イクイノックス 育成ウマ娘イベント   作:土見

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[シニア級6月後半]宝塚記念にむけて

 

 

 

宝塚記念当日。

 

問題なくファン投票で出走できるはずの

イクイノックスの足取りは、ついに

重いままだった。

 

……思えばイクイノックスは、いつでも

自分のためではなく他人のためだけに

走っていたような気がする。

 

それをどうにか、無理やりにでも

改善方向に向けたほうが

よかったのではないだろうか。

 

メディア向けの発信なども含めて、

もっとイクイノックスのためにできることが

たくさんあったのではないだろうか……。

 

Ω(弱気になっちゃダメだ)

 

首を振る。ファン投票で選ばれたということは、

多くの人から活躍を期待されていることに

他ならない。

 

だから、あとは本当にイクイノックス自身の

気持ちの問題なのだ。

だが……。

 

Ω(……言えない)

 

彼女を無理やりに納得させることなんて、

自分にはできなかった。

 

ターフを駆ける苦しみを、トレーナーが

真に理解することは難しい。

トップクラスの選手ならなおのことだ。

 

何をどう考えて言葉を選んだとしても、

それでイクイノックスの悩みを消すことは

難しいだろう。

 

理解はできるのに納得がどうしてもできない

今の彼女に、自分がどんな言葉をかけても

不誠実になってしまうような気がした。

 

自分がイクイノックスが勝つのを望んでいる、

と声をかけるのもためらわれた。

 

その言葉はまぎれもない事実だが、

それはイクイノックスのこれからを考えると

視野を極端に狭めてしまいかねない。

 

かといって何もしないのは、それこそ

イクイノックスを預かる責任者のひとりとして

不誠実だ。

 

自分にできることは何だろう。

ずっとそれを考えているが、答えはまだ

見つからなかった。

 

 

   ―//―//―//―

 

 

「トレーナーさん……」

 

準備を終えたイクイノックスの声は、

初めてレースに出走した時のように震えていた。

 

とにかく今は目の前のレースに。

自分が迷っている暇はない。

 

Ωイクイノックス、今日はとりあえず走ろう

 

「と、とりあえずって……」

 

イクイノックスは、応援されている。

勝つべきかどうかは二の次だ。少なくとも

出走することは、誰もが望んでいるだろう。

 

少しでも異変を感じたらレースから

離脱してほしい。イクイノックスの人生は、

ここで終わるわけではない。

 

言葉は何もまとまらなかったが、

それでもイクイノックスはどうにか

頷いてくれた。

 

「……トレーナーさんは、私のことを――」

 

「っ、すみません、行ってきます……!」

 

首を勢いよく振って、無理やりに飛び出す

イクイノックスの背を見送る。

 

イクイノックスは何を聞きたかったのか。

何をこちらに求めようとしたのか。

なぜそれを途中でやめたのか。

 

なんとなく察しはついたが、

今は気付かなかったことにした。

 

――宝塚記念が、始まる。

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