【完結】さよなら、艦隊これくしょん――日本は抵抗をあきらめました――   作:河畑濤士

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次回、■18.汝、喪われた未来――。は1週間以内の投稿を予定しております。



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■17.我は新雪の装甲を鎧う

 

 海が、死んでいる。

 

 風さえも、波さえも絶えた海域に、深海棲艦の3個艦隊は悠々と遊弋する。

 

 最前衛は重巡、軽巡から成る前衛巡洋艦戦隊。

 

 続くのが戦艦棲姫改の率いる高速火力支援艦隊。

 

 そして最後尾に控えるのが、岸壁棲姫を中核とする高速空母機動艦隊であった。

 

 彼らの後にはどす黒い血の航跡が残り、魚類や海棲哺乳類の死骸が浮く。

 

 絶望、暴虐、破壊の顕現という表現さえも生温い。

 

 生きとし生けるものの敵対者、つまり死そのもの。

 

 漆黒の艤装を纏った死の行列は、ただひたすらに日本列島――東アジア最大級の人口密集地、東京を目指していた。

 

 ただ真っ直ぐ、真北の方向を見据える彼ら。

 

「時間だ」

 

 その視界が次の瞬間、白く()き潰された。

 

 どす黒い瘴気と暗雲が晴れてどこまでも青い空が広がると同時に、葬列を思わせる深海棲艦の戦陣、その中心に巨大な火球がひとつ、ふたつと生じる。

 

 重量約10トン、重爆風航空爆弾。

 

 馬鹿げた大重量と大威力の航空爆弾が生成した強力な熱線と超音速の衝撃波は、身構える(いとま)さえ与えないまま、深海棲艦たちを呑みこんだ。

 

 巨大な水蒸気の塊が立ち上がり、一帯を睥睨する。

 

 その下にいる深海棲艦たちは、当然のように無傷。

 

「テキ――!」

 

 しかしながら、深海棲艦たちが浮く海面は違う。

 

 人類が造り出した最大威力の通常兵器は、海面を割って深海棲艦の足場を揺るがし、辺り一帯を真っ白な水蒸気で覆い尽くしてしまった。

 

「ムウ……」

 

 呻いたのは高速火力支援艦隊を率いる戦艦棲姫改である。

 

 動揺する海面。

 

 潰された視界。

 

 これでは自身と自身に追従する戦艦らの長距離砲撃の命中精度は著しく悪化する。

 

「MOAB、3発目投下します」

 

「よろしい」

 

 深海棲艦の群れから遥か遠方――アメリカ級強襲揚陸艦『アメリカ』に設置された統合作戦司令部では、シルヴィア下級少将は口の端を歪め、その嗜虐心を隠そうともしなかった。

 

「モンスターどもに教育してやれ。10年程度の殺しの技術では我々には勝てない、とな。なにせ我々は数十万年に亘って、戦術を磨いてきた種族だ」

 

(とうてい誇れぬ歴史だ)

 

 中国共産党政治員の夏露は、胡乱な視線をシルヴィア下級少将の横顔に向けたが、水を差すこともせずにただ『アメリカ』に帯同する075型両棲攻撃艦『安徽』の許洋大佐へ指示を出した。

 

 それに前後して、深海棲艦の群れに火焔を曳いた鋼鉄の豪雨が叩きつけられた。

 

「三式弾――戦艦には威力不足でも、駆逐、軽巡には十分ッ!」

 

 前衛巡洋艦戦隊――その針路上の水平線に仁王立ちで立ち塞がったのは、戦艦霧島である。

 

 その上空を旋回するのは電子・光学照準システムを備えた日米のマルチロールファイターF-35。

 

 F-35が捕捉した敵の座標はいま、霧島の眼鏡に映し出されており、彼女はその座標をもとに35.6cm連装砲を指向して三式弾を連射していた。

 

「……」

 

 その霧島の背後から現れたのは、複合装甲の盾を構えた人工艦娘の戦列である。

 

 その後ろに控えるのは、閃光/照明/ガス弾発射器を構えた人工艦娘の戦列だ。

 

 さらにその後ろに控えるのは、複合装甲の盾と放水銃を構えた人工艦娘の戦列。

 

 加えてその後ろに控えるのは、チャフ・フレア発射器を背負った人工艦娘の戦列。

 

