不遇水魔法使いの禁忌術式 後追いを超えた後追い版 作:ゴリラ
プロローグ
茹だるような暑さの中、僕は一歩、また一歩と足元に広がる熱砂を踏みしめながら歩き続ける。焼け付くような砂の感触が靴越しに伝わり、じわじわと熱が足の裏を侵していく。頭上には容赦なく照りつける太陽があり、雲ひとつない空は、皮肉めいて青々と澄み渡っていた。地平線まで広がる砂丘の波が陽光を反射し、ぎらぎらとした光が視界を焼く。まるでこの世界には自分以外何も存在しないかのような孤独感が、心の奥底に重くのしかかっていた。
熱気が肌を刺すようにまとわりつき、喉は砂を飲み込んだかのように乾ききっている。口の中はひび割れた大地のように渇き、舌は粘りついて思うように動かない。額から滴り落ちる汗は瞬く間に蒸発し、まるで自分の存在すら砂漠に吸い取られていくようだ。指先はじりじりと焼かれ、皮膚がひび割れそうなほどに乾燥している。なぜ僕はこんな場所にいるのだろうか。そんな疑問が心に浮かんでは消え、また浮かんでは消えていく。けれど、答えのないその問いに立ち止まる余裕はなく、僕は溜息を一つつくと、ただ黙って歩みを進める。
砂漠の静けさが僕を包み込む。風はほとんどなく、世界は息を潜めたように静まり返っている。遠くの砂丘の斜面がじりじりと熱され、陽炎が揺らめく。まるで見えない炎が砂の海を舐め尽くしているようだった。足元の砂は歩くたびに沈み込み、いくら踏みしめても確かな手応えはなく、無力感だけが募る。靴の中に入り込んだ細かな砂粒が擦れ、皮膚を傷つける。目の前にはただ、何もかもが黄金色に染まった無限の空間──いや、さながら終わりなき地獄のような光景が広がっていた。その果てしない景色に、心がすり減るような感覚を覚える。
ついに足が止まり、僕はその場に倒れ込んだ。膝から崩れ落ち、熱砂の上に身体を投げ出す。服の隙間から容赦なく砂が入り込み、焼けるような熱さが肌を直撃する。皮膚が焦げるような感覚に身をよじるが、もはやそれすらどうでもよくなるほどに、全身は疲労に支配されていた。絶望という名の重みに押しつぶされ、ただ遠くの空が揺らめくのを眺める。陽炎の向こうで嘲笑うように輝いている太陽が、やけに憎らしく見えた。
耳を澄ませば、砂の上を微かに滑る自分の呼吸音だけが聞こえる。どこからか、小さな砂粒が崩れ落ちる微かな音が耳をかすめるが、それもすぐに静寂に飲み込まれる。遠くで揺らめく蜃気楼。それが救いか、さらなる罠なのかすら判断がつかない。ただ、乾いた喉の奥で、最後の希望が掻き消えていくのを感じていた。
もう無理だ。足が痛いし、喉も渇いた。意識が遠のいていく。死ぬしかない。と言うか、死しかない。この現状の全てが僕に死を要求している。皮膚が乾燥し、ひび割れそうになった唇を舐めるが、何の潤いも感じられない。叔父さん、叔母さん、ここまで育ててくれて、ありがとう。来世は魚になりたいな。次点でプランクトン。とにかく、水に困らない環境が良い。そんな益体もない事を考えて目を閉じたその時。
「あの……大丈夫、ですか……?」
蜘蛛の糸が、垂らされた。
◇◆◇◆◇◆◇
灼熱の陽光が容赦なく降り注ぎ、砂漠の大地は炎のように燃え上がっていた。視界の果てまで広がる金色の砂丘は、微かな風を受けて揺らめき、まるで生き物のように形を変えていた。遠くには陽炎が漂い、虚ろな蜃気楼が、まるで別の世界へと繋がる幻影を見せている。
乾いた空気は喉を焼き、肺にまで熱を押し込んでくる。肌にまとわりつく砂塵は細かな針のようにチクチクと刺さり、汗すらも瞬く間に蒸発する。生命の気配はほとんどなく、あるのは無限の砂と、遠くにかすかに響く風の唸り声だけだ。
そんな過酷な環境の中、彼女はまるでこの世界に属さぬ存在のように、凛とした佇まいで立っていた。
彼女の髪は、夜明け前の静寂が水面に映り込んだかのような、水色の柔らかな光沢を放っていた。一本一本が絹糸の如くしなやかで、風に揺れるたびに青白い波が穏やかに流れていく。その髪が頬にかかると、月光に照らされた湖面のように繊細な輝きを宿す。
