不遇水魔法使いの禁忌術式 後追いを超えた後追い版   作:ゴリラ

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夜襲と楽しいお話

 闇の中、僕たちは慎重に足を進めた。荒涼とした夜の静寂が、耳に痛いほどの無音を作り出している。遠くでは砂を含んだ風が低く唸り、木々の葉をかすかに揺らしていた。空には雲が漂い、月光を遮ったかと思えば、次の瞬間には銀色の光が地表を照らす。

 

 眠っている山賊たちは、酒に酔い、完全に無防備な状態だった。焚き火の残り火が赤く揺らめき、地面に不規則な影を作る。焦げた木の香りが鼻をかすめ、鼻孔の奥にほのかな苦みを残した。寝息やいびきが混ざり合い、時折、誰かが寝返りを打つ音がする。しかし、彼らは深い眠りに落ちており、僕たちの気配には微塵も気づいていない。

 

 サーシャさんが、魔法でパチンコ玉サイズの水球を作り出す。その小さな球体は、月光を反射してわずかに輝き、澄んだ水の中に光が溶け込むように揺れていた。彼女の狙いは、見張りだ。男は焚き火のそばに座り込んでいるが、首がガクンと垂れ、意識は朦朧としているようだった。しかし、もし彼が完全に目を覚まし、声を上げれば、一気に形勢は不利になる。ここで確実に仕留めなければならない。

 

 僕は大きく息を吸い、静かに拳を握り込んだ。身体強化魔法によって、身体の奥深くから熱が湧き上がるように漲る。感覚が研ぎ澄まされ、視界の隅々までもが鮮明になる。今なら、どんな相手でも一撃で沈めることが出来るだろう。

 

 合図もなしに、サーシャさんは迷いなく動いた。彼女の指先から放たれた水球が、夜の闇の中を音もなく滑る。そして、見張りの男の側頭部に正確に命中した。

 ぱしゅん、と弾ける音がした。その音は、まるで水面に小石を落としたかのように軽やかだった。しかし、それは確実に致命傷を与えていた。水球が男の頭に風穴を開けた瞬間、彼の体がカクンと力を失い、焚き火の光の外へ沈んでいく。闇が彼を飲み込み、何事もなかったかのように静寂が戻った。

 

 サーシャさんは素早く次の標的へ視線を向ける。その横顔は冷静で、一切の迷いがない。僕もそれに続いた。深く息を吸い込み、魔力の奔流を意識しながら、一歩踏み出す。僕の役目は、残る山賊を一撃で沈めること。

 

 まず、一番近くにいた男の首元に狙いを定める。彼は背を向け、薪を枕に横たわっていた。寝息は穏やかで、夢の世界に深く沈んでいるのが分かる。だが、それもここまでだ。

 

 僕は躊躇なく、その男の頸椎を踏みつけた。

 

 ぐしゃり、と鈍い音が響く。まるで乾いた木の枝を折ったような感触が、靴の裏から伝わった。男の体がわずかに痙攣し、次の瞬間には完全に静止する。だが、隣にいた別の山賊が異変を察知したのか、寝ぼけ眼を開けた。

 

「……ん、ぁ……?」

 ぼんやりとした目が暗闇の中の僕を捉えた。その表情が一瞬にして恐怖に変わる。しかし、僕はそれよりも速く動いた。

 

 力を込めた拳を男の腹に叩き込む。その瞬間、拳は皮膚と筋肉を突き破り、骨を砕きながら内臓を抉る。男は息を呑む間もなく、苦悶の表情のまま崩れ落ちた。悲鳴を上げることすら許されず、血を噴き出しながら絶命する。

 

 その動きが焚き火のそばにいたもう一人の山賊の視界に入ったのか、彼が身を起こし、口を開く。

 

「な、なんだ……?」

 しかし、その言葉が完全に響くよりも早く、サーシャさんの水球が彼の喉を貫いた。

 

 ごぼっ、と濁った音が響く。男は両手で喉を押さえ、血を溢れさせながら苦しげにもがくが、手遅れだった。膝から崩れ落ち、そのまま動かなくなる。

 

 焚き火の赤い炎が、倒れた男たちの血を鈍く照らしていた。残る山賊たちはまだ泥酔しているせいか、これほどの異変が起こっても気づく様子はない。

 

 わずか数分の間に、僕たちは五人を葬った。残るは、焚き火のそばに寝ている男と、その奥で毛布を被って眠る男の二人。

 

