不遇水魔法使いの禁忌術式 後追いを超えた後追い版 作:ゴリラ
主人公の設定が唐突に生えてきたので、1、2話の内容をちょこっとだけ修正します。
本当にごめんなさい。でも、物語の大筋にはあんま関係ない気がするので、別に見返さなくても無問題だと思います。多分
それと、砂漠脱出まで後1~2話は掛かりそうです…
うーんこの…
町の中心部、そのオアシスの畔に僕らは居た。夕日がオアシスの湖面に映り込み、赤金の光がゆらゆらと水面を染める。その輝きは波のさざめきに合わせて形を変え、幻想的な模様を描いている。風が吹くたびに水面は揺れ、光の粒がきらめきを増す。サーシャさんは無言でその光景を見つめていた。長い水色の髪が風にそっと揺れ、柔らかい光の帯のように輝く。
澄んだ青い瞳には、湖の波紋と光の揺らめきが映り込んでいる。その表情はどこか物憂げで、けれど同時に何かを追憶するような柔らかさもあった。風がふわりと彼女の襟元をかすめ、白い肌に触れたが、彼女は動じることなくじっとその光景を見つめ続けた。
オアシスの周囲に広がるヤシの木々は、橙色の光を受けて長い影を落としている。その影は湖面に届き、まるで世界が鏡に映ったもう一つの現実であるかのようだった。ヤシの葉が風に揺れるたびに、ささやくような音が響き、遠くでは人々の声が微かに聞こえる。乾いた砂の上には、沈む夕日の光がまだら模様を作り、湖畔に打ち寄せる波が、穏やかに砂粒を巻き込んでいた。
彼女は微かに息を吸い、冷たい空気に混じる湖のかすかな湿り気を感じ取った。日が傾くにつれて気温が下がり、昼間の熱気が和らぐとともに、砂漠の夜の静寂が忍び寄ってくるのが感じられた。
「綺麗ですね……」
小さな声が、風に溶けるように呟かれた。その声は、この静寂を壊さぬよう配慮されたものだったが、どこか切なさも帯びている。
彼女の指がふわりと空を撫でるように伸びる。その先には、夕日に染まる水面が広がっている。指先に触れることのない遠い景色─はたして、それを彼女は何を思ってその光景に手を伸ばしたのだろうか。
そして、短い沈黙の後、彼女は小さく微笑んだ。まるでその微笑みが、湖面の輝きに応えるものであるかのように。彼女の周囲にはただ穏やかな空気が満ち、オアシスの湖と彼女の存在が一つの絵画のように調和していた。その微笑みを見ていると、僕は彼女の心の内に触れたいという衝動に駆られた。しかし、その静謐な空気を壊すのが恐ろしく、ただ隣で黙って立ち尽くすことしかできなかった。彼女の青い瞳は湖面を見つめながら、どこか遠く、僕の知らない場所を彷徨っているようだった。言葉にするにはあまりに繊細で、脆い感情がそこに流れている気がした。
「こういう光景、見るのは初めて?」
思い切って声をかけると、彼女は一瞬こちらを見て、再び視線を湖に戻した。
「いえ、一度だけ……小さい頃、姉さんと一緒に……」
その言葉には、彼女自身にも説明のつかない感情が込められているようだった。
沈む夕日が徐々に光を弱め、空が濃い藍色に変わり始める。湖面に映る赤金の輝きも、次第に柔らかな銀色へと変わりつつあった。サーシャさんはその変化を静かに見守りながら、ぽつりぽつりと言葉を紡いだ。
「姉さんは……私よりもずっと…ずっと優秀で……綺麗で……」
「私はそんな姉さんが、大好きでした。でも……それと同時に、うらやましくて、妬ましくて、疎ましい……そう、思ってもいたんです」
彼女の声は次第にかすれていった。夕日の光が彼女の横顔を照らし、長い影が地面に伸びていた。僕は何も言葉を返せず、ただその言葉に耳を傾けた。
「いつも私に優しかった姉さん。いつも私より先に居た姉さん。いつも人に、皆に囲まれていた姉さん………」
