不遇水魔法使いの禁忌術式 後追いを超えた後追い版 作:ゴリラ
その男の姿は、威厳と力強さを兼ね備えており、王の威風というものを感じられた。褐色の肌は、砂漠の太陽を浴び続けた大地そのものであり、その上に載る白銀の髪は、まるで静寂の夜に降り注ぐ月光のように、冷たくも神秘的な輝きを放っている。
鋭く形の整った顔立ちは、冷徹さと覚悟を感じさせる。その表情は無駄な感情をそぎ落とした彫像のようでありながらも、どこか人間らしい色彩を残していた。そして、何より目を引いたのは、その瞳だった。深い翠色の瞳には、まるで宇宙を内包したかのような、底知れぬ輝きが宿っている。その眼差しに射抜かれた瞬間、彼は僕の全てを見通しているのではないかという錯覚に陥った。
その首元には、豪奢な首飾りが輝いていた。緑の宝石が円環を描くように並び、その中心には鮮やかな赤い石が鎮座している。繊細な装飾の中にも力強さが感じられるデザインは、まるで王族の証のようだった。
この男、精神に干渉出来ない……面倒な……
しかし、それらよりも、何よりも僕を驚愕させたのは、男の先の一言であった。
「異界からって……わかるんですか!?」
部屋の空気がわずかに変わる。静寂が流れ、一瞬の間に砂漠の熱すら遠のいたように思えた。
「…………それはどういう……」
僕の驚きと、サーシャさんの疑問を滲ませた言葉に、彼は余裕の笑みを浮かべながら答える。
「ああ……俺の眼は特別でな、魂を観れるのさ」
「坊主、お前の魂は、この世界の他の誰とも違う。見たことのない色と形をしてやがる……」
「まぁお前さんだけじゃなくて、そこのお嬢ちゃんもなーんか歪な魂してやがるけどな……しかし……一体何やったらそんなんになるのかねぇ…」
男がそう言った瞬間、それまで疑問符を浮かべていたサーシャさんの様子が豹変する。
「……随分と、不躾な瞳ですねぇ……その瞳で苦労なさった事もあったでしょう? 抉り出して差し上げましょうか?」
その言葉と共に、彼の身体が一瞬、不自然に脈動する。まるで、何かが彼の内側を突き破って、飛び出そうとしているかの様な……しかし、それは直ぐに収まる。恐らく、サーシャさんが何かしたのだろう。……と言うか、問題を起こすのはやめてほしいなぁ……と思ったり。
「別にその必要はねぇよ。しかし、おっそろしい魔法使うなぁ? 殺意しかねぇじゃねぇか……でも、残念だったな?」
「チッ!」
サーシャさんは舌打ちをし、周囲の空気が震え始める。水の粒が浮かび上がり、槍の形へと収束していく。その場の気温が下がり、湿気が肌をなぞる。あれ?これ本格的に不味いのでは? 全力で止めるべきなのでは? 止められる気がしないけど。
「おいおい、ここらで辞めておこうぜ? 俺が誰かも分かってんだろ? なら不毛だろ。これ以上は」
男の声は軽い調子ながら、確固たる自信があった。
「別に探ろうって訳じゃなかったんだぜ? 悪かったよ」
「それに……俺には、他人の便器ん中覗く趣味はねぇからな」
こいつ、分かってて言ってますね……底意地の悪い……
その瞬間、サーシャさんの視線が鋭くなる。
「冗談がお上手ですね、“冒涜者”ニルヴァ」
まるで氷の刃が空気を切り裂くような冷ややかな声。その言葉と共に、サーシャさんの圧がまた一段強くなる。も、溜息を一つ吐いて、サーシャさんは生成した水の槍を一つ、また一つと消していく。
ここで血を見ることにならなくてよかった……いや本当に。僕がそんなことを考えていると、男が再び口を開く。
「まぁそんじゃ、じゃれ合いも此処までにしとこうや。坊主も困ってたしな」
「俺は、ニルヴァ・ラジアータだ」
その名は、まるで雷鳴のように響いた。まるで、それがこの町を支配する名であるかのように。
お前らは? そう促され、僕たちも(サーシャさんはかなり渋々と言った様子だが…)答える。
「雨宮 悠太と言います」
「………サーシャ・アルプサスです」
「アミャ? いや、アミヤ……アミヤ・ユータか」
微妙に違うな……訂正しておくか。
「いえ、
「あん?……あみゃ…アマヤ? アマミヤ…アマミヤ・ユータか」
うーん惜しい。まぁいいか。
「そんで、サーシャ・アルプサスね……」
「よろしくなぁ、ユータに、アルプサスよ。仲良くしようぜ」
ニルヴァさんは、ニヤリと笑いながら手を広げた。背後の窓から射し込む西日が彼の姿を長く引き伸ばし、部屋の壁に影を落としている。その表情にはどこか飄々とした軽さがあるのに、放たれる言葉には不思議な重みがあった。
「それでだ…ここからが本題なんだがな? 俺の町に住むってんなら、仕事をして貰わにゃ困る。働かざるもの飢えて死ねってやつだ」
「だから、お前らには魔獣狩りの一団に加わって貰いたい」
なんだその諺は……しかし、魔獣狩りとな? ……僕に出来ることはあるのだろうか?
