【完結】さよなら、艦隊これくしょん――日本は抵抗をあきらめました―― 作:河畑濤士
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次回更新は3月8日(土)を予定しております。
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「先の大戦時の艦艇では、ない?」
時間を見つけて会議室に集まった
「はい」と彼らの疑問に対して肯定してみせたのは、海上保安庁警備救難部の
彼女は船舶・艦艇・艦娘・深海棲艦について偏執的なまでに情報を収集しており、この直近の数年間においては、関係者から“深海棲艦研究家”として認識されている才媛――否、変人であった。
が、その怜悧な表情と佇まいに、その“変人”の片鱗はまったくない。
彼女は静かに口を開いた。
「まずあの深海棲艦が見せた純白の艤装と似通った外見を有する水上艦艇は、先の大戦時には存在していません」
「しかし先日の戦闘でアレが見せた手札は本当に僅か――あの“防盾”だけだ。あれだけで大戦時の艦艇ではないと判断するのは早計ではないか。せめて攻撃手段を確認してからでなければ」
「おっしゃるとおりです。しかし根拠は純白の艤装以外にもあります」
と言いつつも逆田井はスクリーンの脇に立ち、映っている“白い深海棲艦”をレーザーポインターで指した。
「映像を見るに重巡古鷹と戦艦霧島の攻撃は、確かに命中しているように見えます。が、実際には傷ひとつ与えられていない。さて、我々はこれに似た現象をよく知っているはずです」
映像が切り替わり、中国人民解放軍海軍の081B型海上機動歩兵と深海棲艦の戦闘の一部始終が流れ出す。
「現代を生きる我々が造った兵器は、大戦時の艦艇に似通った性能を有する深海棲艦には効果がない。一方で大戦前後の艦艇の名前を継承して我々の前に現れた艦娘たちは、深海棲艦に対して有効打を与えることができる」
逆田井の言葉に、JTF-“わだつみ”の面々は顔を見合わせた。
「科学的に検証ができないゆえにこれまで論じられてきませんでしたが、一連の状況を思うと、こちらの攻撃が通るか否かは同じ時代や空間を共有していたか否かがカギになっていると思われます」
「逆田井さん。つまり第二次世界大戦時に活躍した古鷹と霧島の攻撃が通じなかった以上、アレは大戦前後とは異なる時代の艦艇がモデルになっている、と」
「そのとおりです。今後は彼女がはじめて確認された海域と、現在に至るまでそこで沈んだ艦艇、船舶の情報を照合する作業に移りたいと思いま――」
彼女が言い切る前にひとりの男が静かに入室し、JTF-“わだつみ”の司令官にそっと耳打ちをした。
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「鬼威は戦争をやめろー!」
「やめろー!」
「ご心配をおかけしました」
常人ではありえない白銀の髪と、どこまでも澄んだ
鬼威はまったく関知するところではないが、彼女はこの数週間、日本国における“非科学的領域”の最高峰、宮内庁と神社本庁の協力者の手引きで疑似ドックに入渠し、その傷を癒していたのであった。
「鬼威は国民に謝罪しろー!」
「謝罪しろー!」
「退院おめでとう、とでも言えばいいのか」
執務室にまで平日昼から暇を持て余している連中のシュプレヒコールが聞こえてくるなか、鹿島は「ありがとうございます」と笑った。
「またお茶でも淹れてくれ」
鬼威も笑ったが、内心は複雑な境地であった。
これから戦争はより激化するであろう。
(そこに彼女が活躍する場は――)
などと鬼威が思いを巡らせていると、先程まで鬼威の背後に立っていた磯風がずいと彼の前に歩み出た。
「必要ない。司令、私が茶を淹れよう」
「ふふっ……磯風さん、私が居ぬ間にずいぶん仲良くなられたんですね」
対する鹿島は微笑を口元に浮かべたが、目が笑っていない。
(え、なにこの空気)
鬼威は鹿島と磯風の後頭部を交互に見やった。
「んなーっ」
いつの間にか執務室に入ってきていた白毛に黒ぶちの猫が磯風の足に纏わりつき、続いて鹿島の下に向かったが、彼女は彼を抱き上げただけで表情を変えることはなかった。