言葉の途中で彼女は少し間を置き、湖面に視線を落とした。
「私には、何も無かった。姉さんの様な優しさも、姉さんの様な優秀さも、姉さんの様な人望も……」
「だから……だから私は………」
「姉さんに憧れながら……距離を置いてしまった。姉さんのようにはなれない自分が嫌で、姉さんを見るのが怖くて…………」
彼女の声が震えた。それ以上言葉を紡ぐのが難しいようだった。
湖面を見つめる彼女の表情が、湖の揺らぎとともに淡く歪んで見えた。遠くの砂丘が次第に夜の影に沈み込み、空には一番星が瞬き始める。夜の静寂が、彼女の言葉の余韻をそっと包み込んでいた。
「サーシャさん……」
僕は何を言えばいいのかわからず、その名前を呼ぶだけだった。それでも、彼女は振り返り、微かに微笑んだ。
「ありがとう。でも、大丈夫ですよ。……今は……姉さんと、一緒だと思えるんです……」
彼女の言葉に嘘はなかった。その瞳には強さと穏やかさが共存していた。
「……次は、あなたの話を聞かせてくれませんか」
湖のさざめきが、まるで遠い記憶を呼び覚ますように静かに響く。
「僕の話……」
そう言いながらも、何を話せばいいのか頭を巡らせる。自分の過去には、彼女が語ったような感情の揺らぎも美しさもない。ただ、平凡な日常の連なり。語るべきことなど何もないと思ったが、彼女の視線に背中を押され、ゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。
「僕が異界……異世界から来たって言うのは……もう知っているよね」
「僕はそこで、普通の学生をしていて、普通の生活を送っていたんだ」
「普通の成績、普通の能力、普通の容姿」
「でも一つだけ。たった一つだけ、普通じゃない……みんなと違う所があった」
「……僕には、家族が居なかった。別に、最初から居なかった訳じゃないよ? ただ……事故に遭って……僕は、一人になった」
その言葉を口にするのは少し痛みを伴ったが、彼女の前でなら話せる気がした。オアシスを吹き抜ける夜風が、湖面を揺らし、月の光が水面に淡い波紋を広げる。砂漠の夜は静かで、虫の声すら遠くにしか聞こえない。空には無数の星が瞬いている。その静寂の中で、彼女は黙って頷き、先を促してくれる。
「幸いにも、叔父家族が僕を引き取って、僕を暖かく迎え入れてくれた……でも……」
「でも……やっぱり、どこかで遠慮していたんだと思う。叔父さんもその奥さんも、本当に優しくていい人たちだった。従妹たちも、僕を家族として接してくれた。けど、僕はその温かさを完全には受け入れられなかった。なんだか、自分だけが別の世界から来た異物みたいで……その感覚がどうしても拭えなかった」
僕は自嘲気味に笑って肩をすくめた。サーシャさんは黙って僕の話に耳を傾けている。その静かな態度が、かえって言葉を引き出す力になっていた。
「学校でも、友達はいた。でも、本当の意味で心を開けたかというと……わからない」
「ただ、そこに存在しているだけ、という感じだった」
「周りのみんなが笑って、楽しそうにしているのを見て、『自分はそこにいる資格があるのか』なんて、そんなことばかり考えてた。誰もそんなこと気にしてないのにね。全部、僕の中の問題だったんだ」
遠くで砂漠の風が音を立ててヤシの葉を揺らす。焚き火の炎がゆらゆらと揺れ、淡いオレンジ色の光が彼女の横顔を照らした。影が頬に落ち、彼女の表情は一層穏やかに見えた。サーシャさんは相変わらず静かだったが、その青い瞳がどこか切なげに潤んでいるように見えた。僕は彼女の表情に気づかないふりをして、話を続けた。
