皆さんにとって英雄の条件って何だと思います?
難しい冒険を成し得たとか、竜を倒したとか、国を守ったりしたとか?
確かにそれも重要ですね。
でも、私に言わせるのならば、英雄の条件とは――。
……最期に、死ぬことですよ。
四人の英雄が、カジノに集結した。
四国に住まう住人は、これから巻き起こる事態を遠巻きに見ることしかできなかった。
「相変わらず、愛国の連中は頭が飛んでるわ」
サリナスは吐き捨てるようにそう言った。
彼女は行商人である。愛国は言ってしまえば、共産主義的な国家。住人は個人の財産を持たない。つまり商売相手にはならないのである。
「えへへ、名前は何にしようかな。ちゃんと番いも用意してあげないと。ねえ、早く僕と家族になろうよ!!」
愛の女神の使徒、ネグレスは少女のような満面の笑みでそう言った。
パティはそのある種の狂気に震える他なかった。
「お前、自分の神から事情を聞いてないのか?」
経験から、ザルヴィスは彼の反応がこれから敵対する相手への対応ではないと悟った。
「うん? だってラヴァーナ様がそう言ったから、そうするだけだよ」
そこに疑問の余地など無い。ネグレスは小首を傾げた。
「このままだと戦争……こいつの女神がお前たちの家族を奪うことになるんだ」
「……は?」
本当に何も聞いていないらしい彼を憐れんだザルヴィスの言葉に、少年は顔を歪めた。
「お前、お前が!! 僕から皆を取っちゃうつもりなの!! 僕から、皆を!!」
「私は……」
「“
ネグレスがパティに指を差した。
「あッ、おいバカ!!」
突如の蛮行、それにザルヴィスは焦った。
「あう!? これは!?」
それは、魅了の魔法だった。
主に魔物などを支配下に置く、夢魔族*1の十八番。
しかし、パティは曲がりなりにも神の使徒。
多少の違和感程度で、彼女は魔法を
「あれ? もう一回」
「やめんか、馬鹿タレ!!」
もう一度実行しようとしたネグレスを、サリナスは一瞬で彼の背後に回って羽交い絞めにした。
「なにするの、放してよ!!」
「アホ!! ここでそんなことしよったら──」
「────お客様」
その時、四人の目の前にジャネットが現れた。
「当店の従業員に狼藉を働くことは看過できません」
「ジャネット先輩!!」
「申し訳ありませんが、警備の者を呼ばせていただきました」
彼女の背後から、ぬぅっと巨体が突如として出現する。
その身長は大柄なザルヴィスさえも凌ぐ、2メートル半以上。
ヒト型の竜の外見を持つ、竜人だった。
「どうも、皆さん」
それは、礼儀正しく頭を下げた。
「私は魔王ギンヴォルス様の下で、魔王軍の指揮を執っとるヴォルノ言うもんです。
ここは親父……魔王様がケツ持ちをしとる店なんですわ」
ヴォルノと名乗った竜人が、彼が顔を上げる。
彼の眼はギラギラとした戦意と殺意が漲っていた。
「ここで暴れるんなら、親父に誓って……皆殺しにさせてもらいますわ」
彼の殺気に、四人の英雄は冷や汗がしたたり落ちる。
竜人はあらゆる人間種族で、文句なしの最強種族。
彼がその中でもトップクラスの実力者なのは、その殺気で十分に理解した。
即ち、ここに居る四人の英雄が協力して戦っても、苦戦は免れない、と。
「……ごめんなさい」
「分かればええんです」
拘束を解かれたネグレスは、涙目になって頭を下げた。
竜人はそれだけ言って、ジャネットの背後に控える。
「とりあえず、これ以上は各々の王族や議会に任せる。いいな?」
一番年上のザルヴィスが他の三人の顔を見ながら確認する。
実際、ここの四人に国家の運営方針の決定権は無い。
「せやな。今からお上の言葉を説明せんとなると、頭痛いわ」
サリナスは額に手を当てて頷いた。
他の二人も、頷くしかなかった。
「で、でも、ラヴァーナ様が……」
