不遇水魔法使いの禁忌術式   作:リョー・バッキー

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MATCH.05 都市

 ここ、ヘーゲノモスの中央には魔術協会の馬鹿でかい建物がある。

 魔術師のための特区であるこの街は、ピテコス王国最大の街でありながら王家の統治を受けず、独自の自治体系を成立させていて、その中枢である魔術協会はつまるところ統治機関に等しい。

 その壮麗な建築は街の支配者たる協会の威信を示し、かつ、魔術の神秘性を強調するためのものであり……石造りの協会本部には、偉大なる四属性の始祖たちの像が並んでいる。火を司るヘラクレイトスは憂いを帯びた険しい表情でランタンを握り、風を司るアナクメネシスは神秘を帯びた微笑を浮かべ、今も回り続ける風車をその手の内に収めている。

 土を司るクセノパネスは威厳ある顔に笑みを浮かべて鎚を握っており、これは土属性魔法を使った建築技術の始祖でもあることを示していると言われる。

 

 そして、水を司るタレスの像はと言うと……一つだけ、とても汚れていた。

 他の像がしっかりと磨き上げられているのに対し、タレスの像のみが随所に苔を生やし、薄黒く埃を被り、その手に持たれた盃には、吹き飛ばされた落ち葉が溜まっている。

 

 「──記憶(・・)にはありましたが……こうして見ると、腹に据えかねるものがありますね……」

 

 協会前の人込みの中、魔術師用のローブを深く被り顔を隠して像を見上げる。

 いつの間にか無表情モードに戻っていたサーシャが、薄汚れたタレス像を見て呟く。

 

 「──〝わたし〟は前から気には食わないと思っていたようですが……〝ワタシ〟にはさらに気に入らない状況です」

 「まあ、そうだろうね……」

 

 詳しいことは聞いていないが、サーシャの口ぶり──水の始祖タレスのことを〝導師〟と呼ぶような──からすると、彼女の魂はおそらく水属性の精霊が由来なのかもしれない。

 下手したら〝禁忌〟に触れかねないのもあって人の魂についてはそれほど研究が進んでいないが、説の一つに〝死した魂は属性の力によって精霊に生まれ変わり、精霊が人に魂や魔力を与える(あるいは、精霊が人の魂そのものになる)〟というものがあった。

 

 僕はその説に基づき〝精霊と化したサーシャの魂〟を彼女の体に戻そうとしたわけだが……結果としては別の魂──いや、精霊としての記憶を持ったままの〝精霊〟を引きずり込んでしまった可能性がある。

 

 ──ともかく、今彼女に宿る魂が水属性の精霊であったと仮定すれば、常人より〝水の祖〟──彼女の言うところの〝水の導師〟たるタレスは身近な存在であるはずで、それがわかりやすく貶められているのは……まあ、当然ながら気に食うはずもない。

 

 「まあ、あれだよ……協会は確かに掃除してくれないけど、たまに僕ら水魔法使いが集まって自主的に掃除をしてるから……ちょっとは綺麗になったんだよ」

 

 ほら、と像を指差す。金の瞳が訝しげに「どこが綺麗だってんだ」と像全体を探っている。

 

 「……足元だけちょっと綺麗だろ? 半年に一回くらいみんなで拭き掃除したりしてるから……。足場を貸してくれないし、高いところまで届くような魔術は使用許可が降りないから足元しかまでしか届かないんだよね」

 「ああ……」

 

 さすがにそれは知らなかったらしいサーシャが、変な声を出して納得したように頷いた。

 「……言われてみれば。台座だけ、他と同じくらいには白いですね」

 「そういうことだよ。まあ仕方ないよね……協会の奴らは『水魔法使いに割く予算はない』って言うし、自分でやるしかないんだ。嫌でも魔術協会に所属してないと魔術師をやれないからね」

 

 なるほど、確かにそうですね──とサーシャは像を見あげた。

 でも──と、口が動く。

 

