【完結】さよなら、艦隊これくしょん――日本は抵抗をあきらめました―― 作:河畑濤士
「大いなる矛盾だ」
帰りの車内でシルヴィア・プロット・バックランド海軍少将(下級)は、外務省国際協力局国際海洋戦略室の
「何がでしょうか」
「シラを切るな、ミスター素来。君たち“継戦派”のシナリオはもとからこうではなかったはずだ」
「……」
「それもこれも、アレが頑張りすぎたからだ」
図星だ、と素来は思った。
シルヴィア下級少将の言う“アレ”とは、国立現代海洋博物館の鬼威のことを言っている。
国防族・運輸族をはじめとするいわゆる族議員や保守派から成る超党派議員たちと、関係省庁を横断して集まった有志官僚、太平洋に面する地方自治体の首長たちから成る“継戦派”のシナリオは、早期に深海棲艦の関東攻撃を許し、多くの死傷者を出す――それを号砲として一気に現政権を転覆せしめようというものだった。
ゆえに彼らはわざと無抵抗の盤面を現出させていた。
大部分の艦娘は国立現代海洋博物館へ移すとともに、日本政府に協力的な一部の艦娘と提督は防衛省が秘匿し、新たな内閣が組閣されたら即座に海上交通の要衝に鎮守府を再建し、防衛体制を再整備する腹積もりだった。
ところが、現実には何が起きたか。
まず艦娘たちの一時的な避難先に過ぎなかった国立現代海洋博物館、そこの一個人が深海棲艦を撃退してしまった。
海戦に関する専門知識は勿論のこと、提督としての異能もないにもかかわらず。
しかも一度ならず、二度、三度と、である。
「次のニュースをお伝えいたします。
「が、彼の奮闘は現政権の延命につながっただけにすぎない。大いなる矛盾だろう。いや、皮肉というほうが正しいか。そして彼の努力は何の意味もなかった。こうなることは決まっていたのだからな」
嘲るように言うシルヴィア下級少将に、素来は顔色をまったく変えなかった。
「どうでしょう。彼の努力には、確かに意味がありました」
「ほう」
シルヴィア下級少将は目を見開き、真紅の瞳を意地悪そうに輝かせた。
――しかし、人は死にますよ。
「彼は我々を救った」
「何?」
不意を衝かれたシルヴィア下級少将は疑問の声を上げた。
「政権転覆のために犠牲が出ることを許容する――そんな外道に手を染めずにすんだ」
「……」
「だから彼は我々を救った、と言ったのです」
素来の言葉に、シルヴィア下級少将は「成程」と笑った。
「私の夫もそうだが、一部の日本人に共通する美――」
「惚気話は結構です」
素来が強い語気で言ったので、シルヴィア下級少将は舌打ちをした。
それから彼女は一呼吸を置いてから、再び口の端を歪めた。
「が、この国には“素早いウサギがいなくなれば、優秀な猟犬は煮て食われる”というグロテスクなことわざがあるらしいな」
「狡兎死して走狗烹らる。中国発の言葉ですね。役立つ人材も必要な局面が過ぎ去ってしまえば処分される……」
素来はそう説明しながら、シルヴィア下級少将が言う“優秀な猟犬”が鬼威のことを指していると理解した。
「
「……彼を排除しようという動きがあるのですか?」
「あくまで可能性の話だ。組織的な陰謀がなくとも個人で行動する馬鹿はいる」
シルヴィア下級准将は忌々しげに窓の外を眺めた。
「……」
確かにな、と素来は思う。
いまや鬼威は時の人――ネット上に経歴は勿論のこと、家族の有無や住所まで載っている。
加えて知識人やSNSのインフルエンサーの中には「鬼威が戦争を始めた」「鬼威さえいなくなれば再び停戦状態に落ち着く」「鬼威は軍需産業の手先だ」と広言する者までいる。
(馬鹿馬鹿しい)
素来は心中でそうした無責任な人々に唾を吐いた。
……その翌日のことだ。
「日米中での連携攻撃ですか」
艦娘たちが集合した執務室にて、鬼威と対面した防衛省防衛政策局の
「敵の陣容は“姫”を擁する3個艦隊18隻。北上中のこれを急襲して殲滅します」
