不遇水魔法使いの禁忌術式   作:リョー・バッキー

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MATCH.06 会議

 「──ともかく!そのクソ野郎は処罰せねばならんのだあ──っ」

 

 バァン、と机が叩かれる。

 精緻な細工の施された長机を並べて作られた長方形の大円卓が、その衝撃でカタカタ揺れる。

 

 「見苦しいな──」

 

 小規模な地震の発生したテーブルから茶の入ったティー・カップを避難させながら、細身の男性が毒を吐いた。

 

 「──たかが水魔道士(・・・・)ごときにそれほど熱くなられるとは、まったく……火属性の方というのはお若く(・・・)いらっしゃる」

 

 「貴様──ッ! 根無し草の〝風〟ごときが偉大なる〝火〟を愚弄するなあっ! 貴様こそクソだ! 水のように陰湿だっ」

 

 烈火のごとく怒り散らす火属性の男。

 その剣幕に臆してか、あるいは男の不興を買うのを恐れてか。

 他の参加者は黙して茶を飲むか、ただ俯いて床を見ていた。

 

 ──ここ、魔術協会本部において。属性の序列とはすなわち人間の価値の序列である。

 属性の王とされる〝火〟はそのまま魔術協会の王であり──この街の統治機関である魔術協会の〝王〟たるものは、つまるところ魔術都市ヘーゲノモスの元首であるに等しい。

 

 一応ながら、この街は魔術協会の長による独裁制ではない。怒る男──魔術協会長にして現在の火属性魔法使いのトップたる〝火炎卿〟の称号を持つ、オルギゾマイ・〝ピュロス〟・ホージテアーは単にこの組織における最高の意思決定者ではあっても、絶対の命令権を持ちはしない。

 それでも──畏れはあった。

 ただ名前の通り火のように怒り狂う男に、ビビらされていたのである。

 

 「フン──情けないなオルギゾマイ。我々にいくら怒り散らそうと意味などあるまいよ──」

 

 そう言って、細身の男は手に持ったティー・カップをソーサーにおろした。

 そしてぐるり、と部屋の中を一周見回し──鼻で笑う。

 

 「──ここに雁首を並べている者共に、水属性(・・・)などおらんのだからなあ」

 

 会議室の椅子に座る人間は様々だ。

 男も居れば女も居る。老人も居れば若者も居る。ただし……その肩についた魔術協会の紋章は、4割が赤。残りの3割は緑と茶色が分け合う分布であり、水属性の象徴である青色は──窓の外の、空にしか無かった。

 

 「──お前が追い出したのだ。席を追い、挙句の果てには職を追い……。確かに水属性など不要の属性かもしれんが──管理すら出来ぬまでに減らしたのはお前の愚行よ」

 

 「──ぐっ!ぎぎぎ……っ! き……貴様あ──っ」

 

 「だからそう当たり散らすなと言っておろうが。当事者など此処には誰ひとりおらんと言ったであろうが──」

 

 それに、と男は言葉を続けた。

 

 「──貴様の手下である〝火〟の魔術師のみならず、我ら〝風〟の魔術師にも被害が出ている上──〝土〟の女が貴様らの手で殺され、あまつさえその遺体は盗まれたという話ではないか。確かに下手人は〝水〟なのだろうよ。だが──謝罪すべきはこの場にいない(・・・・・・・)水魔術師ではないだろう。組織の長として、火属性の頂点として──自ら過ちを認めるべきなのではないかね、〝火炎卿〟よ」

 

 淡々と協会長たるオルギゾマイを批判する男。

 その言葉の中に時折ちらつくギラつきは、ただ批判するだけではなく──彼を引きずり下ろし、自らがトップに立とうという野心の表れでもあった。

 

 「き……貴様あ────っ」

 

 火炎卿オルギゾマイの背後に、揺らめく熱気が立ち上る。

 文字通り炎さえちらつき始めた舌戦に、ますます参加者の身が縮こまる。

 