「だから、気づいたらこの世界に来ていて……正直、最初は何が起きたのかまったくわからなかった。でも、驚きとか恐怖よりも先に、少しだけ……ほっとしてる自分が居たと思う。新しい場所で、新しい自分になれるかもしれないって、そんなことを思ったんだ」
僕はそこで少し言葉を切り、夕闇に包まれるオアシスを見つめた。湖面に映る空は、すでに深い藍色に染まり、星々がちらちらと光を灯し始めている。水面に浮かぶ月の影が揺らめき、静寂の中に時折小さな波音が響く。サーシャさんは視線を外さずに小さく頷き、促すようにそっと口を開いた。
「それで……どうですか? 新しい場所で、新しい自分に出会えそうですか?」
彼女の問いかけに、一瞬だけ言葉を詰まらせた。考えを巡らせるうち、自然と口元が苦笑を浮かべていた。
「どうだろう…………ただこうやって、サーシャさんみたいな人に出会えて、少しずつ自分が変わっていけそうな気はしてる……かな」
サーシャさんは目を閉じ、息を吸い込むように空気を胸に満たした。そして、穏やかに微笑む。その微笑みは、どこか母性的な優しさを含んでいるようで、不思議と僕の心を温かくした。
「あなたの言葉……私にはすごくよくわかる気がします。私も……自分を見失ってばかりでしたから…だから、こうして誰かと話して、少しずつ過去を整理するんです。それが救いになると思うんです」
僕は頷き、湖面を再び見つめた。オアシスは相変わらず静かで、夜の帳がすべてを包み込もうとしている。その中で、僕たち二人だけがぽつんと残されているような感覚に陥った。
僕は少し照れながらも言った。
「こんな景色の中で、サーシャさんみたいな人と過ごせるなんて、ちょっと特別な気がするよ」
彼女は小さく笑って、肩をすくめた。
「それはどうでしょう。でも……今夜のこの時間は、ずっと忘れないと思います」
風が吹き、ヤシの葉がかさりと音を立てる。焚き火の炎が静かに揺れ、僕たちの影を砂の上に揺らめかせた。どこまでも続く砂漠の闇の中、ここだけが暖かな光に包まれているような気がした。
僕はその言葉を胸に刻み込みながら、彼女と共にオアシスの静寂に溶け込んでいった。
◇◆◇◆◇◆◇
咎人の町3日目
◇◆◇◆◇◆◇
太陽がまだ地平線の彼方で早朝、空は薄青く染まり始めていた。夜の名残を留める冷たい風が砂漠の静寂を揺らし、微かに砂を巻き上げる。頬を撫でる空気はひんやりとしており、昨夜の熱がすっかり失われた砂の感触が足元に広がっていた。
砂漠の空気が頬を撫でる中、僕たちはアンバースさんに起こされ、町の外へ歩みを進めていた。町の外壁を越えると、そこにはすでに多くの人々が集まっていた。朝焼けの光がまだ薄暗い砂の上に淡い影を落とし、狩りに向かう者たちの準備の声があちこちで飛び交っている。金属が触れ合う音、袋を締める音、乾いた砂の上を踏みしめる足音──すべてが静寂な砂漠の朝を賑わせていた。空はまだ藍色を保ちながらも、東の地平線にはかすかな朱色が差し込み始め、遠くの砂丘がぼんやりとした輪郭を浮かび上がらせている。
「こちらです。着いてきてください」
アンバースさんが振り返り、僕たちに声をかける。その声に慌てて足を早めると、彼はすでに何人かの人たちと話し込んでいた。彼らはそれぞれ個性的な装備を身につけており、革の鎧や軽装の布服、弓や槍を携え、見るからに経験豊富そうな雰囲気を漂わせている。彼らの顔には独特な精悍さがあり、その肌は日焼けして艶を持っていた。
「狩りは班を組んで行動します。お二方はこちらの班になります」
アンバースさんがそう言って紹介してくれたのは、男二人と女性一人の計三人。彼らはアンバースさんに軽く挨拶を交わした後、僕らに視線を向けてきた。
「ゲイドスだ…しかし…新入りか……頼りないね」
