街というものは──僕達市民の住処であり、統治機関の力の及ぶ境界であり、外敵から身を守るための団結であり、統治のための閉鎖空間でもある。
──ようするに、この街……ヘーゲノモスにはご立派な城壁があり、外をうろつく猛獣やら化け物は入れない。ついでに、中の人間は出づらい……ということだ。
当然ながら城壁には警備がおり、出入りに関してもそこそこ調べを食らう。
この街の統治機関は魔術協会に等しく、当たり前だが出入りの管理兵は統治機関と密接であるのだから……まあ、のこのこ門の入り口まで歩いていって「あのう、出国できますか?」なんて普通に出ようとしたって即刻お縄になるのは間違いないだろう。
したがって、この街からグッバイするにしても何らかの方法が必要であり、魔術協会に一度捕まり──サーシャだけ担いで逃げてきた僕には、何の手立ても……というか荷物の一つもないのだ。
「──なるほど。つまり今現在、マスターは素寒貧のド貧乏であり……今ワタシが食べているこのケーキの支払いは……」
逃亡者である僕たちは今、開き直って堂々と──繁華な通りの一角に立つ、人気のあるカフェで美味いケーキと紅茶のセットで、午後の優雅なひとときを過ごしていた。
「──そうならないために、サーシャ。君の懐具合はどうなんだ?」
僕はベルガモット・オイルの芳しいフレーバーが香るアール・グレイを楽しみながら、無表情にケーキをパクつく少女に向かって問いかける。
「直近の記憶を参照────したところ、〝わたし〟の金銭類はほとんどが鞄の中にあり、懐には……」
ローブのポケットに手を突っ込んだサーシャが引っ張り出したのは、数枚の硬貨。
その額は……まあ、安い飯くらいなら一食済ませられる程度、か。
当然ながら一等地のカフェで、しかもテラスののいい席でお茶を楽しめるような金額ではない。
「マスターは? いくらか小銭は……」
「残念だけどね、サーシャ。僕の懐には今……埃一つ入ってないよ」
魔術協会のアホどもに一度捕まった時、靴下の1枚まで引っ剥がされ、懐の硬貨なんて1枚残らず奴らのポケットに入ったからね。
ああついでに尻を触られたり股間の
「ま……マスター。それではマスターの純潔は……」
「ああ安心してくれ、あいつら火属性のムキムキ男同士にしか興味がなかったみたいだから」
そうですか……とサーシャはまたケーキを食う。
そして、「……火属性じゃなくてよかったですね」とケーキを飲み込んでから続けた。
「──まったくだ。あ、僕にもそれを分けてくれ。別の頼んで、半分交換するって約束だろ」
「……まあ良いでしょう。マスター側のケーキ──随分と小さく見えますが」
サーシャの視線が皿の上のケーキに突き刺さる。
うん、まあ。確実に僕は半分以上食っている。
「──でも、それはお互い様だよね、サーシャ」
「……知りません」
金色の瞳が白々しく空に向けられる。
その前の皿に残ったケーキは……どう考えても、半分残すなんて量ではなかった。一口で食えそうな小さな塊が、ちょこんと乗っているだけである。
「──仕方ありません。約束は約束ですッ……!」
「そんなに悔しそうな言い方をしなくてもいいと思うけど」
第一、僕のほうが残してる量は多いんだから普通に向こう有利な取引のはずなんだけど。
僕は手前の皿を彼女の方に押しやった。
「──はい貰いましたからねもう返しませんからね」
「うん、まあそれは良いんだけど。サーシャ、ここの支払いについて提案があるんだ。あ、こっちも美味いね」
「はい、マスターのも美味しいです。……で、なんでしょうか」
モゴモゴ言いながら貪欲にケーキを貪るサーシャ。
僕の方は一口で食べ終わり、ただ虚しく紅茶を飲むだけである。
ああ良い香りだ。世は全て茶葉で回るのだ。
「サーシャ……〝錬金術〟って知ってるかい」
「……もうその一言で外道な行いを考えているのがわかりましたよ」
ケーキを突き刺したフォークを空中で止めて呆れたような声で言う。
「なら──替わっておきましょう」と言って、ケーキを口に放り込んだ。
「……キー君。もっと早く言ってくれたらわたしも食べられたんじゃないかな」
「なぁに……お金は実質無限にあるんだ。いくらでも頼むといいさ」
「それはさすがに罪悪感あるんだよなあ──?」
それに2個も食べたらお腹やばいし、と言いながらテーブルの上の小銭を回収し、ポケットにまた戻すサーシャ。
「……
「……
チャリチャリという音が聞こえる。
しばらくして手をポケットから抜いたサーシャが、「うん……まあ、これで足りると思うよ?」と言った。
その手には、まあ……そこそこの飯が3人前くらい頼める額があった。
「うん、それなら足りるだろう」
「まったく。お金ないならカフェなんて入っちゃダメだよ?」
「君が入りたいって言ったんだよなあ……」
「ワタシであって
まあ、いいけどさ……とブツブツ言いながらサーシャが席を立つ。
支払いに向かう彼女の背を堂々と追う。なんか視線を感じる。
追跡の魔術師じゃない。アフタヌーンを楽しむ奥様方の、「あらヒモよ」という視線である。
ダメージはない。
なぜならそれは──元々、クソカス扱いされている水魔術師でしかない僕より、優秀な土魔術師のサーシャの方が稼いでいたからである。
ヒモ扱いの〝歴〟が違う。心の中で呑んだ涙の〝数〟が違う。昨日今日の話じゃない貫禄を醸し出しながら、僕は悠々と彼女を追って、歩いていった。
◇屑……。
次号、町を抜け出す手段が……?