展開や順位などはある程度史実のレースに準拠しますが、解釈はオリジナルです。
じりじりと焦れるようなペースで、中山レース場を走る。
こんな機会があるなんて、デビュー前の私は考えることすらなかったような気がする。
真ん中から少し外枠。しかも、私より外枠には前に行きたい子が何人もいる。結果として前を取るには外から斜めに回ってくる子よりも先に、コーナーの不利をある程度受けながらしっかり走らないといけない。距離にも少し不安がある私が、スタートから前の位置を取るためにそこまで頑張るのは現実的ではない。だから、最初に前を取るのは諦めてしまおう――それが、事前ミーティングで決めたこと。
中団の位置につけてコーナーを回りながら、今度はしっかりと先頭を走る先輩の背を確認する。天皇賞秋の時のパンサラッサ先輩のような、セーフティリードを確保する大逃げをする気配は今のところなさそうだった。だから今すぐ全体のペースが上がる、ことはない、けれど。
(……どこかで、抜け出さないと)
有馬記念はスローになる。そのうえ、ダービーとは違って最終直線は短い。最終コーナーを回るようなタイミングで、内側で隙間を縫って進出しているとなると天皇賞秋の時の末脚があっても前を差しきるのは難しい。つまりはどこかで仕掛けるか、じわじわとポジションを上げるかして前を取りにいかないといけない。
それに――
(仕掛け所は任せる、なんて……)
距離を一気に500m伸ばしたこと、タイム自体の調子はいいこと。今までのレースの振り返りを考えると、どうしても実際のレースの空気感やとっさの判断の理由は外部から予想も読み取りもしづらいこと。少しずつレース中に考えることを増やせるようにする練習……いろいろな理由を挙げられて、なんだかいいように流されてしまった。
考えながら、いつの間にか1回目の直線を抜けてしまっていたことに気付く。スタンドからの歓声を聞けなかったのは、私にとって悪いことなのかいいことなのか。
ともかく、コーナーを曲がっていく。まだ全体は動かない。先頭の先輩も、見えてこないということは同じくらい……常識的なリードの範囲内に収まっているみたいだった。2番手の子もその後ろの子も、捕まえられるから動かない。そうなるとどこにも動く余地がなくなって、平均ペースよりもゆったりしたまま全体が渋滞し始める。
じりじりと焦れるようなペースで、向こう正面を走る。隊列は、まだ動かない。
(……外には出られてるけど、このままだと結局前には行けない)
前と五分五分の勝負になってしまうと、さすがにこのメンバーで勝てるような気はしない。とはいえ、変なところで仕掛けても不利だし、逆にみんなが仕掛ける場所で自分もスパートをかけたって相対的なポジションは上がらない。つまり結局、第4コーナーを回りはじめるまでのどこかで早めに仕掛ける必要がある。じゃあ、それはどこなのか。それをギリギリまで探りながら、時間切れが迫る中を走る。
だんだんコーナーが近づいてくる。残り1000m。すぐにコーナーが始まる。今から捲るとすぐにコーナーが始まって、外に膨らみながら走ることになる――
(――じゃあ、今仕掛ければ相対ポジションは取れる?)
ここまででほとんど誰も捲る判断をしていないということは、たぶんコーナーでポジションを確保して下り坂あたりでスピードに乗せながら回っていくことを考えているか、最終直線で追い込むことを考えているはず。なら、もう考えている余裕はほとんどない。でも、一気にスパートをかける勇気は無い。
(とりあえず、様子見……)
1列ぶんだけポジションを前にするためにペースを上げる。全体ペースが緩やかだったのもあって、まだ私の体力には余裕がある。だんだん後ろも差を詰めてきて、やっぱりコーナーで詰めるつもりらしかった。ひとつ先に動けたのは嬉しいけれど、そのぶん私の脚はちゃんとスパートできるのか。結果的に私が掛かっただけにならないか。
(いや、やるしかない……!)
ちょっとだけ上り坂を上がって、3コーナーに差しかかる。遠心力がキツい。よろけそうになる。
それでも、私が選んだ作戦を自信をもってやり遂げられるように、トレーナーさんは今までいろんなことをしてくれた。それに応えられない自分でいたくない。
ギアを上げる。内から4番目。必死に外に膨らまないように抑える。踏み込む。まだ、もう少し余裕があった。
「は、ああああっっ!!」
前に取りつこうとする。やっぱり前の人たちもスパートをかける。後ろの子も詰めてくる。塊になって、歓声の待つほうへ。まだ。まだ、もう少しだけ。
最終直線に向く。あと200m。一気に坂を駆け上がる。平らになった、1歩目。強く、踏み込む。これでぴったり、今から全力スパートで体力からっぽだ。
「ここ、からぁっ!!」
――周りより早めに仕掛けて、直線で後ろの人たちの強襲をしのぐ方法。とっさに思いついたのは、これだけだった。
……「早い仕掛けをしてポジションを取り、後ろから来る人たちと変わらないぐらいの末脚を使う」。
できなくたってよかった。ただ私は、トレーナーさんが目指していた――自分のレース中の判断を信じられる、そんなウマ娘になってあげられればと思って。
だから、私が先頭でゴールラインを通ったのは、言ってしまえば……なにか、考えた通りに身体を動かせたことに対する、神様の大きなオマケなのかもしれない。そう思った。