 「フン──そう熱く(・・)なるのはやめたほうがいいぞっ協会長」

 

 〝風〟の男がその炎を睨めつける。すると、開けっ放しの窓から吹き込む冷風が、熱を吹き散らしていった。

 

 「──っもうなんでもいいっ! その男を見つけ出せっ! 死体を探せっ! 我が協会の名に傷がつく前にその〝禁術士〟をどうにかするんだっ」

 

 「──そうですな。それは素晴らしい案ですな。……ま、もうすでに最初からやっている、ということを除けばですが」

 

 冷笑。

 執拗なまでの混ぜっ返しに、オルギゾマイの怒りはさらに薪を焚べられ、チリチリと空気を焦がす匂いが漂う。

 

 「なんでもいいと言っているだろうがえ────っ」

 「なんでもいいなら会議などいらんだろうが、え?」

 

 若手の魔術師が恐怖に震えだしている。

 何事もないかのように茶を飲む老人も、よく見れば空のティー・カップを手にしているだけだった。

 

 周囲のことなど忘れたようにヒートアップしていく口論をよそに、一人の魔術師が「えっ」と声を上げた。

 

 「なんだあ──っ」

 「なにっ」

 

 その声にピタリと口論が止まり、二人の──いや、全員の視線がその魔術師に突き刺さる。

 

 急に想定外の注目を浴びた若い女性の魔術師は「いや、その……あれ……」とモゴモゴ言いながら、窓の外を指差した。

 

 「な……なんだあっ」

 「なに──っ」

 

 水の蛇が飛び込んでくる(・・・・・・・・・・・)

 その後ろには巨大な水の鳥もいた。

 

 「げ……〝罪人の(ゲエ)──ッ」

 

 いくら起動語(エゲイロン)を早く口にしても間に合うはずが無かった。

 もとより〝水〟とは防ぎにくいものだ。

 〝火〟で防ごうとも全てを蒸発させられるわけでもなく、〝風〟で防ごうにも質量のある水を全て跳ね除けるような暴風はあまりに消費が大きい。〝土〟の壁が最も適していはするが、出の遅い防壁魔法では到底間に合わない。

 

 ──つまるところ、その大量の水に対して取れる対策など彼らには一つもなく。

 なす術なく汚れた水を頭から被る以外の選択肢など、もとからなかったのだ。

 

 「うえ──っ! ぺっぺっ! こ……苔がっ」

 「こ……コケがなんだって? コケ(・・)にはされたようだがなあ」

 

 〝風〟の男の毒舌も切れが悪い。

 ずぶ濡れの室内で、よろよろと魔術師たちが立ち上がる。

 

 「あ──。タレス様……あ、いえ……タレスの像が──」

 

 窓際の魔術師がそれに気づいた。

 その声に他の者たちも窓際に集まり、「本当だ」「綺麗になったな」「まさか……このために」と口々に騒ぎ始める。

 

 「────黙れ!」

 

 一喝。頭から水を被り悲惨な姿になったオルギゾマイの声が室内を駆け巡る。

 

 「ぶ……ぶち殺せェ────ッ! その〝禁術使い〟の水魔術師をぶち殺すんだあ────っ! こ……こんなことをっ! こんな外道を働く輩などそいつ以外に居るはずがないわァ──ッ」

 

 ボッ、と空気に火が付く。だが、湿りに湿った部屋のせいですぐに消えてしまう。

 

 「ぐ……! もういいっ! 会議など不要だあっ! わ……ワシは着替えに行くッ」

 

 荒々しい足取りで〝火炎卿〟オルギゾマイは会議室をあとにした。

 

 その背を見て、ポツリと。

 

 「……なるほど。怒る老人には冷水(・・)を浴びせろということか」

 

 と〝風〟の男が呟いたので、ずぶ濡れの会議室には笑いが広がっていった。




◇悲惨な部屋…。

次号、二人の旅が…?
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