不遇水魔法使いの禁忌術式   作:リョー・バッキー

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MATCH.12 窃盗

 二度の大魔法炸裂により極めて前衛的な内装に変わった、金庫の扉が並ぶ清潔な廊下。

 

 黄金の巨大な剣を床にぶっ刺す大胆かつ違法なリフォームにより、滑らかな石のタイルに覆われていた床は──どこぞの海岸か火山にある奇景のように刺々しく波打ち、歩く人間の足をズタズタにする地獄仕様に模様替えされている。

 

 魔法で強引にねじ曲げられた分厚い鋼鉄の扉は、その大部分を〝腕〟として持っていかれ、捩じ切られた蝶番が寂しげにプラプラと揺れ、ひしゃげた閂の残骸が床に転がっている。

 

 「へへへ……やりすぎちゃった? ごめんごめん」

 

 下手人(サーシャ)は──落としたペンでも拾うかのような軽さで詫びを入れながら歩いてきた。

 

 「でもほら、敵の人は捕まえたから……結果的にはね?」

 

 そういう問題じゃないと思う。

 ……でもまあ、仕方ない。

 ……誠に遺憾ではあるが。……いつものことだからね。

 

 サーシャ・クリスタロスという魔術師は優秀な土属性の魔法使いである。

 その協会における業務は多岐にわたり、中でも建築・土木の分野において彼女は若きエースであった。

 だがその才能は──戦闘においては、『大魔法ぶっぱ病』として発露し、とにかく規模のでかい質量攻撃で押し潰すことであらゆる困難を粉砕する、極めて野蛮で粗雑な思考へと変換される。

 

 「…ぅ…ぉぉぉ…」

 

 うめき声が聞こえる。

 黒鉄の腕によって壁に叩きつけられ、押さえつけられた黒衣の女の意識が戻ったのだろう。

 頑丈(タフ)なやつだ。

 

 「あ、いけないいけない……埋めたままだと窒息死しちゃうよね」

 

 恐ろしいことを呟きながら、サーシャは手を鉄塊の方に向ける。

 見る間にどろどろと溶解した鉄塊の奥から、ぐったりした女の顔がのぞいた。

 

 「た……助かったぜ……」

 

 ひゅーひゅーと嫌な音の息をしながら、女が言った。

 頭に被っていたシスター風の帽子はどこかに消え、乱れた銀髪が鉄に埋もれて固まっている。

 

 「あ……ありがたいけど……あたしのことは放っといていい……。し……しばらくしたら助けが来る……」

 

 「そうは言ってもね……」

 

 水の魔力を込めた手を向け、魔術を発動させる。

 背に突き刺した氷の塊を融解させ、水として傷口に馴染ませ……治癒の力へと転換した。

 

 ……さっき、鉄の腕を迎え撃とうとしたこの人(・・・)の魔法が中断されたのは──意識の隙を突き、僕に投げられ床に転がっていた氷の剣が、その背中に突き刺さったから。

 投げ捨てた時点でいつか発動するつもりで魔力を込めておいたから、即座に飛ばすことが出来たのだ。

 

 さすがに鉄の塊に押しつぶされたまま流血し続ければ命は危うい。

 それくらいの治療はしてしかるべきだろう。

 

 「ん~~、じゃあわたしも……ちょっと緩めておくね」

 「あ……ああ。悪いな……」

 

 女を押さえつける鉄が薄くなり、いくらか空間ができる。

 うん、そんなもんだろう。

 

 「じゃあサーシャ、もうこの際……隠蔽は諦めて、ごっそり貰って行こうか」

 「あっ、そうだよね。お金盗みに来たんだもんね」

 「お……おいおい。お前らそんなことのためにここまで忍び込んだのかよ」

 

 ごもっともな突っ込みがはいった。

 確かに金目当てならわざわざ警備の厳重な金庫にまで入る必要はない。

 その辺の民家なり商店なりに、欲しいだけの金はあるだろう。

 

