不遇水魔法使いの禁忌術式 後追いを超えた後追い版   作:ゴリラ

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帝都への道のり

 僕たちは市場での買い物を終えると、村を出発する準備を整えた。補給した水と食料を荷に詰め、背負い直す。村を囲む土壁の向こうには、広大な草原が広がり、遠くにはうっすらと帝都の城壁が見えていた。そこへ向かうべく、僕たちは再び歩き出す。

 

 しかし、頭の片隅にはずっと『金の林樹亭』の名前が残っていた。市場の喧騒の中で耳にしたその名は、まるで靄がかかった道のように、先の見えない不安と期待を同時に抱かせるものだった。帝都に着いたら、まず向かうべき場所はそこだ。けれど、サーシャさんはどう思うだろうか。

 

「サーシャさん。帝都に着いたら、まず金の林樹亭へ向かうけど……」

「良いかな?」

 僕は慎重に言葉を選びながら問いかけた。足元の砂利道が踏みしめるたびに小さく鳴る。サーシャさんはしばらく沈黙し、目を細めて遠くの景色を見つめていた。草原を抜ける風が、彼女の銀色の髪をやさしく撫でる。やがて、彼女は静かに口を開いた。

 

「正直、私は反対です。昨日も言いましたが、無用な危険を冒すべきではないと思っています」

 その声音は落ち着いていたが、芯の強さを感じさせた。

 

「店主の話からして、十中八九まともな人間が集まる場所ではないでしょう。もしかしたら、何か事件に巻き込まれるかもしれません」

 確かに、その可能性は高い。帝都の腐敗した実態、薬物が蔓延しているという話、そして『薔薇の剣』という名の反乱者たちの影。そうしたものが渦巻く場所に足を踏み入れれば、ただでは済まないかもしれない。

 

「それでも、行きたいのですか?」

 サーシャさんがまっすぐ僕を見る。その瞳には冷静な判断を求める色が浮かんでいた。

 

「……僕は行きたい。一度だけ、情報を探りに行きたい」

 足を止め、握った拳に力を込める。村の出口にある大きな街道標を前にして、僕は自分の気持ちを言葉にした。

 

「僕はカマホルさんが、ニルヴァさんが、彼らが何を思って僕らを逃がし、あの場に残ったのか。それを知りたいと思った」

 脳裏に浮かぶのは、砂漠での光景。背を向けて、竜に立ち向かう彼らの姿。何を背負い、何を信じて戦っていたのか。その真意を、僕は知らない。

 

「だからそれを知るためにも、僕は行って、知りたい。カマホルさんが帝都に遺したその理想を。彼の過去を知る人から直接聞いて、知りたい」

 気づけば、僕の声は強くなっていた。言葉にすることで、より明確に自分の意志を自覚する。

 

 サーシャさんはじっと僕を見つめていた。淡い陽射しの中で、しばらく瞑目し、静かにため息をつく。そして、ゆっくりと頷いた。

「……わかりました。では、十分に注意して、無理はしないようにしましょう」

 

 その言葉に、僕は安心すると同時に、責任の重さを感じた。彼女は僕の意志を尊重してくれた。ならば、決して無謀な行動はできない。

 

「はい。わかりました」

 そう言って、僕は神妙に頷いた。

 

「ですがまずは、帝都に入る手段を考えましょう。とりあえず、正面から堂々と入るのは避けたほうがいいかもしれませんね」

 サーシャさんが現実的な提案をする。確かに、帝都の門は警備が厳しいはずだ。旅人や商人が出入りするのは問題ないとしても、僕たちが目をつけられれば、余計な問題を抱えることになりかねない。

 

「迂回して、目立たない裏道を探すのが良いですかね。帝都の周辺にはいくつかの村があるはずなので、そちらの住人に話を聞いてみるのもいいかもしれません」

 

「なるほど……安全な潜り方を知ってる人がいるかもしれないと……」

 僕たちはそう話し合いながら、草原の道を進み続けた。両脇には黄金色の麦畑が広がり、時折、麦わら帽子を被った農夫たちが鍬を振るっているのが見えた。風が吹くたびに、麦穂がさざ波のように揺れる。道行く馬車や荷車に目を配りながら、慎重に歩を進める。

 

 昼を過ぎたころ、一行は小さな森の近くで休憩を取ることにした。木陰に腰を下ろし、持参したパンと干し肉を口にする。乾いた風が森の奥から吹き抜け、草の香りを運んできた。

 

「帝都まで、あとどれくらいかな?」

 

 水筒の水を飲みながら僕が尋ねると、サーシャさんは地図を広げ、道筋を指でなぞった。

「ここからなら、順調に進めば……3~4日といったところでしょうか。ですが、近づくにつれて警戒は強めた方がいいですね」

 僕は頷きながら、帝都の方向を見つめた。はるか彼方に、ぼんやりと霞む城壁。そこに待つのは、ただの都市ではなく、秘密と陰謀、そして答えの眠る場所だ。

 やがて、僕たちは腰を上げ、再び帝都への道を歩き始める。

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 太陽が西に傾き始めたころ、僕たちは野営地を探していた。昼の休憩を終えてからも歩き続け、帝都に向かう街道を外れた小道を進んでいたが、次第に道は荒れ果て、放置されたままの車輪の残骸や崩れた木柵が目につくようになっていた。周囲には草が伸び放題で、しばらく人の手が入っていないことが見て取れる。

