不遇水魔法使いの禁忌術式   作:リョー・バッキー

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MATCH.11 両断剣

 女が笑う。

 日に焼けた肌の、黒衣の女が──燃え盛る剣を振りかぶり、獲物を仕留めるために牙を剥く。

 

 「情けないなあっ背教者ァ! もう終わりかあ──っ」

 

 刃が迫る。紅い炎を纏う鋼鉄が、首筋に向かって冷えた空気を切り裂いていき、空気の温度を塗り替える。

 

 「ああ終わりだね!────お前がなあ──っ! 〝氷よ貫け(パゲ・バレ)……蜂のようにだ(ホス・スフェクス)〟!」

 

 飛び散った氷片が。

 ただ炎の奔流に流されるだけのそれが。

 指令によって、牙へと変わる。

 獲物の柔らかな腹を食い破る、獰猛な獣のように。

 巣を侵す者を追い詰める、雀蜂(スフェクス)のように。

 

 宙を舞う全ての氷塊が……鋭い刃を女に向ける。

 

 女は気づいていただろうか?

 数瞬前に砕け散った刃の破片が、先程よりも大きかったことに。

 僕の剣は砕かれた(・・・・)のではなく自ら砕いた(・・・)ということに。

 

 猛る炎のように、一直線に。ただ首筋だけを狙う斬首の剣に──一瞬の、迷いが生じる。

 選択肢の追加による、防御と攻撃のバランスの崩壊。

 研ぎ澄まされた意識に紛れ込む、ほんの僅かな異物。

 

 それで十分(・・・・・)

 

 僅かな綻びでもあれば、たちまちに全てを侵すのが水というもの。

 そして──溢れた水が、掌では受け止められないように……一度流れ出した水を、止めることなど不可能なのだ。

 

 「ぐ……うっ──〝我が身、火を纏え(エンディテティ・ピュール)〟ッ」

 

 身体に火炎を纏い、氷を焼き尽くそうとする黒衣の女。

 少し乱れはしたが、大剣は変わらず首筋狙いの軌道。

 だが、その少しの綻びが致命的。

 

 「っしィ──!」

 

 女が視界から消える。

 のけぞることで刃を躱し、魔力をたんまり纏わせた脚で蹴りを放つ。

 

 「うぐぅっ」

 

 むき出しの脇腹にヒット。

 勢いを殺さず後ろに跳ねて、女と距離を取った。

 

 「ぐ……やるじゃねェか……っ」

 「あまり水の魔術師を舐めないほうがいい──魔法の使い勝手が悪いということは徒手空拳(ステゴロ)でも戦えないといけないということなんだからね」

 

 ゆっくりと拳を構える。

 打たれた脇腹をさする女は──赤い目を歪ませ、獰猛に笑った。

 

 「お──おいおいどうした?武器を出せよ。あたしを素手で〆られるとでも言うつもりかあっ」

 「ああ……怒らせたなら謝るよ。そんなつもり(・・・・・・)ではなかったと──」

 

 手を開き、見せつける。

 赤くなった掌に、氷の塊がへばりついている。

 

 「──手がね、冷たいんだよ。これ以上持ってられないんだよ」

 

 「はっ……ハッハァ──! なんだあそれはっ!」

 

 女は笑う。露出の多い改造シスター服の裾を揺らして、大いに笑う。

 

 「ハハハッ……あたしが温めてやるよっ──この熱い拳でなあっ」

 「直火だと焦げちゃうだろっ」

 

 剣を投げ捨てた女が、拳に火を纏わせて殴りかかってくる。

 冷気を纏わせた手でその拳をいなしながら、丁重にお断りを入れ──

 

 

 「頭上にご注意(・・・・・・)!」

 

 その叫びにすべてを持っていかれた。

 

 「なにっ」

 「な……なんだあっ」

 

 金品が飛んでいる。

 頭上を、すごい数の金銀財宝が……群れをなして飛んでいる。

 

 「──待たせたね! キー君っ! でももう大丈夫! わたしはここに! 今在るのだっ!」

 

 掘り出して来たらしき黄金の剣を片手にサーシャが胸を張る。

 

 「さあ……大魔術の時間だよっ! とくとご覧あれ──〝金よ(クリュッセ)!……溶解せよ(レオウ・ホス・ケロス)!〟」

 

 えげつない魔力の集まりとともに、宙を舞う金細工たちが姿を変えていく。

 ドロドロに溶け、一つの塊になり……。

 

 「──〝(ロンパイア)金の巨(・クリュソテウクトス・)(メガレー)〟っ!」

 

 

 ──それは剣だった。

 あまりに巨きく、おぞましいほど精巧に。

 絢爛豪華に炎の光を乱反射する、それそのものが炎であるかのような煌めき。

 精緻な細工をそのままに、押し固めたように一つにされた──圧倒的な質量を持つ、黄金の剣だった。

 

 「な……なんだあ──っ」

 

 「〝振り下ろせ(カタフェレ)〟──〝処刑人のように(ホス・ホ・デミオス)〟!!」

 

 巨剣を従えるように掲げた儀礼剣の切っ先が、虚空を裂く。

 それに連れて、頭上の重量物が巨大化……いや、凄まじいスピードで振り下ろされる。

 

 「ぎゃああああああもったいねーっ」

 「うわあああ──っ」

 

 叫びながら全力で跳ぶ。

 当然ながら、こんなものに潰されたらひとたまりもない。

 それは黒衣の女も同じなようで。

 なりふり構わずすっ飛んで刃の下から脱出し、地面を転がる。

 

 「えーいやーっ!」

 

 気の抜ける掛け声とともに叩きつけられた黄金の刃は、圧倒的質量のもたらした衝撃波に──粉砕されたタイルの破片を交えて、もうもうと土煙を立たせた。

 柔らかい性質の黄金が主になっている剣は、無残にひしゃげていながらも……美しかった鏡面仕上げの石畳を、凍りついた波のように刺々しい瓦礫の群れに変貌させていた。

 

 「な……なんて勿体ねえ攻撃をするんだ……」

 

 土煙でゲホゲホむせながら女が言う。

 「僕もそう思う」と同じくむせながら答える。

 

 「まだ終わらないよ──っ」

 

 土煙の向こうから声が聞こえる。

 耐性がなければ震え上がるほどの魔力を纏う、第二の矢(・・・・)

 

 「あ……悪魔だっ! あの女(・・・)は悪魔かあ──っ」

 

 隣で土にまみれた異端狩りの女が怪物と相対したかのように身震いした。

 ──僕もたまにそう思う。

 

 「──〝黒鉄(ブラキオン・)の巨腕(シデリウス)〟!」

 「──〝廻る…(ロンパイア)〟ァッ!?」

 

 鈍く光る黒腕が土煙をついて飛び出してくる。

 金庫の扉の鋼鉄を変質させた頑丈な腕に、炎の術を以て迎え撃たんとした女が呑み込まれていく。

 

 「ぐう──っ!」

 「〝捕縛〟完了っ……だね、キー君!」

 

 「サーシャ……やりすぎだろ!」

 

 ふぅーっ、魔力すっからかんだよ!と汗を拭いながらてこてこ歩いてきた幼馴染に、僕は大いに突っ込んだ。

 どうすんだこの惨状。




◇戦闘終了…。

次号、ようやく逃亡計画が…?
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