 僕は前者へと近づいた。足音を殺し、影のように忍び寄る。しかし、その時。

 

「……ん? なんだ?」

 毛布の男が身じろぎし、目を開けかけた。

 

 即座に反応する。僕は迷わず彼の喉を蹴り上げる。

 ごぼっと湿った音。男の目が見開き、息を詰まらせる。声にならない悲鳴を上げながらもがくが、僕は追撃を許さない。素早く手を伸ばし、首を締めあげる。ゴキリと音がして、男の身体から力が抜けたのを確認すると、ゆっくりと手を離す。

 

 そして、最後の一人。

 

「お、おい!? な、なんだよ……!!」

 完全に目を覚ました男が、状況を理解し、顔を引きつらせる。その目には、紛れもない恐怖が浮かんでいた。

 

 しかし、彼の動揺が命取りだった。

 

 サーシャさんが、すでに彼の前に立っていた。手のひらには、水の刃。

「……彼は残しておきましょうか。色々、話が聞けそうですしね」

 

 サーシャさんの静かな言葉に、男は震え上がる。

「待て、頼む、やめ――」

 

 次の瞬間、水の刃が彼の両手足を切り裂いた。彼の絶叫が夜の静寂を破る。もう、まともに立って歩くことは出来ないだろう。

 

 サーシャさんは冷静に言葉を紡ぐ。

「……尋問の前に、まずは治療をした方がよさそうですかね」

 静かな声とは裏腹に、その言葉が告げるものは残酷だった。

 

 静寂が戻ったはずの夜の闇が、やけに重く感じられた。焚き火の赤い残り火が、倒れた山賊たちの影を不気味に映し出している。血の匂いが鼻をつき、空気はどこか鉄の味がするようだった。

 だが、それ以上に、僕の胸には、言いようのない重苦しい感覚が広がっていた。最悪の気分だった。

 

 すぐ傍に転がる山賊の死体を見下ろす。僕が拳で貫いた男は、目を見開いたまま、まるで何かを訴えるように動かなくなっていた。その視線は僕の胸に突き刺さる。

 ……本当に、これでよかったのか?

 

 彼らが悪党であったことは間違いない。無抵抗な人々を襲い、略奪し、殺し、女や子どもさえも容赦しなかったのだろう。そんな存在を殺すことは、正義なのかもしれない。

 

 だが、それでも――。

 

 僕が今ここでやったことは、ただの殺しだ。彼らを「敵」だと決めつけ、一方的に命を奪った。まるで、感情を捨てた刃のように。そんな物、正義であっていい筈がない。

 

 拳を握りしめる。まだ微かに残る温もりが、恐ろしく思えた。

 

「……悠太さん?」

 サーシャさんの声が、ふと現実へと引き戻す。彼女はいつもの冷静さを保ったまま、僕の顔を覗き込んでいた。だが、その瞳には、ほんの僅かにこちらを案じる色が見える。

 

「……大丈夫ですか?」

 僕は、すぐに言葉が出なかった。

 

 大丈夫、だろうか。手を見下ろす。指先が微かに震えている。これは、戦いの興奮が冷めたせいなのか、それとも――。

 

 彼女は、僕の沈黙を見て、小さくため息をついた。

「人を殺したのは始めですか?」

 

 彼女の問いは、まるで当たり前のことを尋ねるように淡々としていた。

 僕は、僅かに唇を噛んだ。

 

「……そう、だね」

 呟くように答えると、サーシャさんは小さく頷いた。そして、少しだけ考える素振りを見せた後、静かに言葉を紡ぐ。

 

「気分が悪いのは、正常なのですよ」

 意外な言葉だった。彼女はもっと冷酷に「これは当然だ」と言うと思っていた。でも、その声にはどこか柔らかさがあった。

 

「誰かを殺して、何も感じないようになるのは、きっとずっと先の話。……もしくは、そうなったときには、もう何かを失っているかもしれません」

 淡々とした口調の奥に、彼女自身の経験が滲んでいるような気がした。

 

 僕は、彼女を見た。

 

「……サーシャさんは、何も思わない?」

 彼女は少しだけ目を細めた。そして、焚き火の燃えカスを見つめながら、静かに口を開く。

 

「そうね。最初は……私も、気分が悪かったと思います」

 その言葉は、どこか遠い記憶を思い出しているようだった。

 

「でも、色々していくうちに、そういう感覚は薄れてしまいました」

 彼女は、自分の手のひらを見つめた。その指先は、水を生み出し、敵の命を奪ったばかりだった。

 

「それがいいことなのかどうか、私には分かりません。でも……少なくとも、悠太さんはまだ、自分の手を汚したことをちゃんと感じている。それは、悪いことじゃないと思います」

 僕は、彼女の言葉を黙って噛み締めた。

 

 この感情があるうちは、まだ自分は「人」でいられるのだろうか?

