不遇水魔法使いの禁忌術式 後追いを超えた後追い版   作:ゴリラ

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砂漠脱出です
次回は恐らく、幕間的なのやります


火と硫黄の降る日

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

咎人の町7日目 黎明直前

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 その日、砂漠全体に バリンッ――! という、まるで何かが砕け散るような鋭い音が響き渡った。それはまさに、世界の境界が破られた合図だった。空気が揺らぎ、見えざる力が弾け飛ぶ。長年この地を包み込んでいた――ペカトゥム砂漠を外界から隔てていた結界が、破壊されたのだ。

 

 砕け散った結界の名残が、淡い光の粒となって宙に舞う。それらは静かに消え去り、まるで最初から存在していなかったかのように砂漠の風に溶けていく。空を仰げば、ひび割れた虚空のように、薄く光る亀裂の残滓がかすかに揺らめいていた。だが、それもすぐに風と共に散り去り、何事もなかったかのように静寂が戻る。

 

「――――グォォォォォッ!!!」

 

 だが、その静寂は一瞬のものだった。すぐに、天を揺るがす咆哮が砂漠の大地を震わせる。音の衝撃が砂粒を舞い上げ、地表は波打つように震えた。その声は圧倒的な存在感を持ち、ただの猛獣の咆哮とは明らかに異なる。砂漠に住む者たちは本能的に理解した──この声の主は、覇者にして災厄、絶対なる存在であると。

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 男は、町の外を睨みつけながら、歯を食いしばった。眼前の空に広がるのは、砂と熱の揺らぎ。しかし、その向こうに確かに "何か" が迫っている。それは、まるで嵐そのものが敵意と憎悪を持ち、ここへ向かっているかのようだった。

 

「クソッ……!」

「聖獣……それも竜が、一体全体なんの用だってんだっ!」

 竜種──それは、ただの聖獣ではない。の寵愛を受けた、聖獣の王族とも評すべき貴種である。そんな存在が、憎悪していると言ってもいいくらいに嫌っている魔力。それが豊富にあるこの土地にわざわざ訪れる等、ただ事ではない。

 

 熱風が吹き荒れ、彼の短い髪が揺れる。竜の放つ殺意に反応するかのように、周囲の魔力の流れが狂い始めた。砂漠に沈む月が、不気味な赤色に染まって見える。

 

「……この地の浄化にしては、300年は遅い。今さらのこのこと、何をしに来やがった?」

 

 彼の脳裏に、ある一つの可能性がよぎる。

 ――ユータ。

 異邦人の少年。確かに魔力量には目を見張るものはあるが、別段特別な力があるわけでもない、ただの若造。だが、それでも竜種がわざわざ動くほどの理由があるとしたら――?

 

 ふと、遠方の砂嵐の向こうに、巨大な影がゆっくりと姿を現した。その輪郭が陽炎のように揺らぎ、やがて白銀の鱗が燦然と輝き始める。太陽が昇るにつれ、鋭利な角と巨大な翼の輪郭がくっきりと浮かび上がった。竜の眼が煌めき、まるで全てを見透かすような視線が町を貫く。

 

「……いや、考えてる場合じゃねぇ。どうであれ、やるしかない」

 

 彼は窓を蹴るようにして離れる。そして、待機しているであろう従者に声を掛ける。

「迎撃の準備だ。カルピ、町民を全て集めろ! 総力戦だ!!」

 

 遠くの砂嵐の中で、巨大な影がゆっくりと姿を現しつつあった。燦然たる白銀の鱗が、上りゆく太陽の光を反射し、炎のように燃え盛る。

 

「俺の町、俺の国で、好き勝手なんてさせるかよ」

 鋭い号令と共に、ニルヴァは自身の国を守るべく、駆け出した。

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 女は、町の外を見て驚愕する。

 

 熱風に揺れる砂煙の向こう、遠くの空に巨大な影が現れつつあった。砂嵐を引き裂いて現れたその存在は、圧倒的な威圧感をもって空間を支配していた。白銀の鱗が昇りつつある太陽の光を反射し、まるで空そのものが燃え上がるかのように煌めく。

 

「まさか……竜が出向いてくるとは……!」

 サーシャはかすかに震える唇を引き結ぶ。まるで世界そのものを揺るがすかのような存在感。その圧倒的な気配は、彼女の経験したどの脅威とも比べ物にならなかった。

 

「あの魔法だけ、禁忌である理由が定かではなかったですが……こういう事、なのでしょうか……」

 

 砂漠を裂くような轟音が響く。竜が羽ばたくたびに、強烈な風が町の壁を打ちつけ、砂埃を巻き上げる。町のあちこちで悲鳴と怒号が入り混じり、兵士たちは混乱しながらも迎撃の準備に奔走していた。

 

「まぁいずれにしても、あんなの、相手にするだけ損ですね」

 サーシャは、冷静さを保とうとするように呟く。

 

「早い所、悠太を連れて逃げた方がよさそうですね……幸い、邪魔な結界はあの竜が破壊してくれたようですし」

 そう言って、彼女は背後に視線を向ける。まだ混乱した様子の少年――悠太が、何が起きているのかも分からずに彼女を見ていた。

 

「サーシャさん、これは……?」

 問いかける悠太に、サーシャはわずかに苦笑する。

 

「……説明は後です。今は逃げるのが先決ですよ」

 彼女は素早く荷物をまとめ、悠太の手を強く握った。その時、再び竜の咆哮が響き渡り、町全体が震えた。家が揺れ、壁の一部が崩れ落ちる。叫び声が周囲にこだまする中、悠太の顔には恐怖の色が浮かんでいた。

 

「ちょ、ちょっと待って! 一体何が――」

 

「いいから、走って!」

 サーシャは悠太の言葉を遮り、彼の手を引いた。その瞬間、背後で大きな爆発音が響き、熱風が彼らの背を押した。町のどこかで火の手が上がり、黒煙が空へと昇っていく。

 

 まだ戦いは始まってもいない。しかし、この町にいる限り、悠太が巻き込まれることは確実だった。そして、そんなことは絶対に認めない。砂漠の町に広がる混乱を背に、サーシャは決意する。悠太を連れ、この地を去ると。

 

 彼女は力強く地を蹴り、砂塵の中を駆け出した。

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 バリンッ――!