背の高い男─ゲイドスさんが腕を組んで苦笑する。彼の髪は陽の光を浴びると淡い金色に光り、鋭い目つきがやけに印象的だった。
「まあまあ、最初は誰だってそうよ……わたしはレズビア。よろしく」
女性─レズビアさんが優しい口調でフォローする。その姿は穏やかだったが、腰に下げた二振りの剣が彼女の実力を物語っていた。彼女の背後では砂漠の風が吹き抜け、彼女の長い黒髪がさらさらと靡いている。
「んっま! なんてカワイ子ちゃん! 目の保養になるわぁ!」
そして派手な衣装をまとった男性が、瞳に好奇心を込めてそう言った。
「あなた達が、噂になってた新入りちゃんよねぇ!?」
「あたしはカマホル! この班のリーダよ♪」
「お名前、教えてもらっても言いかしら!」
彼は腰に片手を当て、もう片方の手をこちらに差し出してくる。
彼─いや、彼女……いや、どちらとも言えないその人の、明るすぎるオーラに気圧されつつも、僕達は慌てて手を差し出し、「よ、よろしくお願いします……」とぎこちなく挨拶をし、名前を教える。カマホルさんの手は力強く、握手をした瞬間、そのまま手を握り潰されると錯覚した程だった。
周囲にはいくつものチームがあり、それぞれが狩りの準備を進めていた。武器を手に軽い動きを確認している者もいれば、地図を広げてルートを確認する者たちもいる。だが、僕たちのチームはどこか和やかで、緊張感というよりも穏やかな空気が流れているように感じた。
「さて……今日は新入りちゃんがいるから、少し優しめのルートで行きましょうか」
カマホルさんは地図を広げ、指でルートを示しながら説明を続ける。その明るく軽妙な口調に、場が自然と和らいでいく。
「まず、基本は私とレズビアちゃんが前衛をするわ。それで、ゲイドスちゃんは後ろから援護」
その言葉に、レズビアさんが「わかったわ」と返し、ゲイドスさんが「ワン」と返事をする。
この人は何なのだろうか……。
「次に……そういえば、新入りちゃん達は何が出来るのかしら?」
「カルピが連れて来たって事は、かなり出来る方なのよね?」
その質問にまず、サーシャさんが答えた。
「……大抵の事は出来ると自負していますが……そうですね、強いて言うなら、水系統魔法が得意です」
サーシャさんのその言葉に、カマホルさんはにっこりと笑って言う。
「なら、サーシャちゃんには後衛を任せてもいいかしら?」
「それで、アミヤちゃんはどう?」
「僕は……昨日、身体強化と回復魔法を習得したばかりで…………」
恐る恐るそう言うと、カマホルさんは優しく微笑みながら答えた。
「なら…サーシャちゃんとゲイドスちゃんの後ろにくっついていなさいな。多分、そこが一番安全だから」
「んっも! そんな顔しないの! 最初はみんなそうだったんだから、気にしなくていいのよ♪」
「そうだね。俺たちも最初はひどいもんだったよねパパ」
ゲイドスさんが笑いながら言葉を添える。彼の声にはどこか余裕があり、それがまた不思議と安心感を与えてくれた。
空が徐々に明るさを増し、地平線から太陽が顔を出し始める。砂漠が黄金色に輝き、目の前の景色が息を呑むほど美しく変わっていく。朝日の光が砂粒に反射し、まるで無数の宝石が散りばめられたかのようだった。その光景に見とれつつも、僕達は狩りのために一歩を踏み出した。
◇◆◇◆◇◆◇
その魔獣は、全体的にはサソリを基調とした形状だが、どこか人間的な特徴を持つ異形の存在だった。
上半身は人間のような体躯を持ち、固そうな外殻がその身を覆っている。まるで岩のように粗く、無骨な装甲は、僅かに紫がかった鈍い輝きを帯びている。その肌の隙間から覗く筋肉は異様なほど発達しており、まるで生きた兵器のような印象を与えた。だが、両腕は巨大な鋏になっており、まるで異なる生物のパーツを無理やりつなぎ合わせたような歪な造形が、生命としてのアンバランスさを際立たせていた。