 やがて、前方に朽ち果てた建物群が姿を現した。屋根の抜け落ちた家々、割れた窓、崩れた塀――かつては村だったのだろう。しかし、今は完全に廃墟と化していた。

 

「……ここ、使えそうですね」

 サーシャさんが低い声で呟く。確かに、雨風をしのぐには十分だ。完全に崩れていない建物を探せば、一夜を過ごせるだろう。

 

 だが、何かが引っかかった。

 

「この村、ただの廃村……じゃあないかもしれない」

 僕の言葉に、サーシャさんも改めて周囲を警戒する。

 

 耳を澄ませると、風に紛れてかすかな物音が聞こえた。誰かが動いている……? 直感的に、ただの廃村ではなく、何者かが潜んでいる気配を感じた。

 慎重に足を踏み出し、廃墟の影に隠れながら進む。路地の奥、半壊した建物の中に、焚き火の明かりがちらちらと揺れていた。そして、ぼそぼそとした話し声が漏れ聞こえる。夜の静寂の中、焚き火のはぜる音と、男たちの低い笑い声が響く。時折、酒瓶が地面に打ち付けられる鈍い音がした。

 

「間違いありませんね……誰かいます」

 サーシャさんが小声で言う。僕は喉を鳴らし、そっと物陰から様子を窺った。

 

 そこにいたのは、数人の男たちだった。みすぼらしい外套を羽織り、無精ひげを生やした彼らは、酒瓶を回しながら地面に座り込んでいる。腰には粗末な剣や短剣がぶら下がっており、見張りらしき男が時折周囲を確認している。恐らく、山賊とかそういった輩だろう。

 焚き火の橙色の光が、彼らの荒んだ表情を照らし出している。目の下に隈を作った男が、大きな欠けのある木製のマグを傾けて酒を飲む。

 

「……どうしますか?」

 サーシャさんが僕に視線を向ける。

 

 この村は、ただの廃村ではなく、山賊の巣窟になっているようだった。夜を明かすには危険すぎる場所だ。

 だが、彼らがここを根城にしているなら、何か情報を得られるかもしれない。帝都へ潜入するための裏道、あるいは『金の林樹亭』に関する手がかり……さて、どうするべきだろうか……。

 

 僕たちは物陰に身を潜め、山賊たちの動向をしばらく観察した。焚き火の周りには五、六人ほどが集まり、酒を飲みながらだらしなく笑い合っている。その奥には、さらに数人が荷物を運んだり、剣の手入れをしたりしていた。

 

 この人数が全てとは限らない。廃墟の中に潜んでいる者がいるかもしれないし、外に見張りがいる可能性もある。軽率な行動は命取りになる。やはり、ここは一度引くべきだろう。

 

「サーシャさん、一度引こう」

 僕は小声で言った。

 

 サーシャさんも慎重に頷く。

「そうですね。深入りは危険です」

 

 僕たちは静かに廃墟を離れ、茂みの中へと身を隠した。距離を取ったところで、小声で作戦を練る。

 夜風が草むらを揺らし、僕たちの頬を冷たく撫でる。遠くでフクロウの鳴く声がした。

「このままでは、ここを通るのは難しそうだね」

 

「ええ、夜を明かすどころか、見つかれば襲われる可能性も高いですね」

 

 僕たちは帝都への裏道を探すため、できればこの村の情報を得たかった。だが、山賊たちと正面からやり合うのは避けたい。

 

「交渉は……難しいでしょうね」

 サーシャさんが冷静に言う。

 

「そうですね。彼らがただの追いはぎなら、金を渡せば話を聞けるかもしれません。でも、それ以上を求められたら面倒です」

 

 僕は考える。山賊たちの動きを利用して、彼らに気づかれずに村の中を探る方法はないか。そうして考えている、サーシャさんが言う。

 

「寝込みを襲いましょう」

 

 その言葉に、思わず息をのんだ。

「……え?」

 

「彼らが寝静まった頃に奇襲をかけて、情報を得ます。その方が安全ですし、抵抗される前に終わらせることができます」

 サーシャさんの声は冷静そのものだった。

 

 確かに、その方がこちらの負担は少ない。しかし、夜襲をかけるとなると、どう仕掛けるかが問題だ。

「どのくらい待つ?」

 

「深夜まで待ちましょう。見張りが交代する頃が狙い目です」

 

 僕たちは再び身を潜め、時を待った。焚き火の明かりが揺れ、山賊たちの笑い声が次第に少なくなっていく。やがて、ひとり、またひとりと崩れるように寝転がっていった。

 空を見上げると、雲の切れ間から月が顔を出していた。闇の中に淡い光が広がり、僕たちの影を細く落とす。

 

「……今です」

 サーシャさんが静かに告げる。

 

 その声を合図に、僕は詠唱する。想像するのは、万物を粉砕し、千里をも数舜で踏破できる程の剛力を持った自分。

我が身に力を(ロブル・ギガンティス)

 体に途轍もない力が宿るのを感じ、なんでも出来るという根拠のない万能感をもたらす。それを理性でもって押さえつけ、制御する。何度目かの魔法の行使だが、この感覚は苦手だ。

 

 こうして、全ての準備は整った。僕たちは慎重に廃墟へと潜入し、眠り込んでいる山賊たちに接近する。拳を握り、僕は覚悟を決める。

 

 今から仕掛けるのは、一瞬の戦い――いや、狩りだった。

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