長い、夏合宿が終わった。
今年もまた、無事に次の進路が決まったことに
感謝しつつ――
「あ、トランプ…… 1枚だけですかね?」
今年も、イクイノックスと一緒に
忘れ物点検をしていた。
去年バスに乗り遅れかけた反省を活かして、
今回は早めに点検を済ませていく。
いったん両手に抱えた忘れ物を預けに
受付に向かうと、そこに見覚えのある後ろ姿が
立っていた。
「――あ、イクイのトレーナーさん!」
Ωドウデュースも、忘れ物は大丈夫?
「その辺はバッチリ……っていうか!」
「すいませんでしたっ!」
Ωえ、えぇ!?
勢いよく腰を90度近くに曲げた見事な謝罪に、
思わず周囲からもざわめきが起こる。
「あのトレーナーとウマ娘、何かあったのか?」
「いや、急にあの子が謝って……」
いたたまれないにも程がある。
刺すような視線を感じながら、少しだけ
その場を離れて話を聞く。
「イクイのこと、話してくれたのに
トレーナーさんの頼みを無視したみたいなこと
言っちゃって……!」
「こう、イクイの話聞いたら思いついたことが
口から止まらなくなって……。」
確かに、イクイノックスの状況について
ドウデュースに話したとき自分は
「彼女の自主性に任せてほしい」と言った。
そういう意味では、ドウデュースは確かに
こちらの本意でないことを言ったのだろう。
しかし――
Ω本当にありがとう、ドウデュース
「……?」
ぽかんとした様子のドウデュースに
説明を続ける。
自分はウマ娘でもアスリートでもないし、
トレーナーとしての役割は彼女が自由に
選択できるよう準備と補助をすることだ。
ただ、それをしようと心がけるあまり、
それ以外の立場に立つのが難しくなっていた。
もっと大事なことはいくらでもあったのに。
ドウデュースはそれを気付かせてくれたし、
それどころか自分にはできない提案で
方向を指し示してくれた。
だから、心から感謝している。
そう説明すると、ドウデュースはなんとなく
納得がいったようだった。
「なるほど……? とりあえず大丈夫そうなら
よかったんですけど……
2つ、言わせてもらいたいことがあります!」
「まず、アレはアタシにしかできない
アドバイスだったとしても、アドバイスは
アタシにしかできない訳じゃないです。」
「たぶん、トレーナーさんが何か言ったら
それをテコに立ち上がれると思います。
……イクイ、走るのは好きですし。」
「それから2つめ。
――アタシの最強は、アタシと兄ちゃんです。
秋は本気で来るように伝えてください。」
頷く。熱い秋になりそうな予感がした。
―//―//―//―
「え、さっきドウいたんですか?
いったい何を……?」
Ω宣戦布告されたよ
「えっ、ええ……?」
とはいえ、焦ることはない。
待ち構えているのは向こうだが、
こちらが挑戦者ということでもない。
落ち着いて天皇賞秋に向かおう。
そう伝えると、イクイノックスは不思議そうに
こちらに質問してきた。
「……トレーナーさん、楽しそうですね?」
イクイノックスも少し嬉しそうじゃないかと
聞いてみることもできたが、やめておく。
その代わりに。
Ω私はイクイノックスのファンだから
トレーナーであり、1番のファン。
この夏初心に立ち返って思い出したことを、
改めて口にする。
イクイノックスの小さな笑い声は、
バスが近付いてくる音に巻き上げられて
夏の空に消えていった。