一応、自らの神の命令で来たネグレスは言い訳のように食い下がる。
このままおめおめと帰ったら、怒られると思っているようだった。
「ラヴァーナちゃんには、私から言っておきますよ」
その時、どこからともなくこの店の支配人が登場した。
虎柄のコートを翻し、運命の女神が舞い降りた。
「…………ほんとだ、今日は帰って良いって」
神の意志を受信したのか、ネグレスはホッとしたようだった。
「じゃあ、帰るね。行こう、ポチ」
「当店はペット同伴は御遠慮お願い申し上げています」
「わかりました、次からは気を付けます」
少年は、愛の女神の英雄はジャネットから注意を受けながらも“ペット”を連れて帰って行った。
「う、うう、なんで私が、こんな目に……」
パティはついに泣き始めた。
国家の命運を担う。その責任、重圧は彼女に重すぎた。
「よしよし、大丈夫ですよ、パティちゃん。どうせ……あ、ここから先はネタバレですね!!」
女神に慰められているパティを見やり、ザルヴィスは溜め息を吐いた。
「ったく、なんであんなガキが英雄なんかやってるんや」
「それはお前が一番よく理解してるだろ」
「わかっとるわ。愚痴や愚痴」
英雄、神の使徒に選ばれる基準は、適合性であると言われている。
かつて神が人間だった時の姿、性別、性格、種族……それに近ければ近いほど、より完全な形で英雄は神に近い力を振るうことが出来る。
ザルヴィスは一度サリナスに商神が降りたのを見たことがあるが、本当に神と人格が入れ替わったのか疑ったほど、彼女は神の現身だった。
そして、それはザルヴィスも同じだ。
だから当然、愛の女神ラヴァーナはあの少年と同じような精神性を有していることになる。
逆に言えば。
「それにしても、あれ、大丈夫なんか?
なんであんな小娘がアリアレアの英雄に選ばれたんや?」
「……確かに」
パティの性格も容姿も、巫女によって降臨した女神アリアレアとは似ても似つかない。性別くらいしか共通点が無いのである。
これでは万全な力を発揮できるとは思えないのである。
「……とにかく、万が一ん時には頼みまっせ、ザルヴィスはん」
「…………いや」
戦争になったら頼りにしている、というニュアンスの視線と言葉を受け、ザルヴィスは歯切れの悪い言葉を漏らした。
「俺ももう歳だ。そろそろ引退するつもりだ」
「はあ!? なに言うとんねん!?」
サリナスは目を剥いてそう言った。
英雄とは生涯現役。引退も何もないのだ。
「次の英雄には、俺の息子を指名している。恐らくそうなるだろう」
「そうなるだろうって……あんた」
勿論神の使徒は先代からの任命制でもないし、なろうと思っても成れるものでもない。
彼の言葉は何もかも、確実性が欠けていた。
「んじゃ、俺は帰って報告でもするわ」
「おい!! どういうこっちゃ!! 今の話はまだ終わってへんで!!」
背を向けるザルヴィスを、サリナスは追う。
「引退なされるんですか、ザルヴィスさん」
彼が竜人ヴォルノを横切る瞬間、彼がぼやいた。
「親父が悲しみますわ」
「……」
ザルヴィスは周りで騒いでいるサリナスを無視して、入り口から帰って行った。
§§§
翌日。
「よーし、赤だ、赤!!」
ザルヴィスはルーレットのテーブルでギャンブルをしていた。
ディーラーがボールを投じる。
数字の列が回転し、ポケットにボールが落ちる。
ボールが落ちたのは、黒の数字のポケットだった。
「がはは!! 負けた負けた!!」
二十枚もの幸運のコインを失ったのに、ザルヴィスは大笑いする。
しかも、彼は不運のコインも同じ枚数賭けていた。彼が受け取ったのはそれと同数の、不運の黒いコインだけだ。
「い、良いんすか、ザルヴィスさん?
かなり不運が溜まってますけど」
隣に座る、同郷の冒険者が彼に尋ねた。
「おうよ。不幸で俺が死ぬものか!!
