【完結】さよなら、艦隊これくしょん――日本は抵抗をあきらめました――   作:河畑濤士

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■13.深き夜の闇に挑む。(後)

 防衛省の弄橋いわく、この国立現代海洋博物館に最も近い敵は空母ヲ級1、戦艦ル級1を含む機動艦隊であるらしい。

 

 空母ヲ級、戦艦ル級はともに深海棲艦の出現初期から最前線に姿を見せている旧式艦だが、それでも夜戦で一挙葬り去ることを試みるだけの戦略的価値はあるとのことだった。

 

 なにせ空母ヲ級は1隻で80機以上の艦上機を操る。

 

 こちらが寡兵であることを考えれば、確かにこれを撃破できるだけでも大きい。

 

 夜襲決行となれば、次に鬼威が考えるべきはどの艦娘を出すか、である。

 

 そのために鬼威は大和を除く艦娘たちを自身の執務室に集めていた。

 

「提督ーっ!」

 

 夜間における戦闘は、敵味方入り乱れての混戦になりがちだ。

 

 白昼の戦闘でさえ、艤装を含めなければお互い人間大の的を狙って撃ち合うため、砲撃戦のレンジは短くなる。

 

「夜戦なら、私にお任せっ! だよ!」

 

 夜戦ともなれば、さらに命中率は低下し、格闘戦も頻繁に生起しうる。

 

「古鷹、力を貸してくれるか――思うところはあるだろうが、手が足りない」

 

 鬼威は執務室の隅に立っている艦娘へ声をかけた。

 

 白く輝く左眼と異様なまでに巨大な艤装を右肩から右腕にかけて纏った彼女は、少しはにかんでから、うなずいた。

 

「はい。状況が状況ですし、私にやれることならなんでもやります!」

 

「ありがとう」

 

(となれば腕力で考えたときにこの古鷹に、霧島は外せない。次に長物持ちの天龍と龍田――)

 

「ちょっ、ちょっと無視しないでよっ!」

 

「……」

 

 鬼威はデスクの前で両腕を広げて立つ艦娘を睨んだ。

 

「お前は誰だよ……」

 

「私は第3水雷戦隊、川内型軽巡洋艦1番艦、川内――夜戦と聞いちゃあ黙っちゃいられない!」

 

 赤橙の戦装束に、黒の籠手。

 

 まるで忍者がごとき()()ちの艦娘に、鬼威は眉間にしわを寄せた。

 

「……」

 

(そういえば素来さんが“夜戦”と大声で叫んでいたが、あれを聞いたのか――)

 

 鬼威は彼女が姿を現した理由に思い至った。

 

 しかしながら艦娘に対して無知に近い彼は、彼女を陣容に加えるべきか判断がつかなかった。

 

「もしかして私、信用されてない!? き、木曾先輩!」

 

 無言の鬼威に慌てた川内は、ちらちらと木曾に視線をやった。

 

 もちろん2、3年先輩の木曾は、その助け舟を求める視線に気づいた。

 

「はあ……」

 

 腕を組んで壁に寄りかかっていた彼女は溜息をついてから、その数秒後に嫌々ながら口を開いた。

 

「夜戦ならばこいつほど頼りになるやつはいない」

 

「ほらねぇ! いいでしょ、私を夜戦に連れてってよぉー!」

 

 はしゃぐ川内の声が頭蓋に響き、鬼威は目眩がした。

 

 が、これでほぼ陣容は固まったようなものだった。

 

「では夜戦は、霧島、古鷹、天龍、龍田、川内――磯風でいく」

 

 最後は木曾か磯風かで迷ったが、木曾の現在の装備は機銃と魚雷であり、火力が心許ない。

 

(俺に装備を弄る能力があれば――)

 

 鬼威はそう思わざるをえなかったが、できないものは仕方がない。

 

 続けてのブリーフィングが終わると、艦娘たちは頭を下げてから次々と退出していく。

 

「では提督、失礼いたします」

 

 執務室の端にいた関係で、偶然にも最後に残ったのは古鷹であった。

 

「おい」

 

 そこで鬼威は思わず、彼女を呼び止めていた。

 

「大和や、大和の提督に、何があったんだ?」

 

◇◆◇

 

 月の光も、星の光も――人々が営む生活の光さえも届かない海が茫々(ぼうぼう)、広がっている。

 

 空を覆い尽くす暗雲は赤黒い色彩を帯び、海水は血を流したように濁っていた。

 

 その海面上を往く、無数の影、影、影――。

 

 あるものは、生きとし生けるものに対する破壊衝動とともに。

 

 あるものは、平和な人々の生活を憎悪し、嫉妬し、滅ぼすために。

 

 あるものは、飛んでくる電波を捉え、かつての日常を恋焦がれて。

 

 愛憎ほとばしらせながら、ひたひたと押し寄せる暴虐と破滅の波濤。

 

 そのなかでも最も本州島に近いのは、戦艦ル級、重巡リ級、2隻の軽巡ホ級を外縁に配し、中心に空母ヲ級を据えた輪形陣であった。

 

