イクイノックス 育成ウマ娘イベント   作:土見

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※イベントシナリオではなく、走るイクイノックス視点からのレース描写話になります。
展開や順位などはある程度史実のレースに準拠しますが、解釈はオリジナルです。


『ドバイの国際G1』、ターフの上から

 

 

 

 「このレースは東京レース場でヨーロッパのレースをすることになるかもしれない」。

 トレーナーさんの言葉を思い出して、少し後悔する。でも、反省はレースが終わってからにするって約束は守らないといけないから、私は今できることを考える。

 ――隊列の、一番先頭から。

 

 

 各国のレース場は今やそれぞれ独自の進化を遂げていて、世界中のウマ娘たちが集まる場所ではそれぞれの走りの特徴が出やすい。

 今回のレースメンバーと過去のレース映像から、トレーナーさんが1番可能性があるって言ってくれたのはヨーロッパのレースに近い形。日本みたいにポジションを取るためにどんどん争っていくわけでも、アメリカみたいにハイペースからスタミナの削りあいになるわけでもなく、出たなりのポジションから最終直線まで進んで末脚勝負になる形。有馬記念ではどうにかなったけど、全体的に隊列が動かない状態で後ろになるのは避けたい。だから、スタートからコーナーを回るまでは遅れを取らないようにしないといけない……というのが、レースが始まるまでにトレーナーさんとまとめた想定だった。

 だから私は当然、スタートとポジションをしっかりと取った。……それが、結果的には不測の事態を呼んだ。

 

 逃げたかったであろう子の出遅れ。内で前を取っていた子が思っていたよりももっとスピードを下げて前を譲ってきたこと。完全にクセでコーナーを回るときのスピードを下げきらなかったうえに内側の子がポジションを下げているのに気付くのが遅れた私のミス。

 この3つが重なってしまった結果、私は第1コーナーに入る手前で綺麗にハナを取ってしまった。

 

 とはいえ、逃げるレースを想定していなかったわけじゃなかった。

 世界の名だたる強豪ウマ娘の集まるこのレースで、私はあまりにも無力だ。ハンデもなく平等な末脚勝負をしても、吹いて飛ばすように蹴散らされてしまうのは明白だった。

 大逃げをしない逃げ戦略のメリット。強力な逃げウマ娘は、レースのペースをコントロールできる。そのまま行かせればのびのびと走ってしまう以上、誰かはついてこないといけない。そうするとなんとなく全体のペースは上がる。末脚勝負ではなく、スタミナの粘り込みを活かせる形にできるかもしれない。しかもこのレースは前に陣取ったウマ娘が上位に入るパターンがいくつもあった。

 だから、タイプは様々あったけれど、逃げる時のイメージトレーニング自体はしていた。していた、けれど。

 

(……こんな大舞台の一発勝負でやるのは聞いてない……!!)

 

 コーナーを回りきって向こう正面に立て直す。明らかにペースは遅い。ペースを上げたい。ただ、パンサラッサ先輩の言葉を思い出す。

 

『大逃げって、相対的なものだからねー…… 大逃げになるかだけ言うなら、ペースが速いことより後ろの子が追いかけてこないこと……追いかけなくていいって思わせることのほうが大事なんだよ』

 

 今の私1人がペースを上げたところで、「追いかけないといけない」とは誰も思わないだろう。そうすると私は暴走しただけで、結局ペースは上がらない。

 だから、本当に少しずつ、気付かれないぐらいにペースを吊り上げるぐらいしか私にできることはない。

 

(……来ない)

 

 ペースをほんの少し上げる。まだ日本ではスローの範疇。後ろは来ない。いつものペースで走ったら大逃げになってしまいそうな空気さえある。

 それでもまた少しだけペースを上げる。後ろの人たちも同じくらいにペースを上げてくれたけど、逆に言うと同じだけだ。私と後ろの距離は変わらないし、特段私のことを気にしている様子もない。

 つまりそれは、私の作戦選びの失敗――私のことを誰も気にしていないという事実の証明に他ならない。今からでも前を自然に譲ってマークポジションにつける方法がないか探したくなる。もしくは、なんで逃げることになってしまったか、周囲をどれだけ見られていなかったかの反省会をしたくなる。

 

(でも、違う)

 

 私に求められているのは、そういう反省会じゃなかった。判断ミスがあったとしても、その時に打てる最善手を選んで、自信を持って貫徹すること。私に期待されたのは、それだった。

 ……トレーナーさんは今回、最後まで「勝ってきて」と私に言わなかった。だからこそ、私は勝ちたかった。そしてそれ以上に、トレーナーさんが期待してくれた自分の判断から最善手を打つことをしたかった。

 

 また少しペースを上げたところで、第3コーナーを回りはじめる。当然少しスピードは落ちるけど、相対的な速度感は落とさない。今度はドウの言葉を思い出して、心を落ち着ける。

 

『イクイさ、有馬で早めに仕掛けて先頭から押し切ってたよね? アレができるんなら例えば……ラストスパートをこう、階段みたいにすればマークとか振り切れるんじゃない?』

 

 感覚的だけど、ドウの発想はよくわかった。基本的に最終直線でフルスロットルをふかすスパートを、段階的に分割する。全体のペースコントロールじゃなく、早いスパートなら私の注目度も関係なくさすがに他の子もついていかざるを得ない部分がある。それに、どうしてもギアチェンジを見てから後続がギアチェンジをする形になる。つまり後続の反応が遅れれば距離を稼げるし、追いつけると思わせたタイミングで再加速を入れればプレッシャーを与えることもできる。私が最終直線で歯牙にもかけられないパターンは負けるけど――

 

(そうなったら、トレーナーさんとドウとパンサラッサ先輩にうんと笑ってもらおう)

 

 覚悟を決めた。第4コーナーに差し掛かる。本当に少しだけペースを落として、すぐ後ろにいるであろう子たちの注目を集める。追いつける目標がここにいる。そう印象付けてから、最終直線に入る少し手前で。

 

 

(まずは、1つっ!)

 

 

 ギアを上げる。スピードが乗っていく。考えながらじりじりと走り続けたぶん一気にトップスピードに乗せたくなるのを我慢して、最終直線をまっすぐに。

 真横に来てからだと遅い。早めにギアを上げると全力を出される。強いウマ娘たちの意識の隙間を突くには、完璧なタイミングでギアを上げる必要がある。それも、2回とか3回――

 

(…………?)

 

 耳に全神経を集中する。足音が1バ身半後ろまで迫ったらギアを1つ上げたい。……足音が、迫ってこない?

 そんなはずはない。200mを切りそうなところまで来ても、いっこうに気配は近くに来ない。もし後方で何か事故があったとしたら。あるいは、もっと外ラチ側で皆が競り合っているとしたら。

 思わず、振り向いた。

 

 

 

「……え、」

 

 

 

 レースは続いていた。みんな、全力で走っていた。歯を食いしばって、フォームも崩れかけながら、必死な息遣いさえ聞こえてきそうな鬼気迫る走りは。私の背を、脅かしそうな距離には、なかった。

 一瞬だけ、何番手かの子と目が合った。呼吸じゃなく、何かを呟くように口が動く。

 その唇と、見開いた目の意味は。

 

 私はそれに意識を割かれながら、ゴール板の前を横切った。

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