 その後ろに控えるのは、スモークディスチャージャーを背負った人工艦娘の戦列。

 

「……」

 

 生死を超越した081B型海上機動歩兵の群れは、無感動に海面を疾駆する。

 

 向かうは、火焔の豪雨の只中にいる前衛巡洋艦戦隊。

 

(数だけは揃えたか。だが、無意味だ)

 

 戦艦棲姫改が腕を振ると、戦艦レ級が素早く飛び出す。

 

 その時点で艤装の上部甲板は開放されていた。

 

「ニシシ……!」

 

 そこから2秒間隔で連続発射されるのは、“飛魚”と称される亜音速誘導弾。

 

 純白の弾体が白煙を曳きながら前衛巡洋艦戦隊の頭上を通り過ぎたとき、彼らもまた鈍色の戦列を迎え撃つべく態勢を整えていた。

 

 2隻の駆逐ハ級が炎上しながら落伍するなか、火焔の雨のなかを生き残った重巡と軽巡は、艦砲を無機質な密集陣へ指向――連続射撃を開始する。

 

 そこから始まるのは火力と知恵の総合戦。

 

 社会主義核心価値観から“文明”と名づけられた081B型海上機動歩兵の個体は、対砲兵レーダーで敵の発砲と飛翔体の接近を確認すると、スモークディスチャージャーから発煙筒を発射した。

 

 その1秒後には無数の火焔の塊が頭上へ吐き出され、金属製の糸くずが空中にばら撒かれた。

 

 チャフ、フレアによって作り出された巨大な虚影。

 

 レ級が放った“飛魚”の半数はその虚影に突っ込んで炸裂し、半数は081B型海上機動歩兵の最前列に突入した。

 

 複合装甲を貫き、貫きながら爆発した弾頭は容易く081B型海上機動歩兵“敬業”の上半身を消し飛ばす。

 

 その隣では“富強”が至近距離で炸裂した飛魚によって盾ごと右腕を捥ぎ取られ、次の飛魚の直撃を受けて爆発四散している。

 

 が、バイザーを深く被った081B型海上機動歩兵たちは、その穴を埋め、目くらましの閃光弾や煙幕弾を連射しながら、押し寄せる大火力に立ち向かった。

 

「……」

 

 純粋なる人類の科学技術が、削られ、砕かれ、破壊されていく。

 

「……」

 

 そうして最後に残った単横陣。

 

 彼らは煙幕を展張しながら、両腕を大きく広げた。

 

 “服務”が8インチ砲の水平射撃を浴びて砕け、“科学”の右腕が5インチ弾によって切断され、“奮闘”がツ級の速射を浴び、全速で前進しながら崩れていく。

 

「……」

 

 そして“文明”もまた魚雷によって両脚を切断され、無様に海面を転がり、沈んでいく。

 

「……」

 

 静かに沈んでいく“文明”。

 

 それでもなお、それは沈みながら後に続く戦友に向けて、親指を立てた。

 

「ああ」

 

 その2秒後、朦々と横たわる乳白色の煙幕の中から、ふたつの影が飛び出した。

 

「お前らの仇は、オレが討ってやるよ!」

 

 天龍は自身の膂力のすべてを乗せた斬撃を防空軽巡のツ級に浴びせ、頭頂部から股下まで両断。

 

 同時に龍田は得物の穂先を、リ級の薄い胸へと(うず)めていた。

 

 それだけではない。

 

 天龍と龍田が新たな獲物に襲いかかる脇を、霧島、古鷹、川内、そして実艦形態をとった磯風、それに帯同する艦娘形態の瑞鶴が単縦陣で疾駆する。

 

「んなーっ」

 

「あれが“ボス”か?」

 

 磯風の艦橋から望遠鏡を覗いた鬼威は、戦艦棲姫改を睨んだ。

 

「んなーっ」

 

 なぜか鬼威に付いてきた猫は、彼の後方で一鳴きすると、後ろ脚で立ち上がった。

 

「我らは忘れられつつある光。我らは忘れられつつある名」

 

 猫の前足が発光し、不可思議な光の壁(画面)が生じる。

 

「しかし恨まず、妬まず、呪わず」

 

 そのまま彼は霧島の装備スロットを展開すると、迷わずに前足を動かした。

 

「報奨など不要、称賛など不要、記憶など不要」

 

