【完結】さよなら、艦隊これくしょん――日本は抵抗をあきらめました――   作:河畑濤士

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■18.汝、喪われた未来――

 

 長門を(かなめ)とした鏃の戦陣(アローヘッド)が戦艦棲姫改に突進する。

 

「レ級をやれ!」

 

 それを磯風の艦橋からみてとった鬼威は、そう短く叫んだ。

 

「霧島、古鷹、川内、足止めだけでも十分だ! 戦艦棲姫は櫻さんが仕留めてくれる!」

 

「了解――!」

 

「天龍、龍田は他の敵直掩艦を潰してくれ!」

 

「応ッ!」

 

 轟、と霧島の主砲が火を噴いたかと思うと、鬼威側と櫻側をきょろきょろ見ていたレ級の横顔に、徹甲弾が命中した。

 

 徹甲弾の先端は、堅牢な彼女の頬に触れるとともに潰れはじめ、その弾体はひしゃげて砕けていく。

 

 しかし同時に、回転する弾体は彼女の横顔を削り、その犬歯を破砕していった。

 

 砕けた弾片と彼女の頬肉と白い歯が海面にぶちまけられ、鋭い飛沫が上がる。

 

「……ニシシッ!」

 

 半ば切断された下顎の断面からどす黒い体液を垂らしたレ級は、愉悦と憎悪が入り乱れた表情とともに、海面を連続跳躍して射線から逃れると、霧島へ殴りかかる。

 

「させない――!」

 

 その拳を受け止めたのは、古鷹の右腕が(よろ)った巨大な艤装。

 

 小柄なレ級の拳と、古鷹の巌のごとき右腕。

 

 その視覚的情報とは裏腹に、レ級の拳は盾となった古鷹の砲塔上面を容易くぶち破った。

 

「こうなることは!」

 

「ヘヘヘ!」

 

 両者ともにその結果は織り込み済み。

 

 古鷹は右腕を薙ぎ、レ級を振り払う。

 

 一方のレ級もまた後方へ着水するとともに、即座に態勢を立て直し、立て直しながら腰を落とし、膝に“溜め”をつくってみせた――次に放たれるのは、戦艦の膂力を活かした高速跳躍打撃であろう。

 

「させぬ」

 

 それを成美丸(ネコ)は、看破していた。

 

「我らかつての敵同士。ゆえに互いを知り、知ったがゆえの友誼、ここにあり!」

 

 光る前足が、古鷹の装備を素早く変更する。

 

「Roger. We're ready!」

 

 近距離では取り回しの悪い20.3cm(2号)連装砲が青い光とともに()ぜたかと思うと、次の瞬間には白光とともに、5インチ連装両用砲塔が古鷹の艤装上に姿を現した。

 

 そして始まるのは、高速の空中目標さえも捉えることを念頭においた速射。

 

 5インチ弾がレ級に次々と直撃し、そのそばから砕けていく。

 

 戦艦レ級がたじろいだのは、ほんの一瞬。

 

 その一瞬で十分だった。

 

素手(すて)喧嘩(ごろ)なら負けない!」

 

 全力後進をかける古鷹と入れ違いに、最大戦速で突進してきた霧島が右腕のラリアットをレ級にぶちかます。

 

「グッバハハァ――!」

 

 体をくの字に折りながら吹っ飛んでいったレ級は、海面上に背中から突っこみ、そのまま水上を惰性で滑っていく。

 

 そして最高の練度を誇る川内は、その隙を見逃さなかった。

 

()った――」

 

 たった数秒。

 

 だが無防備で、致命的な等速直線運動をみせるレ級。

 

 その戦艦レ級の未来位置に川内は必殺の酸素魚雷を叩きこんだ。

 

 最先頭の高雷速の魚型爆雷は戦艦レ級の腰に激突し、続けて殺到した2発目の魚雷はレ級の首筋直下で炸裂すると、その細い首筋を包む海水を崩壊させた。

 

 比喩ではない。

 