瞳は深海を切り取ったかのような深い青色だった。しかし、その青は光の加減によって夜空に瞬く星のように変化する。その瞳に吸い込まれれば、きっと誰もが言葉を失い、心を奪われることだろう。その奥には揺るぎない叡智の輝きが宿り、ただの美しさではない、何か別のものが秘められているように思えた。
すらりと伸びた肢体は、芸術家が魂を込めて彫り上げた彫像のように完璧だった。肩から腰へと流れる滑らかな曲線には無駄がなく、それでいて冷たさを感じさせない柔らかな女性らしさが滲んでいる。長い指先がそっと動くたびに、まるで音のない旋律がそこに宿るようだった。
彼女の肌は雪のように白く、シミ一つない滑らかさを誇っていた。光が当たれば淡い輝きを放ち、影が落ちれば儚げな陰影を描き出す。白磁のような肌に、砂漠の苛烈な光が柔らかく反射し、どこか非現実的な雰囲気を纏っていた。
そして、彼女の声――それは、谷間の湧き水が岩を落ちる音を思わせる、驚くほど澄んだ響きだった。その声を耳にすれば、きっと誰もが天上の音楽を聞いたかのように心を奪われることだろう。ぶっちゃけて言うと、好みど真ん中の美少女だ。そんな彼女は、絶望し倒れ込んでいる僕を助け起こし、水を下賜くださった。正に女神である。
「そ、そんなにガッツかなくても、水は逃げませんよ?」
そして、そんな女神様のお言葉を拝聴しながら飲む水の、なんと美味な事か。喉を通る水は、冷たくて甘い。まるで生命そのものが流れ込んでくるような錯覚を覚える。干上がった体が、水を吸い込む砂のように、その恵みを貪る。ほんの数口で、頭の芯まで潤っていくのが分かった。
僕は、水筒を握り締めたまま彼女を見上げた。
「ありがとうございます。貴女は命の恩人です」
「遅くはなりましたが、
「別にそんな畏まらなくとも…どうか、普通に話してくれませんか? なんと言うか、少しこそばゆいので…私は、サーシャ。サーシャ・アルプサスと言います。サーシャと呼んでください」
「よろしくお願いしますね、悠太さん♪」
そう言ってはにかんだ彼女に、思わず見惚れてしまう。
もし、延々と砂漠を彷徨い歩いた事に対する報酬が、彼女との出逢いだとするのなら、その価値もあっただろうと思えた。――あったかなぁ?
………まぁいいか。
そんなことは捨て置いて、僕はかねてより気になっていた事を聞いてみる事にした。
「それでアル……サーシャさん、ここが何処なのか教えてもらっても、いいで……いいかな?」
「うーん……まだちょっと硬い気がしますが、まぁいいでしょう。それはそうと、ここが何処かですか?」
彼女は何を言っているのかといった、不思議そうな顔で聞き返してきた。
「うん。実は、気がついたらこの砂漠にいて、ここが何処なのかも、なんでここに居るのかも分からなくて……」
そう、僕は朝、洗面台で顔を洗っていたのが、気がついたら
「……それは、どういう……いえ、そこは一旦置いておきましょう」
「……悠太さん、少しショックかもしれませんが、覚悟して聞いてくださいね?」
僕の話しを聞いて、彼女は真剣な顔をしてそう言った。
「ここは、ペカトゥム砂漠……罪人の行き着く果て。つまるところ、流刑地です」
彼女は重々しく口を開き、そう告げた。
ペカトゥム砂漠…流刑地。世界各国の罪人がここに送られる。
元は肥沃な土地であったが、とある事件がきっかけで今の様な砂漠に姿を変えたと伝えられている。魔力濃度が非常に高く、その影響かこの土地の生き物は魔獣化している。
砂漠の周囲は強固な結界で囲われており、罪人が脱出できないようにされている。
ここに送られる罪人は基本的に、殺しても死なない者、殺したらまずい事になる者、様々な理由で殺せない者の3種に分かれる。
通称世界のゴミ箱。
魔獣…魔力に当てられ、生物が変質した存在。
どんなに穏やかな生物であっても、一度魔獣と化せば手に負えなくなる程に凶暴化する。
どの様な生物であっても魔獣化するとされているが、唯一人間種のみ魔獣化の確認がされていない。そして、その理由は全くの不明である。
魔獣は誕生経緯からか、その身体は非常に魔力との親和性が高く、皮や骨、爪に牙、毛の一片に至るまでの全てが魔道具の素材となる。