 「──もう〝禁術使い〟扱いされて追放確定、ついでに教会に異端扱いも確定なんですから……そのルール(・・・・・)、守る必要ってあるんでしょうか」

 

 細められた金色の瞳が、爛々と輝いている。

 ──確かにそうだ。もう魔術協会なんかには縁も用もない。

 

 「くくく。面白いことを考えるね、サーシャ」

 「ふふふ。マスター、ワタシはルールを守るべきなのか(・・・・・・・・・・・)について疑問を呈しただけで、まだ何も提案はしてないですよ」

 

 悪い魔法使いが二人笑っている。

 もちろんその胸中にはわるだくみ(・・・・・)

 絵本から劇まで外れのないお約束を、僕らも守ってみよう。

 

 「さて──。綺麗にしちゃうのは良いけど、他の像に迷惑をかけてもいけないね」

 「はい。悪いのは協会……導師方に罪はありませんから」

 

 像を見上げる。

 協会の正面──いわゆるファサードを飾るように立つ四人の魔術師たち。

 その上には、壮麗な彫刻で飾られた本部の建物が何棟も伸び、大勢の魔術師たちがそこに詰めているのだ。

 

 「キー君、キー君……。今日ね、確か……お偉いさん達が会議をする日だったと思うの」

 

 コロリと口調の変わったサーシャが耳元で囁く。

 「ほら……会議室の窓、開いてるの見えるでしょ?」

 

 ああ──。

 まったく、いつもながら善良そうな顔をしてあくどい(・・・・)事を考える幼馴染だ。

 

 「オーケー、その案に乗ろう」

 「あれれ〜? わたし、会議の予定(・・・・・)を言っただけなんだけどなぁ〜?」

 

 明後日の方向を向いてすっとぼけるサーシャを尻目に、僕は立ち上がる。

 

 「ふふっ──非情な〝わたし〟に代わり、〝ワタシ〟がお手伝いいたしましょう、マスター」

 

 雰囲気の変わったサーシャが立ち上がる。

 それを感じながら、息を吸い込む。

 

 『──安息の井戸(レホボテ)

 

 声が重なった。

 二人の水魔法使いによる、第三階梯の魔力門開放……。

 

 「さあ水よ、吹き上がる噴水よ──」

 「清く流れる川よ──」

 

 市民がざわつく。

 協会前の広場で水を噴き出していた噴水の様子が変わったことに、

 あるいは街の中を流れる水路の水がおかしな様子を見せたことに……。

 それぞれ気が付き始めたのだ。

 

 「さあ、ショーをご覧いただこう」

 「はい、皆様にお楽しみいただきましょう」

 

 水が噴き上がる。

 悲鳴が上がる。

 散らばる水が、人々の服を濡らす。

 

 「──絡み合う水蛇(ヒドライ・シンプレコメナイ)っ」

 「──飛べ、天駆(オルニス・ヒュダティノス・)ける水鳥(ペトメノス・エン・オウレノー)!」

 

 

 悲鳴が、歓声に変わる。

 噴水から立ち上った水柱は多数のヘビに姿を変え、キラキラと陽の光を反射しながら像に絡みついていく。

 

 水路から噴き上がった水は、巨大な鳥に変わって飛び回り、像をその羽根で撫でるように洗っている。

 

 瞬く間に表面のゴミを落とし、その透明な体の中に閉じ込めた水の蛇と鳥が──また空を舞う。

 

 観衆の声援の中、空に昇っていった水。

 その行先は、もちろん本部。サーシャの言ったとおり、会議室の窓は一面が開けられていた。

 

 悲鳴が上がる。汚れた水を大量に注ぎ込まれた会議室から、騒々しい声が聞こえてくる。

 

 ならば下手人の悪い魔法使い二人は悠々と、そして堂々と、ニヤニヤ笑ってその場を後にするだけだ。

 

 バイバイ、クソみたいな街。

 振り返った場所では、陽の光を受けたタレスの像が──誰よりもキラキラと、白く輝いていた。




◇餞別の悪戯…。

次号、二人を追う組織が…?
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