「その……魔獣狩りの一団に加わったとしても、僕に出来ることはないと思いますけど……」
僕がそう言うと、ニルヴァさんは意外そうな顔で言う。
「そんなバカみたいな魔力量でか? ……もしかして異界には、魔力はあっても魔法は無いのか?」
「えーと…はい。そうですね」
そもそも、魔力自体初耳なのだが……。
「あー……しかし、そりゃ困ったな…今んとこ他は人足りてるからなぁ……」
「おーんどうすっかー………そうだ! いい事思いついた。ユータお前、魔法使える様になれ」
「そうすりゃ解決だろ」
そんな突飛な事を言って来た。
「……その、魔法ってそんな一朝一夕で使えるもの、なんですか?」
「いや? 普通は無理だな」
無理なんじゃないか。何を言ってるんだこの人は。そんな中、サーシャさんは心当たりがあると言った声色で溢す。
「……まさか、あの方法をするつもりですか?」
「お? 結構やれる口だとは思ってたが、知ってんのかやり方」
「嬢ちゃんお前相当、あー……ヤンチャしてただろ? もしかして、それでここにぶち込まれたか?」
「……答える義理はありませんね」
「と言うか、話を逸らさないでください。悠太さんにあの方法を使っての魔法の教授は認められません。危険すぎます」
「しっかしなぁ…それが1番手っ取り早いからなぁ……まぁそれが嫌ってんなら……もっぺん砂漠を彷徨うか? 嬢ちゃんは大丈夫かもしれんが、坊主は…どうだろうな?」
窓の外を見れば、赤い砂が風に舞っている。灼熱の太陽に焼かれた大地の上では、遠くの蜃気楼がぼやけて揺れているのが分かった。あそこに戻れと言われたら……。
「いえ、その前に、貴方をここで始末してしまえば解決ですよね?」
「ハハっ威勢が良いねぇ…若けぇ頃を思い出す」
「でもなぁ……出来ねぇことを、あんまり言うもんじゃぁねぇぞ? ……でないと、恥かくからなぁ……なぁ?
あっ不味い、これは不味い。また一触即発になってしまった。と言うか、なんでこんなに血の気が多いんだ。平和に行こうよ平和に。胃が痛い。取り敢えず問題は、僕が『あの方法』とやらを行うか行わないかだ。僕本人から行うと言ってしまえば、この場は丸く収まるだろう。収まって欲しい。ちょっと怖いけど、言うしか無い。
「や、やります。やらせてください!」
「!!!! なっなにを言って!? それに、そんな簡単に決めて良い事では!」
サーシャさんが凄い顔でこちらを見ている。
「おっ! よく言った坊主。流石、俺が見込んだ漢だ」
反対に、ニルヴァさんは喜色満面と言った様子。
「……それで、どういった方法なんですか?」
「方法自体は簡単さ。お前の魔力を使って、俺が、お前の身体に魔法を使ってやるのさ」
「それで大体の魔力の使い方とかは分かるだろ。まぁ後は肝心要のイメージだが……」
「………仕方ないですね……そっちの方は、私に任せてください」
サーシャさんが溜息と共に言って、続ける。
「魔法を使うのに必要な想像。そちらの方は、私が担当します。悠太さん、まず魔法を使う際には想像が必要です。いくら魔力運用を上手く出来ていたとしても、あなたの想像が脆弱であれば、世界の改変は行えません。つまりは不発に終わります」
「ですので、私の魔法であなたの脳内に、魔法を使う際の想像を植え付けます。あとは、魔力を使って、その想像の儘に世界を改変してください」
「へー嬢ちゃん、あの魔法つかえんのか……禁忌一歩手前だろ? あれ。最悪、俺がどっちもとか考えたから助かるが……嬢ちゃんもしかして、月魔天だったりすんのか?」「……それは、そちらでしょう?」「いや、俺はもう魔天じゃねぇよ、紋も消えちまったしな」「そうでしたか。それはご愁傷様」「はん、魔天になってから碌なことにならなかったからな、別に悲しんじゃいねぇよ」「……それは結構ですね。えぇ、本当に」
いま、脳に植え付けるとか言ってなかっただろうか?……マジで?サーシャさん達が何やら話している間、僕の脳裏には無数のイメージが浮かび上がる。意識に強制的に何かが入り込む様子や、意思が奪われる可能性――それらはどれも僕にとって想像するだけで背筋が冷たくなるものばかりだった。その想像が広がるたびに、僕の表情はますます硬くなり、冷や汗がにじみ出る。やべぇ墓穴掘ったかも……。