幸運も不幸も、両方飲み干してこその英雄ってもんだ!!」
「ザルヴィスさんらしいっすね」
まさに豪放磊落そのもの。
強く、豪快に酒を呑む、彼の国の英雄の理想像そのものだった。
「でも、本当に引退するんすか?」
その噂は、このカジノを通じて瞬く間にガイアディア世界中に広がっていた。
「俺ももう歳だからな」
「47でしたっけ? ザルヴィスさんが死ぬなんて、まるで想像が出来ないっすけどね」
この世界の住人の平均寿命は、精々50年。
彼も己の終活を意識する年頃になっても、おかしくは無い。
それでも、その冒険者は産まれる前から英雄として活躍していた先人が一線を退くのを物悲しそうにしていた。
「それでは皆様、ベットを開始してください」
雑談も他所に、ディーラーが次のゲームの開始を告げた。
「よし、次のゲームだ!!」
ザルヴィスが幸運の金貨をベットする。
同じテーブルに座る参加者たちも、同様に。
「く、黒だ、今度こそ、勝たないと!!」
ザルヴィスの隣に座る他国の人間が、血走った目で手持ちの全ての金貨を押し出したのを見た。
「お、おい、そんなことして大丈夫か……」
思わず彼も驚いて目を見張るが、ゲームは粛々と進行していく。
からん、とボールは赤のポケットに落ちた。
「う、嘘だ!! こんなのって……!!」
「おい、落ち着けって……」
そこで、彼は気づいた。
その男が、以前どこかで会ったことがあることに。
「そういや、あんた……商国の酒蔵の店主じゃねえか!!」
そして思い出した。
彼はザルヴィスの国に酒を売っていた造酒場の店主だった。
「そいつは昔の話でさぁ。
去年、店が火事に遭って、それ以来は職を失いやした」
「そうか……」
運が悪いのか、或いは無いのか。
こうしてやけっぱちになってギャンブルをして落ちぶれている姿に、彼は同情した。
「ほれ、こいつをやるよ」
「え?」
ザルヴィスは自身の山のような金貨の中から、五十枚ほどを彼に渡した。
「い、いいんですか、ザルヴィスさん……」
「おうよ。酒は皆で分け合って飲むのと同じだ。その代わりここに来るのは今日で終いにするんだな。
職場が無えならうちの国に来い。酒蔵を作るなら幾らでも投資してくれるぜ」
「あ、ありがとうございます、ありがとうございます!!」
「感謝するくらいなら、今度とびきり美味い酒を造って奢ってくれよ」
「はい、いつか、必ず!!」
元酒蔵の店主は、何度も彼に感謝して立ち去って行った。
「(やっぱり、この人以外に酒国の英雄は考えられない……)」
人情と強さを兼ね備えた豪傑。
彼は称号だけでなく、生き方が英雄だった。
「……こんなところにいらしたのですね、親父殿」
「なんだ、ロンケンか」
ザルヴィスが振り返ると、サーコートを着た青年が居た。
彼こそ、英雄ザルヴィスの息子。蟒蛇騎士団の騎士隊長ロンケンだった。
「このような低俗な遊び場にいつまで入り浸っているおつもりですか」
「相変わらずお堅いなぁ」
父親の言葉に、ロンケンは眼鏡の奥の蛇のような瞳を細めた。
「貴方は我が国の英雄、象徴なのですよ。
国が荒れようとしている時にこそ、本国でどっしりと構えて頂かないと」
「俺は引退するっていったじゃねえか。
これからはお前が酒宴を仕切れ」
「戯言はおやめください。引退しようとして出来るものでもないでしょうに」
「ほんっと、真面目だな。誰に似たんだか」
実直な息子に、ザルヴィスは笑った。
彼は息子のそう言うところを気に入っていた。
「無論、親父殿に引き取られて以来、その役目はいずれ拝する物であると理解しています。
ですが、今ではない筈です」
実のところ、ロンケンとザルヴィスは血の繋がりは無かった。
ザルヴィスは今日に至るまで独身で、女は抱けども結婚はしなかった。
周りにせっつかれて、仕方なく養子を取った。それが当時孤児だったロンケンだった。
ザルヴィスは彼を実の息子のように可愛がり、ロンケンは期待通りに成長した。
仮に、ロンケンが次代の英雄に選ばれなかったとしても、周囲には一目置かれている。当然、それはザルヴィスの息子だからではない。
「それに、王族たちは国際会議の開催に動いています。
その席には親父殿が同席してくれなければ困ります」