頭部は昆虫的で、大きな複眼が左右に広がっている。それらは深紅に光り、内側で細かく動きながら周囲を見渡しているのが分かる。その視線には感情の揺らぎが一切なく、無機質で冷たい。不気味な静けさをたたえたその眼差しは、どこまでも深い闇を思わせる。風に揺れる細長い触角は、触れた空気の温度や振動を鋭敏に察知しているのだろう。
下半身は完全にサソリそのもので、8本の強靭な脚が砂漠を軽々と踏みしめている。それぞれの脚には鋭い棘が並び、細かく震えるたびに、かすかな金属音のような摩擦音が響く。その音が異様なまでに不快で、まるで耳の奥を針で刺されるような感覚を引き起こした。最大の特徴はその尾だ。長く曲がった尾は、まるで巨大な鞭のようにしなり、先端には太く鋭い毒針が備えられている。針の根元には透明な毒液が満ち、時折ぽたりぽたりと砂の上に落ちては、地面を黒く焼いていた。
体全体は暗い色調の甲殻で覆われており、光が当たると鈍い輝きを放つ。その姿は、砂漠の荒涼とした風景に溶け込みながらも、周囲に圧倒的な存在感を与える。異様に発達した形状と圧倒的な武器の数々から、ただ見るだけでもその恐怖が全身に伝わってくる。
そんな魔獣に、なぜか僕ばかりが執拗に狙われていた。
「どわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「な、なんで僕ばっかりぃ??!!」
砂を蹴り上げながら、全力で逃げる僕の背後から、シュゥッという音とともに毒液が飛んでくる。その一撃が着弾するたび、地面が溶け、嫌な匂いの煙が立ち上る。熱せられた砂が焦げる独特の臭気が鼻をつき、喉の奥に焼けるような痛みが広がった。追いつかれたら終わりだという確信が、心臓を激しく脈打たせる。あんなの、人類が戦っていい相手じゃないだろう……。
「あたしをっ! 無視してんじゃァないわよ!!!」
カマホルさんの声が、僕の逃げる方向とは逆から響く。その声の直後、ドゴォン!という轟音が砂漠に鳴り響いた。振り返ると、カマホルさんの拳が魔獣の顔面に炸裂しており、その衝撃で魔獣が一瞬後ずさる。鋭い鋏が砂を掻き、複眼がカマホルさんを睨むが、その表情にはどこか苛立ちと困惑のようなものが浮かんでいるように見えた。
「効いた……のか?」
僕が足を止めて見守る間もなく、魔獣のひび割れた外殻が、まるで生きているかのように自己修復を始める。罅割れた箇所が滑らかに埋まり、毒々しい鈍い輝きが復元されたかと思うと、その複眼が再び僕に向けられた。
「ちょっと! そっちじゃなくてあたしを見なさいよ!!」
カマホルさんが砂を蹴り上げて再び突進し、両腕を広げて魔獣の尾を狙いにかかる。しかし、魔獣は尾をしならせるようにしてカマホルさんを迎撃する。その動きは蛇のように素早く、彼女の拳をかわして砂に突き刺さる。その瞬間、砂が爆ぜ、毒液が辺りに飛び散った。
「きゃっ! 危ないじゃないの!!!」
カマホルさんは咄嗟にその場を跳び退き、毒液が滴る尾の動きを注視する。彼女の動きは俊敏で、これまでの戦闘経験が伺えるものだったが、それでも魔獣のスピードには苦戦しているようだ。
砂塵が舞い上がり、焦げた砂の匂いが鼻を刺す。乾いた風が吹き抜け、熱せられた地面が波のように陽炎を揺らめかせる。遠くでは蜃気楼が儚げに揺らぎ、この灼熱の大地の過酷さを物語っていた。
「はいっクズ確定 ぶっ殺します。レズビアァ!」
後方からゲイドスさんの声が聞こえる。
「えぇ! わかってる!
