のような息をつくことさえ出来ない連携の末、今夜は泊りで喋るモンスターについてや現状出来得ることについて相談するアドバイザーのようなことをやらされる羽目になったアクス。『ディアンと聖女君にちゃんと言ってくるんだぞー』とニコニコ顔のヘスティアに見送られた彼は、少し歩いたところにある路地へと入り込んだ。

 

「あのー、フェルズさん。ちょっと良いですか?」

 

【監視させてもらったが、何か問題でも起こったのか?】

 

 宝玉から聞こえて来るフェルズの声。どうやら何かを使って【ヘスティア・ファミリア】の本拠(ホーム)を観察していたらしく、遠目から見て何も起こっていないのに連絡してきたアクスに不思議そうに尋ねてくる。

 ただ、彼が【ヘスティア・ファミリア】の本拠(ホーム)の中で行ったあれこれを事細かに伝えると、しばらく黙った後にフェルズが『まだ調べている最中だったか……』と心底後悔しているように言葉を絞り出した。

 

「どういうことですか?」

 

【まだ、彼らは喋るモンスターの情報を集めきっていない。……いや、今本拠(ホーム)に居る人数から"調査の真っただ中"だ。そんな時に姿を消されたとはいえ、1度喋るモンスターと遭遇した人物が居たらどうなる?】

 

「その人に聞いた方が手っ取り早い?」

 

【そうだ。目前にヒントがあれば、飛びつくものだろう。そう考えると"姿を消した"というはぐらかし方は良い判断だ。後はこちらで対策を講じるから、君は宿泊の連絡をしてくると良い】

 

 言うが早いかフェルズの声が聞こえなくなる。内心、『モーヤダ』と思いながらも今月分の税金免除という飴を既にもらっているためにアクスは大人しく治療院へと戻っていく。

 その背中をフェルズはじっと見つめ、『中々使えるな』と評価したのはまた別のお話である。

 

 なお、突然やってきて今月分の税金免除という青天の霹靂すら生ぬるい報告をしてきたアクスにディアンケヒトがひっくり返り、その後の追及でひたすら『ウラノス様に問い合わせてください』と壊れた魔石製品のようなことを言って事なきを得たとか。得なかったとか。




着実にアクスが解説役になっていく。こいつ、まだ12歳だぞ。

フェルズ
 度々オラリオでなんやかんやしているため、色々な怪奇現象も合わさってすっかり都市伝説扱いになっている。どこかの子供に力授けてそう。
 特にダイダロス通りの誘拐は無関係で濡れ衣。(某ダイダロスの末裔たちが悪い)

異端児(ゼノス)の歴々
 アクスとの出会いによってベルへの歓待具合がちょっと上がる。

ウラノス
 外にバレたらディアンケヒトの所もヤバい。二重の意味で守護らなきゃ

お泊まり
 なぜなにアクスの再来。
 とあるサーカス団員「そろそろか。久しぶりだな(嬉)」
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