不遇水魔法使いの禁忌術式   作:リョー・バッキー

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MATCH.01 再会

 〝万物の根源は水なり(アルケー・デトン・パントン・ヒュドール)〟という言葉がある。

 四属性の祖たる〝古き冠の魔術師〟四柱のうち一人、タレスの言で、かの魔術師はあらゆるものは水により構成されると唱え、さまざまな奇蹟を起こしたという。

 ──だが、現代魔法において〝(ヒュドール)〟は万物の根源とはされていない。

 あらゆる〝奇蹟〟は発達した魔法学により紛い物とされ、四属性の祖として奉られる四人の古き魔術師──

 〝(ピュール)〟なるヘラクレイトス。

 〝風にして息吹(アネモス・カイ・プネウマ)〟なるアナクシメネス。

 〝(ゲー)〟なるクセノパネス。

 〝(ヒュドール)〟なるタレス。

 

 絶えず流転し続け〝闘争(ポレモス)〟の本質を持つ〝炎〟とヘラクレイトスが四属性の王とされ、〝水〟とその祖タレスは今や最も卑しい〝根源質(リゾーマタ)〟とされるようになった。

 

 それは燃え盛る〝火〟が止められぬからではなく、

 それは吹き荒ぶ〝風〟が止まぬからでもなく、

 それはただ在る〝土〟が金銀を産むからでもなく。

 

 ただこの世全ての生物を潤す〝生命〟の象徴である〝水〟──それそのものが、禁忌への扉に近いと言われるが故の処遇である。

 

 タレスは奇蹟の人である(・・・・・・・・・・・)

 タレスは禁忌の人である(・・・・・・・・・・・)

 

 だから。

 だからこそ。

 いま僕に必要なのは。

 禁忌(キセキ)

 ──禁を破る覚悟はとうにあり、忌を侵す意味は問われるまでもない。

 

 魔法陣は、すでに赫々と輝いている。

 全てはもう、夜明け前の空のように──ただ、始まるのを待っていた。

 

 「──祖よ。肇まりなる水の師よ。汝がために閉ざされし古の扉の前に、我はあり」

 

 手をかざす。寒々しく緩やかな明滅を繰り返す魔法陣の中央に横たえた、美しき軀へと。

 

 「──水よ。高き御座より下り賜うものよ。悪むべき処にも遍く在り、汎ゆる命を愛しむ者よ。時に荒れ、逆巻く力を持つ者よ」

 

 奇蹟(タレス)によって開かれ、禁忌(タレス)によって閉ざされた門を、もう一度開ける。

 その力を、もう一度この世に齎すために。

 その力で、もう一度この世に蘇らせるために。

 

 「一ツ目の井戸(エサク)は閉ざせ。二ツ目の井戸(シテナ)は閉ざされよ。開くべきは三ツ目の井戸(レホボテ)なり」

 

 待っていろ、サーシャ……。

 僕は今、タレスの背を見ているんだ。

 〝蘇りの聖者(アンデッド)〟タレスの背を──。

 

 「奇蹟は我が手に!祖なる水より授かりしもの、淀まぬ流れは泡沫に、されど流転せよ!逆転する大河の恵み、一度授かりしものを再度此処に──」

 

 蘇る。甦る。

 黄泉還る魂が、今ここにあるのだ。

 

 「──告げる。我、水の徒キマ・レウミデスの名は櫂にして帆なれば、汝が手は生命の流れを遡るために握られ、失われしサーシャ・クリスタロスの魂縛は軛を解かれ、自由なる魂は再びこの体に還り来よ」

 

 息を吸う。凄まじい魔力の奔流が身体を巡り、激しく発光する魔法陣に吸い込まれていく。

 

 

 「汝は澱み!戻り来て留まりし御魂!黄泉還れ────【蘇生の奇蹟(リザレクション)】っ!」

 

 

 瞬間、吹き出した光と魔力の濁流に目を潰され、庇うように手をかざして目を瞑る。

 

 「──す──」

 

 何かが聞こえた。

 赤く残像の焼き付いた視界が落ち着き、ようやく目を開けることができた。

 瞳があった。金色の、琥珀のようにきらめく瞳。

 

 「……な──!」

 「マスター!マスター! このワタシを──、このサーシャ(・・・・)をお呼び下さいました、偉大なるマスター! ああ……! 二人目の〝水の導師〟! ああ、マスター!困りました……! ワタシ、冷静でいたいのに……こんなにも高ぶって!」

 

 水色の髪の少女が、僕に抱きついている。金色の瞳を爛々と輝かせて、喜色満面で僕のローブに頬ずりしていた。

 

 「だ…………」

 「ああマスター、なんと喜ばしいことでしょう……あなたのような方とお会いできるなんて、このワタシ……」

 

 

 

 「だ、誰なんだっ……! 君はっ……!」

 

 

 

 僕の叫びが、すっかり暗くなった石室の中に響き渡る。

 

 「ああ……そうでしたね」

 

 僕の胸に頭をうずめた彼女が悲しげに呟く。

 「……解析完了」とまた、顔を押し付けたまま言って、

 

 「ごめんね、キー君♪」

 

 てへっ♪とでも言いそうな軽い調子で謝りながら、顔を上げた彼女の表情を見て──僕は凍りついた。

 この顔(・・・)だ。サーシャという女の子は……こういう顔(・・・・・)をして、こういうこと(・・・・・・)を言う女の子だった。

 混乱と、今更ながらに首をもたげる〝禁忌の魔法〟への恐怖が、僕をがんじがらめに縛っていた。

 

 「ごめんね、怖いよね?でも嬉しいな、キー君がそんなにわたし(・・・)に会いたいって思ってくれるなんて……えへへ。大丈夫。わたしはサーシャ(・・・・)。あなたの幼馴染で、優しいあなたのことが大好きな、サーシャ・クリスタロスだから……」

 

 母性あふれる笑みで、僕の頭に手を乗せ、上目遣いに撫でてくるその手つきは、確かにいつものサーシャだった。

 瞳を合わせると、彼女はにっこり笑って……

 

 「……そういうふうに、この身体の〝記憶〟でふるまえるから。だから、ね♪」

 

 囁くように、耳元に唇を近づけて。

 

 「ワタシ(・・・)のことも、よろしくお願いいたします……マスター」

 

 と平坦な口調で言った。




◇この女の正体は…?

次号、女の正体が…?
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