今日はいよいよ、イクイノックスの
メイクデビュー当日。
今のところで考えられることは一通り考え、
あとは人事を尽くして天命を待つだけ。
もしここで失敗してしまったとしても、
すぐに崖っぷちというわけでもない。
反省点を探して修正する時間は十分にある。
ここで自分が不安になってもしょうがない。
とはいえイクイノックスは不安だろうと
覚悟しながら控え室の扉を開けると――
「う、うぅ……
人、人、人、人、人、人……」
そこには、指がすり切れるような勢いで
手のひらに人の字を書き続けている
イクイノックスがいた。
Ωちょ、ちょっと!?
「だ、だってトレーナーさん!」
とりあえずイクイノックスを落ち着かせる。
合理的な理由があればいったん
手を止めてくれるかと思い――
「手のひらを痛めると走るときの手の握りに
影響があるかも」と伝えると、
少し正気を取り戻したようだった。
「た、確かに……
でも、もう私にはこれしかないんです……!」
Ωそんなことないけど……
もちろん彼女には、ここまでの練習や
座学による知識があるはず。
ただ、やはりまだイクイノックスの不安症は
努力の裏打ちでは改善されていなさそうだ……。
そもそも、イクイノックスは自分1人でも
ずっと努力を続けてきたウマ娘だ。
自分というトレーナーがついたからといって、
1人の時と同じことをしていたとしても
不安症は改善されない、と言われれば頷ける。
つまり、自分のやることは――
Ωイクイノックス
「っ、は、はいっ!?」
うつむき通しのイクイノックスに声をかける。
そもそも今回は実際のレースで様子を見るのが
第一目的であり、順位やレース内容はそこまで
重要ではないこと。
仮にここで大きく失敗したとしても、
取り返すチャンスはいくらでもあること。
もし自分の身体や判断に不安を感じたなら、
とにかく無事を第一にすること。
Ωこのレースを勝てなくても、見捨てないから
慎重に言葉を選びながら、このレースの方針を
もう一度イクイノックスに確認する。
模擬レースの経験はあるものの、
イクイノックスにとっても自分にとっても
この先は未知の世界だ。
そしてトレーナーはその世界に、
ウマ娘を送り出すことまでしかできない。
Ω私は、君が無事走り抜けられることを期待するよ
「……っ!」
せめてものおまじないのようにそう言うと、
イクイノックスは覚悟を決めたようだった。
ぱん、とイクイノックスが手を叩く音が
控え室に響いた。
「……そう、ですよね」
「もうここまで来たら、とりあえずは
やるしかないですよね……!」
「トレーナーさんが、こんなに私のことを
励ましてくれてるんだから……!」
明らかに顔色が悪い……。
Ω本当に、無理しなくていいからね!
「だっ、大丈夫です!
これが、私の…… 第一歩ですから……!」
……他人のために頑張れてしまうのは
イクイノックスの長所でもあり、
短所でもある。
あらためてその事実を胸に刻み込み、
右手と右足を同時に前に出しながらも
出口に向かうイクイノックスを見送った。