【完結】さよなら、艦隊これくしょん――日本は抵抗をあきらめました――   作:河畑濤士

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次回更新は1週間以内を予定しております。



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■11.明けない夜はなく、暮れない日もない。

「あたし、生きてるぅー!」

 

 白み出した水平線を見て、隼鷹が無邪気に叫んだ。

 

 埠頭に立つ彼女は(かいな)を広げ、いままさに差しこもうとする暁光(ぎょうこう)を迎えようとしていた。

 

 そのそばでは鬼威がへとへとになって座りこんでいる。

 

「し、死ぬかと思った」

 

 実際、賭けだった。

 

 敵がこちらの手札を読み切れていないという仮定と、防衛省防衛政策局の弄橋(いらえばし)が報せてきた“敵空母1”という情報、このふたつを信じて隼鷹の艦上機を先出しして雲上の伏兵と成し、瑞鶴を囮とした。

 

 下手をすれば味方の艦上機隊が各個撃破される可能性もあったし、防衛省経由の情報が誤っていた場合は、手痛い反撃を受けていたかもしれなかった。

 

「あとはビール飲んで寝るぅ~!」

 

「隼鷹ぉ~」

 

 ひとつ先輩の瑞鶴のジト目を無視し、隼鷹が叫んだ。

 

「おっ、朝日が出てくるよぉ~!」

 

 鬼威の網膜を希望の陽光が()き、眩さに目を逸らした彼は胸ポケットからピースを取り出し――中が空であることに気づいた。

 

(そういや平和(ピース)は品切れだったな……)

 

 というわけで先日のコンビニに在庫があった、白地に赤い丸が描かれたタバコのパッケージを内ポケットから出した。

 

「タバコは健康に悪い」

 

 彼の背後に立つ磯風はそう咎めたが、鬼威は「煙を吐き出すお前らには言われたくない」と軽口を叩いた。

 

 ラッキーストライクの香ばしい煙を肺に入れながら、特にやることもなく橙に染まった空を眺めていた彼は、ふと視線に気づいた。

 

「どうした、大和」

 

「……」

 

「まだ納得はいかないか」

 

「私はこの国の人間を信用できないでいます。あなたを除いて、ですが」

 

 腕を組んだまま難しい顔をする大和。

 

 それとは対照的に、鬼威は鷹揚に笑った。

 

「何があったかは知らないが――それならそれでいいんじゃないか」

 

「はあ」

 

「俺も忘れてたよ」

 

「……」

 

「この国の海は、こんなにも美しい」

 

 朝日を浴びて白く輝き出した海面と、一定のリズムを刻む潮騒。

 

「あのどす黒いガスからこの風景を守る、それだけでもお釣りがくる――は、言いすぎか。とにかく人だけの集まりが俺たちのいうところの“国”じゃないってことだ」

 

 笑う鬼威に、大和は困惑顔をつくった。

 

「うおおおおおおおおい!」

 

 そのとき水平線の端に、人影が見えた。

 

「なにやってんだぁああああああ!?」

 

 聞き慣れた天龍の声に、木曾が応えた。

 

「馬鹿野郎ぉ! おまえらが心配で待ってたんだってのぉ!」

 

 ◇◆◇

 

「鬼威館長、おはようございます」

 

「おはようございます。日都放送の神前さん、でしたね」

 

 そのわずか2時間後、鬼威は報道陣の前に姿を現した。

 

 とはいえ関係各所との口裏合わせを終えたあと、自宅にも帰れなかったため、スーツはところどころが破れてネクタイは千切れ――主に大和との格闘のせいで――酷い有様である。

 

 だが世論を味方につけるために、情報発信を怠るわけにはいかなかった。

 

 苛立つ神経をなだめ、鬼威は無理に笑顔をつくった。

 

「昨夜、再び深海棲艦の攻撃があったというのは事実なのでしょうか」

 

「事実です」

 

「JBSの黒山と申します! 日本政府の説明では、昨夜のJアラートは誤報であったということでしたが」

 

「黒山さん。ご覧のとおり、弊館も深海棲艦側の戦闘機の攻撃を受けました」

 

 鬼威は悪辣なことに、大和の空砲射撃によって窓がすべて吹き飛び、ドアというドアがいかれた本館を指差して見せた。

 

「空襲警報が誤りだったとは思えません。そして弊館所属の艦娘もまた、自衛のために戦いました」

 

「昨夜の戦闘について、詳しく説明していただけますか!?」

 