 川内の放った魚雷は海中で炸裂すると海泡(かいほう)を生じさせ、それを高速で圧し潰し、その急激な水流の変化が新たな海泡を生じさせ、それが高速で圧し潰され――海泡の高速破壊・高速生成の繰り返しによる無数の衝撃波が、レ級の頸椎を襲い、ヒビを入れ、破断し、そのまま粉砕した。

 

「ガ――」

 

 そして3発目の魚雷は彼女の肋骨を貫徹するとともに、爆風と鉄片と衝撃と海水を臓腑にぶつけ、彼女に物言う(いとま)さえ与えず、絶命に至らしめた。

 

「てっき、きゅうせっきんっ!」

 

 一方、鬼威が座乗する磯風には、数機の敵艦上機が襲いかかっていた。

 

「提督!」

 

「瑞鶴、俺たちに気を遣うな!」

 

 帯同する瑞鶴が短く叫び、弓箭を磯風の直上へ構え直そうとしたが、鬼威はすかさず叫び返した。

 

「俺と磯風が沈んでも、お前や米艦娘が敵空母や敵戦艦を沈めればこの戦闘は勝ちだ!」

 

 強がりではなく、本心である。

 

 彼は自己保存の本能を無視し、瑞鶴に攻撃を優先させた。

 

「司令! どこかに掴まれえ!」

 

 磯風が急激に針路を変更――生体爆弾が海面上に巨大な水柱をつくる。

 

 同じように戦場に身を置く“提督”である櫻麻衣と、彼女と運命をともにする覚悟を固めた戦艦長門もまた、激しい砲火にその身を晒していた。

 

 櫻麻衣の崩壊しかかった精神性を象徴するような外観の長門は、戦艦棲姫改の連続砲撃を浴びながら、全速で波を掻き分けて前進する。

 

 ただただ、愚直。

 

 そのさまを戦艦棲姫改は、口の端を歪めて嘲笑う。

 

――満身創痍、そんな姿になるまで戦って何の意味がある?

 

――電波で知っているぞ。お前たちの戦いは誰からも求められていない。

 

――お前たちの勝利は誰からも祝福されることはない。

 

――お前たちの奮闘は誰からも称賛されることはない。

 

「マッタクノ、ムイミ」

 

 前部甲板上に並ぶ長門の主砲塔の装甲板が貫かれ、砲塔の天蓋が火を吐いた。

 

 爆炎と煙が朦々立ち上がり、次の瞬間には艦首が粉々に砕かれる。

 

 そのさまを見つつ、戦艦棲姫改は世界を代表するかのように言い放つ。

 

「オマエタチ ハ ムクワレナイ」

 

 だが戦艦長門はトップスピードのまま、その速度をまったく落とそうとしなかった。

 

「それを決めるのは、お前じゃない」

 

 提督特有のいかなる騒音も、いかなる距離も無視して通る声。

 

 櫻麻衣は憎悪と悲哀と歓喜、様々な色彩をぐっちゃぐちゃに混ぜてできた黒い瞳で、艦橋から戦艦棲姫改を見下ろした。

 

「意味があるか、報われるかは、われわれが生きて帰ってから決めることだ」

 

「ナニ――」

 

「お前に決めることはできない。お前はここで沈むのだからな」

 

「バカガ」

 

 戦艦棲姫改は嗤った。

 

 目の前に迫る長門は廃艦同然、大破状態。

 

「シズムノハ――」

 

「長門が沈むかどうかを決めるのは、お前じゃない」

 

「ハ?」

 

「長門が沈むかどうかを決めるのは、提督(わたし)だ」

 

「ナンタル ザレゴト」

 

 次の瞬間、戦艦長門がさらに急加速した。

 

「見当違いな怒りとともに他人を呪い、そのくせどこか諦めている貴様らとは違う」

 

 砕けた艦首がさらに迫り、戦艦棲姫改はそこで我に返った。

 

 あまりにも、速すぎる、そして、近すぎる。

 

「最後の最後まで諦めず、望む結果を選び採る。それが提督(わたし)だ」

 

 長門の艦橋から嚇怒と憐憫と軽蔑が入り乱れたどす黒い吐息が漏れる。

 

