そこは暗く冷たい場所だった。
分厚い鉄の扉が顔を並べる静謐な空間。
それぞれの扉は巨大な閂で鎖され、その閂はいくつもの鍵で厳重に封印されている。
重苦しい灰白色の石畳は、滑らかに光って埃の一つも落ちていない。
窓のない室内は、等間隔に吊るされた冷たい魔導灯の明かりが放つ、揺らぎのない白色光で常に満たされている。
かたり、かたりと音がした。
つるりとした四方形の石畳がカッチリと並ぶ床の一点に、じわりと隙間が開く。ガタガタと揺れながら持ち上がって……
「っああああああ───っ重いっ重いっ」
「が、頑張ってキー君っ……!んぬぬぬぬっ」
分厚い石のタイルを持ち上げて出てきたのは──ご存じ、僕ら悪党二名です。
えー、現在我々は……金庫を破り、中身をそっくり頂くべく銀行へと潜入しております。
うーん、なんとも弁明のしようのない悪行だ。
「ふう、ふう、おっもかったあ……」
「お見事ですマスター・キー君」
サーシャがいきなり変な喋り方になる。
「……あっすみません、二人で同時に喋ろうとしてしまいました」
あ、被るとそうなるんだ……。
じゃなくて。
「ど……どうするこれ。戻しておきたいけど戻したら帰り開けられないよな」
「うん。人来ないのを祈るしかないかも」
あ、でも…とりあえず偽装しておくね、と言ってサーシャが偽の石を作り出し、かぽっと嵌めて穴を塞いだ。
とりあえず、それで人が落ちるようなことはないだろう。
……まあ、隠し通路の蓋になってたタイルはそのまま床にあるので、どのみちバレるだろうけど。
隠し通路。
何故かこの銀行には、そんな謎のものがあった。
以前この金庫スペースに来たサーシャが、なんとなくクセでやった地中探査に引っかかり、見つかったらしい隠し通路。
その存在を魔術協会の借りている金庫の位置と合わせて教えられて、特級の魔術協会アンチである僕は速やかに窃盗を決断したというわけだ。
まあ仕方ないと思う。火属性のクソジジイに迫害され、職を追われ、幼馴染をぶち殺され、ついでに貞操の危機に晒されたのだ。
多少の報復は合法のうちだろう。……心理的には、だけど。
とかく、息を整えた僕らは早速その金庫まで向かっていった。
「あ、これだよ。ここの3つが魔術協会の借りてるとこ。これが風属性の人たちのところで、こっちが
迷いなく火属性の連中が使う金庫に向かっていった僕を見て、サーシャが苦笑した。
「……いや、私怨もあるけどね。単純に──あいつら腐ってるから、身内で色々溜め込んでそうじゃん?」
「うーん、否定できないよね〜」
僕より長く奴らを見ているサーシャも首を縦に振る。
それだけ、
「じゃあちゃちゃっと開けちゃうか……
最小限に開いた魔力の門から、水のヒモのような物を出す。
カンヌキについた鍵にその水の先端を入れ……目を閉じる。
解析。
どこをどうすれば、その鍵が開くのか……必要な形状が、手に取るように分かる。
手の上に水を浮かべ、その形を落とし込む。
端から出来上がっていく水の形が、後を追うように凍結していき……
「よし、コレで開くだろ」
十数秒で完成した氷の鍵を、その鍵穴に突っ込む。
ぶっとい鉄の塊で出来た錠前は、するりと開いた。
「よーしよしよし、どんどん開けるぞ」
「あ、キー君。私にもちょっとそれ貸して?」
「ん? ああ、はいよ……」
サーシャに氷の鍵を投げ渡すと、「わっと、っとっと」と危なっかしいキャッチングでそれを受け取り、「
「──よし、わたしの方でも鍵を作ったから。こっちは開けておくね」
「ああ、助かるよ」
氷と金属の鍵で、端から開けていく。
僕はとても手が冷たい。なんてったって氷だから。
サーシャは平気そうだ。そりゃ普通に金属だから。
……水魔法ってのはこういうところが微妙に不便なんだよね。
人生の悲哀を感じている僕を尻目に、鍵はその全部が外れる。閂は二人で押せばするりと動いて、戸が開いた。
「わあ〜」
金色、金色、金色……
凄まじい量の金が山積みになり、差し込む白い光を黄色く染めて跳ね返してくる。
よく見ると単純な金銀財宝の中に、普通に使う金貨やら白金貨やらの高額貨幣も紛れていた。
……とりあえずこの辺から適当にちょろまかせば、食料なんかいくらでも買えるだろう。
「よしっ好きなだけぶん取りタイムだっ」
「いえ〜っ!……あ、マスター。あそこに宝石が置いてありますよ」
急に冷静になったサーシャの言葉に、僕はそっちを凝視した。
「おっ、確かに。金貨よりこっちのほうがお宝かもな」
そこには山積みのルビーがあった。
ルビーは火属性の魔術師に好まれる宝石だ。もちろん、火属性を増幅する力があるし……まあ、単純に連中が赤大好きってのもある。
サーシャがやってみせたように、実は……金属は作れる。
もちろん、簡単なことではないし……金のように高価な金属はもっと難しい。
でも、めちゃくちゃ頑張れば作れるものではあって……だからどうしても、価値という点では疑いの目で見られたりもする。
そこで、宝石に注目したのが魔術師という奴らだ。
宝石は、魔力の増幅効果があって魔術師には必須なのはもちろん、魔術師同士の取引でも有効だ。
なぜならそれは、魔力を増幅する力を持つ宝石は──土魔法では、造ることが出来ないから。
形だけ似せた疑似宝石は作れても、魔力を持つ宝石は作れない。
なので、金を信用できない魔術師は……宝石で取引をするというわけだ。
「とりあえず貰っておこう、袋に入るだけなっ」
「貰うのはいいけど……魔法使う時ボンッてならないようにね〜」
……杖の部品にもなる宝石は、それ単体でも魔力の増幅効果を持つ。
なので、属性の違う宝石を持った状態で下手に魔法を使うと……まあ、酷いことになることもあったりする。
「大丈夫大丈夫。売っちゃえばいいのさ」
「まあ、そうなんだけど」
ガッサガッサと袋にルビーを流し込んでいて、ふと違う色が見えた気がした。
手を突っ込んで、掘ってみる。
「あれ……こんなところに水属性のサファイアがある」
「え、ほんと?……おお、本当ですね。何故こんなところに……?」
「……あ、もしかして……」
僕は気がついた。
サーシャも思いついたらしい。
「……そういえば、水属性の部署が使ってる金庫ってなかったよね」
「そもそも部署ごと消えたしね……」
僕はぼやいた。
それが火属性のところに入ったんだろう。
どうしようかな、と思った。
水属性の魔術師たちに恨みはないが……部署ごと消えたから、これを持っていかれて誰が困るということもない。
「……まあ、貰っておくか」
「それがあれば、わたしが杖作れるしね」
そういえばそんな話もしてたな、と返そうとした時……
遠くから、足音が聞こえてきた。
誰か来る。
◇クズ共に迫る危機…
次号、泥棒たちの運命が…?