 「うーん、この街を出たいんだ。こうやって追われたりもしてるわけだしね。そのための資金がいるんだよ……ま、ここにしたのは……一般市民に迷惑をかけず、魔術協会に大迷惑をかけたかったから──ってところかな」

 

 「は……はは。そうか、確かに魔術協会には恨みもあるか。あたしにも理解はできる……」

 

 女は頷いている。

 ま、そういうことだよ……と言って、僕は金庫荒らしの作業に戻った。

 

 「わ、ねえ見て見て……純金製のジョッキ! めちゃくちゃ重いよ! お酒入れて飲んでみたくない?」

 「おー、うん……貰っといたらいいじゃん」

 

 おっ白金貨だ。サーシャの話は半分くらい聞き流し、僕はお金の方を重点的に盗っておくことにした。

 

 「わあ、金の櫛だ!あははめっちゃ曲がる! 柔らかすぎだよ!」

 「おー貰っとけ貰っとけ」

 金貨金貨。色々な宝石を雑につかみ取り。

 

 「あっ、ルビーだけで作った指輪があるよ! こんなの付けて魔法使ったら指が飛ぶね〜!」

 「おーいいねいいね」

 金華銀貨白金貨。高額貨幣の塊を袋にぶち込む。

 

 「お〜、魔術協会長の黄金像があるよ! あははは目にルビーはまってる!」

 「おーそれは良……」

 

 今なんて言った?

 

 「……くないね! なんでそんな物があるんだよ! 捨てなさい捨てなさい」

 「いやいや、見てみなって……めちゃくちゃ笑えるから!」

 

 ずっっしりと重たい金塊を渡される。

 うわ。本当にあの男(・・・)の像じゃん。気持ち悪いなぁ……。

 

 ちょっと若返らせて美化したような、あさましい欲望が透けて見える造形。

 目玉に嵌められたルビーが悪趣味にギラギラ光っている。

 

 「……こんなもの持ってかないでくれよ?」

 「大丈夫だよ! 絶対持ってかないって……でもこのまま置いてくのも癪だよね」

 

 ──と不穏に微笑んだサーシャはその辺に転がっている金の延べ棒を手に取り、グニグニと潰して粘土のように丸め……それを像の腹に押し付けた。

 

 「まずはデブにして……それから髪の毛を減らして……あっ、目のルビーも気持ち悪いから……増やしちゃおっかな!」

 

 小粒のルビーをあちこちに埋め込み、その周りに瞼のようなディティールを作り込むサーシャ。

 

 「あっはめっちゃ気持ち悪い! もっと盛っちゃえっ」

 

 ゴテゴテと金やルビーを足され、背後に禍々しいルビー・アイだらけの光背を付けられたりローブの裾から触手が這い出てきたりと……もはやヒトには見えないまでに改造された魔術協会長像。

 

 「ん〜〜、なんかアレだね、これ……キー君が教科書にこっそり描いてた落書きみたいだね」

 「な……なんで知ってるんだよっ」

 

 急に人の過去を抉る悪い幼馴染に心を刺され、傷心の僕は……無駄に箱やらタルやらを蹴っ飛ばし、ひっくり返して金庫の中身をぐちゃぐちゃにすることでメンタルを回復させる──通称・八つ当たりによって精神の治癒を試みる。

 

 ……と、ひっくり返した箱の底から何かが転がり落ちてきた。

 

 「……? なんだこれ」

 

 それは四角い物体だった。

 金属のように硬く光沢のある表面は、宝石のような透明感のある輝きで覆われている。

 そして木のように軽く……見る角度によって、色が変わる性質もあるようだった。

 

 「……なんだかわからないけど。ま、貰っとくか」

 

 それも適当に袋に詰め込み、僕はもう一度その他を覗いてみる。

 まだ何か、中に残っているかもしれない。

 手を突っ込んで探ってみると、硬いモノが指に触れた。

 