 だが、それがいずれ消えてしまったら? 僕は、ただ戦い、ただ命を奪うことに慣れてしまったら?

 

 そのとき、自分は何になるのだろうか。焚き火の残り火が、小さくはぜた。

 

 僕は深く息を吐き、夜の空を見上げる。そこには、何も語らぬ冷たい月が浮かんでいた。

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 拘束した山賊の呻き声が夜の闇に響く。サーシャさんは冷静な表情のまま、その男を見下ろしていた。男の手足は水の刃によって傷つけられ、血が地面に染みを作っている。しかし、サーシャさんはその傷を完全には放置しなかった。

 

 彼女は男の傷口を見やる。ただそれだけで男の出血は収まり、その傷は古傷の如くゆっくりと塞がる。しかし、それは決して慈悲ではなかった。傷が完全に癒えないように加減しながら、苦痛を与えつつ命を繋ぎ止めているのだ。

 

「悠太さんは彼らの荷物を漁っていて貰っても良いですか?」

「私は……そうですね、直ぐそこで彼とお話をしているので、何か見つけたら教えて下さい」

「役割分担という奴です」

 そう言って、サーシャさんは山賊を引きずって廃屋に入って行く。

 

「うん、わかった」

 僕はそう答えて、僕は焚火の周囲に積まれた荷物へと歩み寄る。革の袋や木箱が無造作に置かれており、中には食料や金貨、雑多な道具が詰まっている。夜の冷えた空気の中、荷物を探る指先だけが妙に生々しく感じられた。

 まず、食料が詰め込まれた袋を開く。干し肉や乾パン、塩漬けの果実といった保存の利くものが大半だ。野営を続けるには十分な量があるが、それ以上に気になるのは酒瓶の多さだった。数本の瓶を手に取ると、中には未開封のものもあれば、ほぼ空になったものもある。強い酒の匂いが鼻を突いた。

 

「……酔いつぶれるのも無理はないかな」

 呆れながら瓶を脇へ置き、次に木箱を調べる。蓋をこじ開けると、中には武具が詰め込まれていた。粗末な剣や短刀、簡素な弓矢が目立つが、中には妙に手入れされた短剣も混ざっている。柄の部分には紋章のようなものが彫り込まれていた。

 

「これは……」

 何かが引っかかる。山賊の武器にしては上等すぎる気がした。まるで、どこかの貴族とかの持ち物みたいだ。

 眉をひそめながらさらに漁ると、今度は厚手の布袋が目に留まる。持ち上げると、ずっしりとした重量感があった。慎重に袋を開けてみると、中から現れたのは金貨の束――いや、それだけではなかった。

 金貨の他に、巻物のようなものが何本か詰め込まれている。取り出して広げると、紙には何かの取引に関する記述が残されていた。

「受取人:ロザエ・アウラカスピス」

 ……これは。

 僕は紙を目で追いながら、次第にその内容に眉を寄せた。ただの物資のやり取りではない。それは何かの契約書に近いもので、内容には「貨幣引き渡し」や「積荷の管理」といった言葉が並んでいた。

 

 他の巻物も広げてみる。中には地図のようなものもあった。線が何重にも引かれ、地点ごとに小さな印が記されている。その一つ一つに、短いメモのような書き込みが添えられていた。

 

「……拠点?」

 山賊たちの隠れ家か、あるいは物資の集積場なのかもしれない。ともかく、何か重要な場所なのは間違いないだろう。しかし、物品の受け取りやらなんやらををやっている所を見る限り、もしかしたら彼らはただの山賊の一党というわけではないのかもしれない。

 そうして考えていると、コツンと足に何かが当たったの感じる。僕は紙に記された文字から手を離し、ふと足元に目をやった。そこには、小さなガラス容器が落ちていた。ガラスはわずかに曇り、光を透かして、淡い青白い液体が中で揺れている。 

 

