【完結】さよなら、艦隊これくしょん――日本は抵抗をあきらめました――   作:河畑濤士

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■12.深き夜の闇に挑む。(前)

「休みがとれてよかったね、パパ!」

 

 はしゃぐ声に鬼威は「うん」とうなずきながら、ああ、またこの夢かとどこか冷めた思考を走らせていた。

 

 燦然と輝く太陽の下、最上階の露天ラウンジで美雪はオレンジジュースをすすり、鬼威は生ビールをあおりながら、彼らは総トン数約2万5000トンのクルーズ客船『みらい』にて、ひとときの非日常を愉しんでいた。

 

 いや、鬼威は来たるべき“夢の終わり”を待っていた。

 

「自由研究は何にするか決めた?」

 

 と、彼が話を振ると、美雪はいたずらっぽく笑った。

 

「えー。自由研究はしなくてもいいんだよ」

 

「じゃあ読書感想文は? 何で書く?」

 

「読書感想文もやってもやらなくてもいいんだよ」

 

「じゃあなにをやるんだよ!」

 

 ははは、と鬼威は笑いながらジョッキのビールを飲み干した。

 

 つられて美雪も笑い、

 

「この船のことを絵――」

 

 と最後まで言えなかった。

 

 突き上げるような衝撃に、卓上に置いた空のジョッキが跳ねる。

 

 そしてその1秒後には、何かを切り裂くような高音が鳴り響いた。

 

「なんだ!?」

 

 と鬼威は叫びながらも、すべてが分かっていた。

 

 深海棲艦の魚雷が船底近傍にて炸裂――さらに無数の砲弾がこの『みらい』の船体に突き刺さり、船殻を砕き、内部を爆風で滅茶苦茶に破壊し、ほうぼうに炎を撒き散らしたのである。

 

 それだけなら、どれだけ良かっただろう。

 

 数回目の砲声のあと、美雪はすでに事切れていた。

 

 彼女の体躯に対してあまりにも不釣り合いな甲板の破片が、その薄い胴体に突き刺さり――そこから内臓と血肉がこぼれでていた。

 

 わかっていた。

 

 そのはずなのに、鬼威は再び叫んでいた。

 

「美雪――!」

 

「大丈夫」

 

 いやに“リアル”な囁き声とともに、鬼威が布団の中で目を醒ますと、その5センチ先には赤い瞳があった。

 

「――ッ!」

 

 鬼威は反射的に彼女を突き飛ばすと、布団から転げ出た。

 

「うなされていたな」

 

 何事もなく立ち上がる磯風に、鬼威は殺意ほとばしる視線を遣ったが、すぐに呼吸を整えた。

 

「いや、大丈夫だ――というか、誰でも驚く」

 

「常在戦場だ。司令のことは私が護る」

 

「そうかよ」

 

 この艦娘には常識は通用しない。

 

 鬼威はカーテンに遮られた窓を見やる――まだ外は明るくなっていなかった。

 

 いまから二度寝、というのも無理な話であり、鬼威は朝食を摂ることにした。

 

「司令、朝食の準備は私がしよう」

 

「……できるのか?」

 

「もちろんだ。食事は戦場(いくさば)に立つ者にとって、最も重要な事柄のひとつだからな」

 

 自信満々に言う磯風に「そこまで言うなら」と鬼威はキッチンを貸すことにした。

 

「……」

 

 夢を見たあとは、嫌な想像が脳裏をよぎる。

 

 鬼威は寝間着姿のままベランダに出ると、タバコに火を灯した。

 

 もしあのとき、『みらい』の短期クルーズに参加していなければ――この磯風のように、美雪がキッチンに立って朝食を作ってくれる、そんな未来があったのだろうか。

 

(馬鹿馬鹿しい)

 

 いくら思いを巡らせても、意味はない。

 

 現実としていま鬼威に残っているのは、美雪が消え、妻が去った一戸建てのマイホームだけであった。

 

 ◇◆◇

 

 その姿は人間というよりは、その場その場の反射で行動する虫に近かった。

 

 海面を滑る、一糸乱れぬ複縦陣。

 

 鉄兜を思わせるヘルメットとバイザーを目深に被り、血の気のない華奢な両腕に不釣り合いな多銃身砲と火器管制用追尾装置をぶら下げた彼女たちは、背負った円筒状の捜索用レーダーレドームで党の敵、人類の敵を索敵する。

 

 先に発砲を開始したのは、やはり上空を往く無人攻撃機“翼竜”から敵の位置情報を獲得した彼女たち――中国人民解放軍海軍東海艦隊駆逐艦第13支隊の081B型海上機動歩兵6隻であった。

 

 うなる多銃身砲。

 

 いつの間にか垂れこめた暗雲の下、独特の弾道を描く曳光弾は確かに漆黒の影に直撃していた。

 

