不遇水魔法使いの禁忌術式   作:リョー・バッキー

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いやっ聞いてほしいんだ
更新が止まったのはね…

今回が難産だったとかじゃなくあの画像(・・・・)を人力生成するのに時間を使っていて書けなかったんですよ


MATCH.10 遭遇

 音がする。靴音が。誰かが固い石畳を歩く、硬質な音が聞こえる。

 距離はまだある。長い回廊の角の向こうに、それはまだいる。

 だが時間に猶予はない。

 閂を掛け、鍵を付け、隠し通路に飛び込む時間など……どう考えても、あるはずがない。

 

 「ま、マスター…!」

 

 サーシャは慌てた様子で、手に持った豪奢な杯を放り出し、金貨を被せて埋めようとしている。

 こいつは犬か?

 

 ……じゃなくて。

 「サーシャ、逃げも隠れも間に合いそうにないんだ。()るしかないんだ」

 「わ……わかりました」

 

 足音は迫る。

 利用者さん……誠に申し訳ないが。

 僕たちは今からあなたをぶちのめし、金を持って逃走するのだ。

 

 ──来る。

 足音は近づき、硬質に響く。緊張感が高まっていく。

 

 チリチリとした空気が漂う。

 汗が噴き出す。

 

 熱を持っている(・・・・・・・)

 

 空気の焦げる匂いが充満し、空気が熱を帯びる。

 焼け付いた酸素が肺に流れ込む。

 なにか、呪文のような呟きが聞こえる。

 

 「──御使達い(ホウトース・エスタイ・エン・)でて、義(テー・シンテレイア・)人の中よ(トウ・アイオーノス・エクセレソンタイ)り、悪人(・ホイ・アンゲロイ・)を分かち(カイ・アフォリウシン・)て、之を(トウス・ポネーロウス・)火の炉の(エク・メソウ・)中に投げ(トン・ディカイオーン・カイ・)入るべし(バロウシン・アウトウス・)。其処に(エイス・テン・カミノン)て哀哭・(・トウ・ピュロス・エカイ)切歯する(・エスタイ・ホ・カラウトゥモス)ことあら(・カイ・ホ・ブリグモス・)ん……(トン・オドントン)

 

 炎が金庫の扉を回り込み、チロチロと財宝の表面を舐めるように踊る。

 

 「くっ────!安息の井戸(レホボテ)!」

 

 最初から全開で行くしかない。

 第三階梯の門を開け、魔力を引きずり出しながら炎を突っ切る。

 

 濃密な水の魔力を纏っていれば、微細な魔力によって引き起こされただけの火など肌に届くことはない。

 

 「はっはあ──っ 出てきたなあクズがよお──っ」

 

 渦巻く炎のカーテンの向こうには、女が立っていた。

 嗤っている。

  

 黒い服を纏って──シスターのような──いや、これに似たものを見たばかりだ。

 

 「お前は……異端狩り(エグゼタステス)──ッ!」

 

 「御名答ォ──!両刃の剣(マカイラン・ディストモン)のように鋭いなあ──お前っ! だが残念だなあっ! 罪人野郎には泣き叫び、歯ぎしりするだけの未来しかないんだあっ」

 

 男勝りにからからと笑う女が、黒い服の袖を翻す。

 修道女(シスター)風にアレンジされた黒い神官服に、黒く染まった鎧のパーツが付けられている。

 異形の衣服。対魔術師の戦闘に特化した、魔術師殺しの装いだ。

 その背中には、軽装に見合わないほど大きな剣が何本ものベルトで縛り付けられている。

 

 「へへへ……気になるかあ?あたしの剣が──見せてやるぜっ」

 

 ずるり、ずるりとベルトがひとりでに解けていく。

 それとともに、拘束を脱した剣が舞い上がり……主人の手に収まった。

 魔力操作による物体の移動──高等な魔術能力の証左だ。

 

 「神の言葉は(ホ・ロゴス・トウ・セオー)──臓腑(ディアパラシセタイ)を穿つ(・エイス・タ・スプランクナ)! この両刃の大剣(マカイラン・ディストモン)のようになあっ──」

 

 日に焼けた腕で、大剣を軽々と構える女。

 チリチリと肌を焼く空気の中で、火の気がさらに強まる。

 

