数日前。
「似合ってますよ!! マニア受けしそうなところとか、実にいいですね!!」
パティは目の前の女神との賭けに負けて、幸運の金貨を根こそぎ奪われたのだ。
「うう、こんな辱めを受けるなんて……」
「ジャネットさん、教育をよろしくお願いします」
その結果として、彼女はカジノの従業員として働くことになった。
「彼女がジャネットさん。まあ副店長みたいな? そんな感じです。
彼女の本業はディーラーですけど、まあこの店の大体のことは任せてます」
「ミストレスにおかれましては、俗世の些事などお気になさらず思うままに振舞ってくださいませ」
まだ幼さの抜けていないパティに比べて、彼女に紹介されたジャネットはまさに大人の女性だった。
給仕の着るバニースーツではなく、ディーラーの纏う黒服が似合う褐色肌が似合う黒髪の美人だ。
「それじゃ、あとは任せましたよ」
それだけ言って、女神は去って行った。
「パティさん、今あなたは幸運が底を尽きています。
これは大変危険な状態なので、ある程度コインが溜まるまでは、外出を控えた方がよろしいでしょう」
「……具体的には、どう危険なんですか?」
不安げに、パティが上司となったジャネットに問うた。
「人間は幸運と不運のバランスによって成り立っているそうです。
それが極端な状態ですと、最悪、周囲にも影響が出てしまうとか」
「そういうものなんですか……」
「因果は連鎖する物です。天変地異が巻き起こってしまうかもしれません」
「き、肝に銘じます……」
子犬みたいに震えるパティに、ジャネットは可愛らしい物を見る目をしていた。
「それでは、貴女の仕事に付いて説明をしましょう」
そうして、彼女は案内がてら店内を歩き回りながら、業務の説明を受け始めた。
彼女の仕事はホールスタッフ、要するに給仕であった。
「お客様にこちらのドリンクを無償で提供していますので、手持ち無沙汰のお客様がいらっしゃったり、ご要望があれば提供してください」
「わかりました」
パティは説明されるがままに、タルからグラスに注がれたドリンクを、銀のトレイの上に乗せた。
「……これ、お酒ですか?」
「いいえ、ぶどうジュースです」
「ええ、ぶどうジュースなんですか!? 普通カジノで提供するのはお酒とかじゃ……」
「普通、カジノがお酒を提供するのはその方が売り上げが上がるからだそうですね。
しかし当カジノは完全に非営利なミストレスの趣味の為、それっぽいノンアルコールしか提供していません」
「……本当だ、これもビールみたいなのに、お酒臭くない……」
パティが別のタルのドリンクをグラスに注ぐと、ノンアルコールビールがグラスに満ちる。
「あと、店内は禁煙の上に持ち込みによる飲酒も厳禁です。ミストレスはどちらの臭いも嫌いらしいので。
見つけたら警備の者に言いつけてください」
「わかりました……」
本当に趣味で運営してるらしい、このカジノ。
そこらの酒場よりよほど健全だった。
その時、カジノの喧騒の合間にベルの音がした。
賭けが終わった音だ。
「うおっしゃああ!! 勝った、勝ったぞ、総取りじゃあ!!」
野太い声が、ルーレットのテーブルから響いた。
「おお、流石は酒豪のザルヴィス!! 今日は連勝だ!!」
「よッ!! 酒神の生まれ変わりよ!!」
賭けを観戦している野次馬たちが囃し立てる。
「……あの、あそこに居るのって」
「ああ、常連のザルヴィスさんです」
「敵国の英雄じゃないですか!?」
ジャネットは事も無げにいうが、パティは戦々恐々していた。
この世界で英雄とは、神の寵愛を受けた戦士。要するに、戦略兵器の類なのだ。
このカジノは多数の冒険者が訪れているが、彼に掛かればここの人間は瞬く間に皆殺しにできるだろう。
「ここに国境はありませんよ。
当店……このアプリコットパレス・ガイアディア支店において、あの扉は、六か国の主要都市に通じているので、むしろ彼らからすれば貴女が敵国の人間になりますね」
ジャネットは可笑しそうに微笑みながらそう言った。
「ど、どうりで、知らない顔も大勢いると思った……」
「ふふ、安心してください。
ここはミストレスの名において完全な非戦闘領域。
剣を抜くことはおろか、攻撃魔法の類も発動しません」
「そ、そういうことなら……」
真っ青な顔のパティも、その言葉に落ち着きを見せた。
「ただ、乱闘はそれなりの頻度で起こるので、その際は警備の者に任せてスタッフルームに避難した方が良いですね」