 何かが砕け散る音と共に、とんでもない咆哮が明け方の砂漠に轟いた。耳をつんざくようなその声を聴いて、混乱の最中に居た僕は、ただサーシャさんに腕引かれるまま、逃走をするしかなかった。

 

 しかし、その逃走はそう長くは続かなかった。

 空が暗く染まり、砂嵐のように舞い上がる熱気が、僕らの背後から迫っていた。灼熱の空気が肌を刺す。重く、鈍い振動が大地を打つたび、僕の鼓動が速まる。振り返らずとも、何が起こっているのかは明白だった。

 あの咆哮の主が、追いついてきたのだ。

 

 朝焼けの光が、逃げ惑う僕たちの影を長く引き伸ばす。広がる砂漠、どこまで走っても変わらない光景。しかし、その静寂を引き裂く音が、今や背後からはっきりと聞こえていた。焦燥感が胸を締め付ける。

 

「追いつかれましたか……!」

 サーシャさんが悔し気に呟き、僕は無意識に振り返る。その瞬間、視界に飛び込んできたのは、天空を覆うように広がる巨大な翼。夜明けの淡い光の中、銀白の鱗が冷たく鈍く輝いていた。飛翔するたびに生じる気流が砂を巻き上げ、まるで砂漠そのものが竜の存在を恐れて震えているかのようだった。気圧の変化に耳が詰まる。

 

「来ます!」

 サーシャさんの声が鋭く響く。

 

 轟音とともに、竜が空から急降下してきた。空気が裂ける音、瞬間的に生まれた真空が耳を叩く。逃げる間もなく、熱気が肌を焼き、風圧が身体を押しつぶすように襲いかかる。僕は足を止めざるを得なかった。

 

 もう、逃げられない。

 

 咆哮が空を裂く。砂漠の大地が震え、細かな砂粒が舞い上がる。視界が砂塵でぼやけ、銀白の竜の姿が霞んではまた浮かび上がる。その巨躯は、まるで夜明けの光を呑み込むかのように荘厳で、そして恐ろしかった。

【挿絵表示】

 

「……っ、悠太、伏せて!」

 叫びと共に、僕はサーシャさんに押し倒された。その瞬間、鋭い爪が僕らのすぐ脇を抉るように通り過ぎ、地面を深くえぐる。大地が裂け、砂と岩が爆ぜるように舞い上がる。耳鳴りが止まらない。

 

 砂が舞い上がり、視界が白く霞む。その中でサーシャさんは即座に起き上がり、魔法を発動した。

貫け(ピルム・アクアエ)

 無数の水槍が竜に向けて放たれる。その光景は、まるで地から雨が立ち上っているかの様であった。そしてそれらは確かに竜の身体に突き刺さり、傷を与えた……かのように見えた。しかし、傷は存在していなかった。いや、傷つけること自体には成功している。しかし、傷が付けられた傍から再生してゆくのだ。皮膚が粘土のように蠢き、刹那のうちに元通りになっていく。数舜後には、無傷その物な巨躯が悠然と僕たちを見下ろしていた。

 

「やはり呪法も絡めないと、すぐに再生して終わりですか……これだから、竜の相手は嫌なんですよっ!」

 

束縛せよ(カプティウィタス・ウォラギニス)

 サーシャさんはそういうや否や、また別の魔法を発動した。瞬く間に巨大な水の渦が出現し、竜を飲み、閉じ込めようとした。しかし、竜はその渦をまるで障子紙を破くかのように簡単に破壊する。水飛沫が爆ぜ、砂に弾け散る。荒れ狂う波の如く吹き荒れた魔法の残滓が空間に乱流を作るが、竜は微動だにしない。

 

 竜の眼光が、僕を貫く。ただそれだけで、まるで締め付けられたかのように動けなくなり、全身が軋みを上げ始める。僕はここで死ぬ。今までの人生での出来事が、パッと脳内で瞬いて消える。これが走馬灯と言う奴なのだろう。

 

 そうして、僕が生を諦めたその直後。竜に向かって、何かが流星のように閃光を引きながら飛んできた。曙の空を切り裂いたその鋭い光が、一直線に竜の顎へと突き刺さり、雷鳴のような衝撃音が響き渡る。たまらず竜は咆哮を上げながら、衝撃で少し後退する。

 

「っ! 今度はなんですか!!」

 サーシャさんがそう叫ぶと同時に、ズドンという音共に僕たちの近くに、盛大に砂煙を巻き上げて何かが着地をした。

 

 砂煙の中からか声が聞こえる。その声はこの数日で随分と聞きなれた声だった。

「やっだ~かったいわねぇあのトカゲ。おかげで、腕がバッキバキよ~」

 

「カマホルさん……!」

 その何かは、カマホルさんであった。僕とサーシャさんが驚きの声を上げる中、悠然と着地した彼は、恐らく竜を殴りつけたせいでグチャグチャになったのであろう腕を、バキッゴキッゴキュッと聞くだけで背筋が寒くなる音を立てながら再生させる。