 そんな情景を幻視しながら、戦艦棲姫改は艤装の両腕を大きく広げ、長門の巨体を受け止めにかかる。

 

 鋼鉄と鋼鉄が(こす)れ、抉れ、壊れていく悲鳴が響き渡る。

 

 戦艦棲姫改の艤装、その灰にまみれた指先は、長門の装甲板を抉りながらもねじれ、曲がり、折れていく。

 

 そうして互いに傷跡を残しながら、長門の速度がゼロに限りなく近くなる。

 

「お前は沈め。我々は生きる。それが提督(わたし)の選択だ」

 

 その1秒後、高速で長門と戦艦棲姫改の脇を陽炎、不知火、球磨、多摩が高速で駆け抜けていった。

 

 完成するのは、魚雷の包囲殲滅陣。

 

 次の瞬間、幾つもの巨大な水飛沫が戦艦棲姫改を覆い尽くし、彼女は巨大な艤装に曳かれるように波の下に沈んでいった。

 

「勝った、か――」

 

 それを磯風の艦橋から見ていた鬼威は、ほっと安堵の吐息を漏らした。

 

 ぱったりと敵機の飛来も絶えている。

 

 シルヴィア下級少将からは岸壁棲姫を中核とする高速空母機動艦隊を殲滅した旨、連絡が入っていた。

 

「んなーっ」

 

 猫もまた呑気に鳴くと、前足で顔を洗う。

 

「司令、油断するな」

 

 と、磯風は鋼鉄の艦体を震わせて戒めたが、どこかその声の調子は緩んでいた。

 

 鬼威の指揮下にある艦娘はもちろん、ゆったりと実艦形態を採ったままの戦艦長門と5隻の艦娘が近づいてくる。

 

 油断するな、と言った磯風自身がそちらに気をとられていた。

 

「……」

 

 ゆえに海面上に浮かぶ駆逐ロ級の死骸に、半ば埋没するように潜む重巡リ級に気づかない。

 

 彼女は青白い光さえ消えた濁った瞳で、8インチ砲の照準を磯風の艦橋に合わせた。

 

 そこには憎しみも殺意もない。

 

 下半身を失い、沈みゆく上半身を駆逐ロ級の死骸に託し、ただ混濁する意識のなかで、本能的に狙いをつけている。

 

 そして重巡リ級は最後の一撃を放った。

 

「提督ッ!」

 

 偶然にも発砲炎を見た瑞鶴が叫んだが、どうすることもできない。

 

 漆黒の徹甲榴弾は、重巡リ級と、磯風の艦橋の間にある空気を切り裂き、そして砕けた。

 

「は?」

 

 爆ぜた8インチ徹甲榴弾、その黒光りする破片が磯風の艦体に突き刺さる。

 

 炎を曳く鉄片が、パラパラと海面に降り注ぐ。

 

 鬼威はただ棒立ちで呆然としていた。

 

 重巡リ級と磯風の艦橋を結ぶ弾道線――その合間に城壁を思わせる白い鋼鉄が割りこんでいた。

 

 砲弾の残骸とともに海面上に降り立ったのは、純白の鋼鉄を(よろ)うとともに新雪を思わせるロングドレスを纏った少女だった。

 

「……」

 

 鬼威は艦橋から彼女を見下ろす。

 

 少女が振り向いて艦橋に立つ鬼威を見上げるのもまた同時だった。

 

 血の気どころかあらゆる色彩を否定する、どこまでも白い肌。

 

 踝まで伸びた純白の髪と、白紙を連想させる何も映していない瞳。

 

 その瞳に、色彩が戻る。

 

 激情の赤、哀切の青、愛慕の黄。

 

 それらが入り混じり、濁ってできた、しかしながら光り輝く澄んだ黒。

 

「……」

 

 鬼威は無感情にその黒い瞳を見つめ、すべてを理解した。

 

 それから白い深海棲艦もまた無感情に、だが黒い瞳を輝かせて声を上げた。

 

「パパ」

 

「……」

 

「ただいま」

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