イクイノックス 育成ウマ娘イベント   作:土見

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※イベントシナリオではなく、走るイクイノックス視点からのレース描写話になります。
展開や順位などはある程度史実のレースに準拠しますが、解釈はオリジナルです。


クラシック級天皇賞(秋)、ターフの上から

 

 

 

 ぱん、と乾いた音が響く。今日は集中してゲートを出られた。ただ、そのまま前にはいかないように気を付ける。

 

(今日も、後ろから……!)

 

 トレーナーさんとの相談で決まった今日の作戦は、ダービーと同じ後方からだった。

 本来このレースはコーナーが近くて、ペースがそこまで上がらない。そうなるなら前めにつけたほうがいい。でも、そうしないと2人で決めた根拠がある。

 

(っ、やっぱり来たっ……)

 

 後ろから、塊が襲い来るようにみんなが前へと進んでいく。

 出走表を確認して、トレーナーさんと出した推測。このレースは、前へ行きたい子――特に逃げウマ娘が多い。ダービーの時みたいに誰もが前に行こうとするなら、第2コーナーが終わって向こう正面に入ったら前はポジションの取り合いとペースのぶつけあいになる。前がハイペースになるなら、本職の逃げとぶつかりあうんじゃなくて控えて下がるべき。それでもスタートは少し張り合ったのは――

 

(! やっぱり、パンサラッサ先輩……!)

 

 ポジションを下げると、先頭の子が誰でどこにいるのかは見えなくなってしまう。パドックでそれに気づいてしまったから独断で少しだけ前で粘ってみると、コーナーを回りながら前に走っていく子たちの隙間から、青いパンサラッサ先輩の勝負服が見えた。その背中と自分との距離、周りの子も含めたスピード感を頭に刻み込みながら、少しずつポジションを下げる。

 パンサラッサ先輩はここ1年ぐらい、とにかく先頭で気持ちよく逃げる戦法を取っている。前のレースではそれでギリギリ負けてしまったからどうするだろうとは思っていたけど、やっぱりいつものように逃げるらしい。ハイペースで逃げや先行の位置取りをした子を軒並みバテさせてから自分だけ根性で粘りきる、というのがパンサラッサ先輩のいつものパターンで、そういう意味ではこの位置でよかった、ような気がする。

 向こう正面、少し前の塊が崩れたところで外側に回る準備をする。パンサラッサ先輩は影になっているのか見えない。歓声がかすかに聞こえる。私が1000mを通過するのは1分より少し早いぐらいで、このペースで行くと前のパンサラッサ先輩は58秒前後だと思った。ハイペース。これならシニア級の先輩たち相手でも、私だって十分差し切れる。

 

(……歓声?)

 

 そこで、一瞬思考が止まる。小さくではあるけど、向こう正面からでも聞こえるぐらいのお客さんの声。ちらっと後ろを確認しても、レースは何事もなく続いている。つまりなにかアクシデントが起こったわけじゃない。一団の先頭が1000mを58秒で通過して、歓声?

 ひとつ外に寄せたせいで、内から前を見るのも難しい。大欅の横を通って、コーナーを回る。歓声が近くなってくる。大丈夫、このペースなら差せる、はずで。

 

 最終直線に立ち上がる。前の子が外に少し動いた瞬間、視界が一気に開けた。

 

(――あ、)

 

 パンサラッサ先輩の背中が、遠すぎる。

 10バ身か15バ身か、もうなんだかよくわからないところまで開いている。

 すさまじい大逃げ。前のレースでは先輩は大逃げをやって差しきられたから、きっと皆心のどこかでやらないと思っていたのかもしれない――

 

(届か、ない)

 

 ほとんど背中が見えない。参考にするために見たレースを思い出す。自分に、あれが追いつけるのか。答えは――

 

 

「……違う」

 

 

 思い浮かんだ言葉を振り切る。

 ――答えは、なんだってよかった。

 だって、私は「やるしかない」んだ。私がここで結果を出せないと、練習を手伝ってくれたドウが、私のために全部を用意してくれたトレーナーさんが、積み上げたものが全部無駄になってしまう。

 周りの子がいっせいに仕掛け始める。一瞬だけ、私を置いて世界が流れていく。

 坂を上りきる。1歩めを踏み出す。踏み込む。どうなったってよかった。

 

 

「――ああああああっ!!」

 

 

 吐き出す。息を吸う。足を大きく前に出す。視界が狭くなる。自分がどこを走っているのか、一瞬だけわからなくなる。隣を走っていた子がいなくなる。2番手。心臓が痛い。でも、脚は止められない。

 

「っか、まだまだぁ、っ!!」

 

 パンサラッサ先輩が、まだ前にいる。フォームが崩れかかっても、息を吸うのもつらそうでも、それでもずっと走っている。でも。

 

 でも、私だって、負けられないんだ。

 

 

 

 ゴール板の前を走り抜ける。横を見る余裕はなかった。ゴールした子たちは私も含めてほとんど息を切らせて、倒れ込んでいる。

 しばらくして、歓声があがる。示し合わせたわけでもないのに、コースの上の全員が掲示板を見上げた。

 1着、7番。それは今日私が背負って――キタサンブラック先輩が、このレースで背負った番号だった。

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