 

 乾いた風が砂を巻き上げ、視界が不安定に揺らぐ。空にはまだ朝焼けの名残が残っていたが、それを切り裂くように、竜の唸り声が響く。辺り一面に漂う焦げた匂いが、戦いの激しさを物語っていた。

 

「ったく、竜なんかと……ていうより、聖獣なんかと殺り合う趣味はないんだけどねぇ。でもまあ? アナタちが丸焼けになるのを見るのも忍びないし?」

「それに、アナタたちの次はあたし達の番でしょうしねぇ」

 そんな軽口を叩きつつも、その瞳には鋭い光が宿っていた。彼の背筋は緊張し、指先に力がこもる。いつでも再び攻撃を繰り出せるようにと、カマホルさんの身体は戦闘態勢に入っていた。

 

 竜は怒りの唸り声を上げると、再び巨大な爪を振り下ろしてきた。

「ちょっと! もう復帰したの!? 確かに脳みそ揺らした筈なんだけど!」

 カマホルさんが跳躍し両手の爪を瞬時に伸ばして、竜の肩口に突き刺さす。しかし、やはりその傷はすぐに塞がってしまう。

 

 銀白の鱗が朝の光を反射し、まるで神々しいまでの輝きを放つ。その輝きとは裏腹に、竜の瞳には冷徹な殺意が宿っていた。振り下ろされた爪が地面を抉り、土煙が舞い上がる。

 

「あぁん! 爪折れちゃった! どうしてくれんのよ! このクソトカゲ!」

 そう言ってカマホルさんは再び竜を殴りつけるも、頑強な鱗に阻まれ、やはりそこまでの効果は見込めなかった。

「んもう! ……やっぱり、まともにやり合ったらキリがないわね」

 

 サーシャさんが息を整えながらその言葉に応じる。

「ええ、再生速度に鱗の硬度が異常すぎます。普通の攻撃は時間稼ぎにもなりませんね……!」

 

「本当に……ただでさえ素の性能が私たちよりも上だって言うのに、聖法を使って更に上乗せしてくるんですものねぇ……聖獣ってズルいわぁ」

 カマホルさんが苦々し気に呟いたその時、砂塵の向こうから響いてきたのは、低くてよく通る男の声だった。

 

「おいおい……あんま先走るなよ、カマホル」

 悠太は咄嗟にそちらを振り向く。舞い上がる砂埃の中から現れたのは、大勢の町人を率いるニルヴァさんだった。

「お前のお気に入りがピンチで心配ってのは、よーく分かるがな?」

 

「……勝手に決めつけないでくれる?」

 カマホルが苦々しげに言い返す。その間にも、ニルヴァの背後から続々と人々が集結し、整然とした陣形を組み始めるのが見えた。悠太は呆然としながら、その光景を目で追った。

 

 ――さっきまで、統率なんて言葉とは無縁だったのに……。

 今や目の前には、ニルヴァさんの元に集い、統率の取れた一つの軍がいた。だが、本当に可能なのだろうか。あの竜を相手にして、勝つなんてことが。

 

「今は俺の指揮下に入ってんだ。元魔法師団長なら、分かるだろ?」

 

 ニルヴァの言葉に、カマホルは肩をすくめながら軽く腕を回す。

「えぇ…よぉ~くわかってるわ。それにしても、アナタがこんな早々に出てくるとは思ってなかったわね」

「あの子らが消し炭になるまで、高みの見物を決め込むものだと思っていたもの」

 

「はん、俺ぁそんな白状じゃあねぇよ。たった数日とはいえ、俺の国の民だったんだぜ? 国民同士で勝手に殺し合って、死ぬのは構わねぇ……こいつらは、そう言うもんだしな……でもな? 外から来た奴に、好き勝手殺られそうなのは……黙って見てるわけねぇよなぁ?」

「俺の国の民は、その魂の一片まで全部、俺の物だ。勝手になんてさせるかよ。……俺は、俺のもんを奪われるのが一番嫌いなんだ」

 

「そう、相変わらず傲慢ね、アナタ」

 

「しょうがねぇだろ。これが俺だ」

 

 僕は、ニルヴァさんの言葉を聞いて思わず後ずさった。……いや、これ、普通にヤバいこと言ってないか?「俺のもの」とか、「魂の一片まで」とか……どこの独裁者だ?圧がすごい。言ってることだけ聞けば、ただの暴君そのものじゃないか。

 

 正直、怖い。

 けれど、それ以上に――この人は、本気で町を守ろうとしてる。

 

 僕は、ニルヴァさんをじっと見つめた。彼は剣を抜き、まるで自分が勝つのが当たり前だと言わんばかりの態度で、住人たちを指揮している。その姿には、迷いが一切なかった。

 

「お喋りはここまでみたいね。あのトカゲ、様子見は終わりにするみたいよ」

 カマホルさんが拳を構えながら、そう言った。その言葉と共に、この場に居る全員が臨戦態勢をとり、眼前の巨竜へと視線を向ける。

 

「グォォォォォッ!!!」  轟く咆哮とともに、戦いが始まった。

 

 

断ち切れ(グラディウス・プラエキピティイ)!」

貫け(ピルム・アクアエ)!」

穿て(プンタ・イグニス)!」

裂き誇れ(グラディウス・マグヌム・フローレム)!」

貫き侵せ(バリスタ・メルクーリウス)!」

 

 放たれた数多の魔法の奔流が、竜へと殺到する。刃の如き巌が空を裂き、水の槍が閃き、炎の鏃が放たれる。剣の様に鋭い巨大な花が竜の鱗を斬り裂こうとし、さらには、水銀の弾頭が鋭く突き進み、獲物の肉を抉らんと飛翔した。