「成美丸さん、お久しぶりです。でも邪魔はしないでくださいね」
「んなーっ」
抗議する猫は鹿島に吊り下げられたまま、外に追いやられた。
そのあと黒ぶちの猫は執務室の前の廊下をウロウロしたがしばらくしてから諦めて、ガラスがなくなったままの窓枠から外へ飛び出た。
「艦娘を解体しろー!」
「解体しろー!」
彼の瞳に映るのは、プラカードや横断幕をもって敷地外で叫び声をあげる人々であった。
「たいしょう」
ヒトが勝手に精霊だとか妖精だとか呼ぶ不可視の存在が、ぴょんとジャンプすると黒ぶちの猫の首筋にしがみつき、それから頭の上にまでよじ登った。
「この いくさ もう しょうぶ は――」
「それはどうかな?」
鉢巻をした妖精に、猫は最後まで言わせなかった。
「ひとびとの おおくに たたかう いしは ございません。しかるに」
「
「しかし このあと まっているであろう しれんに かれが たえられるでしょうか」
「幸か不幸か、あれは恐ろしい人物だと思うな。失うものが何もない。戦いを止める理由がないんだよ」
「……」
「むしろ我々はあれが寝返る可能性を考えたほうがいい。こちら側に引き留められる材料がない。あれが向こう側に転じれば、この国は死滅する」
「たしかに」
「が、我々にできることは武威を整えておくことだけだ。して――」
それから猫と妖精はしばらく話しこんでいると、急に敷地外の人垣に動きがあった。
デモ隊を押し退けた機動隊員たちの横を黒塗りの高級車が通り抜けると、本館の前で停車した。
そこから降りてきたのは猫も見覚えがある外務省国際協力局国際海洋戦略室の
「んなーっ」
猫もまた一鳴きすると、彼らのあとを尾けるかたちで館内に戻った。
「鬼威館長、お会いできて光栄だ。私はアメリカ海軍下級少将のシルヴィア・プロット・バックランド。君たちが言うところの艦娘から成る任務部隊を指揮している」
蝶番が壊れて立てかけてあるドアの隙間から執務室に入った猫は、黒の制服を纏った女性将官が自己紹介するところに出くわした。
「こちらこそお会いできて光栄です、バックランド少将閣下。国立現代海洋博物館館長の鬼威燦太です。どうぞ、おかけになってください。大したもてなしもできずに申し訳ございません」
頭を下げる鬼威に対して、シルヴィア下級少将(=准将)は真紅の瞳を輝かせた。
「なに、気にするな。我々は茶を飲みに来たわけではない。戦争のために来たのだからな」
「しかし日本語がうまい」
シルヴィア下級少将は促されるままに座ると、口の端を歪めた。
「夫はもともと航空自衛隊のパイロットだった。嫌でもうまくなるさ。さて、素来さん。私から説明しても?」
「はい、よろしくお願いいたします。閣下」
「わかった。鬼威館長、我々は硫黄島周辺海域に集結しつつあるモンスターどもを叩くつもりだ」
「連邦政府は日本から手を引くつもりではなかったのですか」
「大統領閣下のご意向だ」
「しかし日本政府が許すかどうか」
「なるほど」
シルヴィア下級少将は視線を素来に遣り、彼がその青ざめた顔を縦に振ったのを見てから、言葉を続けた。
「近いうちに内閣不信任決議案が衆議院に提出される」
「与党は過半数の議席を占めていますが――」
「造反者が出る。目前の侵略者を看過できないまともな連中が動く、あるいは世論の動きを嗅ぎ取った次の選挙を見据える連中もな」
「次の組閣を待っている時間がありません」
「我々に必要なのは大義名分だ。主権者が選出した代表者たちから見放された
シルヴィア・プロット・バックランド下級少将は、意地悪そうに真紅の瞳を輝かせた。
「日本国内の有志たちはこの線で動いている。私たちもそうだ。中国共産党もな。鬼威館長もこれに乗ってくれ」
彼女はさっと右手を差し出した。
が、鬼威館長は小首を傾げたまま、求められた握手には応じなかった。
「乗るも乗らないも、どんな状況であっても私は日本を守るために深海棲艦と戦う、それだけです」
それでいい、とシルヴィア下級少将は笑った。
「深海棲艦に対する怒りが、人種、信条、宗教、所属……すべてを超えて人々を連帯させる」
「……」
彼女の言葉を聞きながら、鬼威はふと思った。
(それでは大和や他の艦娘たちのように、深海棲艦に対するその怒りの輪から外れてしまった存在はどうなるんだろうか)