中山レース場。
今日は誰もが憧れるクラシック三冠の初戦、
皐月賞の当日だ。
Ω(さすがに、緊張するな……)
普段は緊張するイクイノックスを
落ち着けることができていたが、今日は
自分も緊張しているのを感じていた。
人生で1度しか走ることのできない、
重要なクラシックの第1戦。
自分はこの舞台にイクイノックスを
十分な形で送り出せるのか。
そう考えると頭がくらくらする。
そして実際に走るわけではない自分が
これだけ緊張しているということは、
イクイノックスは輪をかけてだろう。
そんなことを考えながら、
控え室のドアを開ける。
本来の集合時間より1時間ほど早いが――
「ぁ、ト、トレーナーさん……」
ある意味予想通りだったが、
真っ青なイクイノックスがそこにいた。
思わず震える彼女の手を取ると、
指先まで生気を感じないほど冷たかった。
念のため用意しておいたカイロを握らせる。
Ω大丈夫、まずは深呼吸だよ
しばらくしてどうにかイクイノックスは
落ち着きを取り戻した。しかし……
「ど、どうしましょう、トレーナーさん……」
たんに「落ち着きを取り戻した」と
「今までの積み重ねを発揮して走れる」には
大きな差がある。
このままでは、勝てる勝てないよりも
イクイノックスに悔いが残るレースに
なってしまうだろう。
自分に今からできることが多いわけでは
決してないが、それでも何もせずに
このまま送り出してしまいたくはなかった。
Ωよし、一気に見直ししよう!
「……ぇ、あ、は、はい?」
Ωまだ時間はあるし、資料もあるから!
「え、あ、は、わっ、はいっ!」
今すぐに緊張を解く魔法も、
自信をつけられるような手段も
自分は持ち合わせていない。
自分にできるのは、どこまでいっても
ほんの「おまじない」だけだ。
直前まで情報を詰め込んだほうが
気がまぎれそうなら、
自分にはそれをする義務がある。
詰め込みすぎが問題になって
レースに影響が出る可能性も
なくはなかったが――
(ザワザワ……)
「?」
この空気感を感じるに、
その裏目の可能性は薄そうだなと思った。
あとは――
Ω何があっても、身体は練習を覚えてるから
―//―//―//―
(ワアアアッ!!)
「う、わっ……」
(これが、G1レースの熱気……
これがクラシック三冠、これが皐月賞……!)
「――遅いっ! 待ちくたびれたよ!
あたしのライバル、イクイノックス!」
「ど、ドウ……!」
「もちろん他の皆も警戒しどころだけど……
当然! 警戒度マックスで行かせてもらうよ!」
「おいおい、このタイミングでドウデュースが
イクイノックスにライバル宣言かよ!?」
「ますます盛り上がってきたな!」
(――ああ、)
(目が回るくらい空気が熱くて、
覚えてきたこと全部飛びそうだ……)