 

 だが、竜はそれら全てを意に介さない。

 巌の刃も、水の槍も、炎の鏃も、大輪の剣も、水銀の弾丸も、まるで竜の威厳に怯えたかのように弾かれ、消滅していく。大気が震え、熱と魔力が交錯するなか、それでも竜の巨体は微動だにしない。むしろ、その金色の瞳が僅かに細められた。まるで――小さき者の戯れに飽きたかのように。

 

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 大地が轟音とともに裂け、鋭く尖った岩石が槍のごとく飛び出し竜の巨躯を貫かんとする。   暗い昏い闇の奔流が、まるで世界そのものを呑み込まんとするかのように竜へと迫る。天からは雷と雹が、まるで神の裁きの如く降り注ぐ。そして――黒焔。燃え滾る闇色の焔が、全てを焼き尽くさんと業火のごとく燃え上がる。

 これほどの攻撃を受けては、如何なる存在であろうともただでは済まない。……そのはずだった。

 

「グォォォォォォンッ!!!」

 

 しかし、竜はそれらをただの咆哮一つで、全てかき消した。

 

 竜を貫かんとした岩の槍は、咆哮の余波で砕け散る。昏い闇の奔流は、まるで霧が晴れるように消滅する。天から降り注ぐ雷と雹は、竜の雄叫びと共に空中で霧散した。世界を焼く黒焔も、燃え広がることなく消えていく。

 

 僕は、ただただ目の前の光景を見つめることしかできなかった。

「嘘……だろう!?」

 

 僕には到底発動する事の出来ない、強大な魔法に、呪法。圧倒的な破壊力を誇る攻撃の数々。そのどれもが、一匹の竜の鱗に弾かれ、咆哮のひとつで無に帰した。

 

「……これが、『竜』……」

 思わずそう呟き、僕の背筋を未だかつて感じたことのない戦慄が駆け上がる。それは、まぎれもない死の予感であった。

 

 大気を震わせる咆哮が響く。

 

 「グォォォォォッ!!!」

 

 そして、圧倒的な衝撃波が戦場を襲った。

 

 砂塵が舞い上がり、僕は咄嗟に地面へ伏せる。だが、衝撃はそれだけでは終わらなかった。大地が震え、耳鳴りのような音が響く。鼓膜を突き破らんばかりの轟音と共に、周囲の建物が崩れ去る。

 

 竜が動いたのだ。

 

 僕は、恐る恐る顔を上げて、息を呑んだ。竜の口が、ゆっくりと開かれるのが見える。そしてそこには、灼熱の閃光が揺らめいていた。

 太陽のように輝く、灼熱の閃光。空気が焼け、周囲の砂が焦げる音がする。僕の肌にも、刺すような熱気が伝わってくる。

 

「まずい……!!」

 誰かが叫んだ。しかし、その声はもはや届かない。

 

 竜が、吐く。破滅の光を──

 

 「伏せろぉぉぉッ!!!」

 そして轟音。視界が、光で塗りつぶされ、地が大きく揺さぶられる。次の瞬間、僕の体は吹き飛ばされていた。

 

 光と揺れが収まり、何が起きたのかを確認するべく起き上がって周りを見渡す。

 

 空は、赤く染まっていた。まるで世界そのものが燃えているかのように、焔の色が広がっている。乾いた喉を鳴らしながら、その光景を見る。

 

 ――燃えていた。砂漠が、燃えていた。大地が大きく裂け、砂はガラスへと変わっている。皮膚が焼けるような熱気が押し寄せ、人の燃える臭いが辺りに充満している。倒れた人々の体からはまだ燻る煙が立ち昇っていた。

 

「……冗談、だろ」

 

 僕は震える手で、目の前の光景を必死に受け止めようとする。これは、戦いなんかじゃない。

 天変地異だ。

 

「悠太!」

 サーシャさんの叫びが聞こえた。彼女は水の魔法で迫りくる炎を押さえ込もうとしている。しかし、その水は焼ける砂の上に落ちる前に蒸発し、霧のようにかき消される。

 

「くそっ……足りない……っ!」

 彼女は苛立たしげに歯噛みしながらも、諦めずに魔法を放ち続けた。しかし、こんなものでは、どうにもならないだろう。

 

 その時、声が響き渡った。

「おいおいおいおい……ほぼ全滅じゃねぇかよ……」

「くそっ……」

 それはニルヴァさんの声だった。彼は悪態を一つ溢し、続ける。

 

「しょうがねぇなぁ、おい」

「……お前ら、何時まで死んでやがるんだ。起きろ。働け」

 

魂の隷属(セルウィトゥス・アニマエ)

 ニルヴァさんの声が響いた瞬間、あたりの空気が歪んだように感じた。そして、その浅ましく悍ましい魔法が、発動する。

 

 地に伏していた町民たち――その体がピクリと動く。

 焼け焦げた地より、焦げた腕がゆっくりと持ち上がる。その指が、震えながらも確かに蠢く。そして、死の匂いが濃厚に漂う戦場に、新たな異様な気配が生まれた。

 

「……っ、は……?」

 

 誰かが呻き声を上げる。それは、生者のものではなかった。彼らは、立ち上がった。

 

 炎に焼かれ、皮膚が炭と化した者。腸を零し、内臓を露わにして息絶えた者。頭部のない者。上半身、あるいは下半身しかない者。その全ての、死んでいたはずの者たちが、闇色の瘴気を纏い、その瘴気で身体を再構成しつつ、再び歩み始める。瘴気は濃密で、黒い霧のように渦を巻き、死者の輪郭を曖昧にしていた。