 彼の肉球が、決断的に彼女の装備を変更する。

 

「我ら望むは平和とともに訪れる忘却なり」

 

「よしきたあ」

 

 妖精たちが鬨の声を上げた。

 

 と、同時に霧島の艤装が、青白い光をほとばしらせて一新される。

 

 燐光を曳きながら現れるのは、徹甲弾が装填された35.6cm連装砲改三丙。

 

「われら ()らぬ の ほこ()!」

 

「われら ()らぬ の たて()!」

 

「あっきあくりょう ついめつ(墜滅)して うせる ぶりょく(武力) なり!」

 

「バカバカシイ――!」

 

 戦艦棲姫改が吼え返す。

 

 彼女に付き従う艤装、その大口が地獄の炎を噴き、長大な砲身が素早く霧島に指向される。

 

(眼前での装備換装。つまり提督がいる! 舐められたものだっ!)

 

 次の瞬間、彼女の思考は強制的に中断された。

 

 横合いから飛来した徹甲弾の直撃を受け、その巨体が揺らぐ。

 

(新手――)

 

 戦艦棲姫改が頭を巡らせば、そこには高速突撃を仕掛ける巨影があった。

 

 崩れかけた艦橋、藻に覆われた艦体、高熱で溶けたかのように変形した装甲。

 

 しかしながら艦体前部に設けられた砲塔だけは、真新しい。

 

――41cm三連装砲改。

 

「ナガト……!」

 

「……」

 

 実艦形態の戦艦長門。

 

 その艦橋で長門と5隻の艦娘を指揮する提督、櫻麻衣はケーキを見つめていた。ケーキの頂上に刺さったメッセージカードには、“信濃、着隊1周年おめでとう!”と書かれている。彼女のために不知火はこの1か月、不慣れな料理に挑戦していたことを知っていた。信濃の眼鏡の奥の瞳が嬉しそうに細くなる。その数秒後に、私はそのケーキを叩き潰した。ケーキはいつの間にか、深海日棲姫の頭部になっていたからだ。爆ぜた血肉が艦橋全体に広がり、艦橋の壁や天井には信濃の指や眼球が張りついた。ぼたり、と落ちる臓腑に舌打ちする。幻覚だ。少なくとも信濃は、私の目の前で沈んでいないのだから。いや、信濃という艦娘ははたして本当に実在したのか? わからない。どうでもいい。しょせんは幻だ。

 

 櫻麻衣はレンズが割れてフレームだけになった眼鏡を拾い上げ、一瞬だけこれは誰のだろうと考えてから、それをかけて声を上げた。

 

「陽炎さん、不知火(ぬいぬい)、球磨、多摩は前へ。長門さんは火力支援。加賀さんはこのままエアカバー。敵艦上機、敵空母は米軍が掃討することになっているが、ぬかるなよ」

 

「――了!」

 

 戦艦棲姫改の率いる高速火力支援艦隊と、鬼威、櫻が指揮する2個艦隊が対戦し、岸壁棲姫を中核とする高速空母機動艦隊に米艦娘空母機動艦隊が襲いかかるなか、遥か北方――防衛省の一角、人通りのほとんどない廊下の端で話しはじめる男女がいた。

 

「例の白い深海棲艦――軍艦ではない?」

 

「ええ」

 

 海上保安庁警備救難部の逆田井(さかたい)二葉(ふたば)は、防衛省防衛政策局の弄橋(いらえばし)に目立たぬよう耳打ちした。

 

「未来です」

 

「は? 未来? 何の――」

 

「わかりづらかったですか」

 

「どういうことですか」

 

「クルーズ船の“みらい”です」

 

「クルーズ船? 旅客船ってことですか?」

 

 弄橋は、困惑した。

 

「深海棲艦のモデルの多くは――」

 

「クルーズ船の“みらい”ならあの色、非武装であること、すべてに説明がつきます」

 

「す、すみません! 弄橋さん!」

 

 ふたりが話しこんでいるところに、ひとりの防衛省職員が小走りで走ってきた。

 

 弄橋は「すまないがそれどころじゃない」と言いかけて辞めた。

 

 明らかに彼の纏う空気感は、尋常のものではなかったからだ。

 

「何があった」

 

「鬼威さんの自宅が、燃えました」

 

「はあっ!?」

 

「放火です」

 

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