 「お、もう一個あんじゃん」

 

 取り出したそれは、さっき頂戴したのと似た立方体だった。

 二本の指でつまみ、明かりに照らしてジロジロ見てみる。

 

 「……ん〜、なんかちょっと黒い?なこっち」

 

 先ほどのやつよりちょっと色が黒い。

 そのせいか、光に応じて見え方が変わる虹色の表面が……水に浮いた汚い油のようで、気味が悪く感じられる。

 

 「サーシャ、サーシャ……ほいっ」

 

 まだ黄金像をこねくり回して遊んでいる幼馴染にそれを投げて渡す。

 

 「わわっと、わっわっ……ほっ。……なにこれ?」

 

 受け止めに失敗して弾んだその立方体をお手玉のように跳ねさせて掌の上で落ち着かせ、彼女は首を傾げた。

 

 「……さあね。でもなんか気持ち悪いだろ、それ……そいつ(・・・)に埋め込むのにちょうど良さそうだろ?」

 「あー確かに、赤ばっかりだしアクセントに良いかもね。胸のところに埋めちゃおっと」

 

 ガバっと開かせた黄金像の胸の内に、その立方体が飲み込まれていく。

 頂点だけをちょっと出すように埋め込まれたそれは、黄金の中からひし形に覗き……異様な存在感を放っている。

 

 「わ〜、ますます気色悪い見た目になったね〜」

 「……でも原型がほぼないな。顔くらいじゃないか」

 

 度を越した魔改造により、黄金の像はもはや元が魔術協会長の美化されたエゴたっぷりの姿だったことなど分からないほど、キモさを別ベクトルに変更して大いに増幅されている。

 

 「あ、そうだ……ちょっと借りるよ」

 

 黄金像をひっくり返し、土台の裏に指を当てた。

 小さく起動語(エゲイロン)を唱え、門を開ける。

 

 「魔……術……協会……長……っと」

 

 指に水の魔力を集中させ、噴射する水の勢いで金を削り、文字を書き込む。

 うーん、これだけじゃちょっと寂しいかな。

 

 えー、どうしよ。

 それにしてもキモい見た目だ。人というよりは悪魔に近い。

 

 「あー、そうだ。思いついたぞ」

 よし、さっそく掘っちゃおう……。

 

 

 〝悪魔を超えた悪魔の像〟

 親愛なる魔術協会長オルギゾマイ様へ。

 貴方様のうるわしき〝真の姿〟を摸し、

 我ら一同、謹んで進呈いたします。

 邪神様のご加護がありますように。

       〝地獄の悪鬼 一同〟

 

 

 「うむ。……悪ふざけにもほどがあるな、僕」

 「──っはっはっは! もうダメ! お腹痛い〜〜っ」

 

 腹を押さえて金貨の上を転がりまわっているサーシャ。

 彼女用に分けておいた金貨袋を投げつけ、たちあがる。

 重い袋の直撃を食らって「ぽぎゅっ」と変な鳴き声を上げたサーシャに、声をかける。

 

 「そろそろ行こうか、もうお金は十分だしね」

 「──そうですね。そうしましょう、マスター」

 

 久しぶりに聞いた気がする無感情な声。

 土属性の出番が終わったと見たか、幼馴染(サーシャ)の方は引っ込んでいったらしい。

 

 「じゃ、行くか……」

 「はい、行きましょう」

 

 あ、その前に。

 

 「へーいそこの人……見て見てこの芸術品(アート)

 「う……うぎゃああっ! な……なんだよそれっ! 気ッ持ち悪ィなあっ!!!」

 

 サーシャ渾身の魔改造が施された金の像を、鋼鉄の中に埋もれている異端狩りの人にも見せてあげた。

 いいリアクションするなあ。




◇止まらぬ悪行…。

次号、逃走の計画が…?
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