「はい。昨日23時30分ごろ、弊館は空襲警報を受信。続けて弊館が管理する艦娘が、空母1を含む敵機動艦隊の接近を察知。弊館の艦娘『瑞鶴』が敵機を迎撃するとともに、弊館の艦娘『隼鷹』が、艦上爆撃機を以て敵機動艦隊を攻撃いたしました。結果、敵空母1を撃沈することに成功。敵機動艦隊は撤退いたしました」

 

「深海棲艦が空母を――」

 

「ただの通常空母や、軽空母ではありません。いわゆる“鬼”と呼ばれる個体でした」

 

「……」

 

「今回は防衛省と消防庁から出たJアラートのおかげで、我々も早期に自衛のための態勢を整えることができました。しかしながら事態を正確に把握しない内閣の下では、明確な攻撃の意思をもった彼らから身を守るのに限界があります」

 

「“艦娘がいるから深海棲艦が攻撃してくる”と発言される閣僚もいますが」

 

「その発言には、エビデンス――でしたかね。科学的な根拠がありませんよね」

 

 次の瞬間、ひとりの女性が割りこんできた。

 

「しかし現実に艦娘がいる国立現代海洋博物館(ここ)を深海棲艦は攻撃してきているではないですか!? 艦娘は解体処分すべきです。即刻! すべて! 必要なのは武装ではなく、対話です!」

 

 鬼威は質問してきた女性を見た。

 

 一応、帝都新聞の社員証をつけている。

 

「あの」

 

 鬼威が何かを言おうとしても、彼女はしゃべり続けた。

 

「だいたい艦娘とかいうよくわからないものに、国民の税金が()ぎこまれてきた。いまも注ぎこまれている。艦娘よりも、まずは人間の女性を助けるべきではありませんか!? 戦争をしても生活は良くならない! 戦争は深海棲艦を利用した国家と軍需産業による陰謀ですっ!」

 

「帝都新聞の満星(みつぼし)さん。最初の質問についてですが、深海棲艦は艦娘がいるここを攻撃してきているのは、艦娘が深海棲艦に抵抗できる唯一の手段だからです。艦娘を失えば、我々はみな殺されますよ。話し合う時間もなく」

 

「それこそ根拠がないじゃないですか!」

 

「満星さん、私の娘は、私の目の前で殺されました。話し合う(いとま)もなく。それが根拠です。第2の質問についてですが、艦娘を凍結したこの1年、生活は良くなりましたか?」

 

「良くなりましたよっ!」

 

「良くなっていませんよね?」

 

 鬼威は彼女に対してではなく、テレビカメラへ賛同を求めるように言った。

 

「戦うことを放棄しても、我々の生活は好転していない。物価はじりじりと上昇し、税金は据え置かれたままです」

 

「~~~ッ!」

 

 それから10分ほど、鬼威は帝都新聞の女性記者の“演説”を聞かされたが、まったく動じることはなかった。

 

 なにせ彼のなかでは、明確な結論が出ている。

 

 現状、何か不都合があるとするならばそれはすべて深海棲艦のせいであり、であるからクレームをつけるなら深海棲艦につけろ、話し合いは大いに結構、深海棲艦と話し合ってから来い、というところである。

 

「……」

 

 同刻、JTF-“わだつみ”司令部では、陸海空自衛隊の幕僚たちが額を突き合わせていた。

 

 彼らが集まったのは昨夜飛ばした戦術偵察機RF-15DJが収集した情報を精査するためである。

 

 戦後に製造された陸海空自衛隊の装備品はいかなるからくりか、第二次世界大戦前後の水準にすぎない深海棲艦を傷つけることはできない。

 

 だが一方で情報と速度において言えば、自衛隊側が深海棲艦を遥かに優越している。

 

 深海棲艦が有する艦上機の最高速度、到達高度は、制空戦闘機F-15DJを改修した戦術偵察機RF-15DJにまったく及ばない。

 

 ゆえに陸海空自衛隊は政治的制約さえ無視すれば、一方的に敵情を偵察することができた。

 

 戦果と敵機動部隊の撤退を確認できたのも、RF-15DJを擁する航空自衛隊航空総隊第501飛行隊の活躍によるところが大きい。

 

(昨夜の空母棲鬼を撃沈できたのはまさに僥倖だった……)

 

 しかしながら戦場の霧を晴らすことの、なんと残酷なことか。

 

「まるで、いや」

 

 幕僚たちは太平洋戦争末期だ、という言葉を呑みこんだ。

 

 いまや日本近海に接近しつつある敵空母機動部隊の数は、1個や2個ではきかなかった。

 

 加えてこれまで確認された(ためし)のない新型深海棲艦さえも、RF-15DJが搭載する多機能偵察ポッドは捉えていた。

 

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