 

 その中には、カルピさんのような、あの町で親交を深めた人もいた。目を見開いたまま、感情の消えた瞳をこちらに向け、よろめきながら歩いてくる。その口元はわずかに開いていたが、言葉を発することはない。ただ、命じられたままに動く操り人形だった。

 

 喉がひゅっと鳴る。吐きそうだ。

 

「……“冒涜者”の面目躍如って感じかしらね」

「ゲイドス、レズビア……あんた達も、今死んだらああなるわよ……だから、死んでも死ぬんじゃないのよ」

 カマホルさんのその言葉に、ゲイドスさんとレズビアさんが無言でうなずく光景が見えた。

 

「…………まぁ確かに、戦力を減らさないと言う意味では効率的ですが……本当に、気持ちの悪い魔法ですね」

「どんな頭していたら、あんなもの思いつくのでしょうか……」

 サーシャさんが静かにそう呟く。

 

「……死者が……死人が……動いて……」

 僕は息を呑む。これは……なんだ?……いや、分かる。これは魔法だ。でも、ただの魔法ではない。きっと、魔法の中でも禁忌に類するような……そんな、悍ましいものだ。

 

「言ったろ?」

 ニルヴァさんが、口元を歪めて笑った。

「俺の国の民は、その魂の一片まで俺のものだ。だから……」

 彼は自分の従える死人たちを見下ろし、ゆっくりと腕を広げる。

「死んでも、戦え」

 

 ぞわり、と背筋が凍る。俺の国の民は、その魂の一片まで俺のものだ。先程のニルヴァさんの言葉の意味が、今正しく理解出来た。暴君なんてとんでもない。彼は、それよりも恐ろしいナニカだった。

 

 燃え盛る砂漠の中、影のように立ち尽くしていた者たちが、一斉に竜への攻撃を再開する。黒い瘴気をまとった彼らの瞳には、生者の意志はなく、ただ主の命に従うのみ。

 

 彼らの身体の再生はもうすでに終わっていて、生前そのままの身体になっていた。焼かれようが、裂かれようが、貫かれようが、その身に纏う瘴気──魔力によって完全に修復される。

 そして死人は、魔法を放つ。

 

穿て(プンタ・イグニス)

 誰かが呟いた。次の瞬間、死人の手から炎の鏃が放たれた。轟音を上げて空を裂き、竜へと向かって飛んでいく。

貫け(ピルム・アクアエ)

 別の死人が水槍を放つ。それは灼熱の空気を切り裂きながら、真っ直ぐに飛んでいく。

 

 死人たちは、一斉に詠唱を始める。

 「断ち切れ(グラディウス・プラエキピティイ)

 「裂き誇れ(グラディウス・マグヌム・フローレム)

 「貫き侵せ(バリスタ・メルクーリウス)

「蝨ー縺ッ蠖「縺ェ縺上?√?縺ェ縺励¥縲√d縺ソ縺梧キオ縺ョ縺翫b縺ヲ縺ォ縺ゅj縲∫・槭?髴翫′豌エ縺ョ縺翫b縺ヲ繧偵♀縺翫▲縺ヲ縺?◆縲 」

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 次々と放たれる魔法が、呪法が、空を埋め尽くすように飛び交う。死人の軍勢は、生前そのままの力を持ち、ただ命令に従うだけの存在となって竜へと猛攻を仕掛け続ける。

 

 「……うそ、だろ……?」

 僕はただ、立ち尽くすしかなかった。これは……戦いじゃない。戦場にいるはずの人間は、もう人間じゃない。彼らは、死者だ。

 

 死人が攻撃をする。竜が死へと還す。死人が再び蘇り、立ち上がる。ただそれだけが永劫に繰り返されていた。

 

「……本当に、異常な魔法ですね。禁忌指定されるのも理解できます」

 サーシャさんが呟く。

「どうします? これ……完全に泥沼の消耗戦じゃないですか」

「竜を相手に消耗戦を仕掛けるなんて、ちょっとどうにかしてますよ」

 

 カマホルさんが眉をひそめ答える。

「まぁ……何かしら考えがあるのでしょう……流石の竜といえど、体力は無限じゃないんだし」

「それにしても、気色の悪い魔法よねぇ……本当。あたし、ああなるのは御免だわ」

 

 そんなやりとりを聞きながら、僕は息を呑むしかなかった。目の前の光景が、あまりに異常すぎて、理解が追いつかない。

 

「グオオオォォォォォッッ!!!!!」

 瞬間、今までで1番の咆哮が轟いた。

 

 天が裂ける。轟音とともに、空が燃え上がり、炎の雨が降り注ぐ。燃え盛る岩塊が、大気を裂きながら落ちてくる。赤熱した硫黄が、焼けただれた砂漠に次々と突き刺さり、爆発する。衝撃波が吹き荒れ、砂が砕け、硫黄の臭いが立ち込める。

 

 天から、火と硫黄が降り注いでいた。死人たちが、雨のように降る火球に呑まれていく。身体が灼かれ、弾け飛び、それでも彼らは再生し、立ち上がる。しかし、それすらも間に合わないほどの速度で、炎は死人たちを焼き尽くす。

 

「……マズいわね、これは」

「さすがのニルヴァも、ここまでの規模の災厄には対応しきれない……!」

 カマホルさんが苦々しげに呟く。

 

「ただの竜にしては、あまりにも常軌を逸していますね……もしかして……

 サーシャさんが、苦しげに息を吐きながら言った。

 

 天から降り注ぐ炎と硫黄は止まることを知らず、死人たちは次々と焼き尽くされていく。

 