「なんだこれ?」 

 そっとその容器に手を伸ばし、中の液体をまじまじと眺める。その液体は、まるで月明かりを閉じ込めたかのように淡く輝く。とても、神秘的な光景であった。

 

「うーん……分からないな……」

 とりあえず、これもサーシャさんに見せるべきだろう。僕はそう判断して、巻物と容器をしっかりと掴み、廃屋へと向かった。

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

「さてと……灯よ(ファクス)

 サーシャがそう唱えると、篝火の如き光源が現れる。その赤い光に照らされて、彼女の瞳は、冷静かつ無慈悲な輝きを放っていた。夜風が静かに周囲を撫で、かすかな木の香りと、遠くから聞こえる虫の音が混じり合う中、拘束された男の横顔が不規則な影として映し出されている。彼の荒んだ表情は、過ぎ去った苦悩と恐怖の残滓のように、無機質な闇に溶け込むかのようだった。皮膚に浮かぶ微かな血の滴りは、光源に照らされ、一層その惨状を際立たせ、まるで忘れ去られた罪の証のように静かに訴えている。

 

 その中で、サーシャは冷ややかな微笑みをたたえ、口を開いた。

「さて……お話を始めましょうか」

 

 続けざまに、彼女は軽妙な調子で口を付ける。

「まぁ……私の一方的なおしゃべりになりますけど」

 

 その言葉の背後には、計り知れぬ圧力と、相手の心を容赦なく覗くような冷徹な眼差しが隠されていた。男はその瞬間、肩をビクリと震わせ、無意識のうちに抵抗するかのような微かな反応を見せた。彼の縛られた手足は、まるで彼自身の中にある恐怖を象徴するかのように固く、動かぬままだった。

 

 サーシャは、まずは問いを投げかけるように静かに続けた。 

「そうですね……まず、お名前を聞きましょうか」

 

 その言葉とともに、彼女の眼差しは男へと深く突き刺さる。しばらくの静寂の後、アッカンはかすかな抵抗のように唇を強く噛み、目を逸らす。

「……そう、アッカンさんと言うのですね」

 その瞬間、彼の肩が大きく跳ねる。まるで内心の恐怖が全身に走ったかのようだった。それを見て、彼女の顔に一瞬の満足げな微笑みが浮かぶ。しかしその笑みはあくまで冷静さを保ったままだった。光源の赤い光が彼女の瞳に映り込み、静かに、しかし確固たる意志がその声の端々に滲み出していた。

 

「お、おま……なんで……」

 

 男の問いかけは、恐怖と混乱が入り混じったかすかなものにすぎなかった。彼女はそんな男を、慈悲も冷酷さも交じった不思議な笑みで見つめながら、さらに続ける。

「あ、喋らなくて良いですよ。勝手に続けますので」

「あなたたちはどこから来たのですか? ここが本拠点ではないですよね?」

  

 男は目を瞑り、口を堅く結ぶ。これ以上、何も教えてなるものかと言わんばかりに。

 しかし、サーシャの発した次の言葉に、男の体は硬直した。

「岩に囲まれた渓谷に建つ砦……お仲間は……あら、結構な大所帯ですね……二十人程度ですか」

 男は思わず目を見開く。その体は震え、顔が一瞬にして青ざめる。

 

「……あら、別の場所にも拠点があるんですね」

「へぇ……洞窟ですか。まぁ悪くはない場所ですかね」

 虫の鳴き声だけが、静寂の中で微かに響き渡る。サーシャは、まるで男に潜む秘密を探るかのように、淡々と尋ね続けた。

 

「ロザエ・アウラカスピス」

 その言葉が放たれた途端、男は息を詰め、全身の力が一瞬で抜け落ちた。彼の顔には、まるで心臓を素手で握られたかのような苦悶が走り、全身が震えた。

 

「ふーん……帝国の貴族ですか。まさか、貴族との繋がりがあるとは……どうやら、ただの山賊団ではなさそうですね」

 サーシャはその瞬間、膝を折るようにして男に近づき、柔らかくも冷たい声で問いかけた。

 

「ねぇ、アッカンさん」

  囁くような声音。しかし、それは逃げ場のない響きを帯びている。

「もう少し、お話しましょうか?」

 男の瞳が大きく見開かれる。呻き声が漏れ、縛られた手がわずかに震える。光源が彼の顔を照らし、その恐怖に引き攣った表情を浮かび上がらせた。

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