【完結】さよなら、艦隊これくしょん――日本は抵抗をあきらめました――   作:河畑濤士

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■14.死の澱む海の底より来たりて

「磯風ちゃんッ!」

 

 その場で最も早く反応したのは、龍田であった。

 

 鈍色の刃が一閃する。

 

 百戦錬磨の彼女が放った刺突は、夜闇を容易く斬り裂き、同時にその中に紛れていた新手を確かに捉えた。

 

 捉えただけではない。

 

 銀閃の一撃は伸びる白い腕の付け根、その真下にあるべき肋骨と肋骨の合間をすり抜ける軌跡を辿っていた。

 

 防御力に優れているとは言い難い軽巡洋艦ゆえに、駆逐艦から戦艦まであらゆる敵を一撃で葬ってきた彼女の技量と刃先は、この闇夜の下であっても確かに敵の心臓部を衝いていたのである。

 

 相手が人型であれば、間違いなく循環器系を破壊したであろう正確無比の刺突だった。

 

「ふーん……」

 

 しかし、龍田は次なる一撃を繰り出せるように、大上段に戦槍を構え直す。

 

 彼女の感覚が、おかしい、と告げていた。

 

 遅れて古鷹の探照灯が奔り、海上を転倒しながら滑っていく白い塊を映し出す。

 

「……ありがとうございます」

 

 一瞬の攻防に振り返った磯風の言葉に、龍田は微笑んだ。

 

「まだよ、磯風ちゃん……」

 

 その言葉を肯定するように、白い影は立ち上がる。

 

 全裸体の少女が、そこにいた。

 

 血の気どころかあらゆる色彩を否定する、どこまでも白い肌。

 

 踝まで伸びた純白の髪と、白紙を連想させる何も映していない瞳。

 

(まるで、雪だ)

 

 そう思った磯風と、少女の視線が空中でぶつかった。

 

 次の瞬間、少女はすん、と潮と鉄の臭いの中から磯風の匂いを嗅いだ。

 

 それから彼女は、僅かに表情を動かした。

 

 が、そのさまは艦娘たちからは見えない。

 

「新型か?」

 

 大上段に戦槍を構えた龍田とは対照的に、天龍は低い姿勢とともに斬艦刀を下段に構えた。

 

「ふたりで()るぜ」

 

「天龍ちゃん、気をつけて。この子、とっても硬い」

 

 龍田の口から、超高温の空気が吐き出された。

 

 それが合図となり、一対の凶刃が動く。

 

 両者は左右に別れるとともに滑走し始め、僅かな時間でトップスピードに至った。

 

 加えてただ突進するだけではない。

 

 龍田は縦横無尽に戦槍を振り回し、天龍は斬艦刀を上段に構え直して切っ先を天に向けたまま静止させ、双方ともにただ一点――少女の首を睨む。

 

 並の深海棲艦ならば左右どちらかしか対応できない。

 

 また龍田の変幻自在の槍捌き、天龍の天を衝いたまま静止する剣先からは、最終的に繰り出される必殺の刃の軌道を読むことは難しい。

 

「……」

 

 加えて彼女らは斬撃の間合いに入る前に目標の眼前で高速交錯し、フェイントをかける。

 

 そしてその1秒後、天龍と龍田は敵の両脇を駆け抜ける。

 

 天龍が放ったのは思い切りのいい首筋を狙った袈裟懸けの一撃。

 

 龍田が放ったのは、ほとばしる水飛沫に紛れた斬り上げの一撃。

 

 寸分狂わず同時に放たれた斬撃。

 

 が。

 

「浅い!」

 

 敵に背中を見せぬように反転後進に移った天龍は悔しそうに叫んだが、同じく反転後進、白い影を睨む龍田はさらに正確に事態を把握していた。

 

「違う、天龍ちゃん――私たちの刃は触れているけど届いていない」

 

「はあ!?」

 

 天龍が半ば叫びながら聞き返すなか、霧島と古鷹の主砲が連続射撃を開始した。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「これが深海棲艦側の新型、ですか」

 

 その翌日、国立現代海洋博物館にて鬼威と外務省国際協力局国際海洋戦略室の素来(そらい)、防衛省防衛政策局の弄橋(いらえばし)は、卓上に置かれたタブレット端末の画面を覗きこんでいた。

 

 さらにその左右には木曾、瑞鶴が並び、隼鷹は半ば鬼威の背中に体重を預けるようなかたちで、彼の肩越しに映像を見ている。

 

 タブレット端末の小さい画面のなかでは、新型の深海棲艦が自らの艤装を召喚していた。

 

 戦艦ル級と同様、城壁を思わせる装甲が探照灯に照らし出されて白く輝いたかと思うと、その数秒後には35.6cm徹甲弾と20.3cm徹甲弾が命中し始める。

 

「これで、これで無傷ですか?」

 

 弄橋は呻いた。

 

 火花は散ったがそれだけだ。

 

 古鷹の胸元に取りつけられたボディカメラの画質はそれほど高くないが、それでも彼女を保持する巨大な装甲の表面は新雪のように白いまま、傷ひとつついていないことがわかる。