「あー……こりゃぁダメだな。クソが」

 ニルヴァさんが溜息交じりに悪態を吐き、そう呟く。

 

「…………カマホル、転移魔法の準備をしろ」

「俺は負ける。良くて相打ちだな……だから、最大限嫌がらせしてやる事に決めた」

「あのクストカゲの狙いは、十中八九ユータだ。ユータを……あとついでにサーシャもだな。こいつ等をどっかに飛ばされんのが、恐らく一番やられて嫌な事だろうぜ」

 ニルヴァさんは、悪戯を企む子供の様にそう言ってニヤリと笑う。その笑顔の奥にあるのは、決して希望ではなく、覚悟だ。

 

 カマホルさんが、面倒くさそうに頭を掻きながら呟いた。

「転移魔法ねぇ……まぁ、たしかに結界はぶっ壊れてるし、やろうと思えばできるでしょうけど……でもねえ、どこに飛ばす気?」

 

「どこでもいいさ」

 ニルヴァさんが肩をすくめる。

 

「少なくとも、あのクソトカゲがすぐに行けないような場所……それだけで十分だろ」

 

 僕は、その言葉に驚いてニルヴァさんを見た。

「……僕を、僕たちを逃がすつもりなんですか?」

 

「おう。お前はここで死ぬには惜しい」

 彼はあっさりと言ってのける。

「何が起こってるか、よく分かってないみてぇだが……どうやら、あのクソトカゲはお前を狙ってるらしい。だったら、そいつの狙いを外してやるのが、一番ムカつかせる方法だろ?」

 そう言って、不敵に笑う彼の言葉を聞きながら、僕は何かを言おうとした。しかし、喉が詰まるようで、うまく言葉が出てこなかった。ニルヴァさんは、死ぬつもりなのか?僕は、それを聞くのが怖かった。

 

「それじゃあ……少し、時間稼ぎをお願いしていいかしら?」

 カマホルさんがそう言いながら、指先をひとつ鳴らした。瞬間、彼女の足元に魔法陣が展開される。複雑に絡み合う文字が浮かび上がり、淡い光が辺りを照らした。大地には神秘的な紋様が広がり、空気が振動するような圧力が生まれる。

 

「……まぁ、あなたの得意な”時間稼ぎ”よ。せいぜい、楽しんでちょうだい?」

 彼が肩をすくめながら言うと、ニルヴァさんはにやりと笑った。

 

「おう、任せとけ。俺の得意な分野だ」

「……さて、もうちょい動ける奴は、俺についてこい」

 彼は死者たちを見渡し、ゆっくりと息を吐く。その眼差しは獲物を睨む獣のように鋭い。

 

「……ならもう少し、やりやすくして上げますね」

 詠唱する時間は十分ですし。そう呟いて、サーシャさんが唱い始める。

 

束縛せよ(ウィンキテ)拘束せよ(リガーテ)深海の鎖(カテナエ・プロフンダエ)深淵の戒め(プラエケプトゥム・アビッシ)我が敵に(ホスティ・メオ)逃れ得ぬ(ビンクラ・インネビタビリア)呪縛を齎せ(アフェルテ)。」

 彼女の唱と共に、魔力の波が広がる。空気が震え、戦場を包み込む冷たい圧が増していく。

(加えて)逾槭?縺??縺阪↓繧医▲縺ヲ豌キ縺悟シオ繧翫?∝コ???→縺励◆豌エ縺ッ蜃阪k

 そして、唱は完成する。

呪縛せよ、氷淵の檻(ウィンクラ・アビッシ=エクセクラティオ)

 

 サーシャさんがそう唱えた瞬間、足元から黒い水で作られた鎖がうねり上がった。それはまるで意思を持つかのように蠢き、竜を縛りつける。竜が拘束を脱しようとしたその瞬間、鎖は瞬く間に凍り付き、黒氷の鎖へと変じた。その鎖に囚われた竜は、苦悶の咆哮を上げ、もがき苦しんでいた。凍てつく鎖が鱗を裂き、冷気が竜の体を蝕んでいく。

 

「私のとっておきの一つです。苦痛と凍えのみを与える、呪いの氷」

「魔法と呪法の複合は、骨が折れましたよ……まぁそんなに使い所が無い上に、消耗が大きくて詠唱も必須で使い勝手が悪いんですけどね……」

 サーシャさんの声は淡々としていたが、その言葉には確かな自信が滲んでいた。竜の鱗に黒い霜が広がり、傷の再生が阻害されていくのが見て取れた。

 

「おぉ……すげぇな……」

 ニルヴァさんが低く呟く。

「たしかに消耗が激しいかもしれねぇが、こりゃ十分すぎる拘束だぜ」

 

「とはいえ、長くは持ちませんがね」

 サーシャさんが肩をすくめる。

 

「おう、分かってる」

 ニルヴァさんが手を振り上げ、死人たちへと命令を下す。

「今のうちに、やれるだけやれ。あいつが動き出す前に、少しでも削ってやるんだ」

 死人たちは一斉に動いた。彼らは命令を待っていたかのように、沈黙のままニルヴァさんの周囲に集まり、一斉に魔法を撃ち放つ。

 

 氷の鎖に囚われた竜へ、無数の呪法と魔法が降り注ぐ。

 

「私たちも!」 レズビアさんの声が戦場に響く。

浸せ毒槍(ピルム・ウェネナータ・アルセニキ)!」

 彼女の詠唱と共に、深い紫色の槍が顕現する。それは、風切り音と共に竜の傷口へと突き刺さった。

 

