イクイノックス 育成ウマ娘イベント   作:土見

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【選択肢:下】


[クラシック級8月前半]夏合宿(2年目)にて

 

 

 

「ふっ……!」

 

「よし、規定タイム、出ました……!」

 

Ωそろそろ普段ぐらいの練習に戻せそうだね

 

「はい、脚も痛みは出てませんし……

少しでも遅れを取り戻さないと……!」

 

イクイノックスの脚のダメージは、

どうにか気にならないレベルまで

回復してきていた。

 

だが――

 

「はあっ、はあ……

……トレーナーさん?」

 

Ω……ごめん、考え事してた

 

「………………」

 

なんとなく沈黙が続く。

ここ最近は、こういうことも

珍しくなくなった。

 

きっとお互いに切り出せないだけで、

なんとなく――わかっているのだろう。

 

ただ、このまま明確に言葉にしないままで

いいわけもない。

 

Ωトレーニングが終わったら、少し話をしよう

 

「……っ、はい……」

 

イクイノックスの視線が落ちる。

不安を与えてしまったかもしれない……。

 

こういうときのイクイノックスには、

いったんタスクを手渡すことが大事だが――

 

 

Ωいったん砂浜のウォーキング!

 

 

「えっ、あ、はいっ!」

 

負担がかかりすぎない程度に、と

言葉を添える。

 

それをずっと意識しながら歩いたのか、

イクイノックスは不安症を出さないまま

今日のトレーニングを終えた……。

 

 

   ―//―//―//―

 

 

トレーニングが終わり、日も落ちたころ。

合宿所の前にあるベンチで

イクイノックスを待っていると――

 

「……トレーナーさん。

すいません、お待たせしてしまって……」

 

Ω全然待ってないから大丈夫

 

浮かない表情のイクイノックス。

……やっぱり、何の話をされるのか

うすうす気づいているのだろう。

 

とはいえ、自分も覚悟を決めた。

イクイノックスに、ずっと考えていたことを

切り出していく。

 

Ω次のレースなんだけど、他の候補もあるんだ

 

「……っ、はい……」

 

そんなに固くならないでほしい、と

前置きして、タブレットの資料を呼び出す。

 

用意したプランは2つ。

片方は当初の予定通り菊花賞のプラン。

もう1つは――

 

「……天皇賞、秋?」

 

Ωうん

 

天皇賞秋。菊花賞にほど近い時期に

東京レース場で開催される2000mのレースだ。

 

最近はクラシックで好走したウマ娘でも

菊花賞やマイルチャンピオンシップに

合わない子が参加することが増えている。

 

もちろん、シニア級でもトップクラスの

ウマ娘が集結するレースだ。

簡単に勝てる、なんて言えるはずもない。

 

Ωそれでも、イクイノックスなら勝てると思う

 

そう言うと、イクイノックスは

小さく息をのんだ。

 

「……トレーナーさんは、」

 

「トレーナーさんは、私が菊花賞を

走りきれないと思って……?」

 

Ωそんなことはないよ

 

間髪を入れず否定する。

 

実際、脚のダメージも想像より治りが早い。

このまま行けばきっと想定通りの状態で

菊花賞に出ることはできるだろう。

 

イクイノックスに長距離がこなせない、

というようには見えない。

ただ――

 

「――今の私の走り方を活かせるのは、

長距離戦じゃない、ですよね?」

 

「……わかってるんです。

今の私だと、体力はもったとしても

考えすぎて頭が疲れてしまう。」

 

「菊花賞は例年タフなレースになるし、

今は大丈夫でも本番で脚がどうなるか

わからないのは怖い……。」

 

「私自身が、菊花賞に立ってみたい。

その気持ち以外の全部が、菊花賞を回避して

他のレースに行くべきだって言ってる……!」

 

「私は、どうすればいいんでしょう……」

 

イクイノックスは、おおむね自分と同じ

結論に達していた。

 

どちらのレースであっても勝ちを狙える。

そのうえで、今の彼女のレーススタイルや

体調に合うのは天皇賞秋だ。

 

でも、天皇賞秋に決めてしまうと

菊花賞を諦めさせてしまうことになる。

 

1度しかない、彼女の憧れた先輩と同じ

クラシックレースを取る権利を

永遠に放棄してしまう。

 

これだけは本人の気持ちの問題だ。

自分の一存で決めていい話ではない。

 

Ωどっちに出ても、絶対に勝てるよう頑張るよ

 

トレーニングプランは2つ。

どちらを選んでもいいように、計画は

両方とも詰めている。

 

Ωだから安心して、自分で選んでほしい

 

――結局、トレーナーができるのは

最大限の準備と後押しだけだ。

 

こんな決断をさせてしまうのは

当然本意ではないが…… 自分で選ばないと、

きっとそれも引きずってしまうだろう。

 

レース中と同じ、トレーナーとしての

無力さを嚙みしめながら、

イクイノックスの次の言葉を待つ。

 

イクイノックスはトレーニング計画を読み、

たくさん悩んで、絞り出すように。

 

「……トレーナーさん。」

 

「私の、次のレースはっ……

――天皇賞秋で、いいですか……?」

 

泣きそうな声に、思わず手を握る。

夏とは思えないほど、イクイノックスの

指先は冷たくなっていた。

 

Ωこんなこと選ばせてごめん

 

「……むしろ、ごめんなさい。

トレーナーさんが決めることだって

できたのに……」

 

「最後まで、菊花賞を走ってもいいって……

菊花賞を勝つために、これだけ考えてくれて

ありがとうございました……」

 

自分にはこれしかできないから、と

言うこともできたが――

 

それを今言うのもヤボな気がした。

代わりに、もう一度イクイノックスの

両手をしっかりと握りこむ。

 

Ω絶対に勝とう、天皇賞秋

 

「――はい……!」

 

目標のレースが変わっても、

自分のできることとやることは変わらない。

 

あらためて、イクイノックスの全力のために

できる最大限の手伝いをする――

その目標を胸に刻み込んだ。

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