「それぐらいは構わねぇけどよ」
苦手なんだよなぁ、堅苦しい雰囲気、と彼は笑う。
「……どうしても引退したいと仰るなら」
「うん?」
「身持ちを固めるのを考えてはいかがでしょう」
義子のその言葉に、ザルヴィスは思わず噴き出した。
「俺みたいなジジイに、今更嫁を取れって!? お前、その年になって母親でも欲しいのか!?」
「無論、政略結婚ですよ。国家に役に立つ結婚でもしてください」
「そうさなぁ、じゃあ俺の言う女を連れてきたらいいぜ」
「誰でしょう? 我が国で親父殿の結婚を断る人間は居ないでしょう」
それとも人妻ですか、と目を細めるロンケン。
ザルヴィスは一人の女性の名前を口にした。
「──女神アリアレア」
「はあ?」
「いやな、一目その姿を見たんだが、ありゃあすげぇべっぴんだ。性格がキツそうなところがたまらねぇぜ」
「親父殿、不謹慎ですぞ」
ロンケンの視線は、冗談を咎めるようなものではない。怒りすら混じっていた。
「我らの酒神■■■■■は、かつて女神アリアレアと婚約までなさった仲だったのですよ」
「そうそう。でも宴会の途中で主上が、酔っぱらってケツを触っちまって、先方がブチキレて破局になったんだったっけか?」
その逸話を語るザルヴィスは大笑い、いや敢えて大哄笑と表現しよう。
「そんないい女を手放す方が悪いっての!!」
「その所為で軍国とは犬猿の仲なのですよ。不謹慎すぎます」
「でも笑えるんだからしょうがないだろ!!」
敵国との戦争の理由が痴情のもつれの延長というのが、情けない話ではあった。
「……お前にだけは言っておくか」
やがて、笑い終えるとザルヴィスは席を立った。
そしてカジノの端に移動すると、店内の喧騒を見渡すようにしてからこう言った。
「──病だ。もう長くない」
彼の言葉に、息子は目を伏せた。
「なんとなく、感じてはおりました」
「だろうな。お前は聡い子だ」
父親は息子の頭を撫でた。
「次の英雄は、お前だ」
「私自身、そうあればと願っています」
国際会議の出席は取りやめるように言っておきます、とロンケンは背を向けた。
彼は入り口の方へと向かい、去って行った。
「……」
「ザルヴィスさーん♪」
親子の会話が終わるのを見計らったように、虎柄のコートの女神が現われる。
「あのガチャで、散々ため込んだコインを投入すれば、エリクサーが手に入るかもしれませんよ。そうでなくても、寿命を延ばせるかもしれません。
あ、それとも、二階へ招待しましょうか?」
「悪いが、……失せな」
ザルヴィスは目を閉じた。
「俺の死因は、俺が決める。
不幸や、病で死ぬつもりは無い」
これは尊厳の話だった。
彼は人間として戦い、最期まで武人としてありたい。ただそれだけだった。
「じゃあ、試してみましょうか?」
「なに?」
「あなたの不運のコインを拝借」
ザルヴィスの所有する常人の数倍の不運のコインが、彼女の手元に集結する。
そしてそれは、二つの黒いダイスへと変貌した。
「自身の最期のゲーム、してみませんか?」
「おもしれぇ!!」
それにザルヴィスは乗った。
「不運で、俺が殺せるものか。試してみようぜ!!」
「それでは、ダイスロール!!」
黒いダイスが宙に舞う。
地面に運命が舞い降りる。
からん、からん、ころん。
二つの黒いダイスは、彼の運命を指し示した。
即ち、
店内に、ざわめきが満ちる。
入り口から、きゅいきゅい、と運命の車輪が回る音がした。
「よお、ザルヴィス」
それは、黒衣に黒髪、瞳の色まで黒づくめの男だった。
その男は膝から先の足が無く、車椅子で運ばれていた。
だというのに、その男は大仰な身の丈ほどの巨大な鎌を抱えていた。
彼を乗せる車椅子を押し運ぶ、月面の如き絶世の美女と共に、彼は現れた。
「約束通り、殺しに来たぞ」
“死神”が、彼を殺しに来たのだ。
登場人物がどんどん増えていますが、心配しないでください。
今は顔見世段階、スポットが当たる際にはちゃんともう一度個別に焦点を当てますんで!!
それに多分、その内減ると思いますんで♪
次回は魔王サイドのお話にしようかと思っています。
ではまた、次回!! 感想や高評価をお待ちしております!! それでは!!