不遇水魔法使いの禁忌術式 後追いを超えた後追い版 作:ゴリラ
ニルヴァ・ラジアータは、ラジアータ王国の王子として生を受ける。
黄金に輝く王城の尖塔は、どこまでも澄んだ青空へと突き刺さるようにそびえ、広大な庭園には四季折々の花が咲き誇っていた。幼きニルヴァは、この美しき王都で、何一つ不自由のない生活を送っていた。
生まれながらにして聡明で、武芸に秀でた少年。誰もが、彼の未来を明るく称えた。だが、その人生は、一つの悲劇によって大きく変わることになる。
それは、最愛の妹——リリベル・ラジアータの死だった。
リリベルは、生まれながらにして病弱だった。死に魅入られていたと言ってもいい。
王宮の白亜の寝台に横たわる彼女の姿は、まるで雪の彫像のように儚げで、今にも崩れ落ちてしまいそうだった。彼女の寝室には常に薬草の香りが漂い、侍女たちが絶え間なく氷嚢を取り替えていた。
王家は、あらゆる手を尽くした。宮廷使えの魔法使いが癒しの魔法を施し、賢者はありとあらゆる秘薬を処方し、神官は彼女の魂に祈りを捧げた。それでも、何一つ彼女の衰弱を止めることはできなかった。
そして、六つ目の冬が訪れた。
雪が静かに降りしきる夜。王城の塔の一室にて、リリベルのその短い生涯は幕を閉じた。
彼女の小さな手は、最後までニルヴァの指を握りしめていた。しかし、その力は次第に弱まり、やがて完全に冷たくなった。
ニルヴァが彼女の名を叫んだ時、窓の外には雪が舞い、まるで王都全体が静寂に包まれたかのようだった。
その日を境に、ニルヴァは“死”について考えるようになった。
死とは何か。人は何故死ぬのか。魂とは何なのか。答えを求め、彼は魔法の学問へと没頭した。
王宮の書庫の奥深く、埃をかぶった古文書を紐解く日々が続く。そこには、様々な知識が隠されていた。魂に癒しを与える術、他者の記憶を編纂する術、魂を飴細工の如く弄り回す術──。 月の魔法に適性を持つ彼は、それらの秘術に異常なほどの適応を見せた。
そんな彼の背に、ある日、不可思議な紋が浮かび上がる。 それは銀色に輝き、まるで月光のように妖しく光る、翼の紋様だった。
その時からだった。
知れば知るほどに、もっと知りたくなる。 深く潜れば潜るほど、さらなる闇が広がっていく。 死とは何か? 魂とは何なのか?
彼の執着は、やがて常軌を逸していった。
◇◆◇◆◇◆◇
──ある日、王国に突然の災厄が訪れた。
ティスル王国とフォーチュニ王国。 友好を誓ったはずの同盟国が、突如として王都へと侵攻を開始した。
それは夜明け前の出来事だった。
王宮を守るべき結界は、裏切り者の手によって破られ、無数の敵兵が城内へと雪崩れ込んだ。火の手が上がり、悲鳴がこだまする。白亜の宮殿は炎に包まれ、剣戟と魔法の閃光が飛び交う戦場へと変貌していた。
王と王妃は、最後まで王座に留まり、命を賭して敵軍に抗った。しかし、彼らは多勢に無勢だった。玉座の間へと踏み込んだ侵略者たちは、冷たい刃で王の首を刈り取り、王妃の命を奪った。
だが、ニルヴァは死ななかった。
敵国は彼を利用するために生かしておいたのだ。
王子という名ばかりの傀儡。自由を奪われ、監視の目の下で生きる日々。
それでも、彼は学び続けた。王国の地下にひそかに眠る魔道書をかき集め、狂気に身をゆだね、探求心に突き動かされるまま、死の研究を続けた。
そして、ついに一つの魔法を生み出した。
この魔法は魂を束縛し、その死後も使役する術であった。
生と死の境界を超え、魂そのものを支配する悍ましき法。
彼は、その術を王国の地下で行使した。
◇◆◇◆◇◆◇
──夜が明ける頃、王都には死者の悲鳴が響き渡る。
かつての王国の民が、兵士が、敵国の者たちが、無数の亡者となり徘徊し始める。
目に光のない亡者たちは、呻き声をあげながら王宮の傀儡政権を蹂躙した。
王宮は陥落し、次に彼はティスル王国、フォーチュニ王国へと軍勢を向ける。
剣で討たれても、炎で焼かれても、魔法で砕かれても、死者の軍勢は何度でも蘇る。
──やがて三国は滅び、亡者が彷徨う亡国となった。
***
全てを滅ぼした後、ニルヴァは静かに空を見上げた。
月光に照らされた王都の廃墟には、瓦礫と無数の死者だけが残っていた。
風が吹き抜ける度に、亡者の呻きがこだまする。
だが、そこに彼の求めたものは何一つなかった。
死とは何か。魂とは何なのか。彼は知ろうとした。妹を取り戻したかった。だが、リリベルは戻らなかった。
ふと気づくと、背中の紋は消えていた。
まるで、最初から何もなかったかのように。
こうして、彼は王子でも亡国の遺児でもなくなった。
死を冒涜する者。
──“冒涜者”ニルヴァとなったのだった。