レズビアさんが詠唱し、魔法を発動する。すると、彼女の持っていた剣が形を変え巨大な杭となって魔獣へ向かい、突き刺さる。そして突き刺さった直後、杭が無数に枝分かれしながら成長する。魔獣は突き刺さった杭を抜こうとあがくが、恐らく内部でも枝分かれしているのだろう。抜くことはかなわない。
「必死だなサソリちゃん」
「蜈ィ蝨ー繧医?∽クサ縺ォ蜷代°縺」縺ヲ蝟懊?縺ョ蜿ォ縺ウ繧偵≠縺偵h縲 豁灘」ー繧偵≠縺偵?∝万縺ウ豁後>縲√⊇繧∵ュ後∴縲」
ゲイドスさんが悍ましい唄を唄いあげる。すると、まるで大地が悲鳴を上げるかのように唸りを上げた。そして唸りが止むと同時に、地の底から灼熱のマグマが噴出し、意思を持っているかのように魔獣に襲い掛かる。
赤々と燃え盛るマグマの奔流が魔獣を包み込み、その熱気が周囲の空気を歪ませる。焦げた硫黄の匂いが辺りに充満し、地面には焼け焦げた痕が黒々と広がっていく。魔獣の外殻は瞬く間に焦げつき、鋭い裂け目からは蒸気と共に不気味な音が響く。だが、それでも魔獣は完全には沈黙しない。鋏を振り回し、尾を激しく打ち振りながら抵抗を続ける。その執念深い動きに、全員が息を呑んだ。
「な、なんてタフな……こいつら、こんなにタフだったかしら……」
レズビアさんが驚愕の声を上げる。彼女の魔法で拘束しているにもかかわらず、魔獣はなおも動き続ける。マグマに焼かれながらも、毒の滴る尾を掲げて攻撃の隙を伺う様子に、僕の背筋は寒くなった。
「いいわね……そんなに暴れるってことは、まだ余力があるってことでしょ?」
カマホルさんが不敵な笑みを浮かべると、再び前線へと飛び込んだ。彼女の拳が何度も魔獣に炸裂し、そのたびに外殻がひび割れていく。だが、その隙を突いて魔獣の尾が素早く振り下ろされた。
「危ない!」
僕は反射的に叫ぶ。だが、カマホルさんは軽やかに尾をかわし、そのまま尾の付け根を両手でがっしりと掴む。
「これで……どうかしらァ!」
そう叫ぶと、彼は信じられないほどの力で尾を引きちぎった。魔獣の体液が周囲に飛び散り、凄まじい断末魔の声が砂漠中に響き渡る。
その声は空気を震わせ、遠くの砂丘まで響き渡った。無数の砂粒が宙を舞い、視界が一瞬霞むほどだった。
「これで少しは大人しくなるかしら?」
カマホルさんが尾を地面に叩きつけると、魔獣はその場でぐらりと揺れ動き、動きが鈍くなった。それを見計らい、サーシャさんが詠唱を始める。
「いい加減、終わらせましょうか
彼女の詠唱が終わると同時に、空中に水で作られた槍が無数に出現し、魔獣へ矛先を向ける。
「征け」
その号令と共に、水槍が一斉に魔獣へと放たれた。槍は空を切り裂き、鋭い音を立てながら魔獣の外殻に突き刺さる。水で作られたはずのそれらは、魔獣の固い外殻をまるで豆腐かの様に貫き、体内へと侵入する。
「搔き乱せ」
サーシャさんの冷徹な指示が響いた瞬間、魔獣の体内で、まるでミキサーの様な凄まじい音が響き渡った。
「ギィィィィッ!!!」
魔獣が上げた叫び声は、耳をつんざくような痛々しいもので、周囲の空気を震わせた。そして次第にその叫びは小さくなり、ピクリとも動かなくなった。
砂漠には静寂が戻り、僕たちはその場に立ち尽くす。誰もが汗だくで息を荒げている。空には雲ひとつなく、ただ容赦ない太陽だけが砂の上に影を落としていた。
戦いの余韻が、静寂の中にじわりと染み渡っていく。
「さて……それじゃ、死骸を回収して帰りましょうか。この子の殻は色々使えるから、報酬も良いわよ♪」
カマホルさんの言葉を合図に、僕たちは回収作業に入る。僕も彼らのように戦えるようになりたい。そんな希望を胸に抱きながら。
第5罪人 カマホル・タチデス
罪状 内乱罪
ローズディア帝国において発生したクーデターの首謀者。元は宮廷魔法師団の団長であった。
一流の陽系統魔法の使い手であり、回復魔法並びに身体強化魔法の精度は目を見張るものがある。
レズビア・ユリーカとゲイドス・ホモリゲスは魔法師団時代からの部下。
ゲイドスは呪法使いでもある。