「殴り合いはできるんですね……」
とは言え、荒くれものの冒険者に交じって稼いでいたパティはそれくらいなら動じなかった。
こうして、パティの仕事はこの日から始まったのである。
§§§
「くははは!! 負けた負けた!!」
ルーレットのテーブルではまた野太い声が上がったのを、パティは横目で見た。
テーブルに積み上がる金貨と黒貨。どちらも三百枚以上だ。
勝っても負けても大笑い、酒宴の神の英雄は素面でも大騒ぎだった。
「あっちには近寄らないでおこう……」
敵国の人間への忌避感からか、パティはルーレットのテーブルから離れたところから給仕をしていると。
「そこのお嬢さん」
「はい、お飲み物ですか?」
彼女は休憩スペースに座る老紳士然としたスーツの男に呼び止められた。
「君は最近新しく扉が開いた先の国の住人だね?」
「はい、そうですが」
「私は地球支店から通じてこのガイアディア支店に来ている者でね。大学で異世界の風俗について調査している石田と言う者だ。ちょっと話し相手になってくれないかな?」
「はあ……」
客の要望は最大限答えるように、と言われているパティはとりあえず頷くしかなかった。
「私の故郷では異世界の存在が証明されたのはごく最近のことでね。
渡航手段は確立されていないのでこういう機会は貴重でね。チップはこれでよろしいかな」
石田と名乗った老紳士は幸運のコインをテーブルの上に置いた。
「それで、何を聞きたいんですか?」
「君の国の成り立ちや歴史などを。他の国の者達からの風聞と照らし合わせて客観的に研究をしようと思っているんだ」
「はあ、学者様はそんなことに興味あるんですね」
コインを受け取り、パティは自国の成り立ちを話し始めた。
パティの所属する国家、アリアーン王国。
この国の成り立ちは、この世界の創世神話から始まる。
「私が故郷の村の教会で聞いた神話によると、創世神メアリースがこの世界を創り、人間の誕生を見届けてこの世界から立ち去り、その後に、六大神がこの世界に降臨したそうです」
「ふむ、その話はどこの国でも共通しているね」
石田はノートにメモを取りながらパティの話に相槌を打つ。
「我が国は戦神アリアレアの加護によって、荒れ地を切り開き開拓した一族を始祖とし、その直系が王族として統治しています。
戦神の国なので、その恩寵を受ける我が国は武闘派だと聞きます」
戦神の国。そう、この国は王族や、ましてや民衆のモノではない。
人間の住む国家とは、即ち神の物なのだ。
「六大神……戦神、酒神、知神、愛神、商神、森神の六柱だったね亅
「ええ、かつては仲が良かったらしいですが、今はいがみ合っているそうで。
うちの国はアリアレア様の神託によってしょっちゅう戦争していたらしいです」
「おお、それは新しい情報だ。
戦争の発端は利権や王族の意志ではなく、神の指示であると」
「ええ、王族は神の加護を失うのを何よりも恐れているそうですから」
「やはり典型的な王権神授がこの世界の常識なのだね!!」
パティにとっては当たり前のことだが、石田には興奮に値する情報らしく、嬉々としてメモを取っている。
「ところで、その口ぶりからすると現在は戦争などは行っていないのかね?」
「ええ、今はうちの国に英雄は居ませんから」
「英雄……神の恩寵を最も受けた人間だね」
「はい、戦争は英雄が居ないとまず勝てないですから。
うちの国は先代が私が産まれるより前に戦死して以来、新しい英雄は産まれてないらしいです」
「やはり、資質などの条件があるのだろうか」
「うちの国は歴代の英雄は王族から選ばれるパターンも多かったらしいですけど、市井の出も多いですから。
だからまずうちの国はどの村でも教会がある程度、産まれた子供を鍛えて資質を見極めるんです」
「なるほど、同時に宗教的教育も行う、と」
石田はメモを書き進める。
だからパティのような地方の村出身の15歳の小娘でも冒険者なんてやれているし、彼の質問にも答えられる知識があった。
「では次は教義など──」
彼が次の質問に移ろうとした時だった。
入り口の方から騒音がしたのだ。
騒がしいはずのカジノでなお異質なそれは、軍靴の音だった。
「あ、……うちの教団の聖騎士どもだ!!」
「ほう、本物の騎士は初めて見たね!!」
「なにやってるんですか、早く隠れないと殺されますよ!!」
パティは暢気にはしゃいでいる彼を引っ張って、物陰に押し込んだ。
「おお、スゴイ腕力だ!!