「あんた竜じゃなかったらただのクズじゃん」

「縺昴l繧?∴縲∽クサ縲∽ク?サ阪?荳サ縺ッ縲√◎縺ョ閧・縺医◆蜍?」ォ縺ョ荳ュ縺ォ逞?ー励r騾√▲縺ヲ陦ー縺医&縺帙?√◎縺ョ譬??縺ョ荳九↓轣ォ縺ョ辯?∴繧九h縺?↑轤弱r辯?d縺輔l繧九?」

 ゲイドスさんが忌々しげに呟き、呪詛を唄う。唄と共に、紫紺の炎が迸り、それは竜の傷口に絡みつきまるで生き物のように這い広がる。

 

 死人たち、そして生者たちが一丸となって、竜へと猛攻を仕掛けた。――だが、それでも。

 

「グオオオォォォォォ……!!!」

 竜の咆哮は止まらなかった。黒氷の鎖が、音を立てて軋む。竜の体からほとばしる灼熱の奔流がが、拘束を内側から侵蝕していた。

 

「っ……やっぱり、そんなに持ちませんか……!」

 サーシャさんが息を呑む。

 

 そして──

 間に合った。

 

「準備万端よ!」

 カマホルさんの声が戦場に響く。

 荒れ狂う風に髪を煽られながら、彼は魔法陣の中央に立ち、周囲に漂う魔力を操っていた。大地に刻まれた光の紋様が、脈打つように輝きを増していく。

 

「ちゃんと出来てんだろうな?」

 ニルヴァさんが振り返り、戦場の喧騒を背にしながら茶々を入れるように問いかける。その顔は冗談めいているが、その眼差しは鋭く、確かめるようにカマホルさんを見据えていた。

 

「失礼な! バッチリよ!」

 カマホルさんは鼻を鳴らしながら、指をパチンと鳴らす。その瞬間、彼女の足元に展開された魔法陣が、一際強く輝きを増した。 陣の文字が淡い金色の光を放ち、周囲の砂塵を弾き飛ばすように揺らめく。その光の奔流が彼女の裾を舞い上げ、まるで風が魔法の完成を祝福しているかのようだった。

 

「かなり久々だったけど、結構何とかなったわね」

 彼女は口元を歪めながら、自信たっぷりに言い放った。

 

 空を見上げれば、夜闇を裂くように閃光が走る。深紅の光が天空を裂き、雷鳴にも似た轟音が響き渡った。竜の咆哮は地を揺るがすほどの衝撃を伴い、まるで戦場そのものが悲鳴を上げているかのようだった。黒氷の鎖は未だ竜を拘束していたが、その表面には無数の罅が刻まれ、亀裂からは蒸気のようなものが立ち昇っている。灼熱の吐息か、それとも解き放たれようとする力の奔流か。いずれにせよ、解放の瞬間はすぐそこまで迫っていた。

 

「なら、さっさとやっちまえ」

「あいつが自由になる前に」

 

 ニルヴァさんが低く呟く。その表情は険しく、それでいてどこか愉快そうですらあった。炎と影が彼の顔を照らし、彼の不敵な笑みをより際立たせている。

 

「サーシャ、ユータ。行け」 彼は戦場の狂騒を背負いながら、まっすぐに僕たちを見つめる。その瞳には迷いも恐れもない。

 

「……でも!」 反射的に声が出た。ニルヴァさん達はここに残るつもりだ。このままでは彼らが──。

 

「いいから、行け」

 語調がわずかに強くなる。ニルヴァさんの声は冷静で、それでいてどこか優しさを孕んでいた。「お前がここに残っても、邪魔にしかならねぇ」

 冷たくも突き放すような言葉。でも、そこに嘘はない。彼の中ではすでに覚悟が決まっていたのだ。

 

 焚き上げられた炎が風に煽られ、紅蓮の光が戦場を染める。その向こうで、竜は依然として黒氷の鎖にもがき苦しみながら暴れていた。鎖が砕けるたび、空気が悲鳴を上げ、爆発的な衝撃波が四方へと広がる。そのたびに、地面は大きく震え、破片が弾け飛ぶ。

 

「でも、ニルヴァさんは……!」

 

 思わず叫ぶ。

 

「ははっ、心配すんな。俺はしぶといぜ?」

 ニルヴァさんは口元を吊り上げ、不敵な笑みを浮かべる。そして、死者たちが立ち並ぶ戦場を指さした。

 

「それに、こいつらもまだ動ける。最後まで派手に暴れて、アイツも道連れにしてやるさ」

 死者たち──無数の亡者が立ち並び、沈黙の中で各々の武器を構えていた。彼らの瞳には光はなく、ただ静かに彼の命令を待っている。しかし、炎の明かりに照らされたその姿は、どこか神々しくすら見えた。

 

 竜はなおも咆哮を上げる。その瞳が怒りに燃え、鎖を断ち切るべく全身を震わせる。そのたびに、地面が裂け、黒氷が剥がれ落ちる。封印が破れるまで、もう時間の問題だった。

 

「……時間ないわよ!!」

 カマホルさんの叫びが、耳を打つ。

 

 サーシャさんは強く僕の手を握りしめ、目をまっすぐに見つめた。

「行きましょう」

 

「……っ!」

 言いたいことは山ほどあった。でも、何も言えなかった。何も言えなかったんだ。

 

 その瞬間、魔法陣が光を放つ。黄金の閃光が夜闇を裂き、空間が揺らぐ。空気が弾けるような音が響き、視界が眩い光に包まれていく。

 

 最後に、僕は叫んだ。

 

「ニルヴァさん……カマホルさん……ゲイドスさんに、レズビアさん……皆、皆絶対に、生き残ってください!!!」

 