 彼女たちが有する多銃身砲は、艦砲としてみればかなりの小口径。

 

 だが、その曳光弾の合間に連なる焼夷徹甲榴弾は理論上、第二次世界大戦当時の駆逐艦の艦体を貫き、巡洋艦にもダメージを与えられるだけの威力を有していた。

 

 にもかかわらず、深海棲艦の中でも最弱に近い駆逐イ級の外殻に傷さえつけられない。

 

 深海棲艦側の射撃は当たらず、さりとて中国人民解放軍側の攻撃は通じない、そんな無為な膠着状態が数分続いたあと、彼我の弾雨の中を、ひとつの小さな影が疾駆突出する。

 

 081B型海上機動歩兵たちの横顔には、焦りも驚きもない。

 

 そのまま彼女たちは、戦艦レ級の剛腕に殴り飛ばされ、粉砕されていった。

 

「……」

 

「……」

 

「……これは?」

 

 鬼威は風通しが良くなった館長執務室にて、外務省国際協力局国際海洋戦略室の素来(そらい)へタブレット端末を返した。

 

「これは自衛隊機が捉えた中国人民解放軍海軍と、深海棲艦の戦闘の一場面です」

 

「隠し撮り、ですか」

 

「半ば黙認されたもの、ですね」

 

「しかし――というか、やはり現代兵器はまったく深海棲艦には通用しないのですね」

 

 鬼威は素来が卓上に置いたタブレット端末を弄り、焼夷徹甲榴弾が命中したように見える瞬間で、動画を停止させた。

 

「ええ。何度見ても驚くべきことですが、これは既知の事実です。が、それが今回の話の焦点ではありません」

 

「……」

 

「目に見えないものを全否定する社会主義国家の末裔らしい行動です。中国人民解放軍海軍北海艦隊および東海艦隊がフィリピン東方沖にまで及ぶ第2列島線まで進出し、深海棲艦の機動部隊に対して積極的な攻撃を仕掛けました。戦略爆撃機によるヒットアンドアウェイに始まり、海上機動歩兵と無人攻撃機の突撃、原子力潜水艦による高速占位雷撃――これらの攻撃によって、深海棲艦の陣形は乱れました」

 

「中国軍の攻撃は効かなかったのでは?」

 

「それでも深海棲艦はこれを無視はできません。撃退のために機動部隊を護衛する部隊が動き、またいくつかの機動部隊が変針しました」

 

「……すみませんが、素人の私には話が見えません」

 

 謝った鬼威に、素来は苛立つこともなく説明した。

 

「いくつかの敵艦隊は、相互援護が可能な範囲から外れた、ということです」

 

「隙が生まれた、と?」

 

「ええ。特にこの国立現代海洋博物館(ゲンカイ)から最も近い位置にいる敵艦隊は、中国人民解放軍海軍に対応した後続の援護を受けられない状態です」

 

 鬼威は声を(ひそ)めた。

 

「こちらから仕掛けろ、と」

 

「はい」

 

 素来の言葉に、鬼威は難しい顔をした。

 

「攻撃、ですか」

 

 鬼威が艦娘とともに拾ってきた勝利は、双方とも防衛戦だ。

 

 緒戦は最初から内陸へ退けばいいと思って臨んだ戦いであったし、2戦目は伏兵を置いて待ち伏せるという奇策で勝っている。

 

 こちらから仕掛けて勝つという経験がないため、どうも現実感がない。

 

 それどころか打って出たところを敵の伏撃に遭うのではないか、という不安があった。

 

 その心中を知ってか知らずか、素来は力強く言う。

 

「我々が守るべきエリアは広大で、かつ我々の戦力は限定的です。彼らが好き勝手にやり始める前に敵の出鼻を挫き、各個撃破を試みるべきです」

 

「……わかりました。それで、攻撃は?」

 

「本日の夜です。連中の艦上機の動きが鈍る夜戦で仕留めます」

 

 急だな、と思うと同時に鬼威はそれもそうか、とも思った。

 

「んなーっ」

 

 わかりました、と鬼威が言おうとした瞬間、間の抜けた鳴き声が、蝶番(ちょうつがい)が壊れて立てかけているだけのドアの向こう側からした。

 

「野良猫?」

 

 鬼威はドアを退かすと、そこに白毛に黒ぶちの猫が寝転がっているのを見た。

 

「……しっ、外へ行け」

 

「んなーっ」

 

「俺は動物の毛がダメなんだ」

 

「んなーっ」

 

 鬼威は舌打ちすると、猫の両前脚をつかまえた。

 

 犬猫が嫌いな彼は、ペットの運び方を知らない。

 

 そのまま彼は猫を吊るして、本館の外へ出た。

 

「今回の夜戦ですが、もちろん自衛隊も協力します!」

 

 続いて素来の声が、追いかけてきた。

 








◇◆◇



次回更新は1週間以内を予定しております。



◇◆◇


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