私は歳とは言え、君のような小柄な子が成人男性を難なく押しやれるとは!! これが神の加護なのか!!」
「静かにしてください!!」
二人は物陰から入り口の様子を伺った。
「ようこそ、お客様方。アプリコットパレスへ」
騎士の集団に対し、ジャネットが優雅に一礼し対応していた。
「ここか、異端の神の尖兵どもが屯しているというのは!!」
「アリアレア様の敵め、今すぐこの場所を浄化してくれよう!!」
しかし全身甲冑の騎士達は、初めから話などしに来ていなかった。
「お客様。ほかのお客様のご迷惑になる行為は御遠慮頂きます」
ジャネットは頭を下げたままそう言った。
騎士達は剣が抜けずもたついている。
そんな彼らを、カジノの客たちは笑って見ている。
「どこのどいつかと思ったら」
のっし、のっし、という擬音がふさわしい巨躯が、ジャネットの後ろから現れた。
「アリアレア教団の
「き、貴様はッ、酒豪のザルヴィス!?」
「止めとけ。そこのジャネットは酒に酔った俺より性質が悪い。お前らのように防戦にしか出ないような腰抜けどもが敵う相手じゃねえよ」
ぶどうジュースを呷りながら、髭面の強面の大男が騎士たちを見下ろす。
「ここで無粋な真似は止めろや。
俺にここで酒を呑ませる気か?」
酒の神の加護を一身に受ける英雄は、当然素面では戦わない。
「出禁になるじゃねえか」
彼はジャネットの前に出て、凄んで見せた。
「み、巫女様をお呼びしろ!!」
「そッ、そうだ、かの酒豪を仕留める好機だ!!」
「おいおい、マジかよ、本当に白ける連中だなお前ら……」
騎士の一人が伝令の為か扉から出て行った。
対してザルヴィスは頭に手を当てて困り顔だった。
「……確か、君の国には英雄は居なかったのでは?」
「あー、これはどの国でも同じなんですけど、信仰圏内って言うのかな、神々は自分たちの領域だと、依り代を通じて一時的に現世に降臨することが出来るんですよ」
「ああなるほど、神降ろしのようなものか。
差し詰め、国防の切り札と言ったところか」
「マズいなあ、このカジノが吹き飛ぶかも……」
「それ程のモノなのか……」
物陰の二人が戦々恐々としていると。
アリアーン王国に通じる扉は首都のど真ん中にある。
つまり、国の主要施設はすぐそこにあるのだ。
自体を重く見た巫女はすぐに駆けつけてきた。
「あー、巫女さんよ。ここはあんたらが思ってるような場所じゃないぜ。
ここで神を召喚したら、
「戯言を、このような王都の近くに来たことを後悔しろ!!
偉大なる戦神、アリアレア様の威光にて滅びろ!!」
巫女が祈祷を始めた。
その時、奇跡が起こった。
必死に祈祷を続ける巫女の頭上に、光り輝くヒトの輪郭が形成される。
それは徐々に形を帯びていき、やがて女性を象った。
それは、誰もが想像する戦乙女そのものだった。
槍と盾を持った、鎧を纏った戦女神。
彼女こそ、戦神アリアレアだった。
その彼女が、ゆっくりと目を開け、眼下を見下ろす。
その神威に、人々は恐れおののくが。
「あ、アリアちゃんだ。やっほー!!」
彼女はVIP席でくつろいで手を振っている運命の女神を視界に捉えた。
「……」
……戦女神アリアレアは、そのまますぅーっと虚空に消えた。
「え、あれ、アリアレア様!? どうして!?」
戦神はその暴威を振るうことなく、なぜか天上に帰った。
その事実に巫女は困惑している。
この場に居るカジノの客たち全員が、然もあらんという表情になった。
「も、もう一度、今度こそ失敗せんぞ!!」
「あー、それって寿命とか削るやつだろ、無理するなって……」
「黙れッ、今度こそ……」
敵に気を使われては巫女も後に引けない。
彼女は再び祈祷を始めた。
しかし、何も起こらなかった。
「え、アリアレア様!? なぜ……」
「呼ばれてるんだから来てあげればいいじゃない。
信者のお願いなんだから、無視は可哀想だよ」
いつの間にか、巫女の目の前にけばけばしい装いの少女が居た。
「それとも、私とお話しするの嫌なの?」
彼女がサングラスを下げて上を見上げると、再び戦女神が虚空に出現した。
「あ、アンズ様、お話なら天上にて承りますが……」
「なんで、私が貴女の都合に合わせないといけないの?」
「そ、それは、その、私も信者たちの前という手前、その……」
「別にいいじゃん。どうせそこに居るのあと五十年も生きれないし。私達にとっては一瞬じゃん」
アリアレアの教典に勇ましい武勇伝が数多く乗っている戦女神が、小さな少女のような女神にしどろもどろとしていた。
「こ、困ります、この世界に降りられては」
「え、なんで?」
「貴女様には無縁でしょうが、我々は人間の信仰無しには……」
「別に私はみんなの邪魔をするつもりはないよ。
ほかの五
「……あいつらめ、私は聞いてないぞッ」
戦女神は心底忌々しそうにぼやいた。
「あッ、わかった!! 私がアリアちゃんの分の信仰を奪うとかみみっちいこと考えてたんだ!!