 戦場に残る者たちは、炎に照らされながら笑う。

 

「……おう、任せとけ」「当たり前じゃない!」「あんなトカゲにやられるわけないよね、パパ」「ええ、当然よ!」

 

「じゃあな、ユータ。サーシャ。……俺の国に来たこと、せいぜい忘れんなよ?」

 

 

 その声を最後に、世界が光に包まれる。

 

 最期に見えたのは、砕けかけた黒氷の鎖に囚われた竜と、不敵に笑う仲間たちの姿だった。 彼らは、まるで何も恐れていないかのように、悠然と立ち尽くしていた──。

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 戦場には、今もなお炎と血の匂いが満ちていた。燃え盛る残骸が辺りを赤黒く照らし、死者と生者の入り混じるこの地獄に、不穏な沈黙が落ちる。

 

 ふと、ニルヴァが肩をすくめ、ぽつりと呟いた。

「……お前らは残ったのか」

 

 彼はわずかに目を細めながら、目の前の仲間たちを見渡す。

「どさくさ紛れで、あいつらと一緒に行くと思ってたぜ」

 

 そこには、確かに脱出の機会があった。 魔法陣の光に飛び込めば、命を拾えたはずだ。それでも、誰一人として、その選択をしなかった。

 

「私たち、そんなに白状に思われてたのかしら?」

 カマホルが溜息混じりに答え、不敵に笑う。炎の光を背にした彼女の横顔は、どこか誇らしげだった。

 

「冗談じゃないわよ」

 レズビアが静かに剣を構え、鋭い視線を向ける。

「ここで逃げたら、一生の恥じゃない」

 彼女の手に握られた剣が、炎の揺らめきを映し、妖しく光る。その刃には、これまで数多の敵を斬り伏せてきた者だけが纏う威圧感があった。

 

「これまでの人生で、面と向かってこれほどクズ呼ばわりされたのは初めてのことだ」

 ゲイドスは眉をひそめ、不服げに呟く。だが、その口調にはどこか皮肉めいた軽さがある。まるで、この命を懸けた状況すら楽しんでいるかのように。

 

「……ったく、お前らは本当に……」

 ニルヴァは苦笑しつつ、背後で軋む黒氷の鎖へと視線を移す。

 

 冷気を帯びた鎖は、まるで断末魔のような悲鳴を上げていた。無数の罅が走り、込められた魔力が目減りしているのが分かる。 ──崩壊は、もう目前だった。

 

 そして──

「グオオオォォォォォッッ!!!」

 

 凄まじい咆哮が大気を震わせた。

 空間が歪むほどの衝撃波が四方へと広がり、地面の瓦礫が浮き上がる。燃え盛る炎が勢いを増し、夜の闇を血の色に染め上げる。

 

 黒氷の鎖が、竜の膨大な力を受け止めきれず、ついに砕け散る。

 鋭い破片が雨のように降り注ぎ、地を抉り、死体たちに突き刺さる。

 

 解放された竜は、地獄の底から蘇った悪鬼のごとく、全身を怒りで震わせながら天を仰ぎ、吠えた。その瞳は、憎悪と憤怒に燃え、目の前に立つ四人へと向けられる。

 

 その凄絶な気迫を前にしても、彼らは一歩も引かない。

 

「おーお……奴さん、怒り狂ってやがるな」

 ニルヴァが口笛を吹き、飄々とした調子で言う。だが、その瞳には鋭い闘志が宿っていた。

「さて、それじゃあ……やりますかねぇ」

 彼は死人たちへと視線を向け、口元を歪めた。

 

「元月魔天、ニルヴァ・ラジアータ。参る!」

 その言葉と同時に、死者たちが一斉に武器を掲げ、魔法の詠唱を開始する。死した体に宿るのは、不死の戦士たちの怨念。彼らは最後の戦いへと臨むべく、静かに動き出した。

 

「全力で教えてあげるわ……オカマは最強だって事をね!」

 カマホルが拳を固く握り、足元の地面を踏みしめる。大気が震え、彼女の周囲に膨大な魔力が集束していく。

 

「お前を向かわせるわけにはいかない」

 ゲイドスはニヤリと笑い、禍々しい呪詛を紡ぐ。紫黒の光が脈動し、そこから不浄の瘴気が立ち上り、世界を浸す

 

「決着をつけましょうか」

 レズビアが静かに呟くと同時に、彼女の剣が液状に変質する。ドロリと蠢く銀の刃は、まるで意思を持っているかのように、不気味に揺らめいた。

 

 竜は、怒りに満ちた瞳で人間を睨み据える。

 奴らこそが、自身の目的を阻む最大の障害なのだと理解したのだ。口内に膨大な輝光が集まり、次の瞬間には世界そのものを焼き尽くすほどの炎を吐き出す。

 

 しかし、彼らもまた、己の運命を受け入れた者たちだった。逃げることなど、初めから考えてはいない。

 

 こうして、彼らの敗戦処理──最後の戦いが幕を上げた。




聖獣…神から生まれ落ちた種族。魔力や魔法を憎悪し、それらを扱う者や、魔力濃度の高い土地等を滅ぼして回っている。また聖法を操り、その体毛や鱗は魔を弾く。だが極々稀に、魔獣化した聖獣も確認される。

竜種…神からの寵愛を受けた、聖獣の中の聖獣。聖なる獣の中でも、王族と評される程の貴種。それゆえに途轍もなく強大な力を持つ、生ける天災。基本、彼らが出張ってくる事はそうそうない。

聖法…神に願い、神から力を引き出し世界を変容させる、聖なる法…とされている。
聖法は、聖獣を含めた、極々限られた種族のみが扱える。

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