「さて、無駄話してないでちゃっちゃとやるぞ」
ニルヴァさんのその言葉に、ハッ現実に引き戻される。
「……顔色が悪いですが、やっぱり止めておきますか?」
サーシャさんが僕の顔を見てそう言った。が、いやここまでお膳立てされておいて、やっぱ辞めますは無理だろう。と言うかその場合、砂漠に放り出されるし……。
ええぃ!儘よ。
「いえ、大丈夫です。やれます」
サーシャさんが心配そうに見つめる中、僕はそう言い切った。
「良いねぇ……」
ニルヴァさんがニヤリと笑う。
こうして、僕の強制魔法学習が始まった。……地獄だった。自分で想像した物でない物を強制的に植え付けられる感覚は、怖気が走った。僕と言う自我がぐちゃぐちゃに踏み荒らされ、付け足されるのだ。今の僕が僕で無くなる気がした。自分自身が信用できない。どこまでが僕で、どこからが付け足された物なのかが分からない。今こうして考えている僕も、もしかしたら後付けなのかもしれない。サーシャさんが止めた理由が解った。これは、人に使ってはいけない魔法だ。
治癒魔法の練習は、比較的楽だった。最初の数回は制御が出来ずに、歪に再生させて、腕が変に膨れ上がったりしたけれど…。
身体強化魔法は、辛かった。筋力だけの歪な強化をしてしまい、腕を振ったら腕が捥げて飛んで行ったり……まともに使えるようになるまで、何度も何度も血を見ることになった。でも、その甲斐が有ってか、治癒魔法と身体強化魔法の二つはどちらも及第点を貰えた。ここまでやって及第点なのね……。
「ニルヴァさん、ありがとうございます」
「いや、良いってことよ」
「こっちも、人手が増えんのは万々歳だからな」
そうして、サーシャさんの後に続いてニルヴァさん部屋を出るその時、ニルヴァさんに呼び止められた。
「おい、坊主」
「なんですか?」
「……一度、あの嬢ちゃんとは腹割って話しておけ」
そんなことを言われて、少し狐に摘ままれたような気持になる。何故だろうか。
「サーシャさんとですか? ……何故です?」
「いや、必要だと思っただけだ。まぁ老婆心の親切心とでも思っておけ」
「はぁ……わかりました」
本当に、何なのだろうか。
「じゃあな、坊主」
そして、今度こそ解散となった。部屋を出て、アンバースさんに案内をされて邸宅を出る。そこには、一足先に出ていたサーシャさんが居た。
サーシャさんと共に、帰路に着く。日はもうすっかりと暮れていて、夕日が町を赤く染めていた。日干しレンガ造りの建物が夕焼けを受けて赤金に光り、道行く人々の影が長く伸びる。乾いた風が肌を撫で、街の喧騒が遠くで響いている。
僕の中で、ニルヴァさんに言われたことがずっとリフレインしていた。
「どうかしましたか?」
サーシャさんの声が、思考の海から引きずり出す。風に揺れる彼女の髪が、茜色の光を浴びて煌めいた。
……うん、アドバイスに従ってみるか。
「サーシャさん。少し寄り道していきませんか?」
僕は、ほんの少しの勇気を込めて、そう切り出した。
魔天…一つの系統を極めた者が得られる称号。また、専門の系統以外の魔法の腕前も一級品。
敵対は死と同義。魔天になると、背中に翼を象った紋が現れる。と言うより、その紋の現れた者を魔天と呼ぶ。
禁忌術式…十三種ある禁じられた術。そのどれもが、倫理的な問題のある又は、世界に著しい損傷を与えた秘法である。
一ノ法…魔人の作成 詳細不明。
二ノ法…
三ノ法…
四ノ法…
五ノ法…
六ノ法…
七ノ法…
八ノ法…
九ノ法…
十ノ法…
十一ノ法…
十二ノ法…
十三ノ法…
第4罪人 “冒涜者”ニルヴァ・ラジアータ
罪状 十三番目の禁忌術式の開発並びに行使 ティスル王国、フォーチュニ王国、ラジアータ王国の壊滅
月魔天であるにも関わらず、200年前に自身で開発した禁忌術式によって死者の大軍を操り、僅か数日で上記三国を滅ぼした大罪人。
当時の炎魔天、木魔天、金魔天の三名によって捕縛される。
絞首、断首、串刺し、溺死、火炙り等々、合計で十三回もの死刑が執行されるが、どれも彼を殺すには至らなかった。
その為、ペカトゥム砂漠への流刑に処されることとなった。砂漠への流刑に処された罪人の第一号でもある。