でも知ってるでしょ、宗教上の理由で、私への信仰は禁止だって」
「はい……」
神なのに宗教上の理由とは、と当事者以外の誰もが思った。
「安心してよ、私を信仰する者はちゃんと、全員殺すから。
だからアリアちゃんは安心してこの世界で限りあるパイを奪い合えばいいよ」
「ご公認ありがとうございます……」
「だから……二度と、私の暇つぶしの邪魔をしないでね?」
戦女神はゆっくりと、背後の騎士を振り返った。
その美貌が怒りと憎悪で歪んでいる。
その視線だけで、騎士たちの半数は絶命した。
残り半分は気絶し、巫女は失禁していることにも気づいていない。
「……
故に我ら戦人は験を担ぐ。運命の道筋を敬うのは当然のことだ」
それが、神の言葉だった。
つまり、ここは不可侵だという宣言だった。
生き残った騎士たちは伏してその言葉を受けるしかなかった。
「……それではアンズ様、私はこれにて」
「あ、せっかくだから賭けでもしてかない?
勝ったらいっぱい信者をあげるよ。でも負けたらずっとツンデレ口調ね!!」
「私はこれにて!!」
すぅーっと戦女神は虚空に消えた。
「あーもう、アリアちゃんったら、殺しちゃうなんて可哀想だよ。ほら」
少女の姿をしているだけの女神は、パチンと指を鳴らした。
それだけで、たったいま死んだ騎士たちが息を吹き返した。
「人間は死ぬべき時に死ぬべきなんだから。ね?」
「お、御赦し下さい!!」
「何でお前如きが、私が怒ってるって決めつけるの?」
むしろひれ伏して赦しを乞う態度そのものが、気に食わないと言うように。
「アンズちゃんは親しみやすい女神で通ってるんですよ。だって……」
──運命はどこにでもあるんだから。
「し、失礼しました!!」
巫女と騎士たちは逃げ帰って行った。
「次は遊びに来てくださいねー」
そんな彼らを、少女は手を振って見送った。
「……申し訳ございません、ミストレス。
貴女様のお手を煩わせてしまいました」
ずっと頭を下げた姿勢のままだったジャネットがようやく顔を上げてそう言った。
「うん、まあそう言う時もあるよ。
クレームの処理は店長の仕事だからね!!」
「ふぅぃ、今日はこれくらいにしていっぱいひっかけるか……」
あっけらかんとしている女神を他所に、ザルヴィスはそそくさと扉から帰って行った。
他の客たちも見なかったことにして、賭けに戻った。触らぬ神に祟りなし。
「くわばらくわばら……。
人が踏み入ってはいけない領域と言うのは、どこの世界でもあるようだ」
騒ぎが納まり、石田はそんなことをぼやきながら物陰から出た。
「私もあまり目を付けられないようにしようか。
そろそろ退散するとしよう。楽しかったよ、お嬢さん」
「……いえ、またお越しください」
「うむ、そちらこそ元気でね」
石田はそう言って、入り口から去って行った。
いろんな人がいる。今日一日でパティは思い知った。
このカジノに訪れる人も、その理由も。
「私も、早くコインを溜めてここから出ないと……」
だから彼女は、数日後に訪れる己の運命に人生を揺るがされるなど、知る由もなかった。
どう足掻いたところで、この世界の住人は神々のモノでしかない。その事実をより深く思い知ることになったのだ。
今回は今後登場する主要人物の紹介も兼ねています。
ちなみに、前回の賭けの描写ですが、実はA!チャットで出力したりしてます。
AIとブラックジャックができるなんて、技術の発達はスゴイですよね。
ではまた、高評価と感想ををお待ちしてます!!
それではまた次回!!