 

「でええええええー!」

 

「うるさいし、重いぞ!」

 

「こんなのどうやって倒せってんだよぉ~」

 

 鬼威は体を揺すりながら隼鷹に抗議したが、彼女はそれを無視して愚痴った。

 

 実際、彼女の言うとおりであり、霧島らは空母ヲ級、戦艦ル級を沈めただけでも作戦目標は達したと判断し、この新型を倒すことを諦めて撤退していた。

 

「瑞鶴、お前の後輩をなんとかしてくれ」

 

「なんで私がお世話係みたいになってんの?」

 

 と言いつつ、瑞鶴は隼鷹の耳を引っ張って彼女を鬼威の背中から引き剥がした。

 

「痛ぁ~でもホントにこれ、どうすんの?」

 

 右耳を押さえながら左右に聞く隼鷹に対して答えたのは、木曾であった。

 

「天龍、龍田の剣戟、霧島の砲撃が通らなかった。が、水雷戦ならどうだ? あいつは浮いている。浮いているなら、沈められるはずだ」

 

「本当ですか?」

 

 懐疑的に聞いたのは瑞鶴だ。

 

 はっきり言って彼女からすれば、単純な貫徹力と防護力の比較問題ではないように思えたからだ。

 

 どんなに分厚い装甲板であっても、金剛型戦艦の主砲弾を浴びて貫徹しないならともかく、凹みもしないというのはありえないことである。

 

「“浮いているなら、沈められるはず”。そうでなくては困る……」

 

 口を挟んだのは外務省の素来だった。

 

「現代兵器が通用しない深海棲艦。その深海棲艦が、艦娘の攻撃さえ無力化する新型を繰り出してきたとなれば、人類にもう抵抗する術は残されていません」

 

「“レ級ショック”の再来、いやそれ以上だ」

 

 続けて口を開いた弄橋の言葉に、木曾は静かに頷いた。

 

 戦艦レ級、と聞けば現在でも多くの艦娘、関係者が顔を歪める。

 

 それは、小柄な体躯に似つかない膂力と火力を有すると同時に、酸素魚雷を超える高速魚雷や“飛魚”と称される亜音速飛翔体等の新武装を備えた当時最新鋭の敵戦艦であり、特に“飛魚”は高速かつ誘導性能を有することから、当時の艦娘と提督たちに大きな衝撃を与えた。

 

「それでも」

 

 希望はあります、と弄橋は言葉を続けた。

 

 艦娘が大日本帝国海軍所属艦艇をはじめ、世界各国の艦艇に類似した特徴を有するように、深海棲艦もまた第二次世界大戦時の艦艇や兵器に似た特徴をもつタイプが多い。

 

「とりあえずこの映像を持ち帰って、分析します。“原形”が分かれば打つ手はあるはずです」

 

「原形、ですか」

 

 鬼威は首を傾げた。

 

(原形も何もヒントは真っ白なあの盾みたいなのしかないじゃないか)

 

 幸か不幸か、敵は霧島らに対して攻撃手段を晒さなかった。

 

 あとはあの不気味を通り越して美しさすら感じさせる雪がごとき白い立ち姿しかない。

 

 だが防衛省のプロフェッショナルならば何かわかるのかもしれない、と鬼威は思い直すことにした。

 

「……おい、後輩。(ツラ)貸せ」

 

 その頃、国立現代海洋博物館本館の裏に、天龍はひとりの艦娘を連れ出していた。

 

「なんですか、天龍さん」

 

 壁を背に立つのは紅白の戦装束を纏った少女――大和であった。

 

「霧島の主砲さえ通用しないバケモンが出た」

 

「それは……」

 

 大和の顔面に緊張と驚きが走ったが、しかしながら彼女は他人事のような態度を崩さなかった。

 

「大変ですね」

 

「バカか?」

 

「……」

 

 眉間に皺を寄せてずいと前に一歩出る天龍と、平然とした様子の大和の間で視線が交錯した。

 

 数秒の沈黙。

 

「……あの」

 

 先に口を開いたのは、大和だった。

 

「鬼威館長に頼まれて来たんですか?」

 

「んなわけねえ。あの新型には俺の刃も通らなかった。悔しいが、もうお前しか頼る先はねえ」

 

「……お断りします」

 

「おいっ! いいかげんにしろよ!」

 

 大和の胸倉を掴もうとした天龍の腕は、他でもない大和の右手に掴まれて空中で止まった。

 

「ちぃっ!」

 

「天龍さん、私はこの国の人々のためには戦いません」

 

「ピラミッド、万里の長城、戦艦大和。世界三大馬鹿に数えられたのがそんなに悔しいかよ!」

 

「そんなものは私の提督に向けられた悪意に比べれば些事にすぎません」

 

「冗談が通じねえやつ! もちろんお前の提督のことなら、オレだって――」

 

「だったらわかるでしょう」

 

 大和は決然と言った。

 

「提督を自死に追いやったこの国の人間は、みなことごとく死ねばいいんです」

 

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