 旧式艦揃いとはいえ、小さい島国であれば、比喩ぬきで滅ぼせてしまう彼らは、瞳から青い炎を曳きながら北の水平線を見て、否、正確にはその水平線の向こう側を幻視しながら、海面を駆けていた。

 

 その憤怒孕んだ視線の先にある暗雲の下に、ひとつの影が浮かび上がった。

 

 空母ヲ級を中核とした輪形陣と、その背中はるか後方に控える無数の深海棲艦たちへ立ち向かうには、どこまでもちっぽけなそれは、それでもなお清浄なる海の色彩を背負ってそこにいた。

 

「オ゛オ゛ッ!」

 

 空母ヲ級が杖をかざすとともに複数門の砲が、たったひとつの機影に指向される。

 

 だが時速約500kmで迫る影は――航空自衛隊の戦術輸送機よりも一回り大きい、空翔ける戦船(いくさぶね)は速度を落とさず、そのまま死闘の始まりを告げる角笛の代わりに、4発のターボプロップエンジンを轟然響かせた。

 

 次の瞬間、洋上迷彩を纏ったそれ――海上自衛隊のUS-2から青い光がほとばしった。

 

 そのまばゆく、暖かい、地球の海と空を連想させる青白(せいびゃく)の光はすぐに消え失せる。

 

 その数秒後、すべてを塗り潰さんとする夜闇のなかで、苛烈な白光と、攻撃的な赤橙の色彩が弾けた。

 

「霧島さん、よろしくお願いしますっ!」

 

「任せてぇ!」

 

 古鷹の瞳が放った強烈な光線が戦艦ル級を捉え、それと同時に霧島の背負う35.6cm連装砲が火を噴き、さらに高速突撃してきたP-1哨戒機が次々と100万カンデラを超える光の塊を投下して回る。

 

「応射、来まーすっ!」

 

 怒鳴る古鷹に、霧島は「承知!」と叫び返す。

 

 霧島・古鷹ペアと深海棲艦たちの間で、激しい砲撃の応酬が生起した。

 

 軽巡ホ級が連射する5インチ弾の驟雨(しゅうう)が彼女たちを襲い、塩と鉄の臭いとともに海面が弾ける。

 

 が、彼女たちは怯むことなく、城壁を思わせる砲塔を構える戦艦ル級を猛射した。

 

「痛っ、た!」

 

 先に命中弾を出したのは、戦艦ル級であった。

 

 霧島の右肩でパッと火花が散ったかと思うと、火を曳いた破片が彼女の遥か後方に落下――続けてもう1発の16インチ徹甲弾が第1砲塔の防盾を貫き、内部構造を滅茶苦茶に破砕した。

 

 が、深海棲艦側も無傷ではありえない。

 

 20.3センチ弾が戦艦ル級の防盾を叩き、続けて2発目が、ル級の構える艤装の合間を抜けて、漆黒の戦装束に包まれた胸部に突き刺さった。

 

 それを見ていた重巡リ級がずい、と戦艦ル級の前に出て、2隻の軽巡ホ級は砲門を古鷹に指向し直した。

 

 ほとばしる殺意を反射して、霧島の眼鏡がぎらりと光った。

 

 4隻分の怒気を受けてもなお、彼女は怯まない。

 

 なぜなら彼らの意識を集めた彼女は、このあとの展開を知悉(ちしつ)していたからだ。

 

 突如として戦艦ル級の足下が、崩れた。

 

 巨大な純白の水柱が次々と上がり、そしてそれは地球の重力に抗えずに下降に転じる。

 

 重巡リ級や軽巡ホ級は慌てて頭を振り、周囲を見回したがもう遅い。

 

 探照灯を有する古鷹と、35.6cm連装砲を振り回す霧島に意識を集中させ、足を止めて射撃を続けていた彼らは、四方八方から押し寄せる魚雷の包囲殲滅陣の只中に置かれていた。

 

「……随分と呆気ねえなあ」

 

 その十数分後、天龍はヲ級の首級(しゅきゅう)を無造作に投げ棄てながら、そう言った。

 

 続けて長大な斬艦刀を振り、付着したどす黒い血と油から成る体液を払う。

 

 龍田もまた油断なく天龍の後背に立っていたが、しかし彼女の視界には脅威になりそうなものは映っていなかった。

 

「えーっ、これで終わりぃー!?」

 

 騒ぐ川内と合流した磯風は、天龍と同じ感情を抱いていた。

 

(呆気なさすぎる――)

 

 それは戦場で培った勘や確信、というよりは策がうまく嵌りすぎたがゆえの違和感に過ぎなかった。

 

「みなさん、大丈夫ですかぁー!」

 

 叫びながら磯風目指して海上を駆けてくるのは、霧島と古鷹である。

 

「こちらは特に損傷はない!」

 

 磯風が叫び返した次の瞬間、闇の中から白い腕がぬっと現れた。

 

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