 「──告げる!汝罪人なれば、我〝獄炎(ゲエンナ)〟の門を開く──ヒノムの谷(ゲー・ヒンノーム)にて罪の炎に焼かれよ! この──〝篝火の剣(シフォス・ピュリフォロン)〟によってなあっ」

 

 開門──。

 溢れ出した火の魔力が大剣に纏わりつき、眩いばかりに燃え盛る炎の刃に変わる。

 

 「さあ、武器を出せよ──背教野郎(アポスタテース)っ! あたしは無手の相手とはやらない主義なんだっ」

 

 「く……〝氷刃形成(スタラクタイテス)〟!」

 

 手元に水を出現させ、それを凍らせて氷の刃を形成する。

 燃えさかる鋼鉄の大剣と比べればあまりにも頼りないが、今はこれが命の綱だ──!

 

 「イイねえいい覚悟だっ……さあやろうぜ禁忌野郎(ヒエロシロス)っ! 銀を探し──宝を求めるようにお前を探した! その甲斐があったなあ──っ」

 

 そう言うが早いか。

 力強い踏み込み。

 風圧で炎をまき散らしながら、黒い服の女は一足に間合いを迫らせる。

 力任せなスイングで胴を凪ぐ、紅く熱された大剣。

 熱によって揺らめく空気を裂いて、紅蓮の尾を引くその斬撃を──凍てつく刃で迎え撃つ。

 

 粉砕。

 熱せられた鋼鉄に接した氷の刃は、薄氷を踏むが如く……いとも容易く砕け散り、氷片を撒き散らして光を散乱させる。

 

 ──だが。それでも。その儚い刃は、十全に役目を果たしていた。

 

 通り過ぎていく。焼け付く刃が──足下の空中を切り裂いている。

 

 振り下ろした氷の刃を起点とする跳躍。これにより、刃を犠牲にしつつも難を逃れ──再度、生成した水を凍結させる。

 

 滑らかなカーブを描く、氷の曲刀。

 その刃の前に──再び、燃え滾る鋼鉄が迫る。

 

 

 「鹿のようだ(ホス・エラフォウ)! よく跳ねる──っ」

 

 裂帛の気合で急激に方向転換を強いられた刃が、空中の敵へと襲いかかる。

 

 その側面に、合わせるように。

 押し当てた氷の刃は──つるり、と。無抵抗に受け流す。

 炎に巻かれて溶けた氷の刃は、水を纏い……熱せられた大剣の、その刃の上を滑る力を得た。

 

 「鷹のように(ホス・アエトイ)! 空まで飛ぶか……背教者(アポスタテース)あ──っ」

 

 宙から刃の溶け落ちた氷刃を投擲。それはあっさり弾かれるが、その隙に刃の再生成は済んでいる。

 

 「来いよ野郎ォッ」

 

 女は挑発している。

 剣を片手に握り、篭手に包まれた指をクイクイと動かして。

 

 そんな誘いに……ああ。乗るさ。

 魔力のこもった爪先が、硬い石の床を蹴る。

 冷え切った指先で、へばりつく固い柄を握りしめる。

 その先端の、冷気を漂わせる切っ先を──身体に隠す。

 

 姿勢は低く。

 踏み込むイメージは、常に波濤。

 瞬く間に足を濡らす、浜に寄せる波のように。

 静かに迅速に、下から迫る。

 

 すべらかな石のタイルの上空をぎりぎりに、掠めるような体重移動。

 水のように忍び寄り、瀧昇りの如く斬り上げる。

 

 「ハッ──ハァ──!」

 

 女は笑いながらバックステップでそれを回避する。

 そうだろう。これはそう躱すもの。

 

 「……っおああ──っ」

 

 斬り上げた刃が翻る。そのまま振り下ろしの斬撃に変化し──砕け散る。

 

 

 炎の紅をきらきらと反射し、散る花のように煌めく氷塊の向こうで、女が嗤う。

 

 「罪人よ!哀哭(クラウスモス)の時間だぜ──!」

 




◇絶体絶命…!

次号、起死回生の策が…?



※引用は岩波文庫『文語訳 新約聖書』第5刷に拠る。
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