あとから弄橋が付け足した「例の白いやつの存在は確認されていません」という言葉に鬼威は安堵したが、しかし腕を組んで難しい顔をつくった。
「ですが弄橋さん、私が6隻を、シルヴィア少将閣下が6隻を指揮するとして、それでも数的不利は覆せない」
「……実は、あー、提督としての能力をもつ方が、自衛隊病院を最近退院しましてね」
「そうなんですね」
「ええ。彼女は我々に対して協力的でしてね――外局の防衛装備庁に研究対象として保管されていた6隻を引き連れて加勢してくれます」
「なるほど。それで数の上では拮抗する」
「勿論、日米中の水上艦艇、潜水艦、航空部隊は全力で援護します。こちらの練度も含めれば、同数でも勝ち目は十分あるかと」
弄橋がそう結論づけたところで、「なあ」と木曾が手を挙げた。
「何かおかしくないか、弄橋?」
「おかしい? 何がですか?」
「このタイミングで都合よく退院? 防衛装備庁に6隻の艦娘? お前たち、オレたちが戦っている間も、まさか手札を隠してたんじゃないだろうな?」
怒りを通り越して殺意すら滲ませる木曾の視線と語気に、弄橋は真っ向から立ち向かうことなく、視線を逸らした。
「……偶然ですよ」
「んなわけ――」
「やめましょう、木曾先輩」
穏やかに静止したのは鹿島だった。
「ここで弄橋さんを責めても意味はありません。おっしゃるとおり本当に偶然かもしれませんし」
だがその彼女もまた、ただ黙っているわけではなかった。
「しかし今後の作戦で連携をとるとなれば、最低限の情報は必要です。その退院した提督さんのお名前を教えていただいてもよろしいでしょうか」
普段の鹿島の雰囲気とはまったく異なる有無を言わさぬ語調に、弄橋は反射的に答えていた。
「櫻さんです」
「……よりにもよって
忌々しげに天龍が言い、続けて霧島もまた「櫻さんとなれば、陽炎、不知火――」と指を折りながら彼女の指揮下の艦娘の名前を挙げはじめた。
(けっこう有名なのか?)
と、鬼威だけが左右を見回して周囲の反応を確かめていた。
騒然となる艦娘たちのなかから、舌打ちの音が響いた。
やはり木曾だ。
「櫻といえば、幾つもの敵策源地を叩き潰してきたやつだ。自分の生活や心をぶっ壊しながらな。やっぱりお前らは信用ならねえ」
「彼女に対して大した補償ができていないのは事実で、批判されることは承知のうえです」
「クソが、言葉だけなら何とでも言える。おい鬼威、今度の作戦は古鷹に乗れ。古鷹、いいな?」
木曾の言葉にその場のほとんど全員の視線が突き刺さるなか、古鷹は顔を真っ赤にして両手を顔の前で盛大に振った。
「ええっそれはさすがに恥ずかしいというか心の準備がですね(早口)」
「……わかった。磯風に乗れ。鬼威は磯風から6隻の艦娘の指揮を執れ。残りの艦娘も全員カードで連れてけ」
「そんなに信用できませんか。暗殺なんかしませんよ」
さすがに不愉快だったのか弄橋が口を挟む。
「あー、えーっと。とにかく!」
これをみて鬼威は不穏な空気を打ち消すように、わざと明るい声を出した。
「えー、その櫻さん? 櫻さんが参戦してくださるというわけで、私としては心強いばかりです」
大人には大人の事情、というものがあるだろう。
(いまここで重要なのは、俺よりもずっと経験のある人間が参戦してくれる、ということだ。仮に防衛省側が戦力を秘匿していたのだとしても、ここで追及はすまい。決戦前に話をこじらせても意味がない)
そう思う鬼威の心中に同意してか、あるいは弄橋に抗議してか、足下で黒ぶちの猫が「んなーっ」と鳴いた。
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次回、艦隊決戦です。
お気づきかもしれませんが、今作は真面目な戦記物というよりは、一部の登場人物の選択と行動が世界の命運を決めるセカイ系になります